《 上海 & 蘇州号 1993年》

上海に至る前に、ウルムチからの列車の中で寝ている間にパスポートの入ったウエスト・バッグを盗まれ、敦煌の公安でパスポート紛失証明書を作って貰った。一ヶ月有効のビザでもあって、120FEC(外氾券)も取られてしまった。本当は払う必要のない金であったのだが。敦煌の公安の詐取・横領の類だった。それでも、とりあえずは役に立って、《 蘇州号 》の帰国便のチケットを買う時、このパスポート紛失証明書と紛失したパスポート・ナンバーで間に合った。ここのCITSの職員がけっこう臨機応変に対応してくれる好人物だったからかも知れない。
浦江賓館にチェック・インして直ぐに、規定のパスポート白黒写真を撮り(12元)、外灘近くのバス停から26路のトローリー・バスで高安路まで行き(4角)、少し戻った場所にある日本領事館へ。二種類の書類を書かされ、パスポート発行だと一週間以上かかるので、帰国便との関係で間に合わず、"在留証明書"を発行して貰う。(105元FEC)。そして、その証明書に更に中国ビザのスタンプを公安で押して貰わないと出国できないと言われ、敦煌の公安が作った例の紛失証明書は、ビザとしての効力はないと断言された。
その領事館で一緒になった日本人学生も、西寧賓館のドミトリーで、リュックを盗まれ、パスポート、チェック、現金、学生証等を持って行かれたらしい。けれど、彼は紛失証明書を作って貰った時、一銭も払ってないと言う。正に敦煌の公安の悪辣さ!って訳だ。けど、やはり彼とて事態は同様で、北京の日本大使館で、その"紛失証明書"さえあれば、新たにビザを取得する必要もなく出国できる旨の言質を得ていたという。ところが、ここ上海の日本領事館では、「否!!」上海から出国したければ、"在留証明書"が必須と断言される。官僚主義的弊害の極みって奴だろう。皆がそれぞれに一つの事柄であれこれ規約・慣例を設けてプロフィットをくすね取るって構造・・・
直ぐそこから二人して漢口の公安まで行き、ビザ申請手続きをした。翌日の午後取りに来いと言われる。日本人学生は、チェックしか持ってなくて、TC(トラベラーズ・チェック)は"紛失証明書"では換金してくれず、"在留証明書"じゃなければ駄目という。彼は二日後の鑑真号で帰国する予定なのが、まだそのチケットすら買えてないと零した。
翌日2時過ぎ、学生と漢口路の公安の外人登録所へ向かい、ビザを受け取る。"在留証明書"、正確には" 帰国のための渡行書 "の裏側にビザのスタンプが押され、120元FEC取られる。一ヶ月ビザの料金だ。結局あわせて、300元FEC以上かかった計算になる。この頃のレート100$=530FECで考えても随分とボラれたことになる。学生は、急いで銀行で換金し、東方飯店で鑑真号の帰国便チケットを購入しに向かった。

出国の当日、南京東路の"上海第一食品商店"の二階で本を買い、10時半開店のレストランで早めの昼食。エビ入り中華丼風とレバー入りスープ、豆沙中包(3個)で計11元。急いでホテルに戻り、支度して12時少し前にチェック・アウト。本を大部買い込んで重いリュックを担いで、急ぎ足で大名路の船着き場へ。5分ぐらいで到着。浦江飯店の利便性の良さよ!
窓口で港湾使用料(出国税)400円(15元FEC)を払う。そこの待合室で、敦煌の紛失証明書関係で世話になった日本人留学生と再会。事の顛末を話すが、何事も信じやすい質なのか、てんで理解出来ないようだった。その後、イミグレを通る時、案の定、パスポート・ビザの問題で係官が因縁をつけてきた。
要するに、仮ビザ=パスポート紛失証明書がないことを問題にしているのだった。官僚主義の論理的帰結故に、漢口路の公安が、敦煌の公安が作った紛失証明書をもはや不要とばかり取り上げたので、それがなくても本当に出国できるのか? と念を押して確認し、「大丈夫!!」の言質を寄こしたのが、早速この様であった。ともかく、"確認"をとることの、"言質"を取ることの無意味さにはつくづく呆れ果てさせられてしまう。とりわけ、権力・官僚関係では国の如何を問わず殆ど無意味。更にそれからもう一歩踏み込んで、物理的"証拠"の確保ってところまでやらねばならないようだ。これはもうその社会の制度が、完全に形骸化どころか、百パーセントもう死滅していることを意味する。バーチャルとしてのみ成り立っているだけ。個人、とくに貧乏旅行者って、そんな境界世界をばかり縫って歩いているようなもの。
後年、インドのボンベイから、イエメンの南都アデンに入る時および首都サナアから出国時でも同様なトラブルが、同じように起こってしまった。物的証拠を確保しなかったためでもある。これ(物理的証拠確保)には更なる敏捷さと機知ってものが必要だ。今ではテープ・レコーダーや携帯の録音機能を使うことで出来はするが、これはしかし、権力・官僚の逆鱗に触れるという危険性も孕んでいて、やはり"機を見るに敏"って能力を養ってないと難しい。かえって余計問題を複雑に、とんでもないのっぴきならぬ状況に陥る可能性も高くなってくる。

