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2012年9月29日 (土)

日中流行歌《 何日君再来 》と抗日映画《 孤島天堂 》

   
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           売れっ娘歌手・周璇 

 横浜中華街でテレサ・テンのカセット・テープ《 何日君再来 》を買って一年過った1980年のある日、中薗英助は、夕刊に、中国主要都市の若者達の間で、何故か日本占領時代に流行った《 何日君再来 》"いつの日君また帰る"が、現在爆発的人気を呼んでいるという記事を見つけて驚き、更に、ある上海の新聞が、そんな風潮に疑義を呈し、嘗て日本帝国主義が上海などの諸都市を占領後、中国人の愛国心を「毒化」させるために流行らせた歌で、当時の日本の侵略に反対する心ある人々は「亡国の歌」として排斥していたんだと、若者達の風潮を批判しているのを、"当時の日本軍がそんな高度な芸当ができたであろうか"と大きく頭を振ってみせた。
 おまけに、その《 何日君再来 》が、日本人の作った歌ではなく、当時中国人が作った歌ゆえに一層滑稽なまでに自己破綻してしまった疑義ということで、当の中国人ですら混乱を来してしまっている不可解さに、中国からの引き揚げ者として、戦時中、中薗も他の日本人(兵)達の間で流行った自分達の青春の歌でもあったこともあって、その踏み込めば踏み込むほど不可解さが深まるばかりの《 何日君再来 》の謎の解明に駆り立てられるようになったという。

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            黎莉莉


 今でこそ《 何日君再来 》は、作曲・劉雪庵(晏如)、歌詞・黄嘉謨(貝林)とはっきり明記されるようになったが、それにはこの中薗の執拗な探求的所産《 何日君再来 物語 》も少なからず寄与しているのだろう。父親の遺恨を雪(そそ)がんとのっぴきならぬ複雑きわまりない政治的(=権力)相関図の只中にあって一人孤立無援に絶望的に戦い続けてきた息子・劉学蘇の苦闘と、そんな苛烈な相関図の埒外にある日本人作家だからこそ為し得た粘り強い探求心の(日中)相互作用的産物と言えなくもない。
 最初、その作曲・作詞者名すら暗中模索、深い霧の彼方って代物であったのが、その過程で飛び込んできた中薗が最後まで拘った作詞者=黄嘉謨(ホアン・ジヤモ)説、今まで作曲者の劉雪庵一人の作曲・作詞ってことで長い間指弾され、とりわけ「解放」後には"反右派闘争"や悪名高い"文化大革命"中には惨憺たる境遇に陥れられあげく失明すらさせられ完全に歴史の闇に葬られてきていたのが、最終的に、作曲者・劉雪庵の息子・劉学蘇によって作詞者=黄嘉謨ということが肯われるという筋書きは中々面白くスリリングですらある。
 それでも結局、基本的問いともいえる「何故に作詩者を黄嘉謨ではなく、作曲者・劉雪庵と虚構してきたのか」という謎は、一向に明らかにされぬまま。更にそれと連動するように、後で出てくる《 孤島天堂 》( 監督・蔡楚生 )の本来のフィルムが、いつの間にか前後を替えられたりカットされたりしていて( 主演の黎莉莉もそれを指摘した )、甚だ不可解な物になっているという謎もそのまま。

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今では見られない外灘に聳えた羽のある女神像をバックに唄う踊り子と神秘青年  
    

 それはひとえに、"権力=政治"の相克的利害追求の悪辣と闇ってところに尽きてしまうのだろう。だから、今もってその謎の真相が顕らかになっていないということは、脈々とその構造が現在にも通底しているということでもあって、劉学蘇が父親の冤罪と"屈辱"を真に雪ぐことが出来るのはまだまだ遠い先ってことだろう。それが今の中国の有り様なのだから。今更魯迅を引き合いに出すのも何だけど、心底、上海は内山書店の周辺を魯迅は、今尚浮かばれることのない冤鬼となって鬼哭啾々と彷徨い続ける他ないだろう。

