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2011年9月の3件の記事

2011年9月22日 (木)

《 女たちへのいみうた 》 金子光晴の詩と異郷的絵画

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 この戦後金子の死のあと作られたアンソロジーは、《 女たちへのいみうた 》と題された割には、「おんな」に関して認められたものは半分にも満たない。日本とアジア・ヨーロッパを行き来していた頃、つまり、大正末から昭和のはじめ頃、自身の甲斐性なさ故に、青年アナーキストに妻の森三千代を寝取られ、すっかりコキュとして有名になってしまった。その後も、ダラダラと三千代を引き連れて、アジア・ヨーロッパを、一歩踏みはずと奈落の底が待っている薄氷の上を覚束ない足取りで渡ってゆく芸当を繰りかえし続けた。
 金子と三千代の間に生まれた、例の有名な"兵役"に取られまいとありとあらゆる手管を弄して挙げくまんまと成功して犬死にから免がれた息子・乾がやがて嫁を貰い子供をもうけた頃も、金子と三千代は同居を続けていたようだ。もうここまでくると、腐れ縁を通り越して、赤い糸で前世から結ばれていた因縁・宿命の仲というべきだろう。戦後幾らもしないうちに新参の若い女詩人を二度も入籍するという不純物も含みながらも。幼少から女道楽にうつつを抜かしてきた放蕩息子のなれの果てが、離婚・再婚の随分と一途な純愛的曲折。確かに金子のご真影、哀愁漂う由縁だろう。

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 《 どくろ杯 》にも記されているが、旅先での旅費の捻出のため、彼は春画はじめ在留邦人の人物・家族画みたいなものまで精力的に描きまくったらしい。金子のこのエピソードを読む毎に、アルメニア生まれの神秘思想家グルジエフの、如何にも胡散臭い《 注目すべき人々との出会い 》中の、旅先で金に困って、鳥に刷毛で色を塗って高く売りつける如何にも胡散臭い挿話が思い出されてしまう。有名な春画は何点かインターネットでも見ることができるけど、素人の手慰みと片づけるには些か妙味漂い、やはり彼の若い時分、日本画家に私淑していたとの由。道楽者の養父が、まだ幼い金子の画才を見込んで、弟子入りさせたらしい。
 先だってアマゾンで安く手に入れた画集《 金子光晴 / 旅の形象 》を開いてみてびっくり。仲々面白い。例えば、金子が当時やっかいになっていたベルギーの日本美術蒐集家イヴァン・ルパージュ氏家族の絵なんかユーモラスで笑わせるけど、絵柄が何とも今風で、古臭さを感じさせない。ルパージュ氏は、いわゆる日本びいきの一人で、新進気鋭の詩人であり絵心もそなえた本物の日本人ということで、歓待したのだろう。その後も、三千代ともどもに厄介になったという。アジアでこそ単なるバック・パッカーですら歓待してくれることもあるけれど、金子の時代も現在も、マルマラ海峡を越えてしまうと底の底まで冷え冷えとしたものってのが相場。

 一方、三樹書房版の金子の画集は、国内の、特に三千代女史が大事に仕舞っていたものらしく、かなり春画風のものが多く、それはそれで問題ないのだけど、ただ如何せん、肝心の部分を「検閲」よろしく、塗り潰してある。これは何ともいただけない。作家の作品に第三者が落書きをしているのと同様。インターネットで散見される四点はそれを取っ払ったオリジナルな奴だけど、そっちの方を先に観ていたので、てんで頂けない。マア、戦前同様、官憲が因縁をつけ、下手すると長い裁判にまでもつれ込むのを、何しろ弱小出版社なので回避したのだろう。なんだかんだカッコつけてみたところで、この国は、今だ表現の自由すらないお粗末な非-文化的な国でしかないのが、こんなところからでもバレてしまう。

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 上海の有名京劇戯院。現在は「逸夫舞台」。外にはダフ屋も徘徊。ここぞという決めの

 シーンに到ると「オッ!」と叫び声をあげる。
  

 

