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2011年12月22日 (木)

メスカリン的錯綜世界 松田優作《 野獣死すべし 》(1980年)

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 先日、ふと通りがかりに眼にしたテレビ画面に、アップになった石橋蓮司の姿が映っていて、亡くなったばかりの原田芳雄について語っていたようだった。石橋蓮司と原田芳雄といえば、黒木和夫監督《 龍馬暗殺 》に尽きる。あの時代の寵児・桃井かおり、松田優作なんかも共演した金字塔ってことろだろうか。

 で、ビデオ屋に赴いてみると、金字塔であるはずの《 龍馬暗殺 》、幾ら探しても見つからず、結局松田優作の《 野獣死すべし 》ってことに落ち着いてしまった。《 遊戯シリーズ 》や《 蘇る金狼 》などの東映のドル箱アクション作品をコンビで撮り続けてきた村川透作品で、《 蘇る金狼 》ともどもハード・ボイルド作家・大藪春彦の原作。《 蘇る金狼 》の方は、オーソドックスな踏襲なのだろうが、大藪の処女作でもあるこの《 野獣死すべし 》は、原作者・大藪がクレームをつけたぐらいに変容・乖離したものらしい。ステレオ・タイプな通俗アクション物に飽き足らなくなった優作の、もっと別様の、もっと踏み込んだものを求め試み始めた転回点的作品で、大藪のワイルドで脂ぎった伊達邦彦とは相違して、奇矯なくらいにエキセントリックな人物像に仕上げている。 

 
 M・スコセッシ監督の《 タクシー・ドライバー 》に影響を受けていた監督の村川透、脚本家・丸山昇一と優作は、高度経済成長を象徴するようなエネルギッシュでバイタリティー溢れる大藪的伊達邦彦ではなく、ポスト・ベトナム戦争的な、病み屈折した、むしろ元ベトナム戦争従軍海兵隊員のロバート・デ・ニーロ扮するタクシー・ドライバー=トラビスを想わせる元通信社特派カメラマン、所謂"戦場カメラマン"=伊達邦彦を造り上げた。これは、監督・村川以上に、演技者=優作の意に依るところが多いようだ。この優作の試行錯誤的展開は、翌年(1981年)の鈴木清順・作品《 陽炎座 》に繋がってゆく。

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 この映画は正に"雰囲気"映画とでも謂(い)うべきもので、たかしまあきひこの音楽が相乗効果をあげていて、《 タクシー・ドライバー 》のドラッグ的幻覚・醒酔定かならぬ入眠幻想的側面からアプローチし、それなりの成果は得ているように思える。この映画の基準はそこら辺にあって、アジア・アフリカ・中東の弾丸飛び交う生な戦場を間近にその眼で視、硝煙と血飛沫、号泣と呻きをフィルムに定着し続けることによって、平和的日本との乖離、あるいは"1984"(ジョージ・オーウェルの)的世界構造的欺瞞との齟齬故に、次第に意識と感性の変容を来たした元戦場カメラマンのフラッシュ・バック的錯綜の軌跡譚として造形されている。

 冒頭、警視庁の刑事の拳銃を奪うシークエンス、早速そこからして些か論理的整合性を欠いている。ある刑事の拳銃を、人気のない公薗でナイフ片手に、如何にも慣れない手つきで襲い死闘というには随分と緩慢で、高を喰った刑事の油断が命取りってニュアンスなのだろうが、どうにも説得力に欠ける。アクション指導(擬闘)も良くない。そもそも高級マンションに住んでいて、奪った拳銃で闇ギャンブル場(カジノ)を襲った後、佐藤慶扮する闇拳銃ブローカーから別の拳銃を買うシーンもあって、だったら最初から危ない橋を渡るよりブローカーから入手すればいいとはおもうのだけど。それともブローカーから入手したのがコルト・アーミーなんて時代物の特殊な拳銃故に高価で、むしろそれを購入するためにカジノを襲ったのだろうか?

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 如何にもプログラム・ピクチャー=東映アクション映画って趣きで、余りそんなチマチマした整合性なんて気にもしてないって風。つまり何でもありで、要はその"雰囲気"なんだという了解性。その了解性で観ると、すんなりと優作の奇矯なまでに演じるエキセントリックな、あるいは精神に破綻を来してしまった戦場を駆け巡ってきた"戦場カメラマン"=伊達邦彦の錯綜とした軌跡が泥(なず)んでくる。