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         黎莉莉(踊り子)にすりよる ヒモ男

 
この《 何日君再来 》は、元々は当時、映画会社"芸華"と"三星牌牙膏(練り歯磨き)"で有名な中国の企業とがタイアップしたコミカル映画《 三星伴月 》1937年(昭和12年)で、監督のファン・ペイリンが、人気歌手・周璇(チョウ・シュワン)に唄わせる挿入曲に、当時一部に好評だった劉雪庵の作曲した《 何日君再来 》を使うことに決め、脚本の黄嘉謨に映画にマッチした歌詞を作らせたのが問題の発端。オリジナルは劉雪庵が自分の在籍していた音楽学校の卒業生を送る送別のタンゴの曲で、乗りも良かったのだろう。
 普通なら、商業主義的な映画の作詞なんかで騒がれるいわれもなかったのだろうが、何しろ置かれた時代と環境がそれを許さなかった。侵略日本軍、蒋介石国民党、中国共産党、上海政府等が入り乱れ、互いにスバイ(特務)組織を総動員して相克・暗殺の暗闘を繰り広げていた上海にあって、とりわけ蒋介石の国民党は親日的あるいは左派・共産党系分子に対し徹底して摘発・逮捕そして殺害すらが当たり前のように行われ始め、国民党特務の藍衣社やCC団がその悪逆さで有名であった。
 そんな中で、左派・共産党系から、幾ら閉塞した"孤島"上海だからといっても、中国が存亡の危機にあるにも拘わらず、ノホホンと色気や笑いに現(うつつ)を抜かすのは敵を利する亡国的・売国的行為として指弾されてしまった。日々暴虐と不安に晒され続け暗澹とした先行きばかりが目前に重くのしかかる閉塞状況で、人々は、例え束の間のものであってもその重圧と不安を忘れさせてくれあるいは癒してくれる何かを求めるもの。そんなものとしての通俗的な笑いや色香さえも、硬直した論理と感性で一方的に断じ指弾されたのでは堪ったものではあるまい。
 それにも拘わらず、映画とは別個に一人歩きし、《 何日君再来 》は上海だけに留まらず中国全土を席巻し、更には東南アジアの華系社会にまで流行することとなった。あげく「この時局を何と心得ておるか!!」となじり続ける官憲のふんぞり返る日本においてさえも。

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 で、1939年(昭和14年)、蔡楚生・監督の《 孤島天堂 》(香港・大地影業公司)が作られた。
 イデオロギー一本のプロパガンダ映画とは一線を画した庶民出の蔡楚生監督らしい、コミカルなシーンも少なくない、しかし、時代の逼迫性を濃く醸し出した抗日映画で、実制作は香港という。勿論、主題歌の作曲依頼のため上海に潜入し、流行っていた《 何日君再来 》も挿入曲に加えたようで、その時、蔡楚生監督も自分の映画に合ったふうに歌詞を書き替えたともいう。それも、つまり、当時はともかく、いつの間にか、遅くとも黎莉莉(リー・リリー)自身が、「あの歌はいま、《 孤島天堂 》にはありませんでしょう?」(《 何日君再来物語 》279p )と言った1987年九月頃には映画《 孤島天堂 》のフィルムからこの《何日君再来》の歌が削除されてしまっていて、謎のまま。文革の真っ最中1968年に江青達四人組に冤死させられた蔡楚生が、今となってはどんな歌詞をつけていたのか知る術すらないないようだ。唄った黎莉莉も多くを語ることもできないまま2005年既に他界している。蔡楚生の家族は健在でいるようだが。


 この映画《 孤島天堂 》は、日本軍の侵略によって占領され孤島と化した上海で、暗殺によって抗日ゲリラ活動を続けていた"神秘青年"一派とそれを影で助ける北方=松花江から逃げてきた踊り子(黎莉莉)を中心に、彼らがアジトにした榮成行堆桟(倉庫)の近辺の物売りや新聞売り少年、難民等貧しい人々にも共感を得てゆき、互いに侵略者からの解放と自由を勝ち取ろうと邁進して行くという抗日のプロパガンダ性の強い作りになっているが、物売りや新聞売りの少年達、闖入してきた有産階級令嬢とその連れ合いのヒモ男等の繰り広げるコミカルなショットでうまくバランスは取られている。嘗ての帝政ロシアの頃のピストルと爆弾のナロードニキ達を彷彿とさせるが、その出で立ちは米国映画にでも出てきそうな目の部分だけ覆面した怪盗や怪傑ゾロ等と相似の芝居ががったもの。庶民受けと"国共合作"の間隙を縫っての反-蒋介石・国民党的イデオロギーを韜晦するためでもあったろう。


