« 蜃気楼的門司国際フェリー《光陽ビーチ号》 えっ 、マジ? | トップページ | 一触即発的黒人ゲットー《ドゥー・ザ・ライト・シング》 »

2011年8月 5日 (金)

中国ホラー 東方新魔幻《画皮》

Ps_1

 オリジナルが清朝時代の《 聊斉志異 》ってことで、日本にもある夜な夜な娘の霊怪が男を訪ねてきて情を交わし続け精気を吸い尽くし死に至らしめようとするのを坊主が見破るという有名な《 牡丹灯籠 》(こっちは明代の『剪灯新話』)、1980年代後期にヒットした同じ《 聊斉志異 》を典拠とした(《チャイニーズ・ゴースト・ストーリー》(倩女幽魂)なんかの妖艶ファンタジーなんかをイメージしていたら、「妖艶」は意匠だけの専ら怪異譚、「怪奇」恋愛ロマンって代物だった。そもそもタイトルからしてオリジナル共々《 画皮 》って、随分とキワモノっぽく、文字通り「(美女の)絵を描いた皮」。皮をかぶるって、こりゃどう考えても、最近のハリウッド・ホラーの定番的所作。

Ps_2

Ps_3
 
 この《 画皮 》、"東方新魔幻"と銘打って、監督のゴードン・チャン(陳嘉上)は、更にアクション的要素を、「怪奇」性ともどもに前面に押し出している。オリジナルと相違し、主人公・王生を西方砂漠の将軍に据えることで、スペクタクル・アクションを売りにすることを容易にし、つまり集客=利潤追求的プロデュースという訳だ。
 マア、それはそれで良いのだろうが、実際に画面を観ていると、どうしても2000年作品《 グリーン・ディストニー 》(臥虎藏龍)の色んな場面が嫌でもダブってきてしまう。これは些かまずいのではないだろうか。何しろ"大作"なのだから。おまけに、《 グリーン・ディストニー 》は古装武侠片だったのだけど、碧眼狐狸という敵役の老婆が妖怪然とした活躍をしていて、いよいよまずい。次作では、もう少し別様の、もっとオリジナル性の強い仕様でお願いしたいものだ。

Ps_4

 妖怪変化と云うくらいに、怪異・妖魔の類は、様々な変容で人を化(ば)かす。人間に化けるのは、怪異譚ではお決まりで、狸ですらが化かし誑(たぶら)かす。人間の姿と声を備えた化け物が人間になりすまし、人前に現れ接近してくる。一度にその場で喰ってしまう訳でもなく、夜な夜な通い男の精気を吸い取ってついには死に至らしめる。吸血鬼に似ている。性交することで精気を奪う。精気は生気でもある。
 只、この《 聊斉志異 》のオリジナルでは、妖異は道士が王生に魔除けとして授けた払子に怒って引き千切り、部屋に隠れていた王生の腹を鋭い爪で引き裂き心臓を掴みだして逃げてしまう。何とも凶暴な野獣剥き出しって所作だけど、人肉を貪った訳ではなさそうで、人肉を喰らう屍鬼とは異なるようだ。嘗ては、まだ現在のように人間として明確ではない、不分明で曖昧な存在もひょっとして少なくはなかったのかも知れず、《山海経》の如くこんな怪異・妖怪の類を書き残しておいたのかも知れない。

