ウイグル族の町 カシュガルの《色満賓館》
カシュガルのシンボル エイティガール・モスク
昨年のウルムチ暴動はじめ最近も新疆ウイグル自治区は、独立運動等で揉め続けているが、'90年代前半に何度か訪れた頃には、暴動や爆弾騒ぎに明け暮れていて、カシュガルがその中心地の観を呈していた。以前は住民の殆どがウイグル人だったはずが、最近は如何なのだろう。漢族の植民政策は、チベットだけに留まらず辺境全域に及んでいるようだ。

ウルムチは、新疆の省都として発展し今じゃ漢族の方が多くなっているらしく、筆者が最期に訪れた時も、米国のホテル・チェーン、《ホリデー・イン》(今は新疆グランド・ホテルという名に変わったらしい)が出来たばかりの屋上の外壁のラウンドが些かいびつで、「やばそうだなー」と連れの日本人共々見上げ苦笑してしまった。一階にあったカフェだったかレストランに冷やかしで入ってみると、全く慣れていない小姐(ウェートレス)に、客のこっちの方があれこれと教えてやらねばならなかった。それはそれで笑えたし、微笑ましくもあった。それから15年以上の歳月が過って、如何にも貧乏くさいバックパッカー風だと、《ホリデー・イン》でなくとも、一目で見下げられ蔑まされ追い出されかねない昨今の改革開放後の中国だ。

ポク、ポク、ポク、ポク
カシュガルは何よりもウイグル族の町で、砂ぼこりの道をポク、ポク、ロバやラバの牽く馬車が頻繁に行き交い、道の両側に伸びた木々が日陰を作る長閑(のどか)なところで、旅行者に人気の町であった。尤も、本当に長閑な町といえば、やはりパッカー達に人気の風光明媚なトルファンに尽きよう。
イスラム世界の定番、チャイハネ(茶館)も至る所にあり、通りに面した建物の場合もあれば、ちょっと入った葡萄棚のある木陰の下に絨毯を敷いた場合もある。同じく、鉄串に刺して焼くカバーブも同様、イスラム風味を掻き立てる。バザールも多く、ハミ瓜や西瓜、アンズ、葡萄が並ぶ。

カシュガルのパッカー達の定番宿っていえば、もうシーマン《色満賓館》とチニワク《其尼瓦克賓館》だろう。《色満賓館》は本館がイスラミツクな建物で、筆者が泊まったのは売店の隣の建物。これも中国のドミトリーの備わったホテルではよくあるタイプ。綺麗な本館の裏に侘びしく佇んだ燻すんだ建物ってのが相場。リッチな本館の泊まり客達が背後にポツンと佇むショボい建物を見下ろし、「あれ何?」って眉を顰め訝しんで従業員の宿舎か何かと決めつけるような代物。

チニワクの方が小綺麗で日本人には人気があったようだけど、ここは又フンジェラーブ峠を越えてきたパキスタン人達の定宿でもあり、時折若い"男"つまり男子学生が強姦されたりするのでも有名で、そこに泊まっていた女子留学生達に誘われて様子見にドミなんかに訪れたことはあった。そこに泊まっていた日本人の男子学生に訊くと、彼も以前ここで複数のバキ人達に襲われたと告白した。事が事だけに、余り突っ込んで訊く訳にもいかず、うん、うんと神妙な顔して頷くしかなかった。見てるとそれ程の悲壮感も漂ってもいず、むしろ淡々とした口調と表情であった。彼以外にも、もう一人別の日本人学生の"犯された"旨の告白を聴いたことがあった。女はともかく、髭を生やしてない若い男はヤバイ処で、大抵髭を生やしていた筆者は些か安全なのかも知れなかったけど、やはり泊まるのは遠慮させて貰った。ここの売店のドリンク類は比較的よく冷えていたので、冷たいものを飲みたい時だけは寄ってはいたが。

《色満賓館》の敷地内にあるカフェだったかビア・ホールだったかの隣に葡萄棚なんてあって"お作り"の風情もあった。只、今は知らないけど、当時は水事情が芳しくなく、トイレの水が出ない時もあった。それでも、ここのドミ(20元)は、トイレが個室式で、上海の《浦江賓館》と同様、浴室も付属していて浴槽もあってちゃんとホット・タブに入れた。但し、一人一人なので、朝なんか待つのが面倒で他で用を足さねばならなかった。
ここの売店の"コールド・ドリンク"は、「冷えてる」と云いながらもたった今水道水で冷やしたと云わんばかりの"コールド"なものばかり。コーラやスプライト風の「峨眉雪」や中国製スポーツ飲料「健力宝」等。オレンジ味の糞不味い(生温いので当たり前ではあったが)健力宝は、旅先のあっちこっちのどんな小さな露店でもコーラと一緒に並んでいて、腹の調子の悪い時にはお世話になった。今現在でも健在の中国オリジナルのドリンクのようだ。
食事は当時流行の"オープン"レストラン《利民レストラン》。隣は《色満路レストラン》。
《利民》という名は中国エリアでは頻(よ)く見掛ける。マレーシアのクワラルンプールのチャイナ・タウンにもそんな名の安宿があった。ここは可愛い小姐のサービスが好くて、テーブルに就くと早速綺麗なコップに茶をいれて持ってきてくれ、オーダーすると西瓜のサービスまであった。大体ここで食事することが多く、朝、現地の男達が隣のテーブルでヨーグルトを堅めのウイグル・パンにつけて食べていた。これは、イランでも朝食にナーンにヨーグルト(あるいは蜂蜜入りヨーグルト)をつけて食べるのと同じ風習。

フンジェラーブ峠近辺の峰々
【利民レストラン】
'92年では、牛丼(2.5元)、親子丼(3.5元)、ミルク(1元)、ミルク珈琲(2.5元)目玉焼き(2.5元)、ブレッド&ハニー(2.5元)
'94年には牛丼(5元)、ミルク(1元)、蜂蜜入りヨーグルト(2元)、ヨーグルト(1.2元)、ライス米飯大椀(1.5元)、黄瓜肉:肉とキュウリの炒め物(6元)、オムレツ(2.5元)、
100ドル・キャッシュ=844.76元(中国工商銀行)'94

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