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2011年3月の2件の記事

2011年3月18日 (金)

東京ロード・ムービー 《転々》

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  宮沢リエの《オリオン座からの招待状》をレンタルしにビデオ屋に赴いてみたら、残念なことに旧作コーナーにも新作・準新作コーナーにも見つからず、手ぶらも何だからと借りてみたのが、浅野忠信と並んでアジアで人気のあるらしいオダギリ・ジョーとベテラン三浦友和共演の《転々》であった。
 "東京散歩"という曰わく有っての散策ってところにひっかかってしまった。
 東京は江戸開幕以来の城下町で数百年の様々な人々の営み・喜怒哀楽が露地の端々までに刻印されていて、その露顕しあるいは隠され秘められていた痕跡の探索、それがかなわなければその残り香を満喫するだけでも悪くはあるまい。"江戸趣味"と無縁の筆者であっても、時間と経済的余裕が許すならばデジカメ片手に三月は廻れるだろう。

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 ブラジルを舞台にした香港オヤジ=アンソニー・ウォンとの共演映画《プラスティック・シティー》が些か空振りだったけど、懶惰なも一つ生彩の欠ける頼りなさが持ち味のオダギリ・ジョーには、名の知れぬサラ金から84万円も借りて利息すら払えぬ八年生って役柄は似合っている。以前なら元金は幾らもしないのがいつの間にか利息だけで元金の数倍なんてザラだったのが社会問題にもなっていたのが、昨今如何だろう。
 幾年も前、白昼のファースト・フード屋《モス・バーガー》で、二つ横の席に、小肥りしてボーッとした青年(学生かも知れぬ)が、初老の不動産屋風のオヤジに書類を拡げられあれこれ書かされていて、どうもサラ金から借りた金の滞納の決算を迫られているようだった。小肥り青年に切羽詰まった気配は殆ど感じられず、オヤジに支払いの手順なんかを子供に説いて聞かすように教えられていたのを思い出した。

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 オダギリ演ずるフミヤのアパートの部屋に押し掛けてきたのが三浦友和扮する取り立て屋・福原で、二十年くらい前に流行ったような真後ろだけ伸ばした長髪と短く刈った髭が意外に決まった風体は、押しの強い取り立て屋然として悪くはない。それでも三浦のキャラクター故に何とも健全な取り立て屋ではある。尤も、映画の中での役柄自体が、陰湿な現実の取り立て屋と相違して又健全なのであった。"コミカル映画"という性格上そんなキャラクター設定なのであろう。《ノー・カントリー》に出てきた殺し屋みたいに冷酷無比だと可成りブラックなコミカル映画って赴きで、筆者はそっちの方が好みであるけれど、三木聡監督の好みはそうではなかった。何しろ、彼と一緒に東京・霞ヶ関までの散歩につき会えば、借金84万円をチャラにしてやるどころかプラス16万円計100万円をキャッシュで呉れる信じられないくらいキップの好いハッピーな闇商売人だったのだから。

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 棚ボタ以上にハッピーな僥倖(ぎょうこう)故に当然何かウラがあるんじゃないかとフミヤも猜疑しつつ背に腹は替えられず合意してしまった。ところが、勿体ぶったわりには、幾らもしない内にペロリと福原は、若い男ばかり漁っている浮気性の嫁さんとマンションの自室で一悶着あって、ちょっと手が出てしまったのがスッテンコロリと頓死してしまった。ともかく殺人を犯してしまったからには警察に自首しなけれゃなるまい、だったら一番大きな警察署が好いと、霞ヶ関の警視庁本部まで、しばしの娑婆の見納めとばかり散歩と決め込んだのだと告白。
 原作はともかく、この映画だと、どうもその辺りが取って付けたようで説明的。二人とも切迫感も後ろめたさも感じさせない。つまり、スパイク・リーの《ドゥー・ザ・ライトシング》以来なのかエピソード、エピソードを繋いで行く手法ではあるけれど、サラ金滞納・取り立て・殺人というシリアスな事象にリアリティーが無く、もう単なるストーリー展開のための口実でしかない。否、口実とかいうもっともらしさすら眼中にないようだ。これは監督・三木聡の意図的な演出なんだろうか。

