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2011年4月15日 (金)

軍国(タナトス)と少女(エロス) 《まごころ》監督・成瀬巳喜男(1939年)

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  名子役ジョディー・フォスターやナタリー・ポートマン(《レオン》の少女マチルダ役)って今じゃ第一線で活躍中のバリバリの名女優ってところだけど、日本にも戦前から名子役って居たようで、突貫小僧や高峰秀子とならんで獅子文六の同名の小説を映画化した《悦ちゃん》の主役に抜擢された悦ちゃん( 本名・江島 瑠美 )なんか和製シャーリー・テンプルと呼ばれ主演級の扱いだったのが終戦の年にキッカリと映画界から去ってしまった。

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 1939年(昭和14年)といえば、太平洋戦争突入二年前の既に戦時色濃い時代で、この年、大陸の方ではノモンハンを日本軍が攻撃し、満映の二代目理事長に甘粕正彦が就任し、国内では、国民徴用令が公布されたり、男は長髪、女はパーマが禁止になっていた。そんなますます閉塞し始めた世相にあって、クリクリ眼(まなこ)のぽっちゃりしたモダンな今風の風貌の悦ちゃん、この映画では、パーマでもかけているような変わったナウい髪型で明るく屈託ない性格、もう一人の相手子役・控えめで細眼の加藤照子とは対照的。
 おまけに、小学六年生とはいえ、水着姿すら披露し、加藤照子の方は現在とそう変わらぬ地味な学校選定水着なのが、悦ちゃんのは背中がバックリ開いた些か挑発的な代物。二人とも戦前の小学生といえどもう六年生、思春の頃で、少女=女的エロスも微かに漂よわせている。それでも、「この非常時を何と心得ておるか!」なんて罵倒されカットされることもなかったのだから、人気者の悦ちゃんということもあってか子供扱いで検閲を通過できたのだろう。抑圧的な体制にあって、比較的融通の利く子供の世界を題材に選ぶ方法って現在でもイランなんかでも使われる常套手段。

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 成瀬巳喜男の戦時中の佳作とも秀作ともいわれている七十分弱の小作で、当時人気が高かったらしい入江若葉・高田稔の美男美女コンビも、戦時色濃くなった時代であってみれば、些か窮屈な役柄を余儀なくされてしまうようだ。成瀬にしてみれば、軍や会社から押しつけられる"戦争"色や"愛国"色なんて一つの時代的風景として、例えば「愛国婦人会」や「日本刀」を振り回してみせたりの国策ラベルを貼り付けていれば好く、あとは親=大人の三角関係的確執を基軸に娘=少女達の心の揺らぎ、そして更にそれが親達にフィードバックしてゆくのを描けば事足りた。"非常時"という枷に縛られざるをえない大人達の間隙を縫うように、"純真"なはずの少女達の思春的エロスが屈託なくモノクロ画面に瀰漫している。当時の抑鬱的情況の最中、暗い映画館の片隅で覗き見るそれは、情報局選定的体裁を越えて、如何様なものとして感得され解釈されたのであろう?

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 映画は、内陸部の小さな町(山梨の甲府)の駅頭から、ゾロゾロと「大日本愛国婦人会」のタスキを掛けた女達の行進の列が蛇行する場面から始まる。屋外ロケを余り好まなかったといわれる成瀬ではあるが、戦前はそれ程でもなかったのか、結構屋外シーンが多い作品で、二年後には高峰秀子主演《秀子の車掌さん》なんてモロ屋外ロケ映画も作っている。
 主人公といってもいい二人の少女故にのんびりとした田園風景、それもじっとりと汗ばむ程度の高原の夏の陽光に白々と照らし出された世界、そこでは主婦達の白い前掛けすら白日に淡く照り返り、その蛇行は気怠いくらいに安閑としている。その愛国婦人会のリーダーが悦ちゃんの母親( 村瀬幸子 )であった。お決まりの教育ママでもある。夫( 高田稔 )は入り婿で、銀行のお偉いさん。悦ちゃんの親友・富子( 加藤照子 )の母親・蔦子と恋仲だったのが、故あって今の嫁の実家に入り婿することとなり、蔦子も諦め、酒飲みの亭主と一緒になってしまった。ところが暴力を揮い出し、蔦子の親達が連れ戻したものの、置いてきた幼い富子が不憫で、暴力を承知で再び夫の元に戻っていった。やがて、その夫とも死に別れ、細腕一本の裁縫で何とか祖母と富子の家族三人仲良くつつましやかに生きてきた。

