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2011年8月12日 (金)

一触即発的黒人ゲットー《ドゥー・ザ・ライト・シング》

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 英国ロンドンで連日、ある黒人が警官に射殺された事件を発端とする暴動が打ちつづいていて、放火と略奪で大英帝国の首都は焦土と化しつつあるようだ。英国=ロンドンの場合、根が深そうだし、容易に沈静化は見られないのかも知れない。丁度、昨年タイの首都バンコクがそうなった如く。
 今春、北アフリカや中東の反政府デモがどんどん拡がっていき政治変革にまで至った力学的プロセスに、米国やフランスと並んで英国も、水面下で何等かの関与をしていたのが見え透いているし、それが今度は自分達のお膝元って訳だ。だから、簡単に銃器を使用したりして弾圧を強めれば、何のことはなかった高みから偉そうなご託宣並べていたのが、およそ現実の姿とは真逆の"札付き"的詐術だったとバレてしまうジレンマ。

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  ロス暴動

 
 発端となった黒人射殺事件の詳細ははっきりしない。
 どんなに見え見えであっても、曖昧なまま闇に葬ってしまいかねないのも悪辣な権力の十八番。少数派黒人と白人警官との人種差別に根ざした齟齬・軋轢となると、これはもう米国の独壇場だったはず。比較的最近では、1992年春に起こったロス暴動。ロドニー・キングという無抵抗の黒人が警官達に襲われ、顎の骨を砕かれたり、片眼を潰されたりした悪辣な暴力だったにもかかわらず、警官達は無罪の評決・判決を受けた。このロドニー事件の二週間後にも、ラターシャという15歳の黒人娘が背後から韓国系の店先で女店主に拳銃で射殺される有名な事件も起きていて、その年の11月、この韓国店主、殺人罪で有罪がはっきりしていたのに、五年の保護観察と罰金500ドルそして400時間のボランティア活動というすこぶる差別的政治的判決。

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        ブラック・パンサー機関誌

 ヒップ・ホップのアイスキューブがこの業腹な事件に怒り心頭に達して"ブラック・コリア"という曲を発表し、そのゆゆしき不当性と韓国系店主達の悪辣さを罵った。で、翌年春のロドニー・キング事件の悪辣な権力の論理そのものの人舐め判決。とうとう堪忍袋の緒を切った怒った黒人達が町へ繰り出し積年の恨みと怒りを爆発させ暴動へと発展。投石や略奪・放火が続き、州兵では心許(もと)ないと、ついには完全武装の海兵隊まで投入されることとなった。死者50~60人、放火などで倒壊した建物1100軒、逮捕者1万人。

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 この暴動では、ラターシャ事件とその判決の余りに剥き出しの不当性故にか、韓国系商店が狙い撃ちされた面もあったようだ。国内のテレビのニュースやなんかで、自分の商店の前に佇んだ韓国人オーナー達が、拳銃を威嚇ではなく、水平に向けて撃っている光景は有名だった。元々かなりあからさまに黒人達に侮蔑的で、黒人コミュニティーに融け込むこともなく、営業時間を終えるとさっさと自分達のコリアン居住区に逃げ帰るばかりだったらしい。 彼等の大半は、ベトナム戦争時にベトナムに出兵した韓国兵だったようで、米国政府が優遇策として容易に移民できるようにしたためにベトナム戦争終結後、大挙してやってきた連中らしい。かの高名なアタッシュ・ケースいっぱいに米ドル札を詰め込んだ南ベトナム政府軍将軍グエン・カオキと同じ時期に渡米したのだろうか。

 
 そのもっと昔に遡ると、1965年ワッツ(現ロスアンゼルス)暴動があり、折からの公民権運動と絡んで、米国のあっちこっちで連鎖反応的に勃発することとなった。これも白人警官の黒人に対する暴力が原因と云われていて、二年後には同じ熱い夏に、ニュージャージー州のニューアークで、黒人タクシー運転手が警察に暴行を受けたのが発端の暴動が起き、23名の死者と1500名以上の逮捕者が出たらしい。この頃はもう、黒人武装革命組織《ブラック・パンサー党》が全米に組織されていた。正に、黒人=アフロ・アフリカン達の長く熱い夜だった。

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 「ホーット!」
 ニューヨークはブルックリン、本来は黒人居住区(ゲットー)だったのが次第にヒスパニックが増え始め韓国人の店も出来順調に繁盛している一画、白人達が黒人達が住み始めたので慌てて別のエリアに移り住んでいってその打ち捨てられた朽ち果てた安アパートの一室で、折からの連日の暑熱に朝っぱらから酷暑に堪えかね思わず汗びっしょりになった剥き出しの半身でベッドから跳ね起きた自称"市長"メイヤーの開口一番であった。

 "長く暑い夜"、これこそ米国黒人達の暴動の嘗ての定型句。
 夜陰に乗じるって武力で圧倒的に劣る貧しい黒人達の戦術的な面もあったであろうが、気の利いた冷房設備と無縁な彼等が我慢に我慢を重ねとうとう我慢の限界に達する時が、正に熱気を臨界点にまで高めた夜だったのであろう。熱気を孕んだ闇は火を炎を誘い、更に灼熱と化し、あらゆるものを焼き尽くしてしまう。

