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2010年4月30日 (金)

昏いモノクロ世界 《饑餓海峡》

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   錯覚、つまり記憶的錯誤ってのは頻(よ)くあることだ。
 てっきり終戦直後の、まだ仄暗いモノトーンの"闇市"のイメージの残った世界そのままに脳裏に刻印されていたはずが、三国連太郎、伴淳三郎、高倉健などの名前に、思わず"?"と困惑してしまった。終戦直後に高倉健はちょっとおかしい・・・三国と健さんは東映・深作欽二監督の《狼と豚と人間》で共演していたし・・・それが終戦直後はあり得ない。制作年代を確かめてみると、果たして昭和40年(1965)であった。何のことはない三国と健さんが兄弟役を演っていて、十代の北大路欣也や小林稔侍なんかがインド映画ばりにミュージカル・シーンを演っていた《狼と豚と人間》が公開になった翌年だ。何故か、映画の設定時代を制作年代と短絡させていたのだけど、こんな簡単な矛盾を犯してしまうのは、その元情報と可成り疎遠になってしまった記憶の風化に拠るものだろうか。

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 林芙美子・原作、成瀬巳喜夫監督の《浮雲》がその十年前の1955年で、その頃はまだ東京にも戦災の焼け野が原が残っていて画面にも登場したけど、この60年代の《饑餓海峡》にも下町の雑然とした景観が背景として使われている。しかし、終戦直後にしては、登場人物達、いずれも、ふっくらと栄養いき届き、むしろ飽食の感すら呈し始めた風貌と身体じゃ、戦前・戦中・戦後を知り抜いている監督・内田吐夢、さすがそれなりの精細度の当時のフィルムはまずいと、粗い16ミリで撮ったのを35ミリに変換した"東映W106方式"にせざるを得なかった由縁。何しろ"饑餓"海峡なのだから。

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 この映画、初見で、水上勉の原作も未読。
 満映の大御所だった内田吐夢、戦後は東映で《大菩薩峠》、《宮本武蔵》がシリーズ化していたが、この映画の上映時間を東映が短縮してしまい、承伏できず退社。オリジナルを会社側の営業上の理由等で短くカットしてしまうのは洋の東西を問わず何処も同じで、最近じゃ、ビデオで"ディレクターズ・カット"版として復活することが多い。僕が観たビデオもオリジナル版。

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 飢餓海峡。それは日本の何処にでもみられる海峡である。
 その底流にわれわれは、貧しい善意に満ちた人間の、ドロドロした愛と憎しみの執念を 見ることができる。 
 
  と、冒頭、ニュース、ドキュメンタリー調のナレーションが入る。
 青森=北海道間の津軽海峡をのみ意味するのではない、日本中に一般化されたものとしての《饑餓海峡》。この場合、海峡本来の意味は無化され、せいぜい断絶あるいは狭いところでせめぎ合う奔流ぐらいのニュアンスが残るだけだすると、日本=韓国を舞台にしたドロドロした愛と憎しみの執念の因縁譚たる唐十郎の《実録・玄界灘》なんかも、拡張されたものとしてそのカテゴリーに入ってしまうのだろう。        《》
 確かに、戦中・終戦直後は日本中(少なくとも都市部は)皆飢えていたろう。そして、又、社会構造的に、貧しい者達は戦前からでも同様であったろう。一人の"貧しい善意に満ちた人間"に過ぎなかった主人公の復員兵・犬飼(樽見)とヒロイン娼妓・八重は共に戦前から底辺で呻吟し、何としてもその苦境から這い出そうと藻掻き続けてきたのであった。それが、ふとした偶然のきっかけで、大金を得てしまうが、それが容易成らざる出自の金の故に、因果・因縁の展開図さながら、更なる偶然の契機に導かれるように邂逅し一つの環を閉じる。《大菩薩峠》にも通じる仏教的な匂い。

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 昭和22年、津軽海峡で青函連絡船・層雲丸が台風に巻き込まれ沈没し大騒ぎ。それよりちょっと前、日本海側に面した北海道・岩幌町で大火があり、そこの質屋を襲った二人組が放火したのが発端らしい。二人は駅の待合いで待機していた復員兵・犬飼(三国連太郎)の買っていた切符で函館に逃亡。折からの台風と連絡船沈没で騒然たる情況の最中、混乱に紛れて借りた手漕ぎ小舟で対岸の青森・下北半島仏ヶ浦に辿り着く。途中の海峡の上で、網走刑務所を出所したばかりの二人組が仲間割れし犬飼すらを襲おうとして逆に大男の犬飼に荒れた海に叩き落とされてしまい溺死。証拠隠滅のためにか小舟を断崖の上に引き上げ焼却。

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 これは実際には昭和29年(1954)9月26日五隻の青函連絡船と1430名の死亡者を出した《洞爺丸事件》と同年岩内町で起こった台風15号による強風で全家屋の80%を焼失する大火災に見舞われた事件とを元に、未だ混沌とした終戦直後に時代を遡って設定し直したもの。仏ヶ浦は断崖・奇岩で有名でその奇勝に浄土を重ねた名称が付されているという。苦境からの脱出を図った彼等には何とも相応しい場所ではあった。その後方にあの恐山が聳えているという。映画の合間合間にイタコ(口寄せ霊能者)のおどろおどろしいショットが入るのも、一層雰囲気を盛り上げている。