 只、僕が観た"広州・悄佳人公司"の"早期・中国電影"シリーズのVCD版は、この作品に関しては甚だ保存状態が悪い。他の同時期の作品はそれ程悪くはないのだが・・・この映画の辿ってきた数奇な運命を体現して余りあるってところだろうか。おまけに前半(VCDでは一枚目)はともかく、後半(VCDでは二枚目)はエピソードのアトランダムな羅列以外の何ものでもなく、前半との唐突なまでの変異にさすがに戸惑ってしまった。一通り観てみると、中薗英助は、(《 北京電影資料室》のスタッフの指摘でもあるらしい ) 十三巻が省かれていたと記していたけど、どうも引っかかるものがあって素直に首肯し難いものがある。

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             漢奸特務の行動をチェック

 
 彼はこう記している。
 「黎莉莉は、抗戦の隊列に加わるため孤島を出て行く愛国青年の背中に向かって、今宵別れてのちいつの日君また帰るという気持ちで、心をこめてうたったと述懐した」(高風農)198頁

 そしてエピローグでは、こうも記している。
 「第十二巻の巻末のシーンで、黎莉莉の扮する東北出身のダンサーが、クリスマス・パーティたけなわの宴会場の中央でこれから《 何日君再来 》を唄おうとするところでバッテン印の傷をつけられたままプツリと切れ、何の脈絡もない第十一巻のシーンへ移るという得体の知れない映画になって終わるのだ。黎莉莉が《 何日君再来 》を唄い出すのを合図にして、神出鬼没の抗日ゲリラグループの青年たちがいっせいに蜂起し、日本軍の手先である特務工作員に襲いかかり、彼らをやっつけたあと抗戦地区へと脱出して行くというシーンが、まったく抹殺されてしまった」( 北京電影資料室で《孤島天堂》の試写を観た折 ) 278頁

 1987年に北京の"北京電影資料館"で中薗の観たビデオ(フィルムは保管してなかったようだ)と、僕が数年前に取り寄せた二枚組VCDとは若干内容に異同があるのかも知れないが、ネットをチェックしてみてもどうもそんな気配は感じられない。先ず同じ代物とみていいだろう。違いがあれば、複数のバージョンが実際に有るということで、先ずネット上で明らかにされているからだ。
 最初(198P)のは香港の高風農(作家?)が中薗に語ったエピソードだけど、"抗戦の隊列に加わるため孤島を出て行く愛国青年の背中に向かって"とある。これは一つの問題を孕んでいる。

 
 「孤島を出て行く愛国青年の背中に向かって」と「宴たけなわのダンス・ホールの舞台の上」とは、前者も同じダンス・ホールの中でのシーンだとしても、時制的にもエピソード的にも全く別もの。この二つの見解を認めてしまうと、この映画の中で、ダンサー=黎莉莉は二度《 何日君再来 》を唄ったことになる。

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 勿論、黎莉莉が、舞台の上に立って唄う時、それはホールに覆面をして紛れている愛国青年ゲリラ達に、哀惜の念をこめたものだ、というだけで、別段、物理的に、愛国青年達の"背中に向いて"唄うという意味ではないという解釈も成り立つ。中薗自身が、その二つをことさら矛盾として記している訳でもないことから、その可能性も否定できない。しかし、中薗の記した言葉ではあるので、今暫く、拘ってみたい。