Ps_5

 以前から疑問に思っていたことがある。
 大陸中国(人民中国)以外はともかく、例えば日本でも江戸時代当たりからでも《 四谷怪談 》と一緒に《 牡丹灯籠 》なんか子供の頃から夏の風物詩として慣れ親しんできたものだけど、中国本土では、一体どうなのだろう?
 勿論ぼくの云っているのは、孫文・魯迅なんかの頃ではなく、それ以降の戦後の人民中国のことで、紅い星を頂くようになってからの中国って、そんな伝統的な怪異・妖異譚的なものは、一方的に旧弊・保守的反動=反革命な残滓として、一刀のもとに斬り落としてきたようなイメージが強い。尤もそれは偏(ひとえ)に《 文化大革命 》の所産で、それ以前はもっと緩やかであった可能性もある。
 逆に、そんな紅星的時代を背景にしたその手の怪異物ってのも面白いのかも知れない。
 それだと禍々しいくらいに一番に躍り出てくるのは江青で、正に妖鬼・妖怪そのもの。それが失墜した元最高権力者・毛沢東を誑(たぶら)かすという、もうこれ以上ない怪異譚だ。で、誑かされているはずの毛沢東は、復権を狙ってそれを狡猾に利用したに過ぎず、実のところ、誑かされたのは妖魔・江青の方だったという皮肉。まあ、誰でも容易に思いつきそうなストーリーだ。こんなのは、しかし、さすがに改革開放二十年近く過った今現在であっても、中国では作れないのだろう。こんなのが、北京の中央電視台のゴールデン・アワーにシリーズ物として放送されるようになったら、中国は、他のどの国よりも、表現的自由を獲得できた一等国ってことになる。

Ps_7  

 妖異・小唯(周迅)が将軍・王生(陳坤)に賊から助け出され、自宅に住まわせるところから始まる。王生には妻・佩蓉(趙薇)が居て、やがて小唯が妖異の類だと見破り夫に告げるが、王生は認めようとしなかった。以前佩蓉と恋仲だった前将軍(ドニー・イェン)に助けを求めるが、仲々妖異・小唯は尻尾を掴ませなかった。その内、一向に愛妻に義理立てして小唯の誘惑に乗ろうとしない王生にじれ、妻・佩蓉に妖異の濡れ衣を着せ、殺害し、王生を自分のものにしようとする。ところが、前将軍と降魔者(スン・リー)が現れ、
妖毒に真っ白く変容した佩蓉を助け出し、町外れの寺院の洞窟に匿う。やがて、妖異を成敗するため王生率いる部隊と小唯達が押し寄せる。そこで、佩蓉と王生は互いの愛を証すように自死し、己の敗北に暗澹として妖異・小唯は、二人を生き返らせ、消滅する。

 つまるところ、妖異・小唯の"あなたの女になりたいだけ"という横恋慕と相思相愛の夫婦愛の一方的な三角関係ってとこ。オリジナルだと、妖異に腸を引きずり出され心臓を抜き取られた王生を生き返らせようと、彼の妻は一所懸命。その必死の献身的努力の結果、五体満足に生き返る。確かにこのままだと軽薄な夫と献身的な女房という月並みな図式では、今時観客の大動員は期待できず、深い愛情で結ばれた夫婦という一大ロマンの演出と相成った次第であろう。
 個人的には、妖艶さってものが欲しかった。お座なりな濡れ場シーンよりも。美人皮を脱いだ黒々と滑った正体の露わになった妖異、今時百貨商場(しょぼくれたデパート)の仏頂面して商品を投げて寄こす小姐(女店員)宜しく味も素っ気ないけれど、せっかくの周迅なら何としてもジョイ・ウォン(王祖賢)と張り合うぐらいに。

 妖異・小唯   周迅
 将軍・王生   陳坤
 妻・佩蓉    趙薇
 前将軍     ドニー・イェン
 降魔者     スン・リー

 監督 ゴードン・チャン
 脚本 劉浩良、陳嘉上 
 撮影 黄岳泰
 制作 寧夏電影制片庁・上海電影集団公司(中国・香港)2008年

|

« 蜃気楼的門司国際フェリー《光陽ビーチ号》 えっ 、マジ? | トップページ | 一触即発的黒人ゲットー《ドゥー・ザ・ライト・シング》 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

映画・テレビ」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 蜃気楼的門司国際フェリー《光陽ビーチ号》 えっ 、マジ? | トップページ | 一触即発的黒人ゲットー《ドゥー・ザ・ライト・シング》 »