  泡

   一

 天が、青っぱなをすゝる。
 戦争がある。

 だが、双眼鏡にうつるものは、鈍痛のやうにくらりとひかる揚子江の水。
 そればかりだ。

 おりもののやうにうすい水・・・・・・・がばがばと鳴る水。
 捲きおとされる水のうねりにのって
 なんの影よりも老いぼれて、
 おいらの船体のかげがすゝむ。

 らんかんも、そこに佇んで
 不安をみおろしてゐるおいらの影も、

 愛のない晴天だ。
 日輪は、贋金だ。

   二

 呉淞はみどり、子どものあたまにはびこる、疥癬のやうだ。

 下関はたゞ、しほっから声の鴉がさわいでゐた。

 うらがなしいあさがたのガスのなかから、
 軍艦どものいん気な筒ぐちが、
 「支那」のよこはらをぢっとみる。
                                                       
 ときをり、けんたうはづれな砲弾が、
  濁水のあっち、こっちに、
 ぼっこり、ぼっこりと穴をあけた。

 その不吉な笑窪を、おいらはさがしてゐた。

 水のうへにしゅうしゅうきえた小銃の雀斑を。
 もぐりこむ曇日を、
 なみにちってゆくこさめを、

 頭痛にひゞくとほくの砲轟。
 「方図もない忘却」のきいろい水のうへを・・・・・・・冬蠅のやうに、おいらはま
   ひまひした。
 
                                 《鮫》より  

 
 

  落下傘

  一

  落下傘がひらく。
 じゆつなげに、

 旋花のやうに、しをれもつれて。
             
 青天にひとり泛びたゞよふ
 なんといふこの淋しさだ。
 雹や
 雷の

 かたまる雲。
 月や虹の映る天体を
 ながれるパラソルの
 なんといふたよりなさだ。

 だが、どこへゆくのだ。
 どこへゆきつくのだ。

 おちこんでゆくこの速さは
 なにごとだ。
 なんのあやまちだ。

  二

 この足のしたにあるのはどこだ。
 ・・・わたしの祖国!

 さいはひなるかな。わたしはあそこで生れた。
  戦捷の国。
 父祖のむかしから
 女たちの貞淑な国。

 もみ殻や、魚の骨。
 ひもじいときにも微笑む
 躾。
 さむいなりふり
 有情な風物。

  あそこには、なによりわたしの言葉がすつかり通じ、かほいろの底の意味まで
   わかりあふ、
  額の狭い、つきつめた眼光、肩骨のとがつた、なつかしい朋党達がゐる。
                                                             
  「もののふの
  たのみあるなかの
  酒宴かな。」

 洪水のなかの電柱。
 草ぶきの廂にも
 ゆれる日の丸。

 さくらしぐれ。
 石理あたらしい
 忠魂碑。
 義理人情の並ぶ家庇。
 盆栽。
 おきものの富士。

  三

 ゆらりゆらりとおちてゆきながら
 目をつぶり、
 双つの足うらをすりあわせて、わたしは祈る。
  「神さま。
  どうぞ。まちがひなく、ふるさとの楽土につきますやうに。
  風のまにまに、海上にふきながされてゆきませんやうに。
  足のしたが、刹那にかききえる夢であつたりしませんやうに。
  万一、地球の引力にそつぽむかれて、落ちても、落ちても、着くところがない
   やうな、悲しいことになりませんやうに。」

