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2012年9月の4件の記事

2012年9月29日 (土)

日中流行歌《 何日君再来 》と抗日映画《 孤島天堂 》

   
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           売れっ娘歌手・周璇 

 横浜中華街でテレサ・テンのカセット・テープ《 何日君再来 》を買って一年過った1980年のある日、中薗英助は、夕刊に、中国主要都市の若者達の間で、何故か日本占領時代に流行った《 何日君再来 》"いつの日君また帰る"が、現在爆発的人気を呼んでいるという記事を見つけて驚き、更に、ある上海の新聞が、そんな風潮に疑義を呈し、嘗て日本帝国主義が上海などの諸都市を占領後、中国人の愛国心を「毒化」させるために流行らせた歌で、当時の日本の侵略に反対する心ある人々は「亡国の歌」として排斥していたんだと、若者達の風潮を批判しているのを、"当時の日本軍がそんな高度な芸当ができたであろうか"と大きく頭を振ってみせた。
 おまけに、その《 何日君再来 》が、日本人の作った歌ではなく、当時中国人が作った歌ゆえに一層滑稽なまでに自己破綻してしまった疑義ということで、当の中国人ですら混乱を来してしまっている不可解さに、中国からの引き揚げ者として、戦時中、中薗も他の日本人(兵)達の間で流行った自分達の青春の歌でもあったこともあって、その踏み込めば踏み込むほど不可解さが深まるばかりの《 何日君再来 》の謎の解明に駆り立てられるようになったという。

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            黎莉莉


 今でこそ《 何日君再来 》は、作曲・劉雪庵(晏如)、歌詞・黄嘉謨(貝林)とはっきり明記されるようになったが、それにはこの中薗の執拗な探求的所産《 何日君再来 物語 》も少なからず寄与しているのだろう。父親の遺恨を雪(そそ)がんとのっぴきならぬ複雑きわまりない政治的(=権力)相関図の只中にあって一人孤立無援に絶望的に戦い続けてきた息子・劉学蘇の苦闘と、そんな苛烈な相関図の埒外にある日本人作家だからこそ為し得た粘り強い探求心の(日中)相互作用的産物と言えなくもない。
 最初、その作曲・作詞者名すら暗中模索、深い霧の彼方って代物であったのが、その過程で飛び込んできた中薗が最後まで拘った作詞者=黄嘉謨(ホアン・ジヤモ)説、今まで作曲者の劉雪庵一人の作曲・作詞ってことで長い間指弾され、とりわけ「解放」後には"反右派闘争"や悪名高い"文化大革命"中には惨憺たる境遇に陥れられあげく失明すらさせられ完全に歴史の闇に葬られてきていたのが、最終的に、作曲者・劉雪庵の息子・劉学蘇によって作詞者=黄嘉謨ということが肯われるという筋書きは中々面白くスリリングですらある。
 それでも結局、基本的問いともいえる「何故に作詩者を黄嘉謨ではなく、作曲者・劉雪庵と虚構してきたのか」という謎は、一向に明らかにされぬまま。更にそれと連動するように、後で出てくる《 孤島天堂 》( 監督・蔡楚生 )の本来のフィルムが、いつの間にか前後を替えられたりカットされたりしていて( 主演の黎莉莉もそれを指摘した )、甚だ不可解な物になっているという謎もそのまま。

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今では見られない外灘に聳えた羽のある女神像をバックに唄う踊り子と神秘青年  
    

 それはひとえに、"権力=政治"の相克的利害追求の悪辣と闇ってところに尽きてしまうのだろう。だから、今もってその謎の真相が顕らかになっていないということは、脈々とその構造が現在にも通底しているということでもあって、劉学蘇が父親の冤罪と"屈辱"を真に雪ぐことが出来るのはまだまだ遠い先ってことだろう。それが今の中国の有り様なのだから。今更魯迅を引き合いに出すのも何だけど、心底、上海は内山書店の周辺を魯迅は、今尚浮かばれることのない冤鬼となって鬼哭啾々と彷徨い続ける他ないだろう。

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         黎莉莉(踊り子)にすりよる ヒモ男

 
この《 何日君再来 》は、元々は当時、映画会社"芸華"と"三星牌牙膏(練り歯磨き)"で有名な中国の企業とがタイアップしたコミカル映画《 三星伴月 》1937年(昭和12年)で、監督のファン・ペイリンが、人気歌手・周璇(チョウ・シュワン)に唄わせる挿入曲に、当時一部に好評だった劉雪庵の作曲した《 何日君再来 》を使うことに決め、脚本の黄嘉謨に映画にマッチした歌詞を作らせたのが問題の発端。オリジナルは劉雪庵が自分の在籍していた音楽学校の卒業生を送る送別のタンゴの曲で、乗りも良かったのだろう。
 普通なら、商業主義的な映画の作詞なんかで騒がれるいわれもなかったのだろうが、何しろ置かれた時代と環境がそれを許さなかった。侵略日本軍、蒋介石国民党、中国共産党、上海政府等が入り乱れ、互いにスバイ(特務)組織を総動員して相克・暗殺の暗闘を繰り広げていた上海にあって、とりわけ蒋介石の国民党は親日的あるいは左派・共産党系分子に対し徹底して摘発・逮捕そして殺害すらが当たり前のように行われ始め、国民党特務の藍衣社やCC団がその悪逆さで有名であった。
 そんな中で、左派・共産党系から、幾ら閉塞した"孤島"上海だからといっても、中国が存亡の危機にあるにも拘わらず、ノホホンと色気や笑いに現(うつつ)を抜かすのは敵を利する亡国的・売国的行為として指弾されてしまった。日々暴虐と不安に晒され続け暗澹とした先行きばかりが目前に重くのしかかる閉塞状況で、人々は、例え束の間のものであってもその重圧と不安を忘れさせてくれあるいは癒してくれる何かを求めるもの。そんなものとしての通俗的な笑いや色香さえも、硬直した論理と感性で一方的に断じ指弾されたのでは堪ったものではあるまい。
 それにも拘わらず、映画とは別個に一人歩きし、《 何日君再来 》は上海だけに留まらず中国全土を席巻し、更には東南アジアの華系社会にまで流行することとなった。あげく「この時局を何と心得ておるか!!」となじり続ける官憲のふんぞり返る日本においてさえも。

