蔓延的ゾンビー映画

その初出は定かでないが、ゾンビー映画って、今じゃレンタル屋のホラーのコーナーの半分ぐらいは占めかねない。その大半が米国製で、後は英国だろうか。棚には滅多に並ぶことのないタイや日本など他の国のも含むともっと膨れあがってしまう。何故ゾンビー映画って世界を席巻するに至ったのだろう。
ジョージ・A.ロメロが《ゾンビー:Dawn of the Dead》で一躍世界中に既に広めていたとはいえ、イメージ的にはマイケル・ジャクソンの《スリラー》のビデオ・クリップで古い墓から次から次へと現れ出すゾンビーの群れに尽きるだろう。何しろ、世界的影響力が違う。あれで、ゾンビーのイメージが定着したのは間違いない。夢遊病者か酔っぱらいのように、ゆるりゆるりと一歩づつあてどもなく通りをさまよい歩く。只、夢遊病者と違うのは、人を襲って脳や肉を貪るってところ。

そもそもゾンビーのオリジナルは、カリブのハイチあたりのブードゥー教で死者を甦らせる宗教的施術にあって、それも呪術師が自分の利益のためにそこら辺の死者を甦らせ、意識も不明瞭なのを好いことに、労働力として働かせるといういわば"死者の奴隷化"で、生き馬の目を抜くどころか死に馬の目すら抜こうという何ともコスッ辛さの極北のような代物。"使役化"って、東アジアや東南アジアにもある土俗宗教的施術で、日本でも悪鬼を使役するって有名だ。
けれど、流布しているゾンビー映画って、そんな限定されたプリミティブな幽鬼譚などをとっくに質・量とも凌駕した、汎世界的な規模でのゾンビー化=荒廃が基本。


これは、しかし、キリスト教の根本教義である《死者の復活》という汎キリスト教的な潜在イメージそのままで、イエス・キリストが果たし得ぬまま既に二千年が過ぎ、約束を反故にされ続けてきた死者達が、もう我慢ならぬとばかり棺桶や墓を蹴破って地上に躍り出、復活となった次第。只、正規の復活ではないためか、十全な意識・脳の活動が欠けた、文字通りの"生ける屍"状態という不完全なもの。「死に損ない」とも「生き損ない」とも異なった「甦り損ない」ってところ。ニーチェじゃないが、イエスもエホバもとっくに死に絶え、復活も救済もないまま二千年が過ぎ、さすがに新しい"救世主"を求めざるを得なくなった。それが映画では、"科学"を媒介とした"企業・権力"がどうもその位置を占めるようになったらしい。


ロメロの世界的ヒット作《ゾンビー》では、その発端が軍部にあるらしい細菌・ウイルスによって世界に伝播・蔓延したらしい、という基本設定で、以降たいていのゾンビー映画がこの前提の上に乗っかって、ワクチンの開発・製造なんかを基本軸に加え始めた。プレイステーションの人気ゲーム《バイオ・ハザード》なんかがそれに類する。悪しき企業=権力が、意図的に作り出したのが、何かの不手際で世界に蔓延させてしまう。世は正に破滅の危機。
2002年の英国映画《28日後》なんかでは、ゾンビー達が走り出し疾走し斜面も駆け上ってしまう。七十年代風にグラス(大麻)的朦朧ではなく、スピード系的ハイ・テンションなのだ。これは厄介だ。ゆるキャラ・ゾンビーを射的のようにゆっくり狙い撃ちしている余裕もなく、あっちこっちから疾走し襲いかかってくる。長いライフル系ではトロく、短躯のマシン・ピストル系でないと太刀打ちできまい。それとて、マガジンにも限度があって、殆ど絶望的!!



現実の権力・国家なんて、G・オーウェルの《1984》の世界構造を敷衍せんとばかり、地球の滅亡すらも自分たちの利益のためなら平然と画策し実行する存在であるのがはっきりしてしまって、やがて、汚染され死滅が秒読みに入った地球を見限り、ごく一握りの権力・企業の者達、つまり"選ばれた者達"が他の惑星に計画的に逃げ去ってしまうのだろうことまでもが、すっかり見え透いてしまった昨今。猫も杓子も、限られた脱出の宇宙船に乗り遅れまいと、我先がちのパイ争いに余念がないようだが、アイロニカルにいえば、その時地球に残るほかない者達の群れが、彼等から見れば、ゾンビーなのかも知れない。(これは又"使役"としてのゾンビーの問題でもあるのだがここでは触れない。)最後の宇宙ロケットを物欲しげに見上げる者達の姿って、ロケットの窓から見下ろすと正にゾンビー以外の何者でもあるまい。ヘリコプターにビルの屋上から逃げ出したピーターとフランシーンとそれを見上げるゾンビー達の構図。
ともあれ、ゾンビー映画って単純だけど、我々人間にとって不可分の要素も多分に含んでいて、実に寓意的なようだ。


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