                                                              《落下傘》より

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  ニッパ椰子の唄

 赤錆の水のおもてに
 ニツパ椰子が茂る。

 満々と漲る水は、
 天とおなじくらゐ
 高い。

 むしむしした白雲の映る
 ゆるい水襞から出て、
 ニッパはかるく
 爪弾きしあふ。

 こころのまつすぐな
 ニツパよ。
 漂泊の友よ。
 なみだにぬれた
 新鮮な睫毛よ。

 なげやりなニッパを、櫂が
 おしわけてすすむ。
 まる木舟の舷と並んで
 川蛇がおよぐ。

 バンジャル・マシンをのぼり
 バトパハ河をくだる
 両岸のニッパ椰子よ。
 ながれる水のうへの
 静思よ。
 はてない伴侶よ。

 文明のない、さびしい明るさが
 文明の一漂流物、私をながめる。
 胡椒や、ゴムの
 プランター達をながめたやうに。

 「かへらないことが
  最善だよ。」
 それは放浪の哲学。

 ニッパは
 女たちよりやさしい。
  たばこをふかしてねそべつてる
 どんな女たちよりも。

 ニッパはみな疲れたやうな姿態で、
 だが、精悍なほど
 いきいきとして。
 聡明で
 すこしの淫らさもなくて、
 すさまじいほど清らかな
 青い襟足をそろへて。
 
                                                       《女たちへのエレジー》より 

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   No.1
    ── 航海について     

 テーブルのふちから
 海は、あふれる。

 よろけながらもスープの皿をこぼさない
 ボーイ達のやうに
 軽業よろしくつみあげて、
 僕は、船出をする。
 
 目ざまし時計、ブラシ箱、
 ふな酔ひのくすりに
 山吹でっぽう。
 それに、「マルコポーロ旅行記」。

 だが、錨をあげるなり、すぐ
 僕はさとった。
 みんな、無用なものだったと。

 すかんぽのやうに
 酸っぱいしぶきと、
 ざぼんのやうに
 あまいしぶき。

 たとへてみれば僕の心は
 くだものの汁でよごれた
 白いナフキンをそのままだ。

 その白いナフキンにうつる
 船のてすりの
 のびあがる影。
 淡い影。
 
 らんかんにかじりついて
 おづおづと僕がのぞきこむ
 度のつよい近眼鏡にうつった
 くらくらな海。

 なにを捨てるのもかってしだいだ。
 僕といふもののしみついた汚物。
 血のまじった唾でも。
 黄ろい胃液でも。

 ポケットの底をひっくり返して
 僕は、僕の底をはたいた。
 煙草のこなも
 文明のごみも。
 ひからびた四つ葉のクローバも、
 からみついた一すぢの髪の毛も。

 船足がなんとかるがるしたではないか。
 跛をひいたこの船が
 たとへ、旧世紀のぼろ船でも。
 
 ラングーンの米袋を荷揚げして
 印棉をつみこむ。
 人生とはそのくり返しさと
 さとり顔な老水先案内はいふ。

 さりながら、心若い僕は目をかがやかせて
 かう答へる。
 『地球はこれっぽちな筈がない。
 まだしられない大陸がある。
 僕は、それをさがしにゆくんだ』と。

 テーブルのむかう側から、いくらでも
 せりあがってくる御馳走のやうに
 僕は待ってゐる。
 水平線上の奇蹟の島。

 その島に芥子をなすり、胡椒をふりかけ
 僕は、最初に名づけよう。
 『サラダを添へた新ユートピア』。    
                        
                                                     《人間の悲劇》より

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  Sensation

 ── 日本は、気の毒でしたよ。(僕はながい手紙を書く)燎原に、
 あらゆる種類の雑草の種子が、まづかへつてきた。(僕は、そのことを知らせて
 やらう。)
 
 地球が、ギイギッといやな軋りをたてはじめる。・・・山河をつつむウラニウムの
 粘つこい霧雨のなかで、かなしみたちこめるあかつきがた、

 焼酎のコップを前にして、汚れた外套の女の学生が、一人坐つて、
 小声でうたふ ── 『あなたの精液を口にふくんで、あてもなく

 ゆけばさくらの花がちる』いたましいSansationだ。にこりともせず
 かの女は、さつさと裸になる。匂やかに、朝ぞらに浮んだ高層建築のやうに、そ
  のまま
  
 立ちあがつてかの女があるきだすはうへ、僕もあとからついてあるいた。
 日本の若さ、新しい愛と絶望のゆく先、先をつきとめて、(ことこまごまと記し
  て送るために。)

                                                                            《非情》より

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       若い頃の森三千代

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      金子の家族 : 右端が三千代。左端が乾(息子)