  敢えて言えば「親和力」とでもいうのか。フミヤも福原も、それぞれの家族は崩壊していて、福原の以前やった仕事としての「偽夫婦」の相手だった麻紀子(小泉今日子)の家で、真紀子の親戚のフフミ(吉高由里子)も混じえての四人が妙に親和的な関係を醸成してゆく。しまいには、フミヤと福原は、父子的な親密の情すら覚え始めた頃に、自首を押し止めさせようとフミヤが画策した矢先、スッと警視庁本部へと福原は一人何か用事でもあるかの如く向かって行く。

 麻紀子の家ではフミヤも福原も妙にほのぼのとしてリアルである。ここでの散歩とは、失われたもの(家族)を求めての探求(クエスト)の旅であったのか。所詮無い物ねだり、代償行為的な幻影でしかなかったのか。それでも、家族という閉じられたあるいは血縁的法的な共同体ではなく、例え擬似的な家族であったとしても、現実の"共同体"としてそれぞれが親和的にほのぼのとした関係を束の間であったとしても持てたということなのだろうか。
 
 監督  三木聡
 脚本  三木聡
 原作  藤田宜永
 原案  増田実子
 撮影  谷川創平
 美術  磯見俊裕
 音楽  坂口修
 制作  葵プロモーション(2007年)

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2011年3月11日 (金)

ジム・モリソン=ドアーズ 旅先の定番

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  ぼくが旅をしていた頃は、まだ、カセット・テープが全盛で、なにしろ安く手にはいるので気軽に買えた。バンコクでもカルカッタでも。そして大抵決まってヒッピー時代の名残なのか六十年代のジミー・ヘンドリックスやジャニス・ジョプリン、ピンク・フロイド、ボブ・マーリーなんかが街角の露店に並んでいた。そしてジム・モリソンがボーカルのドアーズも。

 オリバー・ストーンによって一度映画化され、昨年もトム・ディチロの《 ドアーズ/ まぼろしの世界When You're Strange 》が公開された。あれこれと色んな神話・伝説の多いジム・モリソンとドアーズ、死後何十年過っても人々を魅了し続けている。ぼくも最近は余り聴かなくなって棚の隅に二枚組がほこりをかぶったままになっているけど、やっぱり一番気に入っている《ジ・エンド》なんかを聴いていると、当時のドラッグ・カルチャー、意識の変容って世界を垣間見れたように思えてくる。

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 伝説化したジム・モリソン神話は、六十年代アメリカの象徴ともいえようが、ドアーズは、しかし、ジム・モリソンだけにとどまらず、当時のジャズ界にあってますます先鋭化してゆく勢力の雄、ジョン・コルトレーンやインド音楽なんかの影響を受けた三人のプレーヤー達によって創り出されたサウンドがより超越的な方向と突っ走りつづけていた。
 衆人観視の中で暗殺された大統領J・F・ケネディーの「国家が何をしてくれるかではなく、国家に対して何が寄与できるか」という国家(権力)と国とをすり替えた欺瞞的論理と政治にそっぽを向き、既存の社会の向こうに「何か」、あるいは「別の」Something-else、「新しい」New-thingものを求めたというのがこの時代のドラッグ・カルチャーやヒッピー・ムーブメントの通俗的定式だろう。

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 『政治家か、それとも暗殺者になるほかはない。有名になりたければ』
というジム・モリソンの言葉、暗殺されたJ・F・ケネディーとその犯人(テロリスト)と目されたオズワルドを念頭に置いてのものなのかどうか定かでないけど、ジム・モリソン自身、政治家ではなくむしろテロリストの側に自身を投影していたのかも。
 「ベトナム戦争反対」運動がますます先鋭化してゆき、公民権運動を越え黒人解放運動へ更にブラック・パンサーの如く武装化までし過激化していたあの時代、まだサルトルやカミュが語られていて、白昼の暗殺者をあつかったカミュの《異邦人》なんかに共鳴し感化されていた可能性もある。そのフランス・パリで、モリソンは客死したのも象徴的。

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 《ライト・マイ・ファイヤー》や《L.A ウーマン》も悪くないけど、やはり《ジ・エンド》がドアーズの極北に位置する作品だろう。映画専攻だったジム・モリソンとUCLAで一緒だったF・コッポラの映画《地獄の黙示録》でも有名になったけれど、詩と曲、そして演奏が、正にアメリカのヒッピー=ドラッグ・カルチャーの象徴ともいえる質のものだ。

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