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2012年9月 8日 (土)

小説・江青異聞 《 やわらかい鋼 》

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 この小説《 やわらかい鋼 : 小説・江青異聞 》、かの中国現代史に白色矮星の如く禍々しく輝いた江青の、出自から最期までをエピソードでつないでいった"通史"的小品で、それなりに巧くまとめてはいるけど、大部でなくては叶わないのをかなり端折った感は否めない。

 とりわけ、ぼくが一番気になったのが、フィクションと銘打ってはいるものの、江青の人脈関係で余り聞いたことのない日本人・佐野大作って人物。明らかに架空の名だろうが、それらしき人物って、西園寺公一(きんかず)ぐらいしか見あたらない。
 西園寺は、戦前は外務畑で活躍し、中国関係にも人脈があったらしく、その伝手を考慮されて、関わったとされた《ゾルゲ事件》で九死に一生を得たともいう。戦後も、中国(共産党)権力から招待され、家族で北京に移り住み、"文化大革命"当初、毛沢東や江青をやたら持ち上げ、毛沢東達のでっち上げた情報をそのまま日本国内にも垂れ流したようだ。その件で、後年、日本国内からかなり批判され、不可抗力的弁解に終始したのでも有名らしい。確かに、文革当時は、中国国内でも相当に錯綜・混乱した状況が続いていたろうし、言論・情報統制も厳しかったろうから、たとえ現地に居住していても、所詮一外賓でしかない西園寺あってみれば案外そんなところだったのかも知れない。

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 なぜ大作なんて、実在を前提としてなければ敢えて搭乗させた意味がどうにも量(はか)れないような、むしろ傍観的な存在を登場人物として設定したのだろう。
 しかし、今まで眼にしてきた江青関係のものに、そもそも日本人なんて登場したことなんてなかった。これは作者・山崎厚子の作り出した架空の人物と決めつけたいが、そう断じるには、物語の構造上、全くといっていい程に"必要性"が認められない。つまり、敢えて史実を無視してまで、架空の佐野なんて人物を登場させねばならない程の必要性がないのだ。( 勿論、あくまでフィクションなので、作者の登場させたい人物をその思い入れと都合で形象化するのだろうから問いつめても意味はないが )。
 そこでこの物語における佐野大作の役割ってものを挙げてみると、ストーリー展開上、江青が何不自由なく生活できるという経済的な基盤を保証するという機能性、そして"龍瞳鳳頸"の相を視、"位、人臣を極める"という"立身出世"的大物史観の鼓吹ってところだろうか。

 「『小姐(江青)とは、きっと、将来、あいまみえる気がするのですよ』
  『どういうこと?』
『僕は運命論者でね。それに、人相をみることができるのですよ』
『私の相は?』
『龍瞳鳳頸!』
男はすかさず言った。
 龍瞳鳳頸とは龍の瞳に鳳凰の首をもった、きわめて貴き人相をいう。則天武后がまだ襁褓(むつき)もとれない幼い頃、街に道士がやってきた。男の格好をした幼児を見て、道士は嘆息した。ああ、この子が女史でったなら、位は人臣を極め、天子にもなれようものを、と。
武后の父親はこの言葉を信じ、武后を皇室に送り込むための教育を施した。」

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 潤沢な資金があった故に、江青が存分に活動できたという設定からの逆規定ってところ。だけど、実際は、江青、毛沢東と一緒になってからはともかく、それ以前に、それ程豊かな、贅沢な生活を送っていたというエピソードにはお目にかかったことはない。むしろ、上海の女優時代なんて、有名な比較的裕福な俳優兼評論家の唐納や劇作家達と一緒に居た時期以外は、随分とつましい生活を余儀なくされていたというエピソードばかり。そもそも、国民党と共産党が熾烈に鎬を削っている危うい時代に、なぜか不自由ない生活を送っていたりすれば、すぐ周囲から疑いの眼で見られるだろうし、江青自身、一応は左翼・共産党的な政治的立場に身を置いていたからには状況的にも尚更ありえないだろう。

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 この物語では、もう一人、毛沢東と出会う延安以前の、上海でかなりの部数を誇る左翼系新聞社の編集者・崔万夏が江青のパトロンとして登場する。その実、彼は蒋介石・国民党の特務の重鎮という設定だが、これは史実通りなんだろう。実在のモデルは、江青と同郷の山東出身の、日本にも留学したことのある知日派・崔万秋、上海《大晚報》の副刊の文芸誌《火炬》の編集長で、(後年、江青の四人組の一人となる張春橋もそこで働いていた)、情報数も多く特務からかなり予算が出ていたという。物語では、情報収集のため、江青をあっちこっちの派手な催し物やパーティーに出席させたりするけれど、彼も、この物語では、佐野同様、あくまで傍系的役割で、すぐに消えてしまう(台湾に逃亡)。文化大革命の頃になると、彼女の後ろ盾でもあった情報局トップの康生にせっついて何としても抹殺したがったのが、この国民党特務の崔万夏(崔万秋)との関わりの証拠だった。
 この崔万夏、一字替えただけの崔万秋の伝(でん)でゆくと、佐野大作も史実的実在ってことにはなるけど、江青と西園寺公一との近しい関係なんておよそ聞いたこともない。
 他にも史実的実在人物をかなり脚色して登場させたり、あるいは鬼籍に放り込んだりして、作者の構想・思念のままに構築された小世界は、それでも、業と宿命という紅蓮の炎に身を焦がし続ける人間達の仄昏いパノラマ世界って趣き。
 
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 (書店には先ずなく、アマゾンなどのネット販売で、中古本として安価に手に入る。) 

 《 やわらかい鋼 : 小説・江青異聞 》山崎厚子 (株式会社スコラ)1993年

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