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 そんな1960年代的残像を色濃く残し、二十数年後に舞台をニユーヨークに移して蘇らせたのがスパイク・リー監督の《ドゥー・ザ・ライト・シング》であった。
 冒頭から意表を衝くように、ダンサーだったらしいブルックリン出身のロージー・ペレスのアスリート風の激しいダンスから始まる。狂言廻し的存在のムーキー(スパイク・リー)のプエルトリコ系の愛人ティナという設定。二人の間に子供が一人居て、口うるさい彼女の母親との家には、偶にしか顔を出さない。金が出来た時のみ、漸く顔を出せるようだ。ともかく、全米一かどうかはともかく、貧乏人、失業者の多い地区で、ムーキーもイタリア系のサル(ダニー・アイエロ)のピザ屋で配達のアルバイトをやって何とか喰いつなぐのがせいぜい。妹の部屋に居候を決め込んで、妹に幾らもういいかげん"自立"したら如何と諭されてもない袖は振れぬと知らん顔。この美人の妹を、ピザ屋のオーナー=サルが気に入っていて、偶に店に姿を現すとサルがあれこれサービスするのが、ムーキーには苛立たしい。何たってサルは年配だし、イタリア系=白人で、その上ムーキーのボスなのがいよいよ許せない。そして、この糞熱さだ。

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 "ヒート!" 
 ここで、通りに面したDJ"ミスター・セニョール・ラブ・ダディー"(サミュエル・L・ジャクソン)のFM108ラジオ局から英国レゲエバンド=スティール・パルスの"キャント・スタンド・イット"が流れる。
 サルの店"サルズ・フェーマス・ピザリア"、昔からあるこの店に、近所の若い黒人達が通い、子供の頃からの彼等の顔も名前もよく知悉しているサルにとってはここが第二の故郷。やがて出来のよくない二人の息子ピノ(ジョン・タトゥーロ)とビット(リチャード・エドソン)に店を譲るつもりで、"サル&サンズ・ピザリア"に店の名前を変えようとも考えていたのが、かなり人種差別的な長男のピノに、仲間(白人区)にバカにされていて辞めたいと吐露され、愕然としてしまう。
 メイヤー(オジー・デイビス)が毎日ビール代欲しさに店に現れ、店の前を"ブルックリン一綺麗"に掃除すると称してサルに1ドル札一枚貰うことからピノには堪え難い。うちは慈善事業団体かい?と父親に喰ってかかる。常連のバギング・アウトが店の壁に貼ってあるのは皆白人=イタリア系のブロマイドばかりじゃないか、黒人のも貼れと怒鳴り始めたために店を追い出され、
 「サルの店をボイコットしろ!」 
 と店の客達に言い放つ。バギングアウトを外に強引に連れ出したムーキー、別れ際に、バギング・アウトに「黒で居ろ!」と忠告を受ける。

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 その後、今度はラジオ・ラヒームがバカでっかいラジカセを手に大音量でパブリック・エネミーの"ファイト・ザ・パワー"を轟かせながら現れる。怒ったサルに、ラジオ・ラヒームはチーズ・ピザ二枚を注文。それが凝(しこ)りとなり、陽が落ち夜の帳もすっかり降り尽くした夜、閉店の看板を掛けようとした直後、バギングアウトと連れだって再び現れる。"ファイト・ザ・パワー"を店内に響かせながら、壁に黒人達のブロマイドを貼れとバギングアウトが叫ぶ中、とうとう切れたサルがバットでラジオラヒームのラジカセを叩き壊してしまう。そして後は、なし崩し・・・暴動へ。しかし、スパイク・リーは、ブルックリンの町を焼き払ったりする一大暴動へとは発展させず、暴徒がすぐ向かいの韓国人のコンビニに押し掛けようとするのを、いつもそこでビールを買っている黒人の親爺に押し止めさせる。すべてはサルのピザリア一店に集注し、燃焼しつくす。

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 翌朝も早くから暑熱に茹だりながらムーキーは起きだし、焼け跡と化したピザリアに向かう。サルが一人佇み、ムーキーの求める給料250ドルを、一枚一枚100ドル札で5枚クシャクシャにして投げつけて渡すシーン。週給の倍の500ドル。そして通りいっぱいに聞こえんばかりに大声を張り上げる。
 「ムーキー、ファッキン・リッチ!」
 
 この映画の魅力は、黒人、白人=イタリア系、プエルトリコ系の会話的やりとりの面白さにあろう。ユーモラスなやりとりの下で、ジリジリと燻(くすぶ)りつづける積年の恨み・辛(つら)みが果てしない暑熱に発熱しついには爆発にまで至ってしまう。そんな危うい米国の現実。
 大統領に黒人がなったからっといっても何が変わる訳ではないのは最初から十分に分かっていたはずのオバマ政権下の米国。それ自体では意味を持たない故に誕生した、あるいはさせられたというのが本当のところだろう。所詮サーバント=オバマでしかない。後には、黒人で女でもあるブッシュ政権下で悪名を轟かせていたライスも自分の出番を今か今かと待っているのかも知れない。黒人の主演スターも多くなったしブームの観すら呈している。けれど、米国で黒人の立場や位置が大幅に改善されたとか差別が払拭されたという話はとんと聞いたこともない。

 
 監督 スパイク・リー
 脚本 スパイク・リー
 撮影 アーネスト・ディッカーソン
 音楽 ビル・リー
 制作 40 Acres and a Mule Filmworks, Universal 1989年(米国)

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