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2012年9月22日 (土)

 《雄呂血》 大正デモクラシー的ゆらぎ?

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 1925年といえば、まだ大正時代(14年)、サイレント映画もたけなわ。元祖"目玉の松ちゃん"はじめ、阪妻、大河内伝次郎、月形竜之介、片岡知恵蔵、市川右太衛門、嵐寛寿朗などチャンバラ映画の大スターが目白押し。とりわけ、阪妻こと板東妻三郎は剣戟スターの代名詞的存在。その代表作がこの《雄呂血》"おろち"という。
 サイレント時代の彼の作品は未見だけど、確かに、youtubeなんかで断片だけ一瞥してもダイナミックに躍動しているモノクロの画面はおどろおどろしいまでに蠱惑的。大きな画面で観てみたい一本ではある。
 
 東亜キネマから独立し、《阪妻プロ》を起こした第一作で、プロデューサーがかのマキノ省三、監督・二川文太郎、ドロリとした因果応報の宿業世界の底にニヒリズムを漂わせた寿々喜多呂九平の脚本で、検閲に睨まれ随分とカットされたらしい。関東大震災、同年の治安維持法公布など、やがて時代がどう逃れようもない坩堝と化す以前の仄暗い予兆に、《大菩薩峠》的な嗜虐性こそ希薄に押しとどめられてはいるものの、ゆらめき続ける煩悩の焔がやがて転輪する紅蓮の火車と化し、畢竟因果応報的曼荼羅世界を発現してゆく。そこで、キリッとメリハリのきいた阪妻の面長のそれでいてニヒルな風貌が生きてくる。

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      「 こ、この下っ端侍ふぜいが !! おれの盃が受けられないだと・・・」

 今回初めから通して観て驚いたのは、主人公・久利富平三郎が、堪忍袋の緒を切った挙句であっても先ず"人を斬る"ことを忌避しているって妙なモラルとストイシズム。まさか所謂"大正デモクラシー"的産物って訳でもあるまいが。大太刀廻りで有名な割には、妙に小市民的ともいえるくらいにモラリスティックなのだ。
 次から次へと押し寄せ襲ってくる何十、否百人近い捕り方達を相手に、たった一人孤立無援に奮闘し斬り合いを繰り広げる大捕物・大殺陣って訳だが、肝心の主人公が何としても相手を斬りたくないために延々と続くことになってしまった剣戟ってことになり、そういえば、画面を観ていると、迫ってくる同心・岡っ引きを杳として斬ることなく、専ら太刀を打ち振って追っ払っているばかりなのが分かってくる。普通なら、バッタ、バッタと斬り倒し、通りは累々と屍体や死に損なって蠢く血塗られた者達で埋められているはず。
 
 これは、しかし、主人公・平三郎の己の剣術的技量の圧倒的な優位性から生じた余裕という面もあるのだろうか。つまり、圧倒的な技量の差ゆえにまともに斬り合うことすらバカバカしい、あるいは、子供相手に真顔で斬り捨てる大人げない卑しい振る舞いだからって訳だろうか。画面での力量からして、当人の思惑とは関わりなく、その差がはっきりしている。
 そして最後の大剣戟の終盤、ふと、平三郎太刀を構えたまま足下を一瞥する。と、数体彼に斬られた者達の屍が横たわっているではないか。さすがの腕達者といえども、百人もが次々に討ちかかってくる最中に、そうそう手加減ばかりはできず、あるいは手加減のつもりが事の成り行きで深手ってことにもなりかねないのは自然の理。思わず、平三郎、暫し慚愧の念に囚われる。もうこれまでと、手にした太刀をうち捨てようとしたが握った指が貼りついて容易に離れず、片方の手で一本一本離してゆく。この時とばかり一斉に襲いかかってきた役人輩に、幾重にも縄をかけられとうとう御用。

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 "漢学講義所 永山塾"の塾生であった久利富平三郎(阪妻)は、師匠の松澄永山の誕生会の席上、評判の芳しくない家老の息子の盃を拒み、身分の貴賤を罵られ喧嘩沙汰に及び、自身の正当性を訴えるが取り合ってもらえず、永山先生に一方的に叱責されてしまう。挙句、藩より閉門三十日を申し渡されてしまう。悶々と路上をほっつき歩いていると、前をゆく数名の藩士が、平三郎の恋慕する永山の娘・奈美江を自堕落と永山先生、更に藩主までを悪辣と吹聴するのに腹を立て、「謝罪せよ!」と迫り、乱闘に及び、ついに抜刀し斬り合いにまでに発展。通り合わせた他の藩士達に止められるが、子細かまわず、またもや平三郎のみ罰されて永山塾破門。その上、最愛の人・奈美江にすら絶交を宣告される。
 しかし、これだけは何とも堪え難く、人のいないのを見計らって、永山先生宅に奈美江を訪ね、自分の恋情を訴える。当然けんもほろろに断られてしまう。普通、ここで引き下がるものだけど、この平三郎執拗に尚も喰い下がり、座敷の上まで追いかけて嫌がる奈美江にまとわりついて訴える。粘着的性格なのか超ストーカー行為にまで発展してしまって相手の迷惑を顧みることがない。と、そこに永山先生現れ、どう見ても、あろうことか嫌がる奈美江を手籠めにでもしようとしているかの如くにしか思えない平三郎の狂態に怒り爆発。門弟達に、平三郎を不浄門(単なる裏門ではなく、死人や糞尿の搬出時に使う)から叩き出せと命じる。

