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2009年12月26日 (土)

《タクシー・ドライバー》  孤独な魂の覚醒と微睡み

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   昨今、この列島でも、《青春の殺人者》あるいは《反社会的テロル》ともいうべき高度成長期以来連綿として社会の底に昏くあるいは紅く沸々と滾り続けてきた青年達の蹉跌と彷徨の果ての一つの意志が蒼白い火花を発し続けている。。
  
 奇しくもと云うより共時性というべくマーチン・スコセッシ監督の《タクシー・ドライバー》と長谷川和彦監督の《青春の殺人者》、同じ1976年の作品。テーマに多少異同があっても、その根底は同じ。そして、両者を繋ぐと言ってしまうと些か語弊があるが、それから十年前に遡る1967年ドアーズの《ジ・エンド》。これはドアーズのメンバーが入れ込んでいたコルトレーンの急逝した年でもある。
 この曲の歌詞、恐らく間違いないと確信しているが、かなり以前観た、ゴールデン・タイムではない昼間に流れていた米国のタイトルは忘れたけど、実際に米国の中西部辺りで起きた事件を元にした主人公の息子が兄弟や両親を銃で殺害する映画を彷彿とさせる。時代的にはジム・モリソンがこの曲を書いた頃のものだろう。モリソンもこの映画を観たのではないかと思っている。但し、大部前のことで記憶の変容って可能性もあり、一応カッコつき。

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 60年代と70年代とでは社会の流れも大部異なるが、その底流に流れているものは、社会構造が同じである限りそう違いはない。例え、昭和から平成、あるいは2000年代に入ってからでも。
 ロバート・デ・ニーロ主演のこの《タクシー・ドライバー》、"オールナイト"の酔醒定かならぬ眼と意識で観ると、一層その世界へ入って行けそうな雰囲気の映画で、これ又一種の"ドラッグ・ムービー"と云えなくもない。薬物に頼らない"トリップ"という訳だ。
 しかし、醒めた眼で観ると、孤独というものが、心の奥底まで、魂まで沁み入ってくる類の映画だ。

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 舞台はベトナム戦争の余燼もまだ燻ぶるニューヨーク。
 あるタクシー会社に、一人のベトナム帰りの男・トラビスが現れる。不眠症を理由に夜専門の運転手として雇われる。粗末なアパートで一人暮らしのトラビスは、仕事のない時はポルノ映画館で時間を潰していた。他の運転手達が嫌う黒人スラム街でも走り続けた。
 そんなある日、折からの大統領選の候補者選挙で、厭戦を唱う進歩派のパランタインの選挙事務所のベッツィに、トラビスは一目惚れしてしまう。正に掃き溜めに鶴って奴だった。とうとう事務所に飛び込み直にベッツィにデートを申し込んだりするが、漸く承諾してくれたデート先が何とトラビスの行きつけのポルノ映画館で、これにはさすがの進歩的なベッツィもおかんむり。席を蹴って帰ってしまう。その後二度と相手にされることはなかった。
 

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  知り合って間もない普通の女とのデートにポルノ映画館ってのは、些か常軌を逸している。トラビス、孤独な毎日に、日常感覚すら麻痺してしまい、一種の視界狭窄に陥っていたようだ。戦場から戻ってきた兵士によくある環境不適応って奴なんだろうし、不眠症もその一つの症状のようだ。保守的な名誉の除隊兵士ってところだが、《ディア・ハンター》の如く幼馴染みや家族の居る地方と違って友人も居ないような大都市ニューヨークでの一人暮らしが戦場と平時との乖離を一層強めていったようだ。
 画面ではフラッシュバックする戦場の光景は見られなかったけど、本当は不眠症の酔醒定かならぬ微睡みに、不意に恐怖と苦痛そして弾薬の匂いを伴なった忘れえぬ戦場の記憶が甦ってきてもおかしくない。それを露骨に画面に出すと、色々と差し障りでもあったのだろうか。映画会社が難色を示すのだろうか。

