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2011年4月29日 (金)

《 もう一人の孫悟空 》 李 馮

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 そもそも異国=世界に想いを馳せるという衝動を醸成するに至った第一のものが、東アジア的にとりわけ子供達にとって悪戯心と好奇心(冒険)の権化たる《西遊記》であった。東の果ての細長い列島の住人、つまり日本人の異国情緒、異郷・秘境的あるいは怪異的冒険心を幼少より刻み込まれ、ことある毎に掻き立てられつづけてきた能動的情念(パッション)の震源地。勿論中国(支那)趣味的な色彩も帯び、更に西域・天竺(インド)の原色的絢爛も。それは又、空想(イマジネーション)的官能の距離比ともいえよう。( 尤もそれは一昔前の話で、テレビ・ゲーム以降の世代では又別様 )

 中国は明の時代に、呉承恩(号・斜陽山人)によって作られたという定説も最近は怪しくなってきたようだけど、それ以前から陋巷で膾炙(かいしゃ)していた「西天取経」的な説話が、この時代に一つのものに編纂されまとめられたのには変わりはない。
 荒唐無稽・天衣無縫な空想譚《西遊記》には、《西遊記》自体にも異同な版本があり、更に後に出た別伝あるいは続編的なものもかなりあるようで、国内でも何編か翻訳され紹介されている。明末・清初の薹若雨《西遊補》邦題:鏡の国の孫悟空(東洋文庫)なんかは有名だけど、この1993年に『北京文学』に発表された李 馮(リー・フォン)の短編《もう一人の孫悟空》は、取経後の唐朝時代から現代までのかなり長いスパンで物語は展開されている。

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 後に張芸謀監督(チャン・イーモー)の《十面埋伏》邦題:ラバーズ、《英雄》邦題:ヒーロー、そして于仁泰監督《霍元甲》邦題:スピリットの原作や脚本を手がけすっかり有名になってしまうが、1989年の所謂《天安門事件》世代で、束の間の高揚から一転奈落の鬱々とした閉塞情況に業を煮やした如くこの短編が発表されたようだ。
 原題は《別一種声音》、直訳すると「もう一つの声」the other voice。
 '89年当時に出版されたメキシコの詩人・批評家のオクタビオ・パスの論文集のタイトルらしく、事件後亡命した詩人・北島(ベイ・ダオ)等の潮流の詩人・作家達の間でもてはやされていたようだ。事件の三年後だと、まだほとぼりは冷めてなく、些か挑発的なタイトルということになるけど、内容が孫悟空、それも「西天取経」後の随分と疲れ果てた正にポスト・モダンな孫悟空異伝って訳で、当局にスルッと肩透かしを喰らわせた、のかどうか定かではない。

 主人公・悟空の痛快さは神々・神軍を相手に愛用の如意棒を振り回し天宮を騒がす、「サル丸だし」と言ってしまえばそれまでだろうが、権威に媚を売るってことのないその不逞さかげん。観音菩薩・お釈迦様にも、権威としてではなく、物理的(超)能力で縛(いまし)められてるに過ぎない。須菩提祖師に仙術を習い、天宮で西王母の蟠桃と太上老君の金丹をたらふく喰って不死身の身体となってしまい、竜宮でせしめた如意棒ですっかり天上天下無敵となった東勝神州・傲来国・花果山・水簾洞の美猴王こと孫悟空=孫行者。

 「悟空は觔斗雲に乗って花果山に帰ると、水簾洞にもぐり込み、ゴロリと横になって寝てしまった。目が覚めてみると、どれほどの時が経過したものか。洞窟の中はひっそりとしていた。午後の陽光が入口の水簾を透して差し込み、目の前の酒の並んだテーブルをまだらに照らしている。それは悟空帰還の日に、弟子や孫弟子のサルどもが長旅をねぎらって設けた宴席だったが、いまはもう饐えて冷たくなっていた。悟空は呆然として、そのまま夕方まですわっていた。」
 「時の移り変わりは、まさに光陰矢のごとし。・・・杭州の地に南宋を打ち立てた。
 北宋時代の顧客も何人か現われた。『怡紅院』という看板が、彼らの望郷の念をかきたてたのだろう。彼らは、かつて都に名を轟かせた何翠花という妓女を思い出し、昔の甘い夢の再現を期待した。しかし、『やりて』の花二娘は丁重に断っり、こう話した。『怡紅院』の女将は逃避先の途上で病没し、いまは何翠花が後を継いでいる。何翠花はすでに年をとり色香も褪せたので、奥の院に引きこもり接客はしていない、と。
 『なに、あの翠花も年をとるのか? まったく世も末だ、世も末だ。』」

