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2010年3月20日 (土)

映画《チベットの女》 歌姫と僧侶・領主そしてカムパ

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  所謂「解放」前のチベットを描いた田壮壮の《盗馬賊》とは又些かニュアンスの違った解放前からのあるチベット女性が辿ってきた、三人の男達を巡る軌跡。原作者が(一応)チベット人のザシダワであったから好かったものの、これが監督と同様漢族だったら、チベット人達が騒いだかも知れない可能性はあったろう。勿論゛三人の男゛という部分だ。
チベットは基本的に母系制(地域によって一定はしないようだけど)の名残りのせいか性に開放的らしい。人民中国下では潰えた制度だろうし、他の国(地域)のチベット族も今じゃ一婦一夫制だろう。性的に開放的な性向の少数民族って少なくはなく、漢族の作家達がそれを好餌とばかりイマジネーションを膨らませて描いたりして、書かれた少数民族に抗議されるって事件時々見掛ける。とりわけ拮抗する民族間だと一層その可能性は高い。

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 この映画、原作では如何描かれているのか祥びらかでないけど、1959年のエピソード中に、荘園領主の屋敷に、ダライラマと覚しき風体の青年が出てくる。勿論セリフもなく奥の部屋で領主の息子とヒソヒソ小声で話し合っている光景や屋敷から抜け出す場面が引いた位置から描かれているだけ。主人公の娘イシが誰だろうと遠くから覗いている設定で。
 悪辣には描かれてないけどあくまで封建制的搾取の「特権階級」としての荘園領主の屋敷という前提のものであったから可能だったのであろう。でなければその場面はカットされたか映画自体が日の目を見なかったであろう。その辺りを知悉した謝飛監督の面目躍如というところだろうか。

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 解放以前、チベットのロト村に、カムパ(カム人)の隊商が現れる。村の外れの切り立った絶壁の細路でロトの荘園領主の一行と途中で鉢合わせし、どちらも引かず、結局荘園の幹部がこんな断崖絶壁で争った日には皆谷底へ馬もろとも落ちてしまうと領主をなだめ、領主側が片側に身を寄せ、その更に狭まった細路をカムパの隊商が進んで行くことで決着。

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 ところが、そのカムパの隊商の首領・ギャツォは、村の歌姫・イシに一目惚れする。おりから、村の荘園領主の息子・クンサンに見初められ、既に嫁が居るにもかかわらず強引にイシを屋敷に正式に呼び寄せらていた。クンサンも、イシの美貌とその歌声に惚れ込んでいたのだ。翌日、イシの母親に引き出物の大きなダイヤモンドを渡し、荘園領主の息子の処へ赴いてイシを嫁として貰い受ける旨通達し、後日、イシを略奪し遠くへ連れ去って行く。略奪婚ってものだろう。イシも、前世での自分の行いが悪かったせいだと諦め、ギャツォをに尽くすようになる。

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 この映画は基本的に現在のラサを舞台にしたイシの回想形式で構成され、伴侶の老いたギャツォの姿の後に、何とも若々しい無頼のカムパそのものってイメージは新鮮。荘園主の屋敷でのギャツォの仲間と領主側の衛兵達との例のチベット長刀の柄に手を掛け少し抜いて鈍く輝く刀身を見せての対峙って、日本や中国とは又異なる作法と赴きがあり、迫力もある。正に若きカムパ、ギャツォの面目躍如が、現在の老いて息をゼーゼー鳴らす好々爺ギャツォとの対比が、嫌でもイシの辛酸・辛苦の長かった人生の変転を想わせる。

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 やがてイシは娘を産み、上記の1959年のラサ暴動=人民解放軍の侵攻の折、産んだばかりの長男を領主の息子の子として奪われ、ギャツォがそれと知って怒って娘を連れて戻っていたカムへすっかり酒に溺れてしまったギャツォを救いに赴く。道中、僧となっていたイシの幼馴染み、初恋の人サムチュに助けられ、近くまで同道するが、イシの恋慕に危うさを覚えたのか、恰度開祖パドマサンバヴァが修行した断崖の岩窟に籠もっての修行に入り、イシは仕方なく一人でカムへの旅を続ける。娘が北京の学校に行ってしまい一人酒に潰え去るばかりのギャツォを見つけ出した・・・

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 現在、イシとギャツォは、役人になった娘のお陰で以前のチベット民家の官舎に入れ、直ぐ向こうに大きく聳えているポタラ宮を眺めながらの毎日を送っていた。北京から遊びに来た孫娘に、自分の昔話を語って聞かせ始める。そんな回想の断片断片が挿入され、博物館の外人相手の解説の仕事に就いていた亡命先から戻った嘗ての荘園領主の息子、今では大僧正にまでなったサムチュ達とギャツォの死を絡ませての再会そしてイシの死。

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 チベットのあっちこっちの景色が織り込まれ、それだけで一幅の絵になってしまうが、ハイビジョンの現在では些か色褪せて見えてしまうのは仕方ない。チベットものを撮りたがる監督って大抵あの素晴らしい自然とチベット人達の景観を何よりも撮りたいのだろう。もうそろそろカイラスとマナサロワール湖も好いのではないか。聖地故にチベット人的には冒涜になってしまうのだろうか。(中国政府のカイラスを通る道路建設に世界から反対の声が挙がっているらしいのも恐らくそんな関係だろう。確かに、観光客にとっては便利だけど、雲南の虎飛峡のようになっちまっては風情も何も失せてしまう)

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 これも一種の女性映画と云えなくもないが、作りも悪くなく出演者もチベット人ばかりで、《盗馬賊》や《ココシリ》と同様秀作だろう。゛Song of Tibet゛のタイトル通り、白雪の嶺々に谺するイシの歌声に、男達は魅せられるのだが、日本の山岳地帯の民謡の響きにも通うものがあり、妙に親近感が湧いてしまう。

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  イシ        テンジン・ドカー
  イシ(娘時代) ラクチュン
 ギャツォ       オンドゥ
 ギャツォ(青年)リンチェン・トゥンドゥプ
 クンサン    ツェリン・ドジェ
 ナムチュ        チュンベー・ロサン
 イシの孫娘  ダトゥン

 監督 謝飛
 原作 ザシダワ
 脚本 謝飛、ザシダワ
 撮影 傳靖生
 音楽 張千一
 歌  ラモツォ

 制作 中国(2000年)

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