 旧仮名つかいはそのまま。漢字にルビがふってあることが多いけど、このブログ自体にそんな気の利いた機能がなく、カッコで括って附記するのも趣きがないので省略。検閲を前提としたり戦時下に隠れて書かれたものが多く、隠喩・暗喩に満ちているものの、今日からすれば意外と意味を取り易い面もある。戦前・戦中の雰囲気、その最中での旅とは如何なるものであったのかを感性とイマジネーションを駆使し、時空を越えた小旅行を体験してみては如何。

 

  《 女たちへのいみうた 》 金子光晴(集英社文庫)
  《 金子光晴 旅の形象 : アジア・ヨーロッパ放浪の画集 》今橋映子(平凡社)

  《 金子光晴 画帖 》 編・河邨文一郎(三樹書房)

 

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2011年9月11日 (日)

《モールス》 吸血少女は養蜂箱でゆられて

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 最近のホラー映画って、ゾンビー系列に負けず劣らず吸血鬼(ヴァンパイアー)系列も目白押しで、画面を観ている途中で、アレレと思ったら吸血鬼だったりして、肩すかしを喰って戸惑いを覚えたりしたものだった。吸血鬼ものが別に嫌いという訳でもないけど、どうも若干白けてはしまう。余りに古色蒼然に過ぎるからなのか・・・ゾンビーが人肉を喰らうワイルドな肉食系に較べて、吸血鬼って所詮チューチューと首筋から血を吸うって所作が何とも菜食系あるいは植物系にも似た元祖ドラキュラ伯爵に由来する貴族的耽美主義、あるいは妙にすました感じが、ホラー映画として些か物足りなさを覚えてしまうからなのか。確かに、ワイルドにライフルや自動小銃を撃ちまくって屠ってゆくのと違って、あれこれとややこしい手順でとどめを刺さねばならぬ吸血鬼ってちょっと面倒くさい。
 元祖というべきジョージ・A・ロメロ監督《ゾンビー》(1978年)が片っ端から次々と現れるゾンビー達を銃で頭を吹っ飛ばし屠ってゆく一種の爽快さで忽ち世界的に人気爆発したのも、正にそれであった。むしろ、人間ではない、もはや一度死んだ「屍鬼」故に余計なやましさや心配は無用で、猟の如く撃ち放題殺し放題って理屈だ。正にポスト・ベトナム戦争的戦術といえよう。

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 制作国の米国では不評だったらしけど、土曜の初回上映で、客は疎ら。
 けど、僕は結構面白く観せて貰った。監督があの《クローバー・フィールド》のマット・リーヴスで、CG処理に難をいう向きもあるようだけど、あれはあれで良かったと思う。劇中、《ロメオとジュリエット》の本までこれ見よがしに出てきて、いやでも二人の主人公、十二歳のアビーとオーウェンの淡いラブ・ロマンスを際立たせる。《ロメオとジュリエット》の原作の悲惨な結末を避けて、アラン・パーカー監督《小さな恋のメロディー》(1971年)並に手に手を取っての駆け落ちというハッビーな方途に設定されている。

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 この映画、実はスウェーデン映画《ぼくのエリ 200歳の少女》(2008年)のリメイク版という。そういえば、ビデオ屋で見た覚えがあって、単に子供映画と決めつけていたら、結構有名な映画という。これにも元のオリジナル・原作があって、 ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト著《モールス》、もろホラーらしい。このハリウッド版のはオリジナルのタイトル。
 