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 で、1939年(昭和14年)、蔡楚生・監督の《 孤島天堂 》(香港・大地影業公司)が作られた。
 イデオロギー一本のプロパガンダ映画とは一線を画した庶民出の蔡楚生監督らしい、コミカルなシーンも少なくない、しかし、時代の逼迫性を濃く醸し出した抗日映画で、実制作は香港という。勿論、主題歌の作曲依頼のため上海に潜入し、流行っていた《 何日君再来 》も挿入曲に加えたようで、その時、蔡楚生監督も自分の映画に合ったふうに歌詞を書き替えたともいう。それも、つまり、当時はともかく、いつの間にか、遅くとも黎莉莉(リー・リリー)自身が、「あの歌はいま、《 孤島天堂 》にはありませんでしょう?」(《 何日君再来物語 》279p )と言った1987年九月頃には映画《 孤島天堂 》のフィルムからこの《何日君再来》の歌が削除されてしまっていて、謎のまま。文革の真っ最中1968年に江青達四人組に冤死させられた蔡楚生が、今となってはどんな歌詞をつけていたのか知る術すらないないようだ。唄った黎莉莉も多くを語ることもできないまま2005年既に他界している。蔡楚生の家族は健在でいるようだが。


 この映画《 孤島天堂 》は、日本軍の侵略によって占領され孤島と化した上海で、暗殺によって抗日ゲリラ活動を続けていた"神秘青年"一派とそれを影で助ける北方=松花江から逃げてきた踊り子(黎莉莉)を中心に、彼らがアジトにした榮成行堆桟(倉庫)の近辺の物売りや新聞売り少年、難民等貧しい人々にも共感を得てゆき、互いに侵略者からの解放と自由を勝ち取ろうと邁進して行くという抗日のプロパガンダ性の強い作りになっているが、物売りや新聞売りの少年達、闖入してきた有産階級令嬢とその連れ合いのヒモ男等の繰り広げるコミカルなショットでうまくバランスは取られている。嘗ての帝政ロシアの頃のピストルと爆弾のナロードニキ達を彷彿とさせるが、その出で立ちは米国映画にでも出てきそうな目の部分だけ覆面した怪盗や怪傑ゾロ等と相似の芝居ががったもの。庶民受けと"国共合作"の間隙を縫っての反-蒋介石・国民党的イデオロギーを韜晦するためでもあったろう。


 只、僕が観た"広州・悄佳人公司"の"早期・中国電影"シリーズのVCD版は、この作品に関しては甚だ保存状態が悪い。他の同時期の作品はそれ程悪くはないのだが・・・この映画の辿ってきた数奇な運命を体現して余りあるってところだろうか。おまけに前半(VCDでは一枚目)はともかく、後半(VCDでは二枚目)はエピソードのアトランダムな羅列以外の何ものでもなく、前半との唐突なまでの変異にさすがに戸惑ってしまった。一通り観てみると、中薗英助は、(《 北京電影資料室》のスタッフの指摘でもあるらしい ) 十三巻が省かれていたと記していたけど、どうも引っかかるものがあって素直に首肯し難いものがある。

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             漢奸特務の行動をチェック

 
 彼はこう記している。
 「黎莉莉は、抗戦の隊列に加わるため孤島を出て行く愛国青年の背中に向かって、今宵別れてのちいつの日君また帰るという気持ちで、心をこめてうたったと述懐した」(高風農)198頁

 そしてエピローグでは、こうも記している。
 「第十二巻の巻末のシーンで、黎莉莉の扮する東北出身のダンサーが、クリスマス・パーティたけなわの宴会場の中央でこれから《 何日君再来 》を唄おうとするところでバッテン印の傷をつけられたままプツリと切れ、何の脈絡もない第十一巻のシーンへ移るという得体の知れない映画になって終わるのだ。黎莉莉が《 何日君再来 》を唄い出すのを合図にして、神出鬼没の抗日ゲリラグループの青年たちがいっせいに蜂起し、日本軍の手先である特務工作員に襲いかかり、彼らをやっつけたあと抗戦地区へと脱出して行くというシーンが、まったく抹殺されてしまった」( 北京電影資料室で《孤島天堂》の試写を観た折 ) 278頁

 1987年に北京の"北京電影資料館"で中薗の観たビデオ(フィルムは保管してなかったようだ)と、僕が数年前に取り寄せた二枚組VCDとは若干内容に異同があるのかも知れないが、ネットをチェックしてみてもどうもそんな気配は感じられない。先ず同じ代物とみていいだろう。違いがあれば、複数のバージョンが実際に有るということで、先ずネット上で明らかにされているからだ。
 最初(198P)のは香港の高風農(作家?)が中薗に語ったエピソードだけど、"抗戦の隊列に加わるため孤島を出て行く愛国青年の背中に向かって"とある。これは一つの問題を孕んでいる。

 
 「孤島を出て行く愛国青年の背中に向かって」と「宴たけなわのダンス・ホールの舞台の上」とは、前者も同じダンス・ホールの中でのシーンだとしても、時制的にもエピソード的にも全く別もの。この二つの見解を認めてしまうと、この映画の中で、ダンサー=黎莉莉は二度《 何日君再来 》を唄ったことになる。

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 勿論、黎莉莉が、舞台の上に立って唄う時、それはホールに覆面をして紛れている愛国青年ゲリラ達に、哀惜の念をこめたものだ、というだけで、別段、物理的に、愛国青年達の"背中に向いて"唄うという意味ではないという解釈も成り立つ。中薗自身が、その二つをことさら矛盾として記している訳でもないことから、その可能性も否定できない。しかし、中薗の記した言葉ではあるので、今暫く、拘ってみたい。


