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2012年6月22日 (金)

ゆらめきのイスタンブール

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 確か映画《ミッドナイト・エキスプレス》で、海の向こうに大きく弧を描いたドームのブルー・モスクが昏くたたずんだイントロの場面が何とも異国情緒あふれ印象的だったイスタンブール。アジアとヨーロッパ大陸の接点、境界の古都として、ひたすらエキゾティシズムの代名詞的存在であった。

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 ぼくも何度か訪れたことがあるけれど、上海を想わせるひたすら蒸し暑い初夏、寒々と粉雪舞う冬のイスタンブールの二つの季節。最初はイランから抜け初夏に訪れた。その蒸し暑さにウンザリさせられてしまった。むろん宿は旧市街。知る人ぞ知る安宿《モラ》に泊まった。ドミトリーで35000TL(TL=トルコ・リラ)。オフ・シーズンなのか、ガラーンとして他の泊客の姿は殆ど見かけず、広々とした造りってこともあって、仄暗い雰囲気がすっかりホラー映画の舞台設定。只残念なことに、手に汗握ったり、背筋が凍るような場面に遭遇することはなかった。せいぜいが、宿のオーナーの爺さんと孫が遊んでいる姿があるだけ。ホット・シヤワーもあり、屋上から、他の建物の間にどんよりと曇ったマルマラ海が望め、有名なアヤソフィヤ寺院のドームや尖塔も覗けていた。スタッフは親切で、ぼくがずっと着ていたネパーリの上下を、何と手回し式のローラー絞り器付きの洗濯機で洗ってくれたりした。このタイプの洗濯機って、日本じゃ5、60年代の産物ではなかったろうか。まだ脱水装置以前ってことになるけど、単に宿のオーナーが頑固に時代遅れな代物を珍重し続けていただけなのかも知れない。

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   トラムの駅

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   乗り合いタクシー(凄すぎる!)

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    古いドーム屋根の売店(汎中東的スタイル?)

 前の通りには商店が並んでいて、朝食用の間にチーズやハルワ(甘味)を挟んで貰ったパン(エクメック)やバナナ(日本ではまずお目にかかれないくらいの馬鹿デッカイのもある。因みにちょっと大きめのバナナ4本で一万TL。これが高インフレのトルコ故に、二年後には、六万TL)等を買うのに重宝。外食は、レストラン(ロカンタ)だけど、基本的に作り置きのビュッフェ・スタイルで余り頂けない。パリ在住者が、フランスも同じだと零していた。
 シルケジ駅近辺にはバンコクほどではなかったが、小さな銃砲店が並んでいて、ベレッタ系のオートマチック拳銃"BRIXIA Arms 92 Army"なんかが二百万TL(約二万円)で売っていて、通る毎に感心しながらのぞき込んだ。

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   モラの屋上から見たアヤソフィヤ寺院

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 空路で冬のイスタンブールを訪れた時は、スルタンアハメットの《アヤソフィヤ・ホテル》のドミ(二人部屋)で250000TL(5ドル)。スチーム式の暖房とホット・シャワー付き。日によっては積雪の時もあって、やはり暖房は不可欠。粉雪舞うガラタ橋付近の岸壁で、寒風に震えながら住民達が例の"サバ・サンド"を頬張っていた。荒波に大きく揺れる船を眺めながら、ぼくも試してみたが、何とも淡泊な代物で調味料を持参する他なかった。

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    ドラキュラ、バンパイアーでも棲んでいそう。

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 イスタンブールといえば、東西文明の結節・混交の地、ビザンチン帝国の都コンスタンチノープルでもあり、歴史は古く、狭い路地の奥の石畳や朽ちた壁にも人知れぬ血と涙の歴史が刻印されているもの。それを如何にすくい取り読み取ってゆくかが、古都を散策する醍醐味でもあろう。これ見よがしな大通りであっても、人一人が辛うじて通れるような細路であっても。只、ぼくの場合、それを堪能するにはもう一つ余裕が足りず、ほんの僅かな探索ってところで了ってしまったが。残念。

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