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 長い間会うこともなく、専ら子供達がのみ、互いのそんな経緯・事情などお構いなく仲の好い親友で、ふとしたことから、悦ちゃんの両親が悦ちゃんの通信簿の評価で揉めている最中、富子の母親と父親が以前一緒になるはずだったことを知ってしまう。学校で富子にそのことを知らせるが、大人っぽい現代っ子風の悦ちゃんと相違して富子は思わず泣き出してしまう。家に戻って頼まれ物の裁縫に余念のない母親にそのことを尋ねると、曖昧に逃げようし、祖母が富子に父親が如何に乱暴な酒飲みで母親に暴力を揮ったか、まだ幼なかった富子を守るため敢えて酒乱の父親の処に戻ってきたのかを説いて聞かせた。
 そして涙を拭きながら近くの河原に水浴びに行くと、悦ちゃんが釣り目的の父親と連れだって来ていて、一緒に川に入ろうとした矢先、悦ちゃんが足に怪我をしてしまう。慌てて富子が家に戻り母親と薬箱を持って河原に駆けつけ、十数年ぶりに、嘗ての恋人、つまり悦ちゃんの父親と再会する羽目に。
 翌日悦ちゃんの父親は御礼に富子に高価なフランス人形を送る。しかし、富子は大喜びしても、蔦子はそうはいかなかった。悦ちゃんの怪我の応急処置をしただけの当たり前の行為に対する礼にしては、余りに高価過ぎ、その過剰さに蔦子は不安を覚え、祖母に可否のゲタを預けるが、結局母親蔦子が困っているのを察し、富子は人形に自分の手紙を添えて返しにいく。 夫が蔦子と会った事とそれを隠した事で嫁はなじるが逆に理を説かれすっかり自身の非を悟り悄然としたところに、夫はすっと先っき届いた召集令状を見せる。思わず嫁が涙ぐむと、女中が現れ、悦ちゃんがフランス人形の入った箱ごと手に持って、まだ治ってない足をひきずりながら外に出ていったと告げる。富子の処へ戻しに行ったのに間違いなく、嫁は蔦子に会って謝りたいこともあるからと悦ちゃんの後を追いかける。
 そして、日の丸小旗ひしめく駅のプラットホーム。件のフランス人形を抱えた富子と悦ちゃん、それぞれの母親が笑顔で、将校服に身を包んだ悦ちゃんの父親を見送るラストシーン。

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 甲府は未訪の町でさっぱりだけど、旧い町屋(写し方もあるのか皆大きく見える)の連なった遠くに洋塔も覗けた佇まいは独特で、しかし、これは当時まだ日本中に残っていた明治辺りの街並みであるのか。当然に金持ち家の悦ちゃんはこの町中に住まい、極貧とまではいかないけれど貧しい富子の方は郊外の田園地帯の手押しポンプのある平屋。狭い町の中で、こんな貧富の明瞭な二つの家庭の子供達の無垢な心温まる交流がやがてわだかまっていた大人達の心すら洗い流すというほのぼのとした物語・・・こう言ってしまうと随分と通俗的御用映画って趣きだが、成瀬の手にかかると一筋縄ではいかない面白さが諸処彼処に見え隠れした逸品となる。
 そもそも貧しい家の子が「富子」なんて大概にはアイロニカルな代物で、そんな貧富的対概念的図式の間で、挙国一致的な国民統合の象徴が銀行家の悦ちゃんの父親が貧民=富子に呉れた高価なフランス人形って訳で、正に戦時共産主義的懐柔。勿論富める側・持てる側から設えた体制であるから、矛盾とは捉えられず、むしろ上からのなし崩し的包含故に美談あるいは戦時共産主義的営為として位置づけられる戦時共産主義的プロパガンダそのもの。そのフランス人形を巡っての幾重にも渡るやりとりを辿ってあれこれ解釈してみるのも一興かも知れない。

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 駅を起点としての大日本愛国婦人会のデモストレーションに始まり、ラストの駅に参集しての出征の見送りという一つのサイクルの完結は、挙国一致的プロパガンダという戦時体制的ニーズへの必要最小限度のラベル貼りとは別に、それが偏(ひとえ)に、悦ちゃんの家庭側のものであり、その明るい富める悦ちゃん達の影に、父親がとっくに喪われひっそりと生きてきた富子(蔦子)の母子家庭が伏在していて、次には悦ちゃんの父親の欠如つまり戦死の可能性を暗示するものでもある。今度は悦ちゃんの家庭が母子家庭となる可能性の示唆。それが新たなサイクルとなってゆくのか、あるいはそれで戦時共産主義的平等という一つのサイクルの完結ということになってしまうのか。

 
 監督 成瀬巳喜男
 原作 石坂洋次郎
 脚本 成瀬巳喜男
 撮影 鈴木博
 美術 中古智
 音楽 服部正

 浅田敬吉   高田稔
 その夫人   村瀬幸子
 娘・信子   悦ちゃん
 長谷山蔦子   入江たか子 
 娘・富子    加藤照子 
  祖母      藤間房子 
 制作 東宝東京(1939年)

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