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2011年4月 1日 (金)

死滅へのカタストロフ  エベリオ・ロセーロ《顔のない軍隊》

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  てっきりコロンビアと想ってたら隣国・中米のパナマだった悪名高き麻薬王ノエリガ将軍。パパ-ブッシュがCIA長官時代から、米州学校(パナマにあるアメリカ侵略主義の先兵養成機関)出身の配下として近隣国にありとあらゆる悪事・破壊工作を働いてきたのが、ブッシュが米国大統領になるやいなや、ブッシュの恥部・暗部を知悉したノエリガの口を封殺せんと「麻薬撲滅」の口実の下に、1989年、、少なからずのパナマ市民を犠牲にしてまでパナマ侵略・侵攻を企図して投入された最新装備の米軍によって憐れにも逮捕され米国に強制連行。お陰で侵攻以前よりパナマでの麻薬取り扱い量が倍増したという。
 昨日の傀儡・使い走りは今日の生贄(いけにえ)って、米国の十八番で、南ベトナムのゴ・ジンジェムやイラクのサダム・フセインもその類。今度の中東・北アフリカでの一連の騒擾・政府転覆騒ぎでも、果たして一体どのくらいその手の連中が関わっているのだろうか。

 そのパナマを経由して米国に麻薬(コカイン)を輸出していたのがコロンビアの麻薬組織で、メデジン・カルテルやカリ・カルテルなんて一大麻薬組織がしのぎを削ってたという。カリ・カルテルなんかは、何百機もの自家用機で直接米国に運んでたらしい。今ではその両方とも衰退してしまって新たな情況・勢力図が出来てるようだけど、依然コロンビアが世界最大の麻薬供給国であることに変わりはなく、政府と熾烈な殺戮戦を演じていたメキシコの麻薬組織も最近は政府権力に押さえ込まれつつあるようで、その隙をついてコロンビアの麻薬組織が巾をきかせ始めたという。
 
 かつて、大陸で、英仏に負けず劣らずに旧日本軍も麻薬=阿片で儲け、莫大な軍事・機密費を捻出してたのと同様、コロンビアでも、麻薬組織だけでなく、左翼ゲリラ・右翼自警団(パラミリターレス)なんかも麻薬で資金を獲得しているという。そんなおどろおどろしい情況の中で籠絡され翻弄されつづけ、必死で生き抜いている名も無き庶民達の姿を描いた作品が、このコロンビアのジャーナリスト出身のエベリオ・ロセーロ著《顔のない軍隊》。
 政府軍・左翼ゲリラ・右翼自警団・麻薬組織が互いに熾烈な争闘と虚々実々の駆け引きに明け暮れ、巻き込まれて死傷したり営利誘拐の犠牲になったりしてどんどん住民達が家を捨てて出て行く小さな村=サン・ホセを舞台に、今年七十才の元学校教師イスマエル・パソスの眼を通して、如何に一つの町が死滅していったかが現在進行形で語られる。

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 イスマエルといっても、イスラムではなく、カトリック系のキリスト教徒。十歳年下の同じ元学校教師オティリアと長年連れそっていたが、他の町に住んでいる娘夫婦にサン・ホセは危ないからこっちに来いと散々言われてきても、やっぱり長年住み慣れたサン・ホセから出る気もなく、何を今更とズルズルを決め込んでいた。
 しかし、情況は、政府軍にすらさっさと村を捨てて出て行けと通告をうけ、とっくに村の周囲はあらゆる武装組織に包囲されて袋のネズミ状態。それでも、物語のイントロは、イスマエル爺さんの、すっかりのどかな色鮮やかな南米の田園風景の中での老人的性的発露たる「覗き」の場面から始まる。自分の家の庭になったオレンジの実をはしごに昇ってもぎながら、じっとすぐ隣のブラジル人一家の女達を覗き見るのだ。

 「次第に日がじりじりと照りつけてくる。
 ブラジル人のかみさん、スマートなヘラルディーナが、日差しを求めて素っ裸で出てきてさ。テラスに敷いた赤い花柄マットにうつぶせになって日光浴を始める。・・・
 台所じゃ、かわいいお手伝いさん──"グラシエリータ"って呼ばれている──が黄色い踏み台に乗って皿洗いをしていてさ。庭に面したガラスのはまってない窓から、後ろ姿が丸見えだ。少女はそんなのちっとも知らずに、お尻をふりふり洗いものをしている。飾り気のない真っ白なスカートのなかで体の隅々までゆさぶって、リズムに乗って休むことなく作業に専念しているよ。・・・
 そんなあの子をブラジル人の息子エウセビートが後ろからこっそりのぞていてさ。そいつをさらにおれが庭のはずれの塀越しに、こっそりのぞいているってわけだ。」

