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2012年1月10日 (火)

モノクロの幕末青年群像劇 《龍馬暗殺》 1974年

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 1974年といえば、"東アジア反日武装戦線"による《三菱重工本社爆破事件》や、隣の韓国で在日韓国人・文世光による《朴正煕大統領暗殺未遂事件》、米国では"ウォーターゲート事件"によるニクソン大統領辞任等閉塞的な時代状況を反映したようなアクティブな事件が頻発した年で、洋画では《ゴッド・ファーザー2》や《エクソシスト》、邦画では《砂の器》や《仁義なき戦い頂上作戦》がヒットしていた。
 原田芳雄・松田優作・桃井かおり・石橋蓮司などこの時代の若い世代の一方の旗主として台頭し始めていたものの、やはり、商業主義の壁に阻まれて仲々"自分達のやりたいように"作らさせて貰えず、敢えて自分達で協働し、正にそのための装置としてのATG(アート・シアター・ギルド)と提携して漸く実現することができたのがこの《龍馬暗殺》であった。
 《大政奉還》の後、潜んだ京都・近江屋の土蔵を舞台に、暗殺されるまでの数日間の龍馬を中心とした幕末青春群像劇。

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 別段ミステリー仕立てという訳ではないが、友人・中岡慎太郎(石橋蓮司)も、中村半次郎率いる薩摩藩の暗殺団も、新撰組も、女郎・幡(中川梨絵)とその弟・右太(松田優作)も皆、近江屋の土蔵に従僕の藤吉とともに隠れた龍馬(原田芳雄)の生命を隙あらばと狙っていた。それでも龍馬、薄暗い土蔵の中での潜伏に飽き、向かいの窓から覗く女郎・幡の処にノコノコと屋根づたいに通ったり、折から日本中を席捲していた"ええじゃないか"の狂舞する群衆にまぎれて薩摩藩に監禁されている中岡慎太郎を助け出し、女郎・幡の弟(実は薩摩藩・中村半次郎の配下)の刺客・右太とも遭遇し3人で"ええじゃないか"の一行の白塗りと襦袢姿で墓地で奇妙な一時を過ごす。右太は次第に龍馬に傾倒してゆき、"殺意"を失ってゆく。

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 やがて、当日、迫り来たった抜き差しならぬ情況に、右太は姉の幡に「ここから逃げよう」と促すが、逆に幡に龍馬を「殺しておしまい」と命じられてしまう。「出来ん!」と右太は絶句し拒むが、小路で半次郎達に遭遇し殺害されてしまう。殆ど同時に暗殺団が近江屋の母屋の戸を叩き、脱兎の如く二階に駆け上がって、刀を部屋の隅に置いていた二人に斬りつける。龍馬は頭を深々と斬られ、慎太郎も滅多斬りされ、昏倒し、畳の上に黒々と溢れた流血が拡がってゆく。顔を見られたためか、幡を屠りに押し寄せるが、笑いながら幡は窓から通りを埋め尽くした"ええじゃないか"の群衆の上に飛び降り姿をくらましてしまう。

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 あくまで史実とは別な、基本設定だけ借りて、当時(1974年)の時代状況を如実に反映させた些かのユーモアとモノクロ(白黒)映像で描かれた青春群像劇ってところで、京の都の小路で繰り広げられたであろう各藩あるいは各藩内での争闘劇に"内ゲバ"と字幕が入ったりもする。桃井かおり演じる妙は、龍馬と慎太郎の間を揺れ動く娘って役だけど、桃井にしては今一つの役どころ。娼婦・幡をやるには桃井は些か雰囲気が違うという訳なのだろう。妖艶な幡を演じた中川梨絵って馴染みのない女優で、未見の成瀬巳喜男監督の『乱れ雲』(1967年)でデヴューした後はロマン・ポルノで活躍していたらしい。好演しているが、石橋の嫁さんの魔性女優・緑魔子が演れば又違った妖艶さが出て面白かったのかも知れない。

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 ともかく皆若い。原田芳雄はモジャモジャの毛と濃い髭のせいか、そんなに現在(昨年末死去)と変わってない感じだ。仄暗い土蔵や墓地で繰り広げられる青年群像劇は、《仁義なき戦い》はじめ当時流行っていた"アンチ・ヒーロー"的な作りで、モノクロ画面がうまくマッチしている。優作が長身を生かし殺陣と寡黙でウブな刺客・右太を地味だが熱演してるし、石橋は龍馬的"維新革命"か"薩・長的武士的維新"かで煮え切らず煩悶し続ける中岡慎太郎を好演している。 
  
 時代とともに《坂本龍馬》や《明治維新》の評価も変わり続けているけれど、"龍馬暗殺"は、維新政府にとって甚だ都合でも悪かったのか、今だもって諸説紛々のまま闇に包まれている。この映画では、専ら薩摩藩が実行したことになっている。
 終章の頃、潜伏先の近江屋で、中岡慎太郎に龍馬が、あくまで薩・長の維新はサムライのためのものであって、日本人皆のためのものではない、だから、鉄砲で武装し、ゲリラ戦を駆使して薩・長を叩き潰すんだと吐き捨てると、「お~っ!」と中岡が素っ頓狂な叫びをあげ、龍馬を睨め付けて呟く。
 「薩・長がお前の生命を狙うはずじゃ」 

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 高杉晋作も上海に渡った折、《太平天国の乱》を間近に視て、欧米列強の武力と悪辣そして圧倒的な近代文明に震撼とし、搾取され浸潤されつづける大国・中国(清)の二の舞を踏むまいと、"富国強兵"を旗印に掲げ、欧米列強に侵食されることのない、更には欧米列強と肩を並べられるような大国を目指すようになったという。
 それが、《明治維新》達成の後、いつの間にか欧米列強と"肩を並べる"が、欧米共々に隣国やアジアの国々を搾取し侵食し植民地と化して憚らぬ正真正銘の"帝国主義国家"として君臨するに至った歴史の皮肉と逆説。そして、本格的に欧米列強と隣国・アジアの国々の植民地争奪戦を展開するようになると、あろう事か鉄面皮にも、隣国・アジアの国々の、欧米列強の帝国主義支配からの"解放"をスローガンに掲げるようになった狡猾さの全面展開。もう120パーセントのおしもおされぬ、"鬼畜"だったはずの欧米列強に引けをとらぬ帝国主義国家となって"全面戦争"に突入し、英米はじめの欧米帝国主義同盟軍に完膚無きまでに叩き潰され、今やその鬼畜=米国の傀儡・属国の類にまで凋落してしまった。正に、宮崎滔天の《三十三年の夢》ならぬ《百五十年の悪夢》。

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 監督の黒木は、この四年前に高橋和己・原作、福田善之・脚本、佐藤慶主演の《日本の悪霊》をATGで撮っていて、翌年(1975年)には、江藤淳主演《祭りの準備》を制作。2006年に亡くなる二年前には、原田芳雄・宮沢リエ共演の《父と暮らせば》を撮っている。

監督 - 黒木和雄 
脚本 - 清水邦夫、田辺泰志
撮影 - 田村正毅
美術 - 山下宏
音楽 - 松村禎三
制作 - ATG+映画同人社 1974年作品

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