« 2012年5月 | トップページ | 2012年7月 »

2012年6月の2件の記事

2012年6月22日 (金)

ゆらめきのイスタンブール

Istanbur_1


 確か映画《ミッドナイト・エキスプレス》で、海の向こうに大きく弧を描いたドームのブルー・モスクが昏くたたずんだイントロの場面が何とも異国情緒あふれ印象的だったイスタンブール。アジアとヨーロッパ大陸の接点、境界の古都として、ひたすらエキゾティシズムの代名詞的存在であった。

Istanbur_2

 ぼくも何度か訪れたことがあるけれど、上海を想わせるひたすら蒸し暑い初夏、寒々と粉雪舞う冬のイスタンブールの二つの季節。最初はイランから抜け初夏に訪れた。その蒸し暑さにウンザリさせられてしまった。むろん宿は旧市街。知る人ぞ知る安宿《モラ》に泊まった。ドミトリーで35000TL(TL=トルコ・リラ)。オフ・シーズンなのか、ガラーンとして他の泊客の姿は殆ど見かけず、広々とした造りってこともあって、仄暗い雰囲気がすっかりホラー映画の舞台設定。只残念なことに、手に汗握ったり、背筋が凍るような場面に遭遇することはなかった。せいぜいが、宿のオーナーの爺さんと孫が遊んでいる姿があるだけ。ホット・シヤワーもあり、屋上から、他の建物の間にどんよりと曇ったマルマラ海が望め、有名なアヤソフィヤ寺院のドームや尖塔も覗けていた。スタッフは親切で、ぼくがずっと着ていたネパーリの上下を、何と手回し式のローラー絞り器付きの洗濯機で洗ってくれたりした。このタイプの洗濯機って、日本じゃ5、60年代の産物ではなかったろうか。まだ脱水装置以前ってことになるけど、単に宿のオーナーが頑固に時代遅れな代物を珍重し続けていただけなのかも知れない。

Istanbur_10
 
   トラムの駅

Istanbur_4
  
   乗り合いタクシー(凄すぎる!)

Istanbur_9

    古いドーム屋根の売店(汎中東的スタイル?)

 前の通りには商店が並んでいて、朝食用の間にチーズやハルワ(甘味)を挟んで貰ったパン(エクメック)やバナナ(日本ではまずお目にかかれないくらいの馬鹿デッカイのもある。因みにちょっと大きめのバナナ4本で一万TL。これが高インフレのトルコ故に、二年後には、六万TL)等を買うのに重宝。外食は、レストラン(ロカンタ)だけど、基本的に作り置きのビュッフェ・スタイルで余り頂けない。パリ在住者が、フランスも同じだと零していた。
 シルケジ駅近辺にはバンコクほどではなかったが、小さな銃砲店が並んでいて、ベレッタ系のオートマチック拳銃"BRIXIA Arms 92 Army"なんかが二百万TL(約二万円)で売っていて、通る毎に感心しながらのぞき込んだ。

Istanbur_5

   モラの屋上から見たアヤソフィヤ寺院

Istanbur_7

Istanbur_11


 空路で冬のイスタンブールを訪れた時は、スルタンアハメットの《アヤソフィヤ・ホテル》のドミ(二人部屋)で250000TL(5ドル)。スチーム式の暖房とホット・シャワー付き。日によっては積雪の時もあって、やはり暖房は不可欠。粉雪舞うガラタ橋付近の岸壁で、寒風に震えながら住民達が例の"サバ・サンド"を頬張っていた。荒波に大きく揺れる船を眺めながら、ぼくも試してみたが、何とも淡泊な代物で調味料を持参する他なかった。

Istanbur_6

Istanbur_3

    ドラキュラ、バンパイアーでも棲んでいそう。

Istanbur_8

 イスタンブールといえば、東西文明の結節・混交の地、ビザンチン帝国の都コンスタンチノープルでもあり、歴史は古く、狭い路地の奥の石畳や朽ちた壁にも人知れぬ血と涙の歴史が刻印されているもの。それを如何にすくい取り読み取ってゆくかが、古都を散策する醍醐味でもあろう。これ見よがしな大通りであっても、人一人が辛うじて通れるような細路であっても。只、ぼくの場合、それを堪能するにはもう一つ余裕が足りず、ほんの僅かな探索ってところで了ってしまったが。残念。

Istanbul_airticket


|

2012年6月 9日 (土)

蔓延的ゾンビー映画

Zombie_3



 その初出は定かでないが、ゾンビー映画って、今じゃレンタル屋のホラーのコーナーの半分ぐらいは占めかねない。その大半が米国製で、後は英国だろうか。棚には滅多に並ぶことのないタイや日本など他の国のも含むともっと膨れあがってしまう。何故ゾンビー映画って世界を席巻するに至ったのだろう。