 最初(198P)の方は、現在流布しているVCDにはカットされているシーンで、これが中薗の指摘する幻の"13巻"の中のものなのかも知れないが、後者の中薗の所見の内の、「黎莉莉が《 何日君再来 》を唄い出すのを合図にして、神出鬼没の抗日ゲリラ・グループの青年たちがいっせいに蜂起し、日本軍の手先である特務工作員に襲いかかり、彼らをやっつけたあと抗戦地区へと脱出して行く」という脈絡と照応すると、その舞台で黎莉莉が《 何日君再来 》を唄い、それが合図となって一斉に、覆面の抗日ゲリラ=テロリスト・グループがあらかじめ狙い定めた日系特務一味を、ピストルで殲滅し、そそくさとそのパーティー会場から抜け出すまで、ずっとステージで唄い続けてなければならないことになる。
 ところが、VCDでは、覆面の"神秘青年"率いるテロリスト・グループは、黎莉莉やヒモ男の溜まり場" 天堂花園舞庁 The Paradise Ball Room "でのパーティーの騒音と混雑にまぎれながら一人一人漢奸特務を射殺して廻っているし、その間バンドが演奏しているのも楽団だけの"別の曲"だし、当の黎莉莉もテロリスト達の様子を窺いながら他の客と踊っている。客や特務が事件に気付き大混乱ってショットでプツリ!と切れ、別のシーンへと移ってしまう。


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日本の特高・憲兵を想起させる特務のアジト。藍衣社や康生のアジトでもこうだったか。


 これは奇妙という他ない。舞台の上で唄っているはずの踊り子=黎莉莉が、舞台を降り他の曲に合わせて客と踊っているのだから。普通に考えれば、黎莉莉は唄い終わって舞台を降り、なじみの客と踊り始めたという流れだろう。だから、肝心の黎莉莉が舞台の上で《 何日君再来 》を唄っているシーンがカットされているのが何とも痛痒だけど、彼女が唄い始め、早速ゲリラが行動を起こし、唄い終わってさっさと舞台を降りたということなのか。しかし、映像を観ると、どうもそんな感じではない。むしろ、彼女が唄い終わった後、客達と踊り出してから"神秘青年"が仲間に合図して行動を起こしていることからすると、むしろ《 何日君再来 》を唄い終わるのを合図にしているようだ。尤も、群衆ひしめく中での、おまけに漢奸特務の配下がずらり居揃っている中での多数の殺害なので、心理的に些かの気後れをきたしたという可能性は考えられるが、この劇の立て方からして、そんな回りくどい心理描写なんてするはずもなく、やはり、事実的には彼女が"唄い終わって"からなのだろう。むしろ、《 何日君再来 》を合図にするってのは、あくまでゲリラ全員間での作戦実行直前の待機の了解性に過ぎず、リーダー"神秘青年"の合図待ちってのが本当って感じだ。
 因みに、僕のVCDでは、周囲の常連客から、踊り子=黎莉莉が唄うのをせかされ舞台に向かうところでプツリとカットされていて、舞台上の彼女は確認できない。


 だから、この混乱は一体何なのだろう?
 「孤島を出て行く愛国青年の背中に向かって」唄ったというのが本当に存在したシーンなら、これはもう幻の13巻の中でしかありえないだろう。
 客も逃げ去って屍体ばかりが転がっているホールでは特務の配下達が血眼になってゲリラを片っ端から射殺したであろう状況下で、バンドや黎莉莉が逃げ去ってゆくゲリラ青年達の後ろ姿を見送りながら悠然と唄いつづけるってのは、この種の映画にはちょっとあり得ない。とすると、その"天堂花園舞庁"から外へ逃げ出した後しか残ってない。彼女も恐らく後で落ち合ったろう彼女の住処"榮成行堆桟"あたりから、孤島上海の外へ去って行くゲリラ青年達の後ろ姿にむかって滔々と《 何日君再来 》を送別の歌として唄うという流れしかないのではないか。
 が、それでは、"天堂花園舞庁"の舞台の上で合図として既に唄ってるのが、何ともせっかくの印象的なラスト・シーンがつや消しになって効果半減。そんな愚かなことをする監督でもないだろう。はてさて、一体どっちが本当のシーンだったのだろう?

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    颯爽と現れた懐にピストルを隠した覆面テロリスト達。


 
 つまり、これはどちらかが"あり得"なかったと考えるのが整合性をもっているし、ブラフというより関係者の"記憶違い"って可能性なきにしもあらず。途中数十年の間は動乱に継ぐ動乱であったから、尚更であろう。おまけに、198頁のは、中薗ではなく、香港作家・高風農が受け売りで伝えたもの。その検証のためにもう少しデティールに分け入ってみよう。

 中薗は11巻と12巻が入れ違っているらしいと述べていたが、僕のVCDの後半(2枚目)ではもっと混み入って錯綜している感じだ。ところが、時制を見定めるのに便利な存在がいた、裕福な令嬢にくっついている"ひも男"だ。彼と令嬢との室内のシーンの後、いきなり"天堂花園舞庁 "でのパーティーのシーンが始まる。バンドの演奏曲が年末カウント・ダウンの折りの定番「蛍の光」。278ページの中薗の所見では「クリスマス・パーティー」となっているものの、このシーンの後、もう一度このダンス・ホールのシーンが出てくるが、その二度目の時「恭賀新禧 Happy New Year」の文字が現れる。このシークエンスこそ、黎莉莉の扮する踊り子が客達に求められて舞台に唄いに赴くシーンのある当のものなのだが、今はさておき、先のいきなり始まったパーティーのシークエンスはその「恭賀新禧」のシークエンスの後にくる、つまり前後が逆に編集されている箇所。登場人物も服装もパーティーの雰囲気も同じ。バンドが奏でる曲の中に「蛍の光」も入っている。クリスマス・パーティーは何かの間違いではないか。
 そもそもそのダンス・ホールでの漢奸特務輩を殲滅する作戦の最終的確認をしたのが、僕のVCDでは一番ラストの場面。場所はアジトの"榮成行堆桟"、神秘青年と仲間達そして踊り子(黎莉莉)がづらり地図を広げた机の廻りを取り囲み、その地図は実は"天堂花園舞庁 "の見取り図で、神秘青年が中央の入口からホールへ入って来るルートを指さし、さらに作戦が終わった後の脱出ルートをずっと指でなぞってゆくシーン。その見取り図に、決行時間が大きく認められる。「除夕夜十二点左右」。除夕夜は大晦日、12時前後。勿論中薗が北京電影資料館で観たビデオにクリスマスのシーンが実際にあったのならともかく、恐らく同じフィルムだろうからまず何かの間違いか、勘違いだろう。 
 