 ケンタッキー山脈の南端、ニューメキシコ州はロス・アラモスの粉雪舞う暗い夜道を、二台のパトカーに先導され救急車がある男を搬送してゆくシーンから始まる。
 ロス・アラモスといえば、長崎・広島に投下した原爆製造基地がある地として有名だけど、それ以降もあれこれと様々な噂の絶えない如何にもって感じの怪しげな場所だ。舞台設定としては申し分ない。
 搬送された男は顔面から酸で焼けただれていて、早速地元の刑事(イライアス・コティーズ)が一人で現れる。しかし話せる状態ではなく、受付で署に電話をかけている間に、男は十階の部屋から飛び降りて死んでしまう。そして、画面は以前に遡る。
 ある夜、いじめられっ子オーウェン(コディ・スミット・マクフィー)のアバートの隣室に、アビー(クロエ・グレース・モレッツ)という名の同い歳の少女とその父親らしき人物の二人が簡単な道具だけで引っ越してくる。やがて、そのアパートの敷地でいつも一人で遊んでいたオーウェンの前にその少女アビーが現れる。この寒空に素足だった。
 「わたしが女の子じゃなかったら?」
なんて意味不明な言葉を、如何にも意味ありげに言うそんな謎だらけの少女アビーに、オーウェンは次第に興味を持ちはじめ、いつの間にか恋愛感情すら抱くようになってしまう。ある日オーウェンが虐(いじ)めグループに頬を叩かれ派手なバンドエイドをしているのをアビーに問われると虐めグループのことを素直に話した。
 「やり返すのよ!」
 アビーは叱咤し、もしもの場合の助っ人も買って出た。
 「わたしは見かけより強いのよ」

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 凍結した川の上で、学校から生徒達がホッケーとスケートの野外授業となった時、虐めグループに因縁をつけられ、手にしていた棒を寄こせとリーダーが迫ると、その長い棒でリーダーを横様に一振り叩きつけた。と、呻き声を出してリーダーは叩かれた耳を押さえその場にうずくまった。耳が裂けてしまったのだが、それを最初から見ていた教師が傍へ駈け寄ろうとした途端、生徒達の叫び声があがった。氷の下に屍体があったのだ。事件に紛れるように、オーウェンは停学処分を免れたが、実は、その屍体こそ、老いて以前の働きができなくなった父親らしき男を見限ってアビー自身が自分の手にかけて屠った男だった。そしてその被害にあった男がオーウェンと同じアパートの住人だったことから、警察の聞き込み調査の訪問を受けることとなる。
 すっかり親しくなった二人は互いの部屋を行き来するようにまでなるのだが、アビーの父親らしき男が、アビーに諫めるように告げる。
 「あの小僧とつきあうのは止めとけ!」
 男は、アビーに犯させまいと自分を叱咤するようにすっかり夜の帳が降りた町にでかけてゆき、前回の失敗の屈辱を雪(そそ)がんと駐めてあった乗用車の後部座席と床の間に身を伏せて待った。若い男が戻ってきた。今度こそはと覆面した老いた男は自身に言い聞かせた。と、再びドアが開きもう一人男が飛び込んできた。友人だった。覆面の男は焦った・・・結局、男は失敗し、車ごと横転し、追いかけてきた男達や住民達が駈け寄ってくる前に、もはや身動きもならない車の下で辛うじて自分のバッグから酸を取り出し、自分の正体を知られぬために自身の顔にぶっかけた。走り寄ってきた男達も強列な酸の臭いに思わずのけぞった。

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 そして、冒頭の救急車のシーンに画面は戻る。
 アビーが吸血鬼であることを知ったオーウェンは、アビーの部屋で見つけた古いフィルム写真に今と変わらぬアビーと共に写っていた自分と同じくらいの少年を思い出す。その少年こそ、アビーと一緒にいた父親らしき人物だった。悪夢のように畳みかけてくる現実、一人尋ねてきた刑事をアビーが屠り、学校のプールで虐めグループにとリーダーの兄に襲われあわや死んでしまうのかと思われた時突然アビーが現れ皆殺しにしてしまって、オーウェンはもはや夫と離婚で揉め精神的に不安定な母親と一緒の生活には戻れないと断念し、アビーと一緒に、つまりアビーのために生きてゆく方途を選んでしまう。アビーを隠した大箱と一緒に列車に乗り、当てどもない、少なくとも例の父親らしき男と同じ年になるまでの長い旅をつづける方途を。

