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2011年12月 9日 (金)

宇宙人になれなかった少年の物語 大島渚《 少年 》1969年

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 現在でも闘病生活中らしい監督・大島渚の、これは同年(1969年)の横尾忠則主演《 新宿泥棒日記 》、および翌年の《 儀式 》と続けて担当した田村孟の脚本で作られた所謂"低予算"映画。ドロドロした大人の世界ばかり撮ってきた大島作品の中にあって、少年を主人公にした異色作。出演"俳優"も父親役の渡辺文雄と母親役の小山明子の二人のみ。主人公の十歳の少年役は、孤児院に籍をおいていたらしい素人少年。そして三歳の幼児。この二人の男の子、とくに主人公役の方は仲々絶妙。"子役が大人俳優を喰う"ってよく聞くけれど、所謂"演技"ではなく、素な所作=味ってところだろうか。監督の腕の冴えって訳でもあるんだろう。
 昭和の"高度経済成長期"頃、それに乗り損ねた故に、便乗しようとした所謂"当たり屋"一家に焦点をあてた社会批判的作品で、これ見よがしではなく、少年をうまく使って情緒に満ちた作品に仕上げた秀作。

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 当たり屋って、現在では殆どいないだろうが、六十年代初期頃から既にあったらしく、この当時は列島中に蔓延っていたのだろう。走っている自動車にちょっと接触し、ぶつけられたと騒いで、示談金の幾らかをせしめる文字通り身体を張っての死線ぎりぎりの生業(なりわい)。勿論警察沙汰になる前に、恐喝にも似た手腕で治療費・示談金を出させるのだから、押しの強さも不可欠。それを、戦争で胸や片腕をやられた"傷痍軍人"たる父親がやり、母親が当たっていたのを、とうとう十歳の息子にもやらせるようになってしまう。最初は恐がり渋っていた少年も、ある日とうとう観念し、母親に欲しかった黄色い野球帽を買って貰って実行。その日以来、少年の身体に生傷の絶えることはなくなる。
 "当たり屋"をやりながら一家して列島中を巡ったという当時事件になった実在の親子を題材にしたという。"戦争"でふつうに働けなくなってしまっていた父親ってのが伏線で、一家の行く先々でやたら"日の丸"が姿をみせる。とりわけ、雪の北海道で下の三歳の男の子を避けようと道路を走ってきた乗用車が木に激突し、運転手と乗っていた少女が死亡してしまった事件のすぐ後、呆然として雪道を駅の方へ彷徨う少年を呼び寄せた一家の投宿した旅館の部屋の奥の、山をなして並んだ真新しい位牌と骨壺の背後に壁一面の巨大な日の丸が垂れ下がっているシーンがその極めつけであろう。果てしなく流されてきた血を吸ってどす黒く滑(ぬめ)ってすらいそうな日の丸は、正に、戦前もそして戦後も延々としてってアナロジーなのだろう。

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 結局、最期は大阪で逮捕されてしまい、最初は健気(けなげ)なくらいに頑なに親をかばい、犯行を否定し続けていた少年も、列車の中で刑事に窓外に拡がる寒々とした海景色のことを尋ねられ、ふと北海道での真っ白な雪景色の中での自分と同じ世代の少女の死顔が思い浮かんだ次の刹那、様々なものが交錯しめくるめき、一筋熱い涙が流れ落ちる。そしてポツリと「北海道には行ったことがある」と呟く。その出来事=事件が少年の心の内に深々と刺さった棘となっていたのだ。
 大写しになった美少女の、片側の白い額から流れ落ちた真紅の一筋の血。
 黒い学生帽を目深に被った少年の切れ長の眼から一筋の涙。
 これは定型的な"昭和"の少年・少女的イメージそのものであり、大島の情緒・美意識そのものでもあるのだろう。それは、翌年の《 儀式 》にも通じている。戦中派世代らしい美意識ではある。その黒い学帽、黒の上下の学生服に身を包んだ少年に、少女死亡事件の直後、降り積もった真っ白い雪世界の只中で雪だるまに死んだ少女の片方の赤いゴム長靴を載せ、離れた場所に坐り込んだ弟のチビに言い聞かすともなく語らせる。
 
 これはねー、只の雪だるまじゃないんじゃ。宇宙人ぜ。
 この宇宙人はアンドロメダ星雲から来たんだ。
 こいつはねー、正義の味方じゃ。
 悪いことする奴を、地球の悪人をやっつけるために来たんじゃ。
 怪獣じゃち怖わーない、鬼じゃち怖わーない、
 電車じゃち、自動車じゃち怖わーないんじゃ。
 突き当たったら、皆向こうが壊れるんじゃ。
 怪我はせんし、泣いたりせんぜー、
 はじめから涙なんてないんじゃー。
 宇宙人はねー、親はおらんし、
 一人じゃき、
 お父ちゃんも、お母ちゃんもおらんがや。
 本当に怖わーなったときは、
 星から別の宇宙人が助けに来てくれるじゃき。
 ぼくはそういう宇宙人になろうと思っちょる、
 なりたかったんじゃ。
 けんど、いかん。
 ぼくは普通の子供じゃき。
 死ぬこともうまいことできん、
 チクショウ!
 宇宙人のバカヤロー!
 
 大島が松竹を去って作った《 創造社 》の仲間でもあった田村孟、1976年には監督・長谷川和彦、水谷豊・主演の《 青春の殺人者 》、1984年の篠田正浩監督《 瀬戸内少年野球団 》等がある。

 監督 大島渚
 脚本 田村孟
 撮影 吉岡康弘、仙元誠三
 音楽 林光
 美術 戸田重昌 

 父=渡辺文雄
母=小山明子
少年=阿部哲夫
チビ=木下剛志
制作 創造社・ATG 1969年作品

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