 更にもう一つ、 同じ278頁の箇所。
 「黎莉莉が《 何日君再来 》を唄い出すのを合図にして、神出鬼没の抗日ゲリラグループの青年たちがいっせいに蜂起し、日本軍の手先である特務工作員に襲いかかり、彼らをやっつけたあと抗戦地区へと脱出して行くというシーンが、まったく抹殺されてしまった」


 これって、一体全体どうなってるのだろう、と一瞬思考停止に陥ってしまう。前に言ったように、僕のVCDには、パーティー会場の特務に覆面したゲリラ・グループが群衆にまぎれて襲いかかるシーンはちゃんと含まれているけど、中薗の観たビデオには、"クリスマス・バ゜ーティー"という但し書きはあるものの、そのシーンが完全に抹消されていたという。ならば、新年パーティーの方のは、つまり僕のVCDと同じ場面はどうだったんだろう? 整合性的には無かったってことだろう。
 ひょっとして「彼らをやっつけたあと抗戦地区へと脱出して行くというシーン」という意味だったのだろうか? 彼はプロの作家なので、だったら「彼らをやっつけたあと」に、「の」に相当する言葉を付けるはず。今となっては、中薗自身既に他界しているので質しようもない。何しろ、市販のビデオではなく、"北京電影資料館"所蔵のビデオなのだから、よりオリジナルに近いという了解性もあって、異同があってもおかしくない。しかし、それなら、もうそれから20年以上も過ぎていて、一目瞭然の異同なので、中国側でとっくに明らかになっているはずだろう。

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    漢奸特務一掃作戦のミーティングをする神秘青年


 神秘青年グループが特務輩を射殺してゆくパーティーの場面で、混乱・乱闘の最中、ヒモ男が頭から血を流し床を這って逃げるショットがある。巻きぞえを喰った訳だけど、その乱闘の場面がプツリと切れ、次には新聞少年達が難民小屋に貼る聯(れん)を認めているシーンから始まる。「解放」や「自由」。大家も自宅の門に自筆らしい聯を貼り、門扉には「加冠」、「晋禄」の定番。新聞少年達にからかわれているところに、ヒモ男が普段着の毛皮の襟のコートにステッキの出で立ちで現れる。怪我の痕など見られない。その後再び、今度は最前の乱闘の直前の光景に戻る。最前の乱闘のシーンは、中薗の伝でいけば"12巻"(中薗が実際に記したものは"13"巻だけど、理由は後述。当然、前提として、もしクリスマス・シーンでなければ)の"最後"の場面ということで、そして後の最前のとは前後したパーティー・シーンは"11巻"と考えてもよかろう。ここで、黎莉莉が歌をせがまれステージへ向かおうとしてプツリ! 次の"榮成行堆桟"近くの広い一角、貧民達の牙城の場面に移行。

 そこで黎莉莉が特務の下っ端チンピラ輩に絡まれ、手にしていた本を奪われる。表紙に「難民教材 初級 第三冊」とあり、チンピラに囃し立てられ侮辱される。"初級"とあるからにはテキストなのだろう。彼女も日本軍の東北(満州)地方侵攻によって上海まで逃げ延びてきた難民ではあった。が、しまいには、いつも彼らにいじめられていた露天商や新聞売り少年、大家すら含んだ周辺の住民等が、最初は逡巡していたものの、ついに爆発、一斉にチンピラ特務輩に襲いかかる。一大乱闘となり、そこにヒョコヒョコと人力車に乗ってヒモ男が現れ、顔中と片足に包帯をグルグル巻きにして令嬢の居る部屋に戻ろうとして、またもや乱闘に巻き込まれ散々な目に遭ってしまう。乱闘の末、特務のチンピラ輩はほうほうの態で逃げ出し、勝ち誇った住民達は歓声をあげる。そして、高々と民国の国旗・青天白日旗がはためき、皆誇らしげに見上げ続ける。と、そこで又プツリとカット。
 この怪我の痕も生々しい包帯だらけのヒモ男、パーティーで乱闘に巻き込まれ頭に怪我をしたのと同じ脈絡上のもので、これはもう、中薗の伝でいくと、もう"13巻"に相当するのではないか? つまり、パーティー会場での漢奸特務の殺害の作戦実行後、"天堂花園舞庁 "から逃げ出し、当然、同夜に実行されたはずの孤島上海からの脱出の後(少なくとも翌日)の場面=出来事だから。13巻説を前提とすると、このちょっと長めの部分は"14"巻ということになってしまうことになるのだろう。しかし、ちゃんと僕のVCDには含まれているのだ。それ故、本当に謎の"13巻"て存在するのか? と問わざるを得ないのだ。

