関門海峡相克史 ( 新・源平合戦 )
ちょっと前、関門海峡で深夜、海上自衛隊の護衛艦と韓国のコンテナ船が衝突し、炎上する事件が起き、また海上自衛隊か、と思ったら、その海域を担当している第七管区海上保安庁(門司)の誤誘導だった。只、そんな単純な事件でしかないのに、東京湾沖イージス艦激突殺人事件と同様、頑なに自らの責任を認めないという権力・官憲のお決まりパターンを決め込もうとして問題をややこしくしてしまった。
ここは下関港から韓国・釜山や中国・青島、蘇州太倉行きの国際フェリーが通り、上海=神戸・大阪のフェリー鑑真号も時折通過したりする川並に狭い国際航海路、今年辺りからその海上保安庁の指示・警告が法的強制力を持つようになるらしい。デタラメ・無責任を絵に描いたような彼等が憲兵づくに管理するんじゃ堪ったもんじゃないけど、これから先、さて一体如何なることやら・・・
門司カスタム岸壁に繋留中の護衛艦くらま
その事件の報を聞いて、わざわざ海峡まで足を運んだ折、先端の変形し黒く焼け溶けた護衛艦の繋留した岸壁が、他でもない、依然このブログでも触れた、たった二ヶ月間の門司=韓国・釜山の定期フェリーの発着するチャチなプレハブのカスタムハウスの岸壁であった。カスタムの入口のガラス戸を確かめてみたら既にフェリーのポスターは剥がされていた。正式にこの航路、廃止になったようだ。
前代未聞のたった二ヶ月間の国際定期航路って、ギネスものではなかろうか。
それも、石を投げると届きそうな直ぐ対岸の下関にはとっくに戦前から有名な関釜フェリーが運行されているのにも拘わらずの、何とも殺伐とした一億総ベンチャー化時代の遣り口ではある。
馬関戦争(四国連合艦隊と向こう側下関)
その頃、そしてその大部前にもその関門海峡を挟んだ門司と下関との互いに別の県ではあるが合併問題が浮上していたようだ。恐らく今後も再び。
嘗てこの門司港の観光エリアの一画に佇む中国・大連風洋館の東アジア図書館に立ち寄った時、瞥見した郷土史書を興味深く読まさせてもらった記憶がある。大正末の書物にも、この福岡県と山口県の別々の街の合併が認められていて、その動きは古くは鎌倉末期まで遡るという事であった。地理的位置故の必要性なのであろうか。それは、しかし、為政者・経営者的な立場でのものであって、それぞれの住民達の希望・思惑とはまた異なるものであろう。互いの市民が隣人愛に溢れていたり友好的であったりした歴史的背景ってあったのだろうか?
下関漁港に面した昔日の面影残る細路(伊崎町)
他の書籍を散見した感じでは、如何もそんな感触ではなかった。
好くて普通、悪くて反目と云ってしまうとちょっと大袈裟だが、例えば、上記の釜山フェリーにしても、あるいは、《放浪記》で有名な大正時代の作家・林芙美子の出身ですら対岸同士で張り合ってでもいるのか互いに自分の街の出自を譲らないようだ。更にも少し昔に遡れば、今は建物だけ下関に残っている英国領事館、明治に設置が決定された時も、この両市で争い、下関側が英国代表に次のような優越感に満ちた具申書を送付したという。
「人口はほぼ同じだが、下関は商人および小売人を以って充されているが、門司の住民の半ばは石炭積込みの労働者及び日本における最下級に属する人物なり・・・」《関門海峡渡船史》澤忠宏(梓書院)
当時、数百年北前船貿易で繁栄してきた下関も漸く翳りを見せ始め、逆に数百年の間一寒村でしかなかった門司は明治政府の石炭積出し・国際貿易港政策に乗って躍進し始めていた、どちらも自らのステータス・シンボルとばかりに欧米一等国の領事館設置に飛びつき争って難航したらしい。まだ半世紀も過ってなかった馬関戦争で欧米海軍と闘い敗北した長州=下関がその四国連合国艦隊側のトップ英国の領事館設置を争うとは何とも皮肉な話だ。
伊崎町の民家
そして、その馬関戦争のちょっと前、長州軍が度々門司側に攻め込み、地元の漁師・農民から略奪等を働き、門司の住民から疎まれていて、四国連合艦隊が門司の田野浦沖(源平合戦・壇ノ浦の戦いの場)に現れた折、長州退治を願い出てたりしたらしい。これは出典は忘れてしまったけど、知って驚いてしまった。後、長州征伐・長州=小倉藩戦争の折、門司側に上陸した長州軍=奇兵隊(高杉晋作)・海援隊(坂本龍馬)に門司の農民代表が住民殺害の噂を恐れて進物を携えて機嫌伺いに赴くと、晋作が目的は小倉藩打倒と噂を一笑に付し、その旨農民達に伝えるようにと応えたという。
薩長官軍の略奪行為はその虚実はともかく時折書物に見掛けたけど、こんな処で、つまり地元で既にそんな出自があったのかと思わず唸ってしまった。
(長州=奇兵隊も、高杉晋作一人が傑出していて、後は伊藤博文・山縣有朋等の碌でもない権力志向ばかり、晋作早逝が禍根をばかり残した。あるいは、も少し長生きしていれば孤立し疎まれやはり闇に葬られたのかも知れない。)
ともあれ、如何見ても目先の利害・打算の上のものとしか想えない両市の前代未聞の他県同士の合併、再び同じ理由で霧散しかねないものの成り行き如何(いかん)?
(注) 上記の「長州軍=奇兵隊(高杉晋作)・海援隊(坂本龍馬)」の海援隊(坂本龍馬)は、どうも出典が怪しそうで、普通は長州軍と連携し、龍馬=海援隊=亀山社中がユニオン号や庚申丸から門司の幕府側に砲撃を加える等の援護ってところがお決まり。中には、龍馬自身は船には乗らず、下関側の山(火の山か?)と高見の見物を決め込み、実戦を俯瞰し後学の資としたという論もあるようだ。

門司(田野浦)の細路に面した民家
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