この頃、《 蘇州号 》はまだ就航したばかりで、明るく真新しかった。"2ーB"の和室の大部屋で、浦江賓館で同室だった連中と一緒に並んだ。2時頃に出航。シャワー室は個室式なのが良かった。ハンドルを回すと湯が出、温度調節のハンドルも備わっていた。
レセプションで20ドル札を両替すると、1$=101円のレート。
鑑真号に比べてかなり狭まった食堂は、しかし、客も疎ら。夕食は冷奴(200円)、焼き魚(300円)、みそ汁(50円)、ライス(50円)。計600円。その頃から少しづつ船が揺れ始める。台風の接近で、翌日も朝から揺れ続け、針路を、長崎五島沖→関門海峡→瀬戸内海のコースに変更。関門海峡あたりから7ノット位いにスピードを落とし、揺れも少なくなってきたが、船酔いで殆ど寝たまま。夜8時頃に起きて食堂に向かうともう閉まっていて、上海で買ったピーナッツとコールド・ドリンク、カップ・ヌードルで夕食。リビング・ルームのソファーで、浦江賓館で一緒だった神戸と広島の学生と談笑しながらテレビの台風情報に見入る。翌日の午前中には台風は、この船の接岸する関西方面に向かうらしい。
翌朝、外に島影が覗け、空一面灰色の雲が覆っていた。海は静か。スピードはマ前日より上がっていた。ドイツ人学生に、携帯品や外人用の入国カードの記入の仕方を教える。テレビで、10時現在、台風は愛知県の方に向かっているという。大阪は今夜は晴れ。土産物の荷物があるので、雨に降られると鬱陶しいので助かった。
1時過ぎ上陸。
イミグレ、カスタムと簡単に通過できたものの、神戸の学生が、しつこく調べられていた。一体どうしたのかと尋ねると、係官にどこら辺を廻ってきたのかと問われて、"昆明"と答えたら、こうなってしまったという。連中の頭の中にインプットされた昆明=雲南="ゴールデン・トライアングル"、タイ、ミャンマー、ラオスって発想で"ドラッグ"というシグナルが点滅したのだろう。彼は髪は短く、リュックも真新しい如何にも普通の学生然とした出で立ちだったのだが、「昆明」の一声で、札付きのように睨め付けられ、随分と永く調べられていた。筆者はといえば、長髪に髭、薄汚れたリュック、おまけにヨレヨレのネパーリの上下、更にはパスポートまで所持してなかったにもかかわらず、殆どそのままスルー状態。尤も、パスポートがないので、何処を廻ってきたか定かでないから因縁をつける口実を得られなかったということも考えられる。それにしても、大概には"如何にも"スタイルだったんだが。

それでも何とか皆無事に"冤罪"をこじつけられることもなく通過。
梅田の地下街のカレー屋で、神戸の学生、ドイツ人学生、英国人の婆さん達と一緒に食事し、散会。ドイツ人学生、気弱そうだが一癖ありそうな青年で、カレー屋のカウンターに並んだ時、筆者のすぐ隣に坐ってカレーをパクついていた英国婆さんの方を顎でしゃくり、「英国人って、味覚がないんだぜ!」と意地悪く小声で囁いた。けど、年寄りは地獄耳、そうでなくても十分に聞こえる音量ではあって、聞かされるこっちが恐縮してしまう明け透けぶりには、今時同じヨーロッパ人どうしでもこんなかと、とんだ旅の余燼のくすぶりではあった。
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