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  正に、ベトナム=フランスの映画監督トラン・アン・ユンの作品にも似たエロス=タナトス世界を老境的に淡く彩色した終末的カタストロフって訳だ。
 そして、早々と身代金目当ての営利誘拐の白々とした影が意味ありげにほのめかされる。皆それぞれに麻薬で十分な資金を得ているはずが、更になお利権の最後の一滴すらも貪欲に味わい尽くさんばかりに、それぞれの組織=軍隊が、それぞれの都合と論理で選び出した者達を片っ端から誘拐しつづけているのだ。コロンビアでは"5時間に一人"の割で誘拐事件が起きているという。
 四年前に資産家のマルコス・サルダリアガが誘拐され、それ以来毎年3月9日には、残った嫁さんのオルテンシア・ガリンドのところへ村の人々が見舞いに行くのが慣わしになっていた。本当は、ふるまわれる御馳走や誰気兼ねなくダンスが出来るので皆集まってくるに過ぎない。やがて、隣のブラジル人も、そしてイスマエル爺さんの嫁ヘラルディーナまでもが誘拐される。誘拐されたと分かるまで、どんどん失われていく記憶に呆然としながらもイスマエル爺さんは村中を捜しまわる。ある種の不条理劇みたいに行き違いの連続。それにしても元一介の学校教師に過ぎない年金生活者(それももう幾箇月も支払いが滞ってい)に一体どれほどの身代金が払えるというのだろうか。

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      Botero       

  「今の今になって初めておれたちは知ったんだ。村の通りという通りに不気味な連中がゆっくり静かに侵入してきていることに。無表情でおぼろげな人影が崖の方角から現れて、あちこちの角で消えたり再び現れたりしながら数を次第に増している。そこでチェペを囲んでいたおれたちもその場を退散しはじめた。やはりゆっくり静かに、各自わが家を目指してね。しかも、実に奇妙極まりないことに、誰もがそれを何とも自然にやってのけていた。『全員広場へ』と兵士らしきひとりがおれたちに向かって叫んだが、聞かぬふりして黙ったまま一心不乱に進んだよ。・・・」
 「チェペと一緒にいたおれたちはすでに彼の姿が見えないほどに離れていたが、そのとき彼の声が後ろから聞こえてきたんだ。屠られる直前の豚さながらの身の毛もよだつ金切り声。甲高い叫び声になっているのは怯えているからだ。村を占拠しはじめた者たちに必死になって質している。妻と子供を誘拐したのはおまえらか、今朝彼女らの指を送りつけたのもおまえらかと。彼がそんな暴挙に出るとはとても信じがたくてさ。彼の声に休戦を告げられたかのように、逃げていたおれたちはぼ全員、その場に立ち止まったんだ。いつしか太陽は雲の連なりに覆われ、吹きすさぶ風が歩道に土埃を上げている。"雨でも降りそうな空だな"と思った。"いっそ大洪水にして何もかも沈めてくれよ、神さま"」

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   翻訳者の八重樫氏は、以前、アジアではなく、中・南米専門のバック・パッカーだった。それも、ハーモニカやギターなんかを携えて彼地の町々の路上で音楽を演奏する、いわゆるストリート・ミユージシャンとして。向こうでは、路上のものであれ、音楽家は尊敬されているらしく、チップもそれなりにはずんでくれるという。で、けっこう旅費の助けにはなったらしい。現地でそんな日銭が入る術を持っているのは、貧乏旅行者には強みだけど、そんなパッカーってそうそういない。
 最初はスペイン語だけだったのが、ポルトガル語なんかもやるようになったり、現地の学校で学んだりの、好奇心旺盛な好青年ってイメージだったのが、本の奥付を見るともう四十路とあった。嫁さんを貰って共同翻訳ってことでか、ここんところ矢継ぎ早に出していて、その精力には舌を巻いてしまう。
 おりからの、未曾有の東北大震災の余波くすぶる中、居地が岩手で、只それも内陸の方なので直接的被害は蒙っていないとは思ってみたものの、気になってメールを送ってみると、回線事情が悪いらしく、いまだ返信無し。
 自然災害ではあるが、半分以上は人災なのがはっきりしている故に、何とも複雑。ふと、誰も居なくなった通りを一人茫然として彷徨い続けるイスマエル爺さんの姿が、被災地の瓦礫と化した嘗ての町中の路上に重なってしまう。

   
  《 顔のない軍隊 》   エベリオ・ロセーロ
              訳・八重樫克彦・由貴子
                     (作品社) \ 2200

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