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2011年11月の2件の記事

2011年11月29日 (火)

残影的十一月映画

1911

 今月も残り僅かだが、劇場やレンタル・ビデオで結構あれこれ近作を散見してみて、期待していたロード・ショウは皆程度の差こそあれ肩すかしを喰ってしまった感は否めない。ジャッキー・チェン主演の《1911 / 辛亥革命》は、ひょっとしてという一抹の危惧は抱いていたものの、やはり一番期待していたのが、何ともドンドンパチパチ映画じゃ話にもなりはしない。蒋介石が政権を握る以前の、孫文を擁立した初期の国民党故に、中国にも台湾にも受けるというスタンスなのはともかく、あまりにも戦闘シーンに精力を使い過ぎて総じておざなり。戦闘シーン、確かにアクションは僕も嫌いではないけれど、もう一ひねりして気の利いた戦闘シーンにするとかすれば又印象も変わったのかも知れない。眼前の建物や航空機めがけて弧を描いて飛んでゆく派手なRPG(ロケット・ランチャー)なんかが当たり前の昨今の映画の戦闘シーンを見慣れた眼には、地味を絵に描いたようなコテコテの「二百三高地」的、人民解放軍的肉弾戦は、余程巧く作らないと、いわんやその連綿ではうんざりしてしまう。尤も、観客皆同じ世代ではないし、そんなのが好きな人達もいるのも確か。ジャッキー・チェン、同じ歴史物作るなら、ジェット・リーなんかと《太平天国の乱》や《上海小刀会》、
あるいは《義和門》なんかをやってほしい。これだと、原理主義的中国共産党的には必ずしも面白くないものかも知れないが、ブルース・リーの《ドラゴン怒りの鉄拳》以来の普遍性を得ることができるのではないだろうか。

Photo

日本留学中の短刀を持った女性革命家・秋瑾

 ソダーバーグの《コンテイジョン》、今流行の「細菌・ビールス」物の一つで、僕の好きなカテゴリーの一つでもあって、ソダバーグがどんな風に開示して見せて呉るのか楽しみにマアマアの入りの映画館の座席に坐った。悪くはなかったけど、やはりもう一つってところだろうか。むしろお決まりのようにやたら仰々しいくらいに国家的・国際的機関的偉いさん達が出てくるけれど、それに拮抗するフリー・ジャーナリスト=ブロガーのアラン(ジュード・ロー)が何とも胡散臭い英国のタブロイド新聞並のイカサマ師の如く描かれている。監督のソダーバーグ自身、「デマ=噂・風評の類の危険性」を口にしていたようだし、普通に解釈すれば、ひたすら売らんがためのデマゴギー的パフォーマンスに終始するブロガー=アランってことになる。けれど、今春の「東北大震災」時における「フクシマ原発」災害事件での一連の東京電力や関係省庁のデタラメさ加減、とりわけ東電のひたすらなるデマの連発って事態、更ににもかかわらず誰一人として処分も刑事告発もされてないという凄さを鑑みれば、何とも納得のいかないソダーバーグ的展開ではある。映画は虚構で作られたものでしかないが、少なくともデマゴーグ=アラン(ジュード・ロー)と同等な欺瞞と犯罪性を米国政府=製薬会社=国際機関のどこに描出してみせたろうか。劇場での一回きりの鑑賞という制限の中では記憶にない。この手の監督はレトリックを駆使するので、口にした言葉も百パーセント素直に受け取れないけれど。それにしても、これは余談だが、自民党って東電同様一体何時になったら今度の「東北大震災」=ツナミ・原発災害事件の責任を取るのだろう。二万人以上の住民が死に、被害はむしろこれから一層列島中をあらゆる面から蝕んでゆくというのに。それを許しているこの国の住民達って、その最期の権利=義務すら放擲しようとしているようだ。

Contagion

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2011年11月11日 (金)