 
 そもそも伊達邦彦が狙っていたのは、日本橋にある東洋銀行で、そのための準備資金獲得か手慣らしって意味合いでの用心棒の守るカジノ襲撃だったのだろうか。奪った刑事の拳銃で、用心棒達を全員射殺してしまい、本命の東洋銀行でも、も一人の仲間と銀行員を次から次へと十二人も殺しまくる。(もう一人別に、偶然客として居合わせた伊達に恋をした娘も、伊達自身によって射殺される。つまり計十三人)。プロの銀行強盗がみたら腰を抜かしそうな殺戮の巷。銀行から逃走し、早くから伊達をカジノ襲撃犯としてマークしていた警視庁刑事・柏木(室田日出夫)に付きまとわれながら列車で高飛び。真夜中の車中、柏木にリップ・ヴァン・ウィンクルの話をしながら、実弾一発を残した柏木のリボルバー拳銃の銃口を柏木に向けロシアン・ルーレットを愉しんだあげく、逃げようとした柏木を背後から一発銃撃し、急に弾けたように、伊達が駈け寄り倒れた柏木をめった蹴りにする。その後車掌も射殺され、紛れ込んできて慌てて逃げ出した乗客も閉まったドア越しに自動小銃で銃撃。仲間の真田(鹿賀丈史)が必死で止め、車窓から外へと逃げ出す。山中の防空壕跡みたいな広い暗がりに逃げ込み、居合わせた男女カップルも殺害され、女をレイプし続ける真田をも射殺する。金を独り占めするためではなく、レイプの光景に、嘗ての戦場での記憶がまざまざと甦ってきからであった。

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「ベイルートから南へ十マイルの場所だ。
腹に三発の銃弾を喰らってたんだ
そいつは自分でモルヒネをうってたんだ
くい込んだ三発の銃弾を自分でかっさばいて取り出そうとしてたんだ
俺はなー、狂ったようにシャッターを切った、狂ったようにだ。
エクスタシー! エキサイト! 昂奮だった
その時、突如生き残ったゲリラの一人が出てきたんだ。
そいつはな、左足を吹っ飛ばされてたんだ

そいつは、ロシア製の銃をもってにじり寄ってきたんだ
俺はなー、とっさに恐怖を感じた・・・絶対に撃たれる
慌てて俺は傭兵の銃を握って、そいつに向かって
思わず銃を撃ったんだー!
俺はその時、いい知れない昂奮を覚えたんだ、俺は人を殺したんだと
それから三日三晩ジャングルを彷徨い歩き続けたんだ、次の獲物を選ぶために・・・」

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 嘗て伊達に惚れた娘と隣り合わせて坐ったコンサート・ホール、既にオーケストラの演奏が始まり、伊達のお決まりの席とその娘の定席たる隣席だけがポツリと空いていたまま。やがて常時のように遅れてきた伊達が席に就き、とっくに演奏も終わって誰も居なくなったホールで自分の落とした洋書の音で、ふと長い微睡みから醒め、醒睡定かならぬ朦朧状態を払い除けるように、叫び声を一つあげてみる。ホールはシーンとしたまま。やがて目映い白昼の外へと現れ、ゆっくりと長い階段を一歩づつ降りはじめる。と、突如、強烈な衝撃が伊達の細い身体に炸裂した。思わずもんどりうって転倒してしまう。何事かと、手摺りに掴まって身体を持ち上げ周囲を確かめてみると、陽炎の如く揺らめく胸の処に真紅の血痕が貼りついた白いシャツの柏木が一人佇む姿があった。と、再び衝撃が身体を貫いた。・・・

 このラスト・シーン、ブログ見ると、普通に柏木の背後の藪に隠れた狙撃部隊によって射殺されたという解釈ではなく、狙撃部隊員の姿がないから伊達の創り出した幻影だとか、更にそこからこの伊達の軌跡全体を、劇中でこれ見よがしに語られる浦島太郎的なリップ・ヴァン・ウィンクルの酔生夢死的世界そのものと逆規定したりの色々解釈する向きも多いようだ。

 銀行で、目深にかぶった帽子とマスク姿ではあっても特徴的な伊達の容姿は、客として偶然居合わせた伊達を慕っていた小林麻美扮する米国系企業の秘書娘の眼には誤魔化しようもなく、恐怖より先に、一体何故にこんな暴虐な仕業をと、その不合理故に、入口のシャッターまでノコノコと跡をつけて行き、手にかけるつもりもなかった伊達も仕方なく振り返って、マスクを外し、ゆっくりと手にした拳銃で娘に狙いをつけ引き金を引く。ここがこの映画の白眉でもあって、真っ白いドレスのエレガントな小林麻美の胸が一瞬真紅の血に染まり、スローモーションでゆっくりと倒れてゆくシーンは印象的。

 監督 村川透
 脚本 丸山昇一
 撮影 仙元誠三
 美術 今村力
 音楽 たかしまあきひこ
 制作 角川・東映 (1980年)

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