 最初(198P)の方は、現在流布しているVCDにはカットされているシーンで、これが中薗の指摘する幻の"13巻"の中のものなのかも知れないが、後者の中薗の所見の内の、「黎莉莉が《 何日君再来 》を唄い出すのを合図にして、神出鬼没の抗日ゲリラ・グループの青年たちがいっせいに蜂起し、日本軍の手先である特務工作員に襲いかかり、彼らをやっつけたあと抗戦地区へと脱出して行く」という脈絡と照応すると、その舞台で黎莉莉が《 何日君再来 》を唄い、それが合図となって一斉に、覆面の抗日ゲリラ=テロリスト・グループがあらかじめ狙い定めた日系特務一味を、ピストルで殲滅し、そそくさとそのパーティー会場から抜け出すまで、ずっとステージで唄い続けてなければならないことになる。
 ところが、VCDでは、覆面の"神秘青年"率いるテロリスト・グループは、黎莉莉やヒモ男の溜まり場" 天堂花園舞庁 The Paradise Ball Room "でのパーティーの騒音と混雑にまぎれながら一人一人漢奸特務を射殺して廻っているし、その間バンドが演奏しているのも楽団だけの"別の曲"だし、当の黎莉莉もテロリスト達の様子を窺いながら他の客と踊っている。客や特務が事件に気付き大混乱ってショットでプツリ!と切れ、別のシーンへと移ってしまう。


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日本の特高・憲兵を想起させる特務のアジト。藍衣社や康生のアジトでもこうだったか。


 これは奇妙という他ない。舞台の上で唄っているはずの踊り子=黎莉莉が、舞台を降り他の曲に合わせて客と踊っているのだから。普通に考えれば、黎莉莉は唄い終わって舞台を降り、なじみの客と踊り始めたという流れだろう。だから、肝心の黎莉莉が舞台の上で《 何日君再来 》を唄っているシーンがカットされているのが何とも痛痒だけど、彼女が唄い始め、早速ゲリラが行動を起こし、唄い終わってさっさと舞台を降りたということなのか。しかし、映像を観ると、どうもそんな感じではない。むしろ、彼女が唄い終わった後、客達と踊り出してから"神秘青年"が仲間に合図して行動を起こしていることからすると、むしろ《 何日君再来 》を唄い終わるのを合図にしているようだ。尤も、群衆ひしめく中での、おまけに漢奸特務の配下がずらり居揃っている中での多数の殺害なので、心理的に些かの気後れをきたしたという可能性は考えられるが、この劇の立て方からして、そんな回りくどい心理描写なんてするはずもなく、やはり、事実的には彼女が"唄い終わって"からなのだろう。むしろ、《 何日君再来 》を合図にするってのは、あくまでゲリラ全員間での作戦実行直前の待機の了解性に過ぎず、リーダー"神秘青年"の合図待ちってのが本当って感じだ。
 因みに、僕のVCDでは、周囲の常連客から、踊り子=黎莉莉が唄うのをせかされ舞台に向かうところでプツリとカットされていて、舞台上の彼女は確認できない。


 だから、この混乱は一体何なのだろう?
 「孤島を出て行く愛国青年の背中に向かって」唄ったというのが本当に存在したシーンなら、これはもう幻の13巻の中でしかありえないだろう。
 客も逃げ去って屍体ばかりが転がっているホールでは特務の配下達が血眼になってゲリラを片っ端から射殺したであろう状況下で、バンドや黎莉莉が逃げ去ってゆくゲリラ青年達の後ろ姿を見送りながら悠然と唄いつづけるってのは、この種の映画にはちょっとあり得ない。とすると、その"天堂花園舞庁"から外へ逃げ出した後しか残ってない。彼女も恐らく後で落ち合ったろう彼女の住処"榮成行堆桟"あたりから、孤島上海の外へ去って行くゲリラ青年達の後ろ姿にむかって滔々と《 何日君再来 》を送別の歌として唄うという流れしかないのではないか。
 が、それでは、"天堂花園舞庁"の舞台の上で合図として既に唄ってるのが、何ともせっかくの印象的なラスト・シーンがつや消しになって効果半減。そんな愚かなことをする監督でもないだろう。はてさて、一体どっちが本当のシーンだったのだろう?

