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2012年12月 1日 (土)

暗い時代の青春謳歌《 一番美しく 》 黒澤明

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 敗戦前年の1944年(昭和19年)四月に公開になったこの黒澤明監督作品、二年後の原節子主演の《我が青春に悔いなし》と比較すると、確かに極端に戦前・戦後のメリハリがきいているけど、一つの全体主義国家の渦中と、それが潰えた戦後のまがりなりにも自由と平等の上っ面であっても冠することの出来る世の中との差異ということだろう。
 尤も、敗戦直後のGHQ(占領軍本部)も早速米国式民主主義の正体を露見するような強権的な"検閲"を駆使していたのではあったが。それにしても、戦争末期、実際には殆ど敗戦間際って状況にあって、( ところがこれが必ずしも国内的には"イコール"にならないのが、我が大ニッポン帝国の属性ともいうべき情報統制とやらで、果たしてどれほどの国民がそんな認識を持ちえていたいたのか甚だ怪しいのではあるが ) 大本営は如何なる意識の下に"銃後の守り"ともいうべき女子挺身隊なんかを主人公にしたプロパガンダ映画を作らせたのだろう。
 当時英米なんかではとっくに女性が軍需産業なんかに動員されていて、"総力戦"を喧伝していた割には後塵を拝したってことだが、端的に自軍=皇軍の買いかぶりと封建主義的な男尊女卑的観念そのもの故であろう。背に腹は替えられなくなっての泥縄式。

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 前年には真珠湾攻撃のヒーロー山本五十六元帥が戦死し、14~25歳女性の"勤労挺身隊"の動員、学徒出陣も始まり、翌1944年には、東京等で疎開も開始され、二月には毎日新聞がかの有名な所謂《 竹槍事件 》を起こし、首相・東条英機を激怒させた。陸軍の朝日に対抗して海軍の毎日新聞であったらしく、権力の実権を握っていたのが陸軍だったので、実際の戦況を、つまり殆ど敗っぱなしの事実を国民に知らせることを厭い、"勝った! 勝った! の全勝軍"を決め込んでいたのを、もうこれ以上の隠蔽と詐瞞は余りに亡国的背信行為と、毎日新聞が海軍の意を汲んで実際の戦況を新聞上で知らせてしまったのだ。
 【勝利か滅亡か 戦局は茲まで来た】 【竹槍では間に合はぬ 飛行機だ、海洋航空機だ】
 "敵が飛行機で攻めに来るのに、竹槍をもっては戦い得ないのだ。問題は戦力の結集である"
 と、ぶちあげてしまって、東条が毎日新聞を廃刊にしろ!!と切れたらしい。何しろ同月東条が「本土決戦」「一億玉砕」を、そしてその実践として"竹槍訓練"を国民に向かって連呼する"非常時宣言"を出した矢先の出来事。結果、廃刊にまでは至らなかったものの、担当記者を即陸軍に徴兵し激戦地に追いやる挙に出た。只、海軍がそうはさせず難なきを得たという。

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 そんな救いようのない状況の下での、大本営からの企画(当然強制)であり、制作であった。 軍・権力側の思惑はどうあれ、それを如何に自身の意志を具現した作品に仕上げれるかが創造者としての監督のモラルと力量だろう。この映画の場合、銃後の"女子挺身隊"ってところがミソに違いない。画面を観ると、小学生と見間違えるようなオカッパ頭の少女たちの姿もあって、恐らく14歳ぐらいなのであろうが、必ずしも良くはなかったはずの食料事情にしては皆如何にも健康そうでどうもしっくりこない。一切が荒廃した敗戦直後並のイメージがつきまとってそれが先入観となってしまうのだけど、この頃はまだまだそれなりに食えてはいたのか。本当に悪かったのは敗戦直後? 
 東映の《 仁義なき戦い 》の戦後闇市時代にしては皆脂ぎった飽食的血色で何とも違和感があったが、それはあくまで戦後数十年も過ってからの映画だったからともかく、こっちのはリアル・タイムな同時代的産物にもかかわらず、一見全員健康優良児ばかり。平成的先入観からするとどうにも"リアリティー"が感じられないという不可思議な矛盾。一人、彼女たちの寝起きする寮の責任者たる寮母=入江たか子だけが些か憂いを漂わせた面長な相貌で悠揚迫らぬ佇まい。