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 一回の吸血で一体どのくらい保つのか定かでないが、愛するアビーのためと思って多くの行きずりの人間達を殺害し、血を抜き取り、アビーに飲ませるという背徳的行為を、オーウェンと同じ少年の頃から六、七十歳代になるまでには、少々じゃないくらいに繰り返してきたのだろう。膨大な人数にも達するだろう。
 もう疲れた・・・とは劇中でのオヤジさんの言だった。
 年々闇すら減ってしまいつつある日本と違って、米国は遙かに広く、それでも中部・南部なんて拳銃所持が再燃化し、腰にホルスターまで吊してこれ見よがしに拳銃をひけらかす世相であってみれば、ナイフや酸なんかで屠るなんて殆ど絶望的な技と言わざるを得ない。そんな現実を益々体力も気力も落ちていく初老の身でひしひしと感じていたに違いない。況や嘗ての自分と同じような若い少年が現れたりすると、気力も萎えてしまいかねない。それとも、アビーへの献身的な愛情の方が勝って、新参のオーウェンに後を托し、自らは一人静かに死に赴くある種の動物のように何処かへと消えていったのだろうか。

 ふと、日本人監督・北村龍平のホラー映画《ミッドナイト・ミート・トレイン》を思い出してしまった。ある種の得体の知れない異種生物のために、選ばれた殺戮犯マホガニー(ヴィニー・ジョーンズ)が夜な夜な最終電車内で乗客を屠っては異生物が食べやすいように解体処理までしてくれるサービスつきの献身ぶりだったのが、カメラマンの主人公にその栄誉ある座を奪われてしまうその哀愁漂よう血塗れた感傷。そのどこかに通じるものを感じてしまった。

 アビー         クロエ・グレース・モレッツ
 オーウェン       コディ・スミット=マクフィー  
 刑事                    イライアス・コティーズ
 アビーの父親らしき男  リチャード・ジェンキンス

 監督  マット・リーヴス
 脚本  マット・リーヴス
 原作  ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト《モールス》
 撮影  グレッグ・フレイザー
 音楽  マイケル・ジアッチーノ
 制作 オーバーチュアー・フィルム 米国(2010年)  
                                                 
                                11 sep. '11

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2011年9月 2日 (金)

昏い時代の盲者達《按摩と女》1938年

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 主に戦前一世風靡したらしい清水宏の作品はまったく未見で、この昭和13年の《按摩と女》が初見。モノクロで、も一つ映像が曖昧だけど、時折、シャロー・フォーカス(浅い被写界深度 : 対象にピントを合わせバックをボカす手法)を駆使したりしてモダンな映像センスを覗かせている。旧いテレビや映画の時代劇なんかで時折顔を見せていた徳大寺伸、この作品では殆ど主役級で、当時流行であったろういきな帽子をかぶって、最近の青年群像作品に負けず劣らずのナウい青年振りを発揮していて瞠目させられてしまった。

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 アンマ=盲目のマッサージ師というと、座頭市やなんかの手には杖、坊主頭に裾をはしょった着物姿という江戸時代から抜け出てきたようなイメージしかないけど、ここでは、彼、徳さん一人だけが、シュールなくらいに他の燻(くす)んだ温泉町の街並みや福さん等のアンマ仲間と異質なくらいに浮き上がって洒落てモダーン(当時風に云えば"モボ")なのである。翌年には男の長髪・女のパーマが禁止になる時代風潮に鑑みてみれば、これは一種の意地あるいは"抵抗"の類と見て取れなくはない。当時は、現在のごとくマッサージ=整体=カイロプラクティス的な(社会的)ステイタスを得てなくて底辺的存在と見下されていた者を、敢えて、舶来一色の"モボ"に仕立て、"色即是空"的に目の見える者達に見えないものが見えてしまう、一種"業"めいた優越性に愉悦すら覚えていて、ひょっとしてこの徳さん、洒落者だったらしい監督・清水宏の分身やも知れぬ。

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 舞台は山間のある小さな温泉町。
 のっけから徳さん、福さん二人の整地された山道をトボトボと杖をつきながら延々とかけ合い漫才宜しく丁々発止のセリフを連発しながら昇ってくる光景から始まる。山肌を切り開いて地面をならしただけの道路だけど、谷側に落下防止用の分厚いコンクリートの低い塀が何とも無骨で、も一つ情緒を妨げているものの、その跛行(はこう)性が、又、"軍国化"された日本そのものとして感得され穿ち見的に捉え返すことも出来なくはない。そこで洒落た帽子に洋服の徳さんに、着物の裾をはしょってカンカン帽の福さんがこう呟く。
 「この頃の眼明きは、ことにぼんやりしている」
 確かにこのフレーズ、もっと前の時代でも、昨今でも使われる常套句ではある。けど、この益々ただならぬ昏い方途にひた走り続けている時代相の中で敢えて発せられたものであるからには、かけ合い漫才に託(かこつ)けたにしても、いやでもメッセージ性を孕まざるを得まい。