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 汚濁しきったニューヨークの掃き溜めで見つけた白鶴に逃げられたトラビスではあったが、今度は12歳の少女娼婦アイリスに惹きつけられる。女としてではなく、突如彼のタクシーに闖入してきた強制売春の、ひいては憎むべき腐敗した大都市ニューヨークに抑圧された者の象徴として。
 ポン引きの悪玉スポーツ一派の魔手からアイリスを救い出すことをトラビスは企図する。早速、同じ運転手仲間の紹介で、拳銃の密売人から拳銃を買う。《ダーティー・ハリー》ですっかり有名になっていたS&W社製の大口径.44マグナムが圧巻で、至近距離で顔を撃ったりすれば半分ぐらい吹き飛んでしまいそうだ。何丁も買ってしまうが、このシーン、日本映画でも影響受けた似たようなシーンが見られる。
 ある時、トラビスのタクシーに乗りトラビスと言葉を交わしたこともある大統領候補パランタインの演説会に、すっかり変わり果てた姿のトラビスが一人佇んでいた。
 モヒカン刈りにサングラス、モスグリーンのM65フィールド・ジャケット、ジーンズにカウボーイ・ブーツ。懐には.44マグナム、袖の中に仕掛けたコルト25(実際にはS&WM61らしい)、ブーツにはテープで貼り付けた軍用ナイフ。

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 問題はここのシーンだ。
 胸にパランタインのバッジすら点けていて、やがて演壇から降りてきたパランタインに握手を求める聴衆の列にトラビスも近づき始めた次の刹那、トラビスの表情が突如強張り懐に片手をグッと差し入れたのを目聡く見つけたパランタインの警備員が即部下に指示を出し、部下がトラビスの方へ急行。トラビスは慌てて逃げ出す。
 画面の中で、彼が"大統領候補パランタインを殺そうとした"、なんて言葉何処にあったのだろう?
単に懐に片手をグッと伸ばしただけであった。
確かに、あの強張った表情と仕草は「殺意」と解されても仕方ないかも知れないが。

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そもそも、ベッツィに嫌われはしたが、それでパランタインを怨んだって流れではなかったし、むしろ彼のタクシーに乗り込んできたパランタインにトラビスの方から笑顔を交えて話掛けたぐらいだ。
 トラビスは保守的なモラルの持ち主で、少女娼婦アイリスに`スクウェヤー`と馬鹿にされる。トラビスもその言葉に頭に来て「お前の方こそスクウェヤーだ」と喰ってかかるが、゛コミューン゛を口にするぐらいのヒッピー風の娼婦にそれは意味を成してない。悔し紛れって訳だ。これが、ポール・シェイダーとスコセッシの`トラビス`の人物設定なのだ。
平均的な米海兵隊員のモラルってところだろが、救いようのない現実で唯一救いを見出した美=掃き溜めの鶴との束の間の幻想も掻き消え、自己(おのれ)の死をも内包した投企(テロル)へとひた走ることになる。只、それが12歳の家出少女アイリス救出=ゴロツキ一派の殲滅と見るのか、大統領候補パランタイン暗殺と見るのか。
 タクシーの中でパランタインが「このドブ溜めみたいな街をどうにかしてほしい」というトラビスの要望に「それは仲々困難な問題だが・・・」と月並みな、逃げ口上とも採れる返答に失望を覚えはしたろう。さりとて、それがパランタイン暗殺には結びつくまい。例え更にパランタインがベトナム戦争に否定的な発言をしていたにしても。