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    颯爽と現れた懐にピストルを隠した覆面テロリスト達。


 
 つまり、これはどちらかが"あり得"なかったと考えるのが整合性をもっているし、ブラフというより関係者の"記憶違い"って可能性なきにしもあらず。途中数十年の間は動乱に継ぐ動乱であったから、尚更であろう。おまけに、198頁のは、中薗ではなく、香港作家・高風農が受け売りで伝えたもの。その検証のためにもう少しデティールに分け入ってみよう。

 中薗は11巻と12巻が入れ違っているらしいと述べていたが、僕のVCDの後半(2枚目)ではもっと混み入って錯綜している感じだ。ところが、時制を見定めるのに便利な存在がいた、裕福な令嬢にくっついている"ひも男"だ。彼と令嬢との室内のシーンの後、いきなり"天堂花園舞庁 "でのパーティーのシーンが始まる。バンドの演奏曲が年末カウント・ダウンの折りの定番「蛍の光」。278ページの中薗の所見では「クリスマス・パーティー」となっているものの、このシーンの後、もう一度このダンス・ホールのシーンが出てくるが、その二度目の時「恭賀新禧 Happy New Year」の文字が現れる。このシークエンスこそ、黎莉莉の扮する踊り子が客達に求められて舞台に唄いに赴くシーンのある当のものなのだが、今はさておき、先のいきなり始まったパーティーのシークエンスはその「恭賀新禧」のシークエンスの後にくる、つまり前後が逆に編集されている箇所。登場人物も服装もパーティーの雰囲気も同じ。バンドが奏でる曲の中に「蛍の光」も入っている。クリスマス・パーティーは何かの間違いではないか。
 そもそもそのダンス・ホールでの漢奸特務輩を殲滅する作戦の最終的確認をしたのが、僕のVCDでは一番ラストの場面。場所はアジトの"榮成行堆桟"、神秘青年と仲間達そして踊り子(黎莉莉)がづらり地図を広げた机の廻りを取り囲み、その地図は実は"天堂花園舞庁 "の見取り図で、神秘青年が中央の入口からホールへ入って来るルートを指さし、さらに作戦が終わった後の脱出ルートをずっと指でなぞってゆくシーン。その見取り図に、決行時間が大きく認められる。「除夕夜十二点左右」。除夕夜は大晦日、12時前後。勿論中薗が北京電影資料館で観たビデオにクリスマスのシーンが実際にあったのならともかく、恐らく同じフィルムだろうからまず何かの間違いか、勘違いだろう。 
 
 更にもう一つ、 同じ278頁の箇所。
 「黎莉莉が《 何日君再来 》を唄い出すのを合図にして、神出鬼没の抗日ゲリラグループの青年たちがいっせいに蜂起し、日本軍の手先である特務工作員に襲いかかり、彼らをやっつけたあと抗戦地区へと脱出して行くというシーンが、まったく抹殺されてしまった」


 これって、一体全体どうなってるのだろう、と一瞬思考停止に陥ってしまう。前に言ったように、僕のVCDには、パーティー会場の特務に覆面したゲリラ・グループが群衆にまぎれて襲いかかるシーンはちゃんと含まれているけど、中薗の観たビデオには、"クリスマス・バ゜ーティー"という但し書きはあるものの、そのシーンが完全に抹消されていたという。ならば、新年パーティーの方のは、つまり僕のVCDと同じ場面はどうだったんだろう? 整合性的には無かったってことだろう。
 ひょっとして「彼らをやっつけたあと抗戦地区へと脱出して行くというシーン」という意味だったのだろうか? 彼はプロの作家なので、だったら「彼らをやっつけたあと」に、「の」に相当する言葉を付けるはず。今となっては、中薗自身既に他界しているので質しようもない。何しろ、市販のビデオではなく、"北京電影資料館"所蔵のビデオなのだから、よりオリジナルに近いという了解性もあって、異同があってもおかしくない。しかし、それなら、もうそれから20年以上も過ぎていて、一目瞭然の異同なので、中国側でとっくに明らかになっているはずだろう。