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 《我が青春に悔いなし》が戦後解放された女を象徴するようなポジティヴな自立的意志を躍如とさせていたのに対して、この情報局選定《一番美しく》では、あくまで幾重にも強いられた枠=戦争・"撃ちてし已まむ"的状況の中で、それ以外何処にも向けようのない青春的発露を専ら前線で戦う男たちに引けを取らぬ"銃後の闘い"に燃焼させようとする。
 例え「男たちの三分の二」の目標仕事量ではあっても、戦時共産主義的な産物として封建的な男尊女卑的観念を払拭され、平等=自立のイルミネーションを眼前に幻視した女たち。人心鼓舞のためのプロパガンダ映画故に紆余曲折を経た最期には達成でき万々歳の大団円という定式は当然としても、やはりそんな中での女子挺身隊員たち個々および相関関係を黒沢は淀みなく巧く描いている。現在の視点からすれば決して面白いと思えないものの悪くはない。只、これは僕だけか知れないが、当局が戦況的危機感を煽ることを忌避した故なのかそれとも監督黒沢の意図なのか、どうも"戦争"というものがそれらしく見えてこない。今時の職場を舞台にした映画以上には見えないのだ。あたかも平時の日本の何処かの町の出来事の如く。まだ、何年も前に作られた二人の少女を中心とした成瀬巳喜男の《まごころ》の方が却って深刻度は強いように思える。
 踏切のすぐ向こうに大きな軍需工場のある静かな佇まいの広い通りを、毎朝、寮から女子挺身隊のメンバー=鼓笛隊が米国マーチを奏でながら向かってゆくシーンなんかもそんな雰囲気。尤も考えてみたら、この頃って、すべてが配給制となっていて、勝手にマイ・カーなんぞが走ってゆくなんてあり得なかったのだから、余程の繁華街ならいざ知らず、大抵の町の通りは朝夕以外はシーンと静まり返っていたに違いない。

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 制作が始まったのが1943年、末期と言っていい空襲が本格化し始めたのが1944年の映画公開後で、さすがに一億玉砕の竹槍訓練や、あちこちで空襲が始まっているような時節にこんな女学生物語みたいな軟弱なものが作られようもなかろう。ところが、現実とはその逆に、そんな危機的状況だからこそ、ホッと一息つけるような、若い娘たちのゆらぎのひとときを求めるものであるのも人間心理の常識のたぐい。「撃ちてし已まぬ!!」と健康優良児的な両肩を怒らせてみせても、教条主義的な厳(いか)つさとは無縁の、そこらの女学校の女生徒たちが学芸会の出し物ですったもんだしているかのような和気藹々(あいあい)とした雰囲気に統べられている。
 因みに、主演の矢口陽子は松竹歌劇団の出身で、映画が公開された翌年、つまり敗戦の年に監督の黒澤明と結婚。主演女優と監督の結婚ってこの頃から既に見られた現象のようだ。

 
監督 黒澤明
脚本 黒澤明
撮影 小原譲治
美術 安部輝明

入江たか子 (寮母・水島徳子)
矢口陽子  (組長・渡辺ツル)
志村喬   (会社責任者・石田五郎)
清川荘司  (会社責任者・吉川荘一)
菅井一郎  (会社責任者・真田健)
河野秋武  (鼓笛隊の先生)
横山運平  (寮の小使)

制作 東宝(1944年)

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   同年1944年の他の東宝作品

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