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    「拙者の心を聞き届けてくれ・・・」 「あれ--、誰か--助けて-- !!」

 主人公の平三郎、"世間から誤解され易く疎まれやすいが、純な心の持ち主"という設定だけど、この場面だけでなく、藩を放逐された後、とある町で出会った奈美江に面影の似たお千代という娘に惚れ、路上で待ち伏せして、ここでも嫌がるお千代に執拗に絡み、恋情を訴え続ける。"直情径行"といえば聞こえは好いが、ともかくしつこい!! 不器用な性格といえばそうだけど、やっていることはかなり暴力的。利己性が強過ぎる。
 やっかいになっている先の小悪党輩の頭目が、気を利かして、そのお千代を拐かし、自分達の屋敷に連れ込んで、"用心棒の平三郎先生さあどうぞ"とばかり。さて手籠めという段になって、必死に情けを乞い部屋の中を逃げまどうお千代に手はかけるが、どうにもそれ以上には進めず、元々彼にとっては不本意な仕儀なのもあって、鬱々として身を引く他なかい優柔不断さ。

 
 最後に、逃亡中に匿ってくれてた地元の顔役が、騙して拐かしてきた若い夫婦連れ、見れば何と女の方は、あの平三郎の恋い焦がれていた奈美江ではないか。連れの侍の方は病み疲れ、今にも奈美江に目をつけた頭目が襲いかからんとするや否や、我慢できず平三郎しゃしやり出て、その女だけは知人故に頼むから助けてくれまいかと再三再四の懇願にも、"そうはいかねー、これも商売だ"と頭目巌として撥ねつける。とさすがに、幾らやっかいになって恩義があるとはいえ、これだけは断じて譲れないと、抜刀沙汰となり、二人を助け出す。と、そこに騒ぎを聞きつけてきたのか、捕り方達が一斉に襲いかかってきて、とうとう最後の大剣戟・大捕物の始まり。

 払っても払っても次から次へと襲いかかってくる役人輩。白刃で斬りつけていればバッタ、バッタと片っ端から倒れ落ち、幾ら役人達とて無尽蔵ではなく、ついには路上累々と屍の山ができた頃には、堂々と自らも新たな進路を赴けたろうに、久利富平三郎、みずから刀を捨て、役人輩の繰り出す縄にグルグル巻き。懼れと敵意を剥き出した野次馬達の間を引きづられてゆく平三郎に向かって、物陰から両の手を合わせて拝みつづける奈美江夫婦の姿があった。 

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 この最後の大捕物のシーンの前の件で、牢破りしてお千代が別の男と所帯を持っているのを目撃し暗澹とし泣き崩れている平三郎に、極端に身を低くして捕り方達が膝行(いざ)るようににじり寄ってゆくシーン、これは以前にモデルとなる映画があったのだろうか。実際にはまずあり得ない捕り方のアプローチなので、影響を受けていたらしい米国映画にそんな演出のあるシーンがあった可能性なきにしもあらず。
それにしても、阪妻やチャンバラ映画が当時の米国映画に影響を受けていたとは一興もの。カール・テオドール・ドライヤー監督の《裁かるるジャンヌ・ダルク》(1928年)の市民と英国兵の戦いのシーンも瞠目物で感心したものだったが、音楽や効果音のない映像だけで勝負のサイレント時代のものって面白い画面展開の作品少なくないようだ。

 人を傷つけることを嫌っていたはずが、押しつけられたものであれ最初女を手籠めにしようとまでした主人公としてはかなり危うい性状の平三郎、感情を訴えるのにせっかちで、相手や状況を鑑みる余裕がなく、ひたすら一途に突き進む。それが些か常軌を逸した姿態として現れ世間の誤解を受ける基因となってしまってかかる宿業的因果応報譚を結果してしまった。確かに、悪に一歩も二歩もどっぷり浸かった《大菩薩峠》の主人公・机龍之介とは明らかに異なる。宿業の淵を彷徨うドロドロ鬱々の机龍之介世界より一歩手前の境界世界で、久利富平三郎はゆらめきつづけているのだろう。
 只、久利富平三郎のキャラクターって、あくまで大正デモクラシー的産物なのか、それともひょっとして当時まだ残滓として残っていたかも知れぬ江戸時代の感性を具現したものなのか? その回答を得るにはもう時代が余りに過ぎすぎてしまっているのかも知れないが、阪妻演じる久利富平三郎を観ているとふとそんな疑問が湧いてきた。


総指揮 牧野省三
監督 二川文太郎
原作 寿々喜多呂九平
脚本 寿々喜多呂九平
撮影 石野誠三

阪東妻三郎 久利富平三郎
関操     松澄永山(漢学者)
環歌子     奈美江(娘)
森静子     お千代(町娘)


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