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    漢奸特務一掃作戦のミーティングをする神秘青年


 神秘青年グループが特務輩を射殺してゆくパーティーの場面で、混乱・乱闘の最中、ヒモ男が頭から血を流し床を這って逃げるショットがある。巻きぞえを喰った訳だけど、その乱闘の場面がプツリと切れ、次には新聞少年達が難民小屋に貼る聯(れん)を認めているシーンから始まる。「解放」や「自由」。大家も自宅の門に自筆らしい聯を貼り、門扉には「加冠」、「晋禄」の定番。新聞少年達にからかわれているところに、ヒモ男が普段着の毛皮の襟のコートにステッキの出で立ちで現れる。怪我の痕など見られない。その後再び、今度は最前の乱闘の直前の光景に戻る。最前の乱闘のシーンは、中薗の伝でいけば"12巻"(中薗が実際に記したものは"13"巻だけど、理由は後述。当然、前提として、もしクリスマス・シーンでなければ)の"最後"の場面ということで、そして後の最前のとは前後したパーティー・シーンは"11巻"と考えてもよかろう。ここで、黎莉莉が歌をせがまれステージへ向かおうとしてプツリ! 次の"榮成行堆桟"近くの広い一角、貧民達の牙城の場面に移行。

 そこで黎莉莉が特務の下っ端チンピラ輩に絡まれ、手にしていた本を奪われる。表紙に「難民教材 初級 第三冊」とあり、チンピラに囃し立てられ侮辱される。"初級"とあるからにはテキストなのだろう。彼女も日本軍の東北(満州)地方侵攻によって上海まで逃げ延びてきた難民ではあった。が、しまいには、いつも彼らにいじめられていた露天商や新聞売り少年、大家すら含んだ周辺の住民等が、最初は逡巡していたものの、ついに爆発、一斉にチンピラ特務輩に襲いかかる。一大乱闘となり、そこにヒョコヒョコと人力車に乗ってヒモ男が現れ、顔中と片足に包帯をグルグル巻きにして令嬢の居る部屋に戻ろうとして、またもや乱闘に巻き込まれ散々な目に遭ってしまう。乱闘の末、特務のチンピラ輩はほうほうの態で逃げ出し、勝ち誇った住民達は歓声をあげる。そして、高々と民国の国旗・青天白日旗がはためき、皆誇らしげに見上げ続ける。と、そこで又プツリとカット。
 この怪我の痕も生々しい包帯だらけのヒモ男、パーティーで乱闘に巻き込まれ頭に怪我をしたのと同じ脈絡上のもので、これはもう、中薗の伝でいくと、もう"13巻"に相当するのではないか? つまり、パーティー会場での漢奸特務の殺害の作戦実行後、"天堂花園舞庁 "から逃げ出し、当然、同夜に実行されたはずの孤島上海からの脱出の後(少なくとも翌日)の場面=出来事だから。13巻説を前提とすると、このちょっと長めの部分は"14"巻ということになってしまうことになるのだろう。しかし、ちゃんと僕のVCDには含まれているのだ。それ故、本当に謎の"13巻"て存在するのか? と問わざるを得ないのだ。

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    界隈から横暴な売国特務を追い払えと大乱闘


 それにしたって、この中薗の労作が世に出てからもう20年以上過ぎているのにも拘わらず、未だにオリジナルのフィルムが出てきてないようだし、オリジナルの映画を観た人々ってもう大概には高年齢。20年もの間、彼等や関係者から聞き取り調査なんてしてこなかったのだろうか。確かに、日本軍侵略、国共内戦、右派闘争そして文化大革命なんかの動乱・大津波に呑み込まれ、一切が散り散り行方不明のままなんて珍しくはないだろうし、文革後、改革開放が連呼されるようになったからって、政治的には旧態依然として権力主義的官僚主義に統べられていることには変わりはないようだし。おまけに、国民党=台湾となれば、中国権力サイドにとってかなり複雑&ナーヴァス、江青・康生→崔万秋からしてそこは何が出てくるか分かったものではない異臭紛々たる藪、黄嘉謨の名もその中にべっとりと貼られているのだろう。到底、劉雪庵の息子・劉学蘇の如くには、たかだか市井の映画好きごときが為せる技ではないのかも知れない・・・


 《 孤島天堂 》
 監督 蔡楚生
 脚本 蔡楚生
 北方舞女  黎莉莉
 神秘青年  李 清
 制作 香港・大地影業公司 (1939年)

 《 何日君再来 物語 》中薗英助 (河出書房新社)1988年


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