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2010年2月28日 (日)

B級ハリウッド・リメイク 《バンコク・デンジャラス》

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  慢性不況の故にか、レンタル・ビデオ屋も青息吐息のようで、偶々入ったビデオ屋で準新作のビデオまでが一週間80円のスペシャル・サービス・デーだつたので、何本か借りてしまった。オキサイド・パン自身の旧作のハリウッド・リメイク《バンコク・デンジャラス》とボリウッド(インド)=ハリウッドの中国が舞台の《チャンドニーチョーク・トゥー・チャイナ》を観てみた。

 この二本ともハリウッドの息がかかった作品で、しかし、残念ながらこの東の果ての列島の我が南西辺境州ではどのシネコンでも上映してなかったようで、レンタルのDVDで漸く観ることが出来た。それも地元の町じゃ以前は何軒もあったのが次々に潰れてゆきとうとうつい先日最期の零細レンタル屋もシャッターを降ろしてしまい、安いので頻く利用していた隣町の比較的大きなチェーン店のレンタル屋で借りた代物。

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  1999年オキサイド・パンがタイで撮った《レイン》のハリウッド・リメイク《バンコク・デンジャラス》、モンコンビシット主演のオリジナルは仲々面白く好きな映画の一つだけど、やたら出まくりの二枚目半のハリウッド・スター=ニコラス・ケイジが主演と聞いて、《レイン》が殺し屋物ではあっても青春映画だったので、あれ?と妙な違和感を覚えていた。実際にビデオを観てみると、果たしてニコラス・ケイジに合わしたような何処か冴えない中年のイメージそのままに、何とも妙ちくりんな代物と化していた。オキサイド・パン、一体如何してしまったのか?

 兎にも角にも、この映画、ポイントは薬屋に勤めている娘フォンだろう。
 《レイン》では、若々しくて愛らしい美形のプリムシニー・ラタナソパァーが好演していて、聾唖の主人公コン(パワリット・モンコンビシット)に一語一語丁寧にゆっくりと分かり易く身振りも交えて話す仕草が彼女の魅力を際立たせ、故無くしてコンが就いた殺し屋という冷酷な現実とのギャップが一層ドラマチックな効果をあげていた。
 ところが、リメイク版ではチャーリー・ヤン(楊采妮)という中年の台湾女優がフォン役を演っていて、最初薬屋のシーンで思わず我が眼を疑った。どれがフォンなんだと画面を捜しまくり、しかしどうやらその中年女がフォンらしいと分かって眼が点になった。マジかよ!
 若くて色白な如何にも生娘って感じが初々しいプリムシニー(クリーム)のイメージが強すぎて、何とも冴えない煤けたそこら辺のパートのおばさんみたいなのじゃ、幾らケイジの年齢に合わせたからって、他に女優居なかったのだろうか? 肝心のヒロインがこんなじゃ・・・
  おまけに、ケイジ扮する殺し屋ジョー、フォンとの関係の、紳士的ってのを通り越して何とシャイなことだろう。これはアジア的って事なのだろうか。「レイン」は若い二人だったから(ベッド・シーンのない)純愛路線も好かった。これはケイジ=ハリウッド側が求めたものなのか、それともオキサイド・パンが決めつけたものなのだろうか。これも妙なつまらなさに貢献しているもう一つの要素だろう。

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 そもそもこの映画で関心があったのが、チャークリット・イェムナムだった。
 タイ映画の主演級の中堅どころって位置のイェムナム、やはりハリウッドのカラテ親爺=スティーブン・セガールの2004年の《沈黙の聖戦》が同じくタイを舞台にしていて、セガールの娘のタイ人の恋人役で出たのがイェムナムだった。けど、出てすぐに死んでしまった・・・ほんの端役だったのだ。王家衛の《2046》に出演したはずのタイのスーパースター=バード・トンチャイと同様、タイの俳優ってまだまだそんな扱いなのかと随分と情けない思いをしたことがあって、予告編観ると結構ケイジと絡んでるなーと喜びそれなりに期待はしていた。
 この映画じゃ出演時間はちゃんとした脇役の出演頻度だったのに、演出がおざなりでぎこちなく中途半端な役処。丸でイェムナムなんて俳優見たこともないようなハリウッド監督がお義理で使っているみたいだった。タイだとイェムナムが殺し屋ジョー役を演ってもおかしくはないのに。
 おまけにシナリオも随分といい加減で、総じてオキサイド・パン(ダニー)自身とは別の処からの意向が働いていると云わんばかり。これじゃてんで話にならない。銭儲けとしては好いのかも知れないけど、監督=作品として考えると、もうそろそろ"ハリウッド"という錦の旗なんかに拘るのも止めてもいいのではないか。

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 世界を股に掛けて殺人に勤(いそ)しんできた殺し屋ジョー、そろそろ脚を洗う潮時と最期の荒稼ぎとばかりタイに赴く。何件もの仕事をこなさなければならず、現地の使い捨ての男を捜す。それがコン(チャークリット・イェムナム)であった。現地のマフィヤとの連絡係の仕事をさせ、最期には証拠隠滅とばかり消してしまう目論見であった。
 多少の紆余曲折はあっても仕事は順当に昇華していったが、最期のターゲット、コンも正義の人と賞賛する政治家の時になって、元々政治絡みはやらない主義であったのもあって、ジョーは土壇場で放棄する。が、警戒中の警察に発見され、負われる羽目に。同時に、そんな政治家暗殺すら請け負った現地のマフィアも身の危険を覚え、コンを捕まえ白状させ、ジョーは警察とマフィヤの両方から追われることにななってしまう。それでもマフィヤを全滅しボス一人だけ、自身も被弾し、マフィヤのアジトの前に停めた車の中で、最期の力を振り絞って自分とボスの両方の頭を撃ち抜く。
 「レイン」だと、フォン(プリムシニー)が必死に駆け寄り、警察に阻まれてしまうシーンが効果的だったのが、このハリウッド版だと中年のフォンは姿も見せない・・・

 興行的には冴えなかったようだが、こんなのがヒットしたりしたら、世界中のピンキリ監督にもチャンスは無限ってところだろう。ホラー映画だと、ハリウッド・リメイクもオリジナルのそれぞれの地域の独自の特殊性=情緒は希薄になるものの、ドライでパワフルなリアリティーを獲得し大抵面白くなるけど、アクション物だと仲々そうはいかないようだ。(勿論例外も多々あるが)

ジョー  ニコラス・ケイジ
コン   チャークリット・イェムナム
フォン  チャーリー・ヤン(楊采妮)

監督   オキサイド&ダニー・パン
脚本   オキサイド&ダニー・パン、ジェイソン・リッチマン
撮影   デーチャー・スィーマントラ
制作   (米国)2008年

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