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 何を隠そう、この何翠花(かすいか)こそかの斉天大聖=孫悟空のなれの果ての姿であった。猪八戒の住処・高老荘で、八戒に押しつけられた女達と一晩を過ごしてしまったからか、天神・神軍を手玉に取ってきた持ち前の神通力も情けないくらいに萎え落ちて、変幻不如意に娘姿のまま何世紀も世の波に籠絡され続け妓楼にまで流れ落ちてきた次第。けど、幾ら化けたって本質は男、否サルだと雄。宦官の如く一物を処理したゲイってところが、ここではそんな気配は感じられず、男性・女性の性別すらも「空」性故に本来同一物って訳なのだろう。それにしても、あのサルの帝王=孫行者と床を一つにし肌すりあわせるとは・・・
 やがて、元末の大乱で杭州が廃墟と化して『怡紅院』も焼け落ち、物乞いをしながら一人何翠花はあてどなく流浪の身。精魂尽き果てて倒れた処が射陽の地。一人の老郷紳(官位を得た地方の有力者のはずが、この老郷紳はすっかり零落れてしまっているようだ)に助けられる。そしてそこでその老郷神が死ぬ直前まで長々と居座り続け、その老郷神、つまり呉承恩が《西遊記》を延々書き連ねてゆく場に居合わせるという縁(えにし)。
 
 「ある日の夕方、彼は森を抜けて道に出た。道の一端は別の道に通じ、一端は灯火まばゆい、ビルの林立する都会に通じていた。道行く人影を目にして、彼は初めて親近感を覚えた。彼は思わず、自分の格好を見た。暮色の中で、彼は自分がスーツを身につけていることに気付いた。道を行く人たちとまったく同じだ。彼は足を止め、思いに耽った。
 一台のタクシーが音もなく走ってきて、彼の前で止まった。若い運転手が身を乗り出して、声をかけた。
 『お客さん、町へ行きますか?』
 車の屋根の『タクシー』という標示灯が、オレンジ色の光りを放っていた。運転手はドアを開けて彼を乗せると同時に、さりげなく聞いた。
 『ねえ、外貨券持ってます? 米ドルは?』」

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 これが書かれた時代、九十年代初頭って、まだ外幣(ワイ・ビー)、つまり外匯兌換券が全盛の頃だったはず。貧乏旅行者にすら、ほんのちょっとの上乗せ人民元での交換を求めてきたものだ。当然怪しげな詐欺師達も跋扈していた。落魄したゲイならぬ妓女からようやく颯爽とスーツ(これがも一つ曖昧で、一般中国スーツなら埃舞う田舎町でも小さな木造商店の店先にいっぱい並んでいて、サングラスともどもに値札やステッカーもどきまでも付けたまま得意気に着ていたものだ)に身を包んだ青年に甦った孫悟空も、案外香港人か日本人、ひょっとして大きな両の眼と茶髪がヨーロッパ人に見えたのかも知れぬ。そして、その行く先は? 

 
【注】須菩提祖師って、長年てっきり道教系の仙人とばかり思い込んでいたら、何とブッダの弟子の一人だったとはつい最近知って驚いてしまった。彼は「空」というものに対する把握に優れていて、その弟子ってことで「悟空」の名を拝受したという設定のようだ。空、色即是空、つまり悟空の変幻自在、物語自体の荒唐無稽とは、正にこの空性にあるらしい。

  《もう一人の孫悟空》 李 馮  訳・飯塚容(中央公論社)

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