ジム・モリソン=ドアーズ 旅先の定番
ぼくが旅をしていた頃は、まだ、カセット・テープが全盛で、なにしろ安く手にはいるので気軽に買えた。バンコクでもカルカッタでも。そして大抵決まってヒッピー時代の名残なのか六十年代のジミー・ヘンドリックスやジャニス・ジョプリン、ピンク・フロイド、ボブ・マーリーなんかが街角の露店に並んでいた。そしてジム・モリソンがボーカルのドアーズも。
オリバー・ストーンによって一度映画化され、昨年もトム・ディチロの《 ドアーズ/ まぼろしの世界When You're Strange 》が公開された。あれこれと色んな神話・伝説の多いジム・モリソンとドアーズ、死後何十年過っても人々を魅了し続けている。ぼくも最近は余り聴かなくなって棚の隅に二枚組がほこりをかぶったままになっているけど、やっぱり一番気に入っている《ジ・エンド》なんかを聴いていると、当時のドラッグ・カルチャー、意識の変容って世界を垣間見れたように思えてくる。
伝説化したジム・モリソン神話は、六十年代アメリカの象徴ともいえようが、ドアーズは、しかし、ジム・モリソンだけにとどまらず、当時のジャズ界にあってますます先鋭化してゆく勢力の雄、ジョン・コルトレーンやインド音楽なんかの影響を受けた三人のプレーヤー達によって創り出されたサウンドがより超越的な方向と突っ走りつづけていた。
衆人観視の中で暗殺された大統領J・F・ケネディーの「国家が何をしてくれるかではなく、国家に対して何が寄与できるか」という国家(権力)と国とをすり替えた欺瞞的論理と政治にそっぽを向き、既存の社会の向こうに「何か」、あるいは「別の」Something-else、「新しい」New-thingものを求めたというのがこの時代のドラッグ・カルチャーやヒッピー・ムーブメントの通俗的定式だろう。
『政治家か、それとも暗殺者になるほかはない。有名になりたければ』
というジム・モリソンの言葉、暗殺されたJ・F・ケネディーとその犯人(テロリスト)と目されたオズワルドを念頭に置いてのものなのかどうか定かでないけど、ジム・モリソン自身、政治家ではなくむしろテロリストの側に自身を投影していたのかも。
「ベトナム戦争反対」運動がますます先鋭化してゆき、公民権運動を越え黒人解放運動へ更にブラック・パンサーの如く武装化までし過激化していたあの時代、まだサルトルやカミュが語られていて、白昼の暗殺者をあつかったカミュの《異邦人》なんかに共鳴し感化されていた可能性もある。そのフランス・パリで、モリソンは客死したのも象徴的。
《ライト・マイ・ファイヤー》や《L.A ウーマン》も悪くないけど、やはり《ジ・エンド》がドアーズの極北に位置する作品だろう。映画専攻だったジム・モリソンとUCLAで一緒だったF・コッポラの映画《地獄の黙示録》でも有名になったけれど、詩と曲、そして演奏が、正にアメリカのヒッピー=ドラッグ・カルチャーの象徴ともいえる質のものだ。
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