ペシャワールの宿 《カニス・ホテル》

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メヘラン・バンク(元カイバル・ホテル)の隣のカニス・ホテル

 ペシヤワールの新市街(カントンメント)、サダル通りに面した有名なカイバル・ホテルの横の狭い細路を隔てた隣に、アフガン人が営っているらしい《カニス・ホテル》があった。
 カイバルの屋上から一跨ぎで渡れそうなカニスの屋上で、ターバン巻いたアフガン人の爺さんが、カバーブの下ごしらえをやっているのがよく覗けていた。時間になると一階の通りに面した日本の焼鳥屋に似た佇まいのカバーブ屋を開いた。時間がちょっと遅めで、チャイとナーンの朝食には間に合わなく、美味いだけに残念であった。

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     サダル通りの裏通り

 サダル通りには、銀行や新聞社の建物もあったりするメイン通りだけど、アフガン人の経営するカーペット屋やハンディー・クラフト店も軒を連ねていた。一つ奥に入った横町にも店が並んでいて、アフガン人の物売りも、見つかるとパキスタン警察に蹴飛ばされ追い出されながらも、又すぐに戻ってきたりしていて、アフガンの香り漂う一角であった。
 カニス・ホテルは老舗《グリーン・ホテル》には到底及ばないものの、一応ふつうのホテルで、二階にアフガン・レストランも備わっている。ドミトリー(大部屋)は屋上のベッド置き場の一角に後から設(しつら)えたもので、カイバルの如く、泊まり客が残していった本や情報ノートを保存し活用するといった共有性ってものが希薄。単に泊まるだけの施設って感じでそれほど人気はなかったろう。それでも、泊まったら泊まったで和気藹々ってところがドミトリーの面白さであり、僕もつい何度か足を運んでしまった。

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  面白い装飾(塑像)の古い建物

 遠くカイバル峠の向こうにアフガンの白い嶺峰が望める寒期にはさすがに水シャワーはしんどく、この屋上ドミトリーにも、ホット・シャワーが完備していて、若いスタッフが苦労して湧かしてくれていた。隣のカイバル・ホテルにはその上ストーブがドミトリーにも設置してあって、点けると結構暖かったものだが、カニスにはなかった。
 ここのドミトリーは日本人と欧米人半々ぐらいで、韓国人なんかも時折入ってきた。ある日中、日本人ばかり四、五人で屯していた時、ふと見慣れぬけばけばしく化粧した二人の地元の女が現れた。娼婦達であった。ホテルの客相手なのだろうが、貧乏旅行者のドミトリーなんかに娼婦が客取りに来るってのも前代見物。間違って入ってきたのだろうが、冗談でも若いとも美形とも云えぬ女達で、さすがに皆閉口してしまった。ペシャワールには、昔からの旧い娼館があるという話は聞いていた。インド映画に出てくるようなゴージャスでロマンチックな古色蒼然とした趣きのあるもののようだったけど、パキスタンといえども即物的になりつつある昨今、果たしてそんな流暢なものが何時までもありえたろうか。

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  アフガン・バザールのアフガン人たち (チャイ屋)

 アラビアン・ナイト風にのどかなイエメン等と相違して、結構昼間は殺伐とした感じのするパキスタンのラマザンであるが、ある昼下がり、カニスのアフガン・レストランの廊下に面した窓にカーテンがしてあって何かと覗いてみると、ゆったりした上下のシャルワール・カミーズに身を包んだ男達が黙々と食事をしていた。聞くと、アフガン人のカッワリーかなんかの楽団の面々で、三十代の唄手に云わせると、腹が減っては良い演奏が出来ぬということらしかった。確かにその通りだろう。原理に汲々としない融通無碍なその鷹揚さに親しみを覚えてしまったけど、今じゃ原理主義=タリバンの勢い増す増す盛んのようなアフガニスターンではある。

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   一息ついたナーン職人たち ( アフガン・バザール )

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