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 予想だにしてなかった大金を手中にした犬飼、ひとまず安全な本土に逃げおおせ、乗り込んだトロッコ電車の中で、小学校を出て直ぐ娼妓の世界に入った八重(左幸子)に出遭う。戦前は小学校卒が一般的な学歴で、その後男女それぞれが商家や工場に働きに赴いたのであって、別段八重が特別な境遇という訳でもないけれど、やはり娼妓は出来るだけ避けられた職域だったであろう。人見知りしない大らかな八重は、親切な犬飼に好感を持ち、物欲しげな飢えた犬飼ににぎり飯をやる。貪ぼる犬飼。その善意と善意の交歓が機縁となって、やがて十年もの間を置いて後の、破滅への邂逅へと収斂してゆくこととなる。同じ社会派推理小説でも松本清張とは又趣きの違った水上勉の作風、と云っても、原作を知らないあて推量だけど、実際は如何なのだろう。

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 八重の部屋で睦み合うというより、一方的に犬飼に惚れた八重がむしゃぶりついたって処だが、犬飼別れ際に大金の幾らかを八重に渡し足早に去って行く。新聞紙にくるんだ札束に仰天した八重は寝間着のまま犬飼を追ったが既に犬飼の姿はなかった。伸びていたので切ってやった犬飼の大きな爪を一つ大事そうに紙に包んで、自分が今まで如何なに足掻いても手に入れられなかった大金、その金で家族の借金も返せ、兄弟にもまとまった額のものを渡せ、後は自分一人の身のことばかりにかまけていれば好い恵まれた境遇にしてくれた犬飼への恋慕と感謝の念を捧げる犬飼の分身として何時までも大事に行李(こうり)の奥に仕舞うことになる。これ以降、犬飼が北陸の町で篤志家として新聞記事に載る日まで十年、杳として行方知れずの犬飼と再会することはなかった。

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 犬飼が去って幾らもしない内に、函館署の刑事・弓坂(伴淳三郎)が現れ、犬飼のことを尋ねるが嘘で誤魔化し、今度こそはと正業に就いてまっとうな生活を送ろうとさっさと東京に向かう。しかし、東京でも結局似たり寄ったりの仕事しかなく結局娼妓に戻ってしまう。そこで五年ほど働き贅沢もせずコツコツと金を貯め、せめて一度でもいいから犬飼に再会し一言礼を云う機会を待ち続けた。
 と、ある日、売春防止法条例発効の日が後半年に迫り、置屋の旦那が今後の女達の身の振り方などを皆で相談しようとした時、ふと拡げてあった新聞に視線を落とした八重は暫し己れの眼を疑った。北陸・舞鶴の篤志家の記事が載っていて、何とそこにあの犬飼によく似た人物の写真があるではないか。犬飼に間違いない、八重は直感した。

 早速舞鶴に向かい件の篤志家・樽見に会いに行く。成功した企業家として様々な慈善事業にも関わってきていて地元では既に高名で、屋敷を訪れると脚の悪い妻が応対に出た。八重の追求に樽見なる男は頑なに犬飼であることを否定し続けたものの、降り出した雨に窓を閉めようとして伸ばした片手親指の傷で八重にバレてしまう。狂ったように男にしがみついた八重に、男も諦め認めてしまい抱き合うが、遂手に力が入ってしまったのか、意図的にか八重の首の骨が折れてしまう。陶酔の極みに死んでしまった故にか愉悦を湛えた八重の死顔に、思わず嗚咽を洩らしてしまう樽見=犬飼。と、そこに茶を持って書生が現れ、詮方なく書生をも首を絞めて殺害してしまう。

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 舞鶴警察(署長・藤田進)の捜査も直ぐに暗礁に乗り上げてしまった。死体確認にわざわざやって来た八重の父親が洩らした言葉に、一縷の光明の如く活路を見出す。十年もの以前、函館警察がひげ面の大男のことを尋ねに来た、と。早速函館に弓坂刑事を訪ねる。例の質屋殺しの網走刑務所を出所した二人を殺害した犯人を取り逃がし既に退職し、つぶしもきかず刑務所職員となって細々と生きていた弓坂であったが、急遽舞鶴署の捜査員(高倉健)と一緒に舞鶴に向かい捜査に協力する運びとなる。一筋縄ではいかなかった樽見であったものの、弓坂の差し出した嘗て仏ヶ浦で三人の乗った小舟を焼いた灰の入った袋包みを見せられ、号泣し崩れ落ちる。
 結局北海道に捜査員達と共に戻り、そこで自分の足取りを明らかにするという樽見の求めに応じ、漸く津軽海峡を青函連絡船で渡ることとなった。弓坂が死者達の冥福を祈るための献花を樽見に渡し自身が先ず昏い色を湛えた海峡に放り投げ読経する中、すっくと立ち上がり施錠したままの樽見も弓坂の横にデッキをゆっくりと歩き出した次の刹那、脱兎の如く手摺りを飛び越え、白波の大きくうねる昏い海へと飛び落ちていった。

 自民党半世紀支配の帰結としての恒久的不況故に、《蟹工船》がもてはやされる時代相、正に列島中《饑餓海峡》的情況の蔓延する現在、半世紀近く過っても、未だ説得力のあるストーリーと映像。
 犬飼=樽見役の三国を観ていると、ふと1973年制作の吉田喜重監督《戒厳令》での三国演じる北一輝を想い出した。妙に病的な北一輝ではあったが。

 監督 内田吐夢
 脚本 鈴木尚之
 撮影 仲沢半次郎
 音楽 富田勲
 
 樽見京一郎/犬飼多吉:三國連太郎
 杉戸八重:左幸子
 弓坂吉太郎刑事・元刑事:伴淳三郎
 味村時雄刑事:高倉健
 杉戸長左衛門:加藤嘉
 荻村利吉東舞鶴警察署長:藤田進
 制作 東映 1965年作品

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