 ジョージ・A.ロメロが《ゾンビー:Dawn of the Dead》で一躍世界中に既に広めていたとはいえ、イメージ的にはマイケル・ジャクソンの《スリラー》のビデオ・クリップで古い墓から次から次へと現れ出すゾンビーの群れに尽きるだろう。何しろ、世界的影響力が違う。あれで、ゾンビーのイメージが定着したのは間違いない。夢遊病者か酔っぱらいのように、ゆるりゆるりと一歩づつあてどもなく通りをさまよい歩く。只、夢遊病者と違うのは、人を襲って脳や肉を貪るってところ。

Zombie_8

 そもそもゾンビーのオリジナルは、カリブのハイチあたりのブードゥー教で死者を甦らせる宗教的施術にあって、それも呪術師が自分の利益のためにそこら辺の死者を甦らせ、意識も不明瞭なのを好いことに、労働力として働かせるといういわば"死者の奴隷化"で、生き馬の目を抜くどころか死に馬の目すら抜こうという何ともコスッ辛さの極北のような代物。"使役化"って、東アジアや東南アジアにもある土俗宗教的施術で、日本でも悪鬼を使役するって有名だ。
 けれど、流布しているゾンビー映画って、そんな限定されたプリミティブな幽鬼譚などをとっくに質・量とも凌駕した、汎世界的な規模でのゾンビー化=荒廃が基本。

Zombie_6

Zombie_1

 これは、しかし、キリスト教の根本教義である《死者の復活》という汎キリスト教的な潜在イメージそのままで、イエス・キリストが果たし得ぬまま既に二千年が過ぎ、約束を反故にされ続けてきた死者達が、もう我慢ならぬとばかり棺桶や墓を蹴破って地上に躍り出、復活となった次第。只、正規の復活ではないためか、十全な意識・脳の活動が欠けた、文字通りの"生ける屍"状態という不完全なもの。「死に損ない」とも「生き損ない」とも異なった「甦り損ない」ってところ。ニーチェじゃないが、イエスもエホバもとっくに死に絶え、復活も救済もないまま二千年が過ぎ、さすがに新しい"救世主"を求めざるを得なくなった。それが映画では、"科学"を媒介とした"企業・権力"がどうもその位置を占めるようになったらしい。

Zombie_7

Zombie_4

 ロメロの世界的ヒット作《ゾンビー》では、その発端が軍部にあるらしい細菌・ウイルスによって世界に伝播・蔓延したらしい、という基本設定で、以降たいていのゾンビー映画がこの前提の上に乗っかって、ワクチンの開発・製造なんかを基本軸に加え始めた。プレイステーションの人気ゲーム《バイオ・ハザード》なんかがそれに類する。悪しき企業=権力が、意図的に作り出したのが、何かの不手際で世界に蔓延させてしまう。世は正に破滅の危機。
 2002年の英国映画《28日後》なんかでは、ゾンビー達が走り出し疾走し斜面も駆け上ってしまう。七十年代風にグラス(大麻)的朦朧ではなく、スピード系的ハイ・テンションなのだ。これは厄介だ。ゆるキャラ・ゾンビーを射的のようにゆっくり狙い撃ちしている余裕もなく、あっちこっちから疾走し襲いかかってくる。長いライフル系ではトロく、短躯のマシン・ピストル系でないと太刀打ちできまい。それとて、マガジンにも限度があって、殆ど絶望的!!

Zombie_13


Zombie_5

Zombie_9


 現実の権力・国家なんて、G・オーウェルの《1984》の世界構造を敷衍せんとばかり、地球の滅亡すらも自分たちの利益のためなら平然と画策し実行する存在であるのがはっきりしてしまって、やがて、汚染され死滅が秒読みに入った地球を見限り、ごく一握りの権力・企業の者達、つまり"選ばれた者達"が他の惑星に計画的に逃げ去ってしまうのだろうことまでもが、すっかり見え透いてしまった昨今。猫も杓子も、限られた脱出の宇宙船に乗り遅れまいと、我先がちのパイ争いに余念がないようだが、アイロニカルにいえば、その時地球に残るほかない者達の群れが、彼等から見れば、ゾンビーなのかも知れない。(これは又"使役"としてのゾンビーの問題でもあるのだがここでは触れない。)最後の宇宙ロケットを物欲しげに見上げる者達の姿って、ロケットの窓から見下ろすと正にゾンビー以外の何者でもあるまい。ヘリコプターにビルの屋上から逃げ出したピーターとフランシーンとそれを見上げるゾンビー達の構図。
 ともあれ、ゾンビー映画って単純だけど、我々人間にとって不可分の要素も多分に含んでいて、実に寓意的なようだ。 

Zombie_10

Zombie_12

|

« 2012年5月 | トップページ | 2012年7月 »