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    界隈から横暴な売国特務を追い払えと大乱闘


 それにしたって、この中薗の労作が世に出てからもう20年以上過ぎているのにも拘わらず、未だにオリジナルのフィルムが出てきてないようだし、オリジナルの映画を観た人々ってもう大概には高年齢。20年もの間、彼等や関係者から聞き取り調査なんてしてこなかったのだろうか。確かに、日本軍侵略、国共内戦、右派闘争そして文化大革命なんかの動乱・大津波に呑み込まれ、一切が散り散り行方不明のままなんて珍しくはないだろうし、文革後、改革開放が連呼されるようになったからって、政治的には旧態依然として権力主義的官僚主義に統べられていることには変わりはないようだし。おまけに、国民党=台湾となれば、中国権力サイドにとってかなり複雑&ナーヴァス、江青・康生→崔万秋からしてそこは何が出てくるか分かったものではない異臭紛々たる藪、黄嘉謨の名もその中にべっとりと貼られているのだろう。到底、劉雪庵の息子・劉学蘇の如くには、たかだか市井の映画好きごときが為せる技ではないのかも知れない・・・


 《 孤島天堂 》
 監督 蔡楚生
 脚本 蔡楚生
 北方舞女  黎莉莉
 神秘青年  李 清
 制作 香港・大地影業公司 (1939年)

 《 何日君再来 物語 》中薗英助 (河出書房新社)1988年


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2012年9月22日 (土)

 《雄呂血》 大正デモクラシー的ゆらぎ?

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 1925年といえば、まだ大正時代(14年)、サイレント映画もたけなわ。元祖"目玉の松ちゃん"はじめ、阪妻、大河内伝次郎、月形竜之介、片岡知恵蔵、市川右太衛門、嵐寛寿朗などチャンバラ映画の大スターが目白押し。とりわけ、阪妻こと板東妻三郎は剣戟スターの代名詞的存在。その代表作がこの《雄呂血》"おろち"という。
 サイレント時代の彼の作品は未見だけど、確かに、youtubeなんかで断片だけ一瞥してもダイナミックに躍動しているモノクロの画面はおどろおどろしいまでに蠱惑的。大きな画面で観てみたい一本ではある。
 
 東亜キネマから独立し、《阪妻プロ》を起こした第一作で、プロデューサーがかのマキノ省三、監督・二川文太郎、ドロリとした因果応報の宿業世界の底にニヒリズムを漂わせた寿々喜多呂九平の脚本で、検閲に睨まれ随分とカットされたらしい。関東大震災、同年の治安維持法公布など、やがて時代がどう逃れようもない坩堝と化す以前の仄暗い予兆に、《大菩薩峠》的な嗜虐性こそ希薄に押しとどめられてはいるものの、ゆらめき続ける煩悩の焔がやがて転輪する紅蓮の火車と化し、畢竟因果応報的曼荼羅世界を発現してゆく。そこで、キリッとメリハリのきいた阪妻の面長のそれでいてニヒルな風貌が生きてくる。

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      「 こ、この下っ端侍ふぜいが !! おれの盃が受けられないだと・・・」

 今回初めから通して観て驚いたのは、主人公・久利富平三郎が、堪忍袋の緒を切った挙句であっても先ず"人を斬る"ことを忌避しているって妙なモラルとストイシズム。まさか所謂"大正デモクラシー"的産物って訳でもあるまいが。大太刀廻りで有名な割には、妙に小市民的ともいえるくらいにモラリスティックなのだ。
 次から次へと押し寄せ襲ってくる何十、否百人近い捕り方達を相手に、たった一人孤立無援に奮闘し斬り合いを繰り広げる大捕物・大殺陣って訳だが、肝心の主人公が何としても相手を斬りたくないために延々と続くことになってしまった剣戟ってことになり、そういえば、画面を観ていると、迫ってくる同心・岡っ引きを杳として斬ることなく、専ら太刀を打ち振って追っ払っているばかりなのが分かってくる。普通なら、バッタ、バッタと斬り倒し、通りは累々と屍体や死に損なって蠢く血塗られた者達で埋められているはず。
 
 これは、しかし、主人公・平三郎の己の剣術的技量の圧倒的な優位性から生じた余裕という面もあるのだろうか。つまり、圧倒的な技量の差ゆえにまともに斬り合うことすらバカバカしい、あるいは、子供相手に真顔で斬り捨てる大人げない卑しい振る舞いだからって訳だろうか。画面での力量からして、当人の思惑とは関わりなく、その差がはっきりしている。
 そして最後の大剣戟の終盤、ふと、平三郎太刀を構えたまま足下を一瞥する。と、数体彼に斬られた者達の屍が横たわっているではないか。さすがの腕達者といえども、百人もが次々に討ちかかってくる最中に、そうそう手加減ばかりはできず、あるいは手加減のつもりが事の成り行きで深手ってことにもなりかねないのは自然の理。思わず、平三郎、暫し慚愧の念に囚われる。もうこれまでと、手にした太刀をうち捨てようとしたが握った指が貼りついて容易に離れず、片方の手で一本一本離してゆく。この時とばかり一斉に襲いかかってきた役人輩に、幾重にも縄をかけられとうとう御用。

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 "漢学講義所 永山塾"の塾生であった久利富平三郎(阪妻)は、師匠の松澄永山の誕生会の席上、評判の芳しくない家老の息子の盃を拒み、身分の貴賤を罵られ喧嘩沙汰に及び、自身の正当性を訴えるが取り合ってもらえず、永山先生に一方的に叱責されてしまう。挙句、藩より閉門三十日を申し渡されてしまう。悶々と路上をほっつき歩いていると、前をゆく数名の藩士が、平三郎の恋慕する永山の娘・奈美江を自堕落と永山先生、更に藩主までを悪辣と吹聴するのに腹を立て、「謝罪せよ!」と迫り、乱闘に及び、ついに抜刀し斬り合いにまでに発展。通り合わせた他の藩士達に止められるが、子細かまわず、またもや平三郎のみ罰されて永山塾破門。その上、最愛の人・奈美江にすら絶交を宣告される。
 しかし、これだけは何とも堪え難く、人のいないのを見計らって、永山先生宅に奈美江を訪ね、自分の恋情を訴える。当然けんもほろろに断られてしまう。普通、ここで引き下がるものだけど、この平三郎執拗に尚も喰い下がり、座敷の上まで追いかけて嫌がる奈美江にまとわりついて訴える。粘着的性格なのか超ストーカー行為にまで発展してしまって相手の迷惑を顧みることがない。と、そこに永山先生現れ、どう見ても、あろうことか嫌がる奈美江を手籠めにでもしようとしているかの如くにしか思えない平三郎の狂態に怒り爆発。門弟達に、平三郎を不浄門(単なる裏門ではなく、死人や糞尿の搬出時に使う)から叩き出せと命じる。

