《狼山喋血記》1936年の黎莉莉と江青(藍苹)
1930年代の中国映画界、阮玲玉や周旋等大明星(大スター)と並んで人気のあった黎莉莉(リー・リリー)も周旋(チョウ・シュワン)と同様、上海の《明月歌舞団》で頭角を現し、王人美、胡笳并等と共に゛四大天王゛と呼ばれ、王人美(ワン・レンメイ)は歌唱で、黎莉莉は舞踏に秀でていたという。
阮玲玉(ルアン・リンユィ)とも《小玩意》や《国風》で共演したことがあり、《体育皇后》、《大路》(1934)や《孤岛天堂》(1939)等が代表作。
北京(当時は北平と呼ばれていた)生まれで、両親が中国共産党の地下活動家、家で秘密会議が開かれている時などまだ小さな莉莉は家の前で見張り役なんかさせられていたらしい。そんな不安定な家庭で孤児院にすら預けられたりもし、不遇な少女時代を余儀なくさせられたものの、1926年十一才の折《燕山侠隠》に出演。十二才の時、上海の黎錦暉主催の《明月歌舞団》に加入し、彼女の本領発揮の舞台・銀幕女優としての人生が始まることとなる。舞踏(ダンス)に傑出していたようで、可愛い容貌でもあり、北京生まれなので綺麗な北京語も話せ、団長の黎錦暉にすっかり気に入られてしまって、中国各地・東南アジアの国々に公演の旅に出ることにも。
歌舞団が1931年、映画会社の名門《聯華影業公司》とタイアップし、彼女も銀幕女優としての道を歩み出すことになる。翌年、早速、孫瑜監督《火山情血》で主演。《体育皇后》でブレーク。この《体育皇后》で阮玲玉等と共にすっかり「摩登女郎(モダン・ガール)」の象徴としてのポジションを獲得。そしてこの費穆(ムー・フェイ)監督《狼山蝶血記》、1936年一月に結成された《上海電影救国会》の日本軍の中国侵略に抗する民族解放=国防映画として作られた作品で、かの文革四人組の女帝・江青が助演している作品でもある。
黎莉莉(小玉)と藍苹(劉三の妻)

藍苹=江青のクローズ・アップ 恐らく藍苹が監督に執拗に無理強いしたのだろう。
ある山奥の村に狼が群れなして出没するようになり村人や家畜が襲われたりして困っていた。一人狼と戦い続けてきた猟師の老張や勇気ある何人かの者達が鉄砲(猟銃というより鉄砲)を片手に狼達を成敗し始めたものの、多勢に無勢、一向に成果も上がらず、やがて主人公・小玉(黎莉莉)の父・李老爺や劉三の赤ん坊、茶館の親爺(老板)・趙二の息子までが相次いで狼群に襲われ殺されてしまう。嘗て幼い頃実の兄をも狼に喰い殺されていた小玉が村の者達に叫ぶ。
「みんな、こんな風に死んでゆくのを待つだけ!」
集まった村人達も次から次へと鉄砲や武器を取り、悪辣・凶暴な狼達を殲滅するぞとばかり一斉に狼狩りに出発する。「お前も、俺も、みんな狼どもをやっつけよう・・・」と、《打狼歌》を唄いながら。
ストーリーは単純で分かり易く、凝った作りはしてない。
基本的には抗日運動のプロパガンダ映画なので、出来るだけ多くの大衆に観て理解して貰わなければならないから当然だろうが、解放後の中華人民共和国が成立してからの、共産党独裁的な「プロパガンダ映画」とは一線を画した、あくまで民族解放運動としてのだから教条主義的ではなく、まだ観れる作りではある。この手の映画って、ハリウッド映画にも日本映画にも頻くあるパターンで、問題は如何に作るかだろう。
費穆監督のこの映画、一回観た限りでは、特筆するようなものではなかった。中国の「国防映画」というあくまで歴史的記念碑的作品というところに意味があるのだろう。
勿論、狼とは侵略してきた日本軍の寓意。簡単に誰にでも分かる例え話だ。況んや当時の中国人達には。日本軍に武器を取って起ち上がろう、という素朴なプロパガンダ。もはや新人ではない、《体育皇后》で水着姿を披露し、雑誌にすら水着姿を載せてその大胆さが話題になった、今風に云えばグラビア・アイドルってとこだろうか、正にモダン・ガール、モガの代表的女優となっていた莉莉、それが村の娘役で愛国映画に主演するとは、阮玲玉や周旋も同様であったが、正にそんな時代の中国の情況ではあったのだろう。