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 演説会場でモヒカン刈りになったトラビスは、勝手に私設シークレット・サービスになったつもりで武装していたに過ぎず、パランタインに握手しようと近づいていったと見るのが妥当だろう。その以前のシーンで、パランタインのシークレット・サービスに声を掛けたりしたのもそんな運びなのだろう。勿論デ・ニーロの怪しげな演技がそれとは逆の一触即発的な緊張と危機感に満ちた場面にしているのも事実。隙さえあれば.44マグナムの引金を引きかねない殺意を燻らせながらの下見という解釈も成り立つ。
 で、件のパランタインに近づきながら懐に手を伸ばし、表情が突如強張ってしまった一瞬が問題になる。トラビスが自室の鏡に映った自身に向かってくどくどと話かけたりするシーンを伏線と見ると、半ば自己演技あるいは自己陶酔していて、あれも単なるトラビスなりのパランタインへの好意の顕れなのだろう。自分がこんな凄い拳銃を持って警護しているんだという自慢。
 只、しかし、ある一瞬、人間ってものは自身が思いもしない方途へと傾いたり赴いたりする場合がある。それを跳躍と呼ぶ人もいる。そしてそれはやはり自身に予め内包されていた契機に過ぎず、あるきっかけさえあれば、いとも容易に発現してしまう質のもの。あたかもかのアルベーユ・カミュの《異邦人》の主人公ムルソーがアルジェリアの乾いた暑熱と太陽に誘発されたように引金を引いた如く。
 但し、トラビスはいずれにしても、そこでは.44マグナムの引金を引くことはなかった。脱兎の如く逃げ出した。

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 そして、ポン引きのヒッピー風の出で立ちで佇んでいるスポーツの腹に.38スペシャル弾を一発撃ち込み、建物の中に居る受付役の男に.44マグナムを向けて撃つ。弾は男の手を吹き飛ばし、よろけながら入ってきたスポーツが撃った拳銃の弾がトラビスの首を撃ち抜く。
重い.44マグナムは滑り落ち、S&W.38スペシャルでスポーツに反撃し射殺。と、アイリスの部屋に居た汚職刑事が近づいてきてトラビスの肩を撃ち、倒れ.38スペシャルも落としてしまって最期のモスグリーンのフィールド・ジャケットの広めの袖口から25を滑らせ、刑事に何発も撃ち込む。刑事は背後に滑るようにしてアイリスの部屋まで行き倒れる。
 すっかりパニクった受付の男は「殺してやる!」と叫びながら残った片手でトラビスにしがみつきアイリスの部屋のソファーまでついてくる。刑事のピストルを拾い、「撃たないで!」と悲痛に叫ぶアイリスの声も空しく、男の頸部から頭へと撃ち抜き鮮血が背後の壁を染める。
 トラビスは空になったコルトで自分を撃とうとするがカチャ、カチャと撃鉄の機械音だけが部屋に響くだけ。やがてゆっくりと駆けつけたポリス達が拳銃をかまえたまま姿を現す。トラビスは血に塗みれた片手で自分を撃つ真似をし意識を失ってゆく・・・

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 この映画のもう一人の女優、少女娼婦役のジョディ・フォスター、仲々チャーミングでこの役で有名になってしまった。この時代、もう一人の有名美少女女優・ブルック・シールズが居たけど、ジョディより確かに美人なんだが、くっつきの母親のせいもあるのだろう今一つだった。やはり普通の可愛い娘って風貌と演技力で、ジョディ、人気を不動のものにしてしまった。彼女と一緒だったもう一人の少女娼婦役の娘、確か本物の少女街娼だったはず。スコセッシが敢えて起用したらしい。

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 トラビス    ロバート・デ・ニーロ
 ベッツィ    シビル・シェパード
 アイリス    ジョディ・フォスター
 ウィザード   ピーター・ボイル
 トム      アルバート・ブルックス
 スポーツ    ハーベイ・カイテル

 監督   マーティン・スコセッシ
 脚本   ポール・シェイダー
 撮影   マイケル・チャップマン
 音楽   バーナード・ハーマン
 制作   コロンビア・ピクチャーズ 1976年(米国)

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