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    「拙者の心を聞き届けてくれ・・・」 「あれ--、誰か--助けて-- !!」

 主人公の平三郎、"世間から誤解され易く疎まれやすいが、純な心の持ち主"という設定だけど、この場面だけでなく、藩を放逐された後、とある町で出会った奈美江に面影の似たお千代という娘に惚れ、路上で待ち伏せして、ここでも嫌がるお千代に執拗に絡み、恋情を訴え続ける。"直情径行"といえば聞こえは好いが、ともかくしつこい!! 不器用な性格といえばそうだけど、やっていることはかなり暴力的。利己性が強過ぎる。
 やっかいになっている先の小悪党輩の頭目が、気を利かして、そのお千代を拐かし、自分達の屋敷に連れ込んで、"用心棒の平三郎先生さあどうぞ"とばかり。さて手籠めという段になって、必死に情けを乞い部屋の中を逃げまどうお千代に手はかけるが、どうにもそれ以上には進めず、元々彼にとっては不本意な仕儀なのもあって、鬱々として身を引く他なかい優柔不断さ。

 
 最後に、逃亡中に匿ってくれてた地元の顔役が、騙して拐かしてきた若い夫婦連れ、見れば何と女の方は、あの平三郎の恋い焦がれていた奈美江ではないか。連れの侍の方は病み疲れ、今にも奈美江に目をつけた頭目が襲いかからんとするや否や、我慢できず平三郎しゃしやり出て、その女だけは知人故に頼むから助けてくれまいかと再三再四の懇願にも、"そうはいかねー、これも商売だ"と頭目巌として撥ねつける。とさすがに、幾らやっかいになって恩義があるとはいえ、これだけは断じて譲れないと、抜刀沙汰となり、二人を助け出す。と、そこに騒ぎを聞きつけてきたのか、捕り方達が一斉に襲いかかってきて、とうとう最後の大剣戟・大捕物の始まり。

 払っても払っても次から次へと襲いかかってくる役人輩。白刃で斬りつけていればバッタ、バッタと片っ端から倒れ落ち、幾ら役人達とて無尽蔵ではなく、ついには路上累々と屍の山ができた頃には、堂々と自らも新たな進路を赴けたろうに、久利富平三郎、みずから刀を捨て、役人輩の繰り出す縄にグルグル巻き。懼れと敵意を剥き出した野次馬達の間を引きづられてゆく平三郎に向かって、物陰から両の手を合わせて拝みつづける奈美江夫婦の姿があった。 

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 この最後の大捕物のシーンの前の件で、牢破りしてお千代が別の男と所帯を持っているのを目撃し暗澹とし泣き崩れている平三郎に、極端に身を低くして捕り方達が膝行(いざ)るようににじり寄ってゆくシーン、これは以前にモデルとなる映画があったのだろうか。実際にはまずあり得ない捕り方のアプローチなので、影響を受けていたらしい米国映画にそんな演出のあるシーンがあった可能性なきにしもあらず。
それにしても、阪妻やチャンバラ映画が当時の米国映画に影響を受けていたとは一興もの。カール・テオドール・ドライヤー監督の《裁かるるジャンヌ・ダルク》(1928年)の市民と英国兵の戦いのシーンも瞠目物で感心したものだったが、音楽や効果音のない映像だけで勝負のサイレント時代のものって面白い画面展開の作品少なくないようだ。

 人を傷つけることを嫌っていたはずが、押しつけられたものであれ最初女を手籠めにしようとまでした主人公としてはかなり危うい性状の平三郎、感情を訴えるのにせっかちで、相手や状況を鑑みる余裕がなく、ひたすら一途に突き進む。それが些か常軌を逸した姿態として現れ世間の誤解を受ける基因となってしまってかかる宿業的因果応報譚を結果してしまった。確かに、悪に一歩も二歩もどっぷり浸かった《大菩薩峠》の主人公・机龍之介とは明らかに異なる。宿業の淵を彷徨うドロドロ鬱々の机龍之介世界より一歩手前の境界世界で、久利富平三郎はゆらめきつづけているのだろう。
 只、久利富平三郎のキャラクターって、あくまで大正デモクラシー的産物なのか、それともひょっとして当時まだ残滓として残っていたかも知れぬ江戸時代の感性を具現したものなのか? その回答を得るにはもう時代が余りに過ぎすぎてしまっているのかも知れないが、阪妻演じる久利富平三郎を観ているとふとそんな疑問が湧いてきた。


総指揮 牧野省三
監督 二川文太郎
原作 寿々喜多呂九平
脚本 寿々喜多呂九平
撮影 石野誠三

阪東妻三郎 久利富平三郎
関操     松澄永山(漢学者)
環歌子     奈美江(娘)
森静子     お千代(町娘)


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2012年9月 8日 (土)

小説・江青異聞 《 やわらかい鋼 》

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 この小説《 やわらかい鋼 : 小説・江青異聞 》、かの中国現代史に白色矮星の如く禍々しく輝いた江青の、出自から最期までをエピソードでつないでいった"通史"的小品で、それなりに巧くまとめてはいるけど、大部でなくては叶わないのをかなり端折った感は否めない。

