カンボジアのニュー・フロンティア チャム・イェム=コ・コン

もう何年も前になるけど、タイの某女優がアンコールワットはタイの物なんて、タイ王国文部省選定教科書的発言をしたというニュースが、カンボジア側の逆鱗に触れ、プノンペンのタイ大使館等が焼き討ちに会う事件にまで発展してしまったことがあった。アランヤプラテートとハート・レックの国境も閉鎖され、確かどっちかのボーダーでカンボジア人がタイの官憲に殺害された事件も付随していたと記憶している。又最近も、何とも胡散臭いプレアビヒア遺跡を巡っての、銃撃戦まで交えた国境紛争が再発している。犬猿の仲的な随分と血腥い事件・紛争だけれど、実際は可成り政治的陰謀の匂いが強いものらしかった。日本や近隣国との関係も、似たり寄ったりでその例に洩れないが。

コ・コンのエキスプレス・フェリー乗場
以前はタイ南部からカンボジアへ抜けるには、バンコクからまずトラートまでバスで行き、そこからクロン・ヤイ、ハート・レックのボーダーへとそれぞれの乗り物で向かっていた。 タイ側は今も同じだろうが、カンボシア側のイミグレ(チャム・イェム)からは、カオ・パオ湾の岸までバイタク(バイク・タクシー)で行き、そこから雲助ボートに乗り替えるか、イミグレ事務所の裏手にある船着場から岬を迂回してコ・コンの船着場まで直接向かう目一杯ぼってくるボートに乗るかして、シハヌーク・ビル行きの中型エキスプレス・フェリーに乗船するために、対岸のコ・コンの港まで向かうというのが定番のコースであった。

カルダモン山脈の川を渡るフェリー(ほとんどイカダ)
これが、2002年に、国道48号線に組み込まれたカオ・パオ湾に架けられた長い橋が完成し、イミグレからダイレクトにプノンペン行きのバスが出るようになったらしい。2003年に訪れた折には、イミグレ事務所にサファリ・パークの巨大な広告看板とそのチヤム・イェム発プノンペン行バスの貼紙がしてあった。ボクはコ・コンからプノンペン行のミニ・バス(15$≒600バーツ)を予約したけれど、実際はバンで、それもシハヌークビル近くから他のミニ・バスに乗り替えたインチキ物だった。何しろカルダモン山脈を横切ろうとすると4回も川をフェリーで渡らねばならずともかく時間がかかった。それでも、2000年にコ・コン=シハヌークビルのエキスプレス・フェリーの料金が500バーツ(帰りに乗った時は600バーツに値上がりしていた)だったので、マアマアの価格であったろう。

原始的なフェリーに乗ったピックアップの荷台は常に満パイ
カルダモン山脈を通る国道48号線を遮っていた川にすべて橋が架けられ、最近では、コ・コン=プノンペン間は、8ドルで5時間らしい。プノンペン以外の、シェムリ・アプやバッタンボンどころか、ベトナムのフーコック島やラオス行の便すらあるという。本当に隔絶の感すらある。因みにコ・コン=シハヌークのエキスプレス・フェリーは廃止になったようだ。燃料費の問題だろうか。
僕は試みたことはないけど、嘗て国道48号線がまだ舗装されてない頃は、一雨降れば泥濘と化す道を通って、カルダモン山脈を抜けていたパッカー達も少数だろうが居たらしい。山間の地元民宿に泊まって、情況が回復するのを待ちながらの日和旅って訳だ。景色も悪くないので、最期の秘境の旅の片鱗を味わうには手頃だったろう。

フェリー乗場の売店兼レストラン
コ・コンの町は、タイとの交易の一方の拠点となり、"ゴールド・ラッシュ"ならぬ"ニュー・フロンティア"って訳で、殆どが貧しいカンボジアの人々か゜、一攫千金、あるいはそこまで行かなくても他所では獲られない利得に、淡い夢を抱いて参集した開拓村の趣きが濃厚だった。特にボーダー近辺のバイ・タクやらボートなんかの運送関係なんてもう"雲助"以外の何者でもなく、濡れ手に泡を決め込んでいた。
初めの頃は、埃っぽい燻(くす)んだ板張りの粗屋が多かった。それがカオ・パオ湾に橋が架かった頃から、段々と道路も街並みも小綺麗になってきて、プノンペンと変わらないくらいの装いの店すら出現し始めた。そのちょっと前、2000年に訪れた折にも既に、イミグレ事務所の向こうで客待ちしていたバイ・タクが、それまでの中古の燻すんだ"ホンダ・カブ"なんかではなく、目にも鮮やかなタイ並にカラフルでピカピカの"ホンダ・ドリーム"等で、思わず眼を疑ってしまった。夜ともなるとビデオ・カフェの店先にまで並んだテーブルにびっしりと男達や子供達が坐って、ドリンクをチビチビ飲みながらビデオ鑑賞に余念がなく、まだまだ貧しさから抜け出れないものの、それなりに生活に余裕が見え始めたようには想える昨今のカンボジアの辺境のニュー・フロンティアではあった。

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