玉龍雪山の望めるナシ族の町《麗江古城》
前年に地震のあった翌1997年六月、大理からバスで入った。遠くに標高 5,596 メートルの白雪の玉龍雪山が聳え、周辺を丘陵に囲まれた盆地の町であるのが一目で分かった。玉龍雪山の麓には一大渓谷《虎飛峡》があり、今では、山麓に長さ3,000メートル、高低差1,000メートル以上もある氷河公園ロープウェーもあるという。一度乗ってみたいけど、富士山の頂上あたりからの乗車なので、高山病が気にかかるが如何なのだろう。

恰度雨季だったので大理から小雨多く、朝夜は20℃台、昼間は30℃台で、40℃の時もあった。勿論観光的にはオフで、客の姿は少ない。風光明媚さを堪能したい方なので、ごったがえすシーズンは避けたい。新市街にちょっと入った場所にあった旧めかしい典型的な人民中国風の建物《麗江貧館》のドミトリー(多人房: 12元)に泊まった。
実際はそれなりの数の電灯設備が備わっていたのだけど、だだっ広い15、6もベッドの並んだそのドミにはたった3個しか電灯は点いてなかった。それも裸電球なので薄暗い。お決まりの、真ん中に擦り切れたようなソファーと湯の入ったポットとコップを載せた細長い会議室用のテーブルがあった。ガラーンとして殆どが空きベッド。じめついた天候なので窓際に干した洗濯物も乾きが悪かった。シャワーは雨状ではなく蛇口そのまま式。例によってトイレ(厠所)は、人民厠的惨憺。
旧市街に民家改造式の旅社(ホテル)が多々あった。確かに雰囲気はあるんだけど、何しろ木造は足音なんかが騒さくてタイでも大理でも先ず泊まったことがない。仕方なしに泊まったカンボジアはシェムリアプの宿では、二階建てではない平屋の方の部屋を選んだ。
旧市街の中心に四方街と呼ばれる恰度チベットのラサの八角街(パルコル)に似た四角い広場のような地域に屋台・露店の類が並んでいて、その端に《CC's Cafe昆明角茶座》というまだ真新しい店で、雲南珈琲を飲んでみた。ドロッとしたバリ珈琲風で、ブラックで飲むのがベター。ここには、上海や昆明で薬屋の店頭で冷やして売っている烏梅湯(ウーメイタン)とは又些か違った烏梅茶という甘酸っぱい飲み物があって、梅干しとミカンの皮、白くなった蜂蜜の入ったものだけど、生温いために味も今一。烏梅湯は中国や日本でも漢方薬的飲物として有名らしい。
ここは大理以上に疎水が縦横に走っていて、このカフェのすぐ脇にも流れている。生活の場でもあって、嘗てはともかく今じゃ冗談でも綺麗とは言い難い黒ずんだ水で洗いものをしたりしている。疎水に沿って緑の柳がづっと立ち並んでいて、川に柳とは、日中変わらぬ風流であるようだ。夏の風物詩という訳ではないけれど、川に柳とくれば、やはり怪談で、中国なら怪異譚で、雲南は昆明をはじめとして怪異の一大生産地の感があって、調べてみればこの麗江の水端でも妖異・怪異の類が犇めいているのやも知れぬ。尤も、日中は熱くて、この店の外に備わったパラソル下も、斜めから強い陽射しが差し込んできて、堪らず建物の中へ退散を余儀なくされるのではあるが。
麗江名物といえば、釜飯って訳で、食堂街にゆくと、どの店も戸をとっぱらって七輪を並べ、その上にアルミの手鍋や土鍋・鉄鍋を載せ、通りから中身が見えるように調理していた。米線(ミーシェン)、餌糸(アルシ)、釜飯。釜飯(6元)は、御飯の中にジャガ芋、上にエンドウ豆、ベーコンを載せたもの。塩味。小皿に唐辛子と赤い大根の唐辛子漬けが付いてくる。勿論店によって具は異なる。
ここも大理と同様、日本食的メニューのあるレストランが少なくなく、早速新市街の《ピーターズ・カフェ》や《アリババ・カフェ》等に脚を運んでみた。カツ丼・親子丼よりも生姜焼きが好きなので、あっちこっちの店で試してみたけど、《アリババ・カフェ》は作り手、つまり嫁さん(?)か旦那かで味が違い、野菜サラダやなんかがついて8元。一番美味いと思ったのは、タワー・カフェだったか名前は忘れてしまったが、四方街の《CC's Cafe昆明角茶座》の橋を渡りちょっと昇ったところにあった店のであった。ここは地元のいつも青い民族衣装のおばさん達の溜まり場で、ナシ語で喋り、テーブルの上にカードを叩きつけ叫声・歓声飛び交うトランプ・ギャンブル三昧。

省都・昆明がそうであった如く、この内陸深い麗江の町にも、西洋風とは別個に、改革開放の新風とばかりに「台湾」の二文字がこれ見よがしにうやうやしく掲げられていて、宿の近くにも、真新しい《台湾式面包》の看板のあるパン屋があった。確かに、まだまだ人民中国的貧弱さから抜け出れてなかった頃の既存の中国製よりは確実に美味かった。豆沙面包(あんパン)もその典型で、頻(よ)く買って朝食や昼食にした。
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