 とりわけ、ぼくが一番気になったのが、フィクションと銘打ってはいるものの、江青の人脈関係で余り聞いたことのない日本人・佐野大作って人物。明らかに架空の名だろうが、それらしき人物って、西園寺公一(きんかず)ぐらいしか見あたらない。
 西園寺は、戦前は外務畑で活躍し、中国関係にも人脈があったらしく、その伝手を考慮されて、関わったとされた《ゾルゲ事件》で九死に一生を得たともいう。戦後も、中国(共産党)権力から招待され、家族で北京に移り住み、"文化大革命"当初、毛沢東や江青をやたら持ち上げ、毛沢東達のでっち上げた情報をそのまま日本国内にも垂れ流したようだ。その件で、後年、日本国内からかなり批判され、不可抗力的弁解に終始したのでも有名らしい。確かに、文革当時は、中国国内でも相当に錯綜・混乱した状況が続いていたろうし、言論・情報統制も厳しかったろうから、たとえ現地に居住していても、所詮一外賓でしかない西園寺あってみれば案外そんなところだったのかも知れない。

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 なぜ大作なんて、実在を前提としてなければ敢えて搭乗させた意味がどうにも量(はか)れないような、むしろ傍観的な存在を登場人物として設定したのだろう。
 しかし、今まで眼にしてきた江青関係のものに、そもそも日本人なんて登場したことなんてなかった。これは作者・山崎厚子の作り出した架空の人物と決めつけたいが、そう断じるには、物語の構造上、全くといっていい程に"必要性"が認められない。つまり、敢えて史実を無視してまで、架空の佐野なんて人物を登場させねばならない程の必要性がないのだ。( 勿論、あくまでフィクションなので、作者の登場させたい人物をその思い入れと都合で形象化するのだろうから問いつめても意味はないが )。
 そこでこの物語における佐野大作の役割ってものを挙げてみると、ストーリー展開上、江青が何不自由なく生活できるという経済的な基盤を保証するという機能性、そして"龍瞳鳳頸"の相を視、"位、人臣を極める"という"立身出世"的大物史観の鼓吹ってところだろうか。

 「『小姐(江青)とは、きっと、将来、あいまみえる気がするのですよ』
  『どういうこと?』
『僕は運命論者でね。それに、人相をみることができるのですよ』
『私の相は?』
『龍瞳鳳頸!』
男はすかさず言った。
 龍瞳鳳頸とは龍の瞳に鳳凰の首をもった、きわめて貴き人相をいう。則天武后がまだ襁褓(むつき)もとれない幼い頃、街に道士がやってきた。男の格好をした幼児を見て、道士は嘆息した。ああ、この子が女史でったなら、位は人臣を極め、天子にもなれようものを、と。
武后の父親はこの言葉を信じ、武后を皇室に送り込むための教育を施した。」

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 潤沢な資金があった故に、江青が存分に活動できたという設定からの逆規定ってところ。だけど、実際は、江青、毛沢東と一緒になってからはともかく、それ以前に、それ程豊かな、贅沢な生活を送っていたというエピソードにはお目にかかったことはない。むしろ、上海の女優時代なんて、有名な比較的裕福な俳優兼評論家の唐納や劇作家達と一緒に居た時期以外は、随分とつましい生活を余儀なくされていたというエピソードばかり。そもそも、国民党と共産党が熾烈に鎬を削っている危うい時代に、なぜか不自由ない生活を送っていたりすれば、すぐ周囲から疑いの眼で見られるだろうし、江青自身、一応は左翼・共産党的な政治的立場に身を置いていたからには状況的にも尚更ありえないだろう。

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 この物語では、もう一人、毛沢東と出会う延安以前の、上海でかなりの部数を誇る左翼系新聞社の編集者・崔万夏が江青のパトロンとして登場する。その実、彼は蒋介石・国民党の特務の重鎮という設定だが、これは史実通りなんだろう。実在のモデルは、江青と同郷の山東出身の、日本にも留学したことのある知日派・崔万秋、上海《大晚報》の副刊の文芸誌《火炬》の編集長で、(後年、江青の四人組の一人となる張春橋もそこで働いていた)、情報数も多く特務からかなり予算が出ていたという。物語では、情報収集のため、江青をあっちこっちの派手な催し物やパーティーに出席させたりするけれど、彼も、この物語では、佐野同様、あくまで傍系的役割で、すぐに消えてしまう(台湾に逃亡)。文化大革命の頃になると、彼女の後ろ盾でもあった情報局トップの康生にせっついて何としても抹殺したがったのが、この国民党特務の崔万夏(崔万秋)との関わりの証拠だった。
 この崔万夏、一字替えただけの崔万秋の伝(でん)でゆくと、佐野大作も史実的実在ってことにはなるけど、江青と西園寺公一との近しい関係なんておよそ聞いたこともない。
 他にも史実的実在人物をかなり脚色して登場させたり、あるいは鬼籍に放り込んだりして、作者の構想・思念のままに構築された小世界は、それでも、業と宿命という紅蓮の炎に身を焦がし続ける人間達の仄昏いパノラマ世界って趣き。
 
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 (書店には先ずなく、アマゾンなどのネット販売で、中古本として安価に手に入る。) 

 《 やわらかい鋼 : 小説・江青異聞 》山崎厚子 (株式会社スコラ)1993年

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2012年9月 1日 (土)

 《 カハーニィ KAHAANI 》 ドルガー・プジャは鮮血にまみれて

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 最近はYOU TUBEで、インドの映画を観れるようになって、さすがに日本語の字幕こそついてないものの、英語の字幕はついていることも多く、インド映画なんて観る機会も殆どない我々にとって大変便利にはなった。何しろインドは北のボリウッドから南の様々な系列の映画会社がひしめいていて少々の数ではなく、捜せばかなりのメッケ物も見つかる可能性も高い。
 この《 カハーニィ KAHAANI 》(物語)も、そんな中で偶然発見したもので、カルカッタ(現在はコルカタ)の町並みがしっかりと撮られ、もう十年以上も前に幾度も行ったり来たりした嘗てのカルカッタの町の記憶と随分と相違して一様に小綺麗になり夜も明るくなってしまっているのには驚いてしまった。ナレーションをアミターブ・バッチャンがやっていて、低目のゆったりとした声色が決まっている。