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 そこへ荷台に客を乗せた馬車が走りより去ってゆく。
 自動車も既に走っていたろうが、こんな山間の温泉町なんかには無縁で、観光的側面もあったろうが専ら一頭立ての馬車に温泉客を乗せて行き来していていたのだろう。尤もバスってのもあったと思うのだが、既にガソリン節約に入っていたのかも知れない。ふとその馬車に、こんな僻地とは異質の涼やかな香水の匂いが徳さんの鼻腔をくすぐり、清々しい若い女の気配に思わず走り去ってゆく馬車の方を見送ってしまう。東京の女だな、と直観する。
 それが、この映画のヒロイン、高峰三枝子演じる美千穂であった。まだデビューして間もない二十歳頃の高峰なのだが、どこぞの色情過多な偉いさんの処から逃げ出してきた二号という設定。若い二号妾なんて珍しくもないけど、どうも二十歳にしては老けた感じで、高峰自身の二十歳のイメージとチグハグ。けれど、映画的には問題ない。温泉町の通りで徳さんと出遭うカット、カットで繋ぎ、シャロー・フォーカスで二人それぞれに決めたシーンは面白い。清水の面目躍如ってところなのだろう。

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 美千穂に一目惚れ(?)し片想いの徳さんが、宿泥棒の噂に、美千穂の姿のあった先々で宿泥棒が発生しているからと、美千穂を宿泥棒と勘違いし、警察の手が入るという情報を知って、慌てて美千穂を町から脱出させようとするコミカルな純愛ロマンを縦軸として、佐分利信と爆弾小僧なんかの登場人物それぞれのエピソードを絡ませた、ユーモラスなセリフのやりとりが真骨頂の軽妙な秀作。

 劇中、女のアンマの出現に困惑する徳さんはじめアンマ達。やはり、温泉町のこともあって、"女"であることは強い。勿論どんな種類の女アンマか定かではないが、女達の進出によって自分達の職域が侵される危機感に、男の盲目のアンマ達が悲観的なセリフを吐露し続ける。当時一般的には女性進出は唄われていても知れたものであったろうが、何しろ温泉町という特殊な小さな場でのパイの取り合いじゃ、どうにも徳さん達に勝ち目が見込めない不安が、あからさまに描かれることのない"現実相"とダブるようにどんよりと滲み出す。昨今の日本の情況と同致するところだ。

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 昭和13年(1938年)というと、成瀬巳喜夫の《まごころ》の前年で、国家総動員法の公布・施行、日本軍の中国・徐州占領、左翼教授グループ30人近く検挙とか、満州で李香蘭(17歳)が満映《蜜月快車》でデビュー等時代はいよいよ全面戦争・総力戦体勢へと加速し始める最中。翌年の《まごころ》に較べまだ楽天的な雰囲気に満ちている。この年の秋に有名な作家達が従軍作家として大挙現地に赴いている時節柄であってみれば、監督の清水や松竹の意向ってところだろうか。
 翌年には清水の代表作の一つらしい《子供の四季》が撮られ、40年代に入るとさすがに御上の意向に逆らえず、朝鮮で『ともだち』(1940年)、台湾で『サヨンの鐘』(1943年)を撮ることとなってしまったようだ。

徳市      徳大寺伸
福市      日守新一
美千穂     高峰三枝子
真太郎     佐分利信
研一      爆弾小僧
鯨屋主人    坂本武
お菊      春日英子

監督:清水宏
脚本:清水宏
撮影:斎藤正夫
美術:江坂実
音楽:伊藤宣二
制作 : 松竹映画1938年(13年) 

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