黎莉莉 「甜姐」と呼ばれたらしい。
この映画のもう一つの見所は、《紅色女皇》こと、西太后とその凶悪を並び称される毛沢東の妻たる若き江青が出演しているってところだろう。江青は延安に去ってからの名で、演劇・映画界の頃は、藍苹(ランピン)。江青って何故か小柄なイメージがあるが、当時から大柄な女で、中国で一番最初に女性のヌード・モデルをつかって絵を描いたといわれる劉海粟が彼女のヌードを描いたらしく、彼に云わせると、間違っても美人じゃないけど、衣服を脱ぎ捨てた彼女の裸体・身体は素晴らしいものだったらしい。そしてセクシャルな意味でも「好い」らしく、多くの男達が群がったようだ。当然彼女自身も「泥棒猫」呼ばわりされてたらしい。あの《街角の天使》に主演した当時の中国映画界屈指の人気男優・趙丹も、1934年に彼も参加した話劇《ノラ(人形の家)》に藍苹が主演に抜擢され、好評だった頃だろうか、如何も同棲していた噂もあるらしく、そうなると、後日の1936年四月の杭州・六和塔での集団結婚式でも趙丹、藍苹は別々の伴侶と参加しているし、更に有名な文化大革命時の藍苹=江青の趙丹を投獄しての苛烈な仕打ちも、単に証拠隠滅だけじゃなく、もっとドロドロした、あたかも実は刑死してなかった川島芳子と初恋の山家亨少佐との関係にも似た骨肉の怨念的確執という面もあったのかも知れない。当然、美専の校長・劉海粟も文革時には難を蒙っている。
藍苹=若き江青。 不遇な環境から抜け出せ、束の間の得意の時代。
この映画で藍苹と共演したお陰で、黎莉莉は難を免れたという。
確かに、四人組の女帝・江青が出演していたから誰も批判は憚られたろう。下手すると「反革命罪」で投獄・死刑が待っているだろうから。それでも、黎莉莉の夫・羅静予は捕らえられ自殺してしまったらしいが。監督の費穆、撮影当時、藍苹が出番が少くな過ぎると五月蝿くて難儀したらしいけど、映画観れば一目瞭然、《街角の天使》に当時演劇界で脚光を浴び始めた小雲役の趙慧深の同じ脇役でもが出番と役回りが較べようもないくらいの端役に過ぎない。これはプライドだけは人一倍強そうな藍苹=江青の恨みを買ったろう。 それ故にか、趙慧深、文革で可成り散々な目に遭わされ恨みを呑んで自殺を余儀なくされたのが、監督の費穆の方は、解放=中華人民共和国成立後幾らもしない内に死去してしまい、幸いにも文革での苛烈な憂き目を見ないで済んだ。恐らく、生きながらえていれば、殺害=自死の定かならぬ死が待ち受けていたろう。 因みに、藍苹、《明月歌舞団》の入団試験を受け落ちたという話もあるらしい。
時代の寵児・才媛=王瑩。江青の奸策により文革期に獄死(=殺害)
ところで、この《狼山喋血記》の頃、藍苹の居た《業余劇人劇団》で夏衍の゛国防戯劇゛《賽金花》の主役の座を巡って藍苹と以前からの才媛の売れっ娘・王瑩(ワン・イン)と争い、結局王瑩達が劇団を出て《四十年代劇社》を結成し《賽金花》を上演。李鴻章役に金山。大当たりしたようだ。藍苹は《業余劇人劇団》で《大雷雨》のヒロイン・カテリーナを演じたものの声望は下り坂。
王瑩、この頃既に話劇に映画に活躍していて、後も多芸多才振りを発揮し、東南アジアや米国にすら脚を延ばしていたけれど、文化大革命で、当然藍苹=江青のその《賽金花》の主役争いの恨みを晴らされ、【三十年代黒明星】や【米国のスパイ】とかの嫌疑の下に夫と共に逮捕・投獄され七、八年もの獄中生活の末怨みを呑んで獄死。
正に文革こそ《狼山喋血》ではなかったろうか。
周旋=旋は、左に王偏が付く。 喋血=血塗れ。
「明月歌舞団」は、ブログ「北京東京趣聞博客」が比較的詳しい。
黎莉莉 小玉
張翼 老張
劉琼 劉三
藍苹 劉三妻
洪警鈴 趙二先生
尚冠武 李老爺
監督 費穆
脚本 沈浮・費穆
撮影 周達明
作曲 任光 ....
作詞 安娥
制作 聯華影業公司 1936年(上海)
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