 主演のヴィディヤ・バーラン、若くはないけどそれなりにチャーミング、けど何処かで見た覚えがあるなーと思っていたら、バッチャン主演のなかなか雰囲気のあった《 エクラヴィヤ 》(2007年)でサイーフ・アリ・カーンの相手役を演っていた女優だった。《 エクラヴィヤ 》では淑やかな娘役だったが、この《 カハーニィ》じゃサリーを着たまま、オートマチック拳銃で、自分の旦那を死に至らしめ自分をも殺そうとした一味の男に、阿修羅輩を片っ端から血祭りに上げる女神ドルガーのごとく、全弾射ちこむ復讐の羅刹女と化した未亡人役も悪くはない。
 部分部分は皆定番を踏襲しているけど、その構成とデティールで、結構観させられてしまう。 何しろ背景の舞台であるカルカッタの町並と、カルカッタの守護神らしい気丈な女神ドルガーの祭りまで取り込まれていて雰囲気に溢れている。(劇中でも地下鉄の行き先にも出てくる"カーリー"でなくて好かったろう。カーリー女神だと血塗れの酸鼻を極めたものになりかねない)。

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 インドで《オーム真理教・地下鉄サリン事件》(1995年)が如何に流布し解釈されたのか定かじゃないけれど、この作品の冒頭に、カルカッタの"カーリー・ガート"方面行きの疾走する満員の地下鉄車両の中で、ガラス瓶に仕掛けられた毒ガスによって乗客達が多数殺害されてしまうシーンがある。
 その事件に、インドの情報局当局の一部が関わっていたという設定で、確かにインドでは、イスラム⇔ヒンドゥー、インド⇔パキスタンという対立から派生した"やらせ"事件も喧伝されて久しいが、あるいは、日本でのサリン事件にそんな噂(ともかく余りに胡散臭い事件なので、今だにどんな仮説も成り立ちえよう)もインドでは流布していたのかも知れない。

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 ドルガー祭りの最中、カルカッタ国際空港(以前はダムダム空港と呼ばれていたのが、現在は"チャンドラ・ボース"に変わったらしい。正式にはもっと長ったらしいようだが)に、七ヶ月の妊婦ヴィディヤが一人降り立った。カルカッタの国立データ・センターに向かったきり消息を絶った旦那を捜しにやってきたのだった。早速、カーリー女神を祀った寺院で有名な"カーリー・ガート"の警察に赴き、そこの若造警官ラナ・シンハに助けてもらう。データ・センターを尋ねても、彼女の旦那のデータがなく、そこの担当者に、旦那がそのデータ・センターを退職したミラン・ダムジという男に似ていると告げる。ところが、その担当者が、殺害されてしまう。ボブ・ビスワスという保険の外交を隠れ蓑に殺人を請け負っている男の犯行だった。
 その内、デリーの情報局からカーンという捜査員が派遣されてくる。ダムジも情報局のメンバーで、例の地下鉄毒ガス事件の下手人だとカーンに教えられる。ディヴィヤを殺害しようとして現れた殺し屋ボブが警官ラナに追跡されあげく車に轢かれしまい、ボブの携帯からカーンの上司のバスカランが浮かび上がってくる。次第に包囲網が狭まり、とうとう、ダムジ本人が、ディヴィヤの前に現れる。拳銃で射殺しようとして、逆に彼女が髪に挿していた"かんざし"で首と足を刺され、ほうほうの態で這って逃げだす。しかし、ディヴィヤは、彼が落としていったオートマチック拳銃を拾って跡を追い、マガジン(弾倉)をカチャリと拳銃のグリップに差し込む。血塗れになって恐怖の眼差しでディヴィヤを見上げるダムジにおもむろに銃口を向け、何度も、何度も引き金を引き続けた。
 銃声を聞きつけカーンとラナが走り寄ってきたが、既にディヴィヤの影すらなかった。ラナは、すべてディヴィヤが仕組んだものだと悟り、苦笑する。カーンもラナも、彼女の旦那の復讐に利用されただけだと。
 事件を情報局当局の一部が関与していた疑いをもっていたバスカランの元上司バジパイ大佐が彼女を手助けしてくれていたのだが、実は、彼女の旦那は、地下鉄毒ガス事件の際、首謀者ダムジ達の作戦を阻止しようとして果たさず死んでしまったのだった。

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 タイトルの"カハーニィ"は"物語"って意味だが、日本語でも英語でも同じで、ヒンディー語でも、"虚構"って意味も含まれている。最初から女主人公ディヴィヤが作り上げた虚構の"物語"に沿って映画的現実としての物語が展開されてゆく。些かこじつけると世間(勿論映画の中でのインド)で喧伝されたカルカッタ"地下鉄毒ガス事件"も、当局(一部という、末端の部分から上層部までを含む可能性のある曖昧なものであるが)が関与していたのを隠蔽した欺瞞に満ちた"物語"ってことにもなる。
 実際にインドで地下鉄毒ガス事件なんて起きてはないだろうが、有名なのはボパールで、米国化学企業"ユニオン・カーバイド"が起こした何万人とも、何十万人ともいわれる死者と被害者を出した事件だろう。おまけに、そのユニオン・カーバイド社の社長だったか会長だったか忘れたが、事件後米国に逃げ帰り、未だに逃亡中らしい。後そのユニオン・カーバイドを傘下においた米国大企業"ダウ・ケミカル"社も、前者と同様、悪質を絵に描いたような存在らしい。勿論米国政府は知らん顔。"9.11"なんかで、よくもまあヌケヌケと、あたかも世界の不幸のように騒ぎ立てれたものだ。おまけに、当時(勿論現在も引き継がれているのだろうが)のインドの権力も、米国の圧力に屈し懐柔されてしまったようで、今度の東北大震災・津波東電原発爆発事件と同等かそれ以上の人的被害も何のその、結局当局によって、貧民窟の住民の生命なんて取るに足らぬ、たいしたことのない"物語"として重い鉛の蓋をされてしまったようだ。
 この映画、今年の春にインドで封切られた作品で、早々と来月"福岡アジア・フォーカス"で上映されるらしい。


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