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2010年10月の1件の記事

2010年10月 9日 (土)

チャイナタウン( クアラルンプール)の安宿《利民旅社》

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 かつて一度だけ訪れたマレーシアのクアラルンプール、例のバンコク=クアラルンプールの国際鉄道に乗ってみたいというのと、風光明媚で貧乏旅行者には居心地の好い国境の町"コタバル"の滞在も予定に入っていた。只、筆者が赴いた1998年の暮れから翌年の正月のこの時期はマレー半島の東側は天候悪く、コタ・バルは大雨に洪水ってことで諦め、西海岸のマラッカに変更。クアラルンプールも曇天・小雨が多く、おまけに基本的にイスラムの国のマレーシアは丁度"ラマザーン"(断食月)の真っ最中。ラマザーンはその国によって随分と様相が異なる。ストイックで苛立ったパキスタン、のどかにお祭り気分で楽しんでいるイエメン。この東南アジアのラマザーンは、しかし、イスラムではない中国人・インド人の多い首都=クアラルンプールでは、又ちょっと雰囲気が違っていた。何よりも、チャイナタウンでは、普通に飲み食いし屋台も繁盛している横で、マレー人の従業員達は夕刻(7時15分)までじっと断食に努めなければならない。普通のイスラム国では先ずありえない光景。勿論時間ともなると、普通のマレー人地域では、ずらりテーブルを並べて皆一斉に食べ始める。どうしても、ガッつきがちになるのは仕方ない。それにしても、中国人達はそんな神聖な時期であっても、彼等の前で、豚肉料理に舌鼓をうつのだけど、そこは共存の国、バキスタン以西のイスラム国なら大騒ぎなのが平然。そんな矜恃こそが宗教の名に値するとは思うのだが。

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 クアラルンプールのチャイナ・タウンは、バンコクのヤワラート(華人街)に較べて小さく徒歩で簡単に回れる。インド人達も居て、ヒンドゥー寺院もある。何よりも見るからに怪しげ且つ猥雑なヤワラートと相違して、すっきりとしている。普通の国内の街と変わりないってことで、"悪名"高いシンガポールほどには全体主義的ブリーチング(漂白)は施されてないものの、パッカーなんかにとっては些か物足りない。むしろ、 南のマラッカのチャイナ・タウンの方が如何にものんびりして南方華人街としての趣きがある。

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 筆者が泊まったのは、"トラベラーズ・イン"を捜しているうちにスルタン通り(ジャラン・スルタン)の狭苦しく建て込んだビルの一角にあった《利民旅社》Lee Munに行き当たった。通りに面してレストランのあるビルの六階(英国式に一階がグランド・フロアなので五階と呼ばれる)にあって、見つかりにくい場所にエレベーターがある。如何にも場末の安宿って雰囲気。実際、泊まり客も、パッカーの溜まり場宿と違って、パッカーも少しは居るが怪しい地元のマレーシア人やフィリピン娘達も長居しているという何とも胡散臭げな旅社で、これは泊まらぬ手はないなと筆者も偶然の悪戯を喜んだ次第。只、難点は、10RM(マレーシア・リンギット)のドミトリー(雑居部屋)が、窓無しの二段ベッド二つに大きな扇風機二つっきりの狭い部屋というのと、フィリピン娘やマレー人達の行動が商売柄故なのか夜型で、一晩中騒がしいというところ。

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 ここの経営者は中国系で、大抵は鼻の下に髭を蓄えたチョコマカとせわしなく動き回る"働き者"の息子がリビング・ルームの脇のレセプションに居る。小さな子供もいる30年配の男だが、愛想もいい。リビング・ルームの大きめのテレビの廻りに並んだソファーの決まった場所に、インド系の老夫婦がいつも陣取っていて、愛想よく英語で話しかけてくる。アフリカ系とも思える嫁さんの方はジャッキー・チェンが好きなようで、テレビでやっていると嬉しそうに観ていた。コタ・バルが洪水ってテレビのニュースも彼等が教えてくれたのだが、すっかり住み着いているって感じだった。以前バンコクのTTゲストハウスで一緒だったN君がそこのシングル(30RMだけど、長期ってんで20RMにまけて貰っていた)に泊まっていて、気の好いフィリピン娘達と毎晩呑み明かすのが楽しくてついつい長居しているようだった。                                                   
 正月の元旦は、インド人達が着飾って、近くの色鮮やかなヒンドゥー寺院に詣でているぐらいで、余り普段と変わりない。中国系は旧正月が正月なので関係ない。当然チャイナタウンにもマクドナルドは有り、筆者が行った時、隣のテーブルで、そこのチーフらしきインド系の女性がマレー系の若い店員に、教師が出来の悪い生徒に言い聞かすように滔々と苦言らしきものを呈している最中で、青年は頷ずくばかり。
 三階の窓から眼下の雑踏を眺めているうち、7時頃になってふと周りを見るとイスラムのマレー青年達ばかりになっていた。ところが時間の7時15分になっても誰も目の前に並んだセット・メニューに手を出さず、何分か過ぎて漸く飲み物に手を出し始めた。15分ですぐに口にすると如何にも飢えていたと言わんばかりなのが、何とも"あさましい"ものに思えるのか、ここまで我慢したのだからとなけなしの余裕って奴を発揮しているのだろう。バキやイエメンでは見られなかった光景でもあった。

     ★この頃、1ドル≒3.7RM

Chinatown_km_4

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