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2013年1月 1日 (火)

上海モダンガールの燦然と挫折 阮玲玉《 新女性 》(1935年)

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 後に愛人の茶商・唐季珊によって捏造されたものと判明したが、当時はかの魯迅すらが言及することとなった“人言可畏"(人の言葉は怖い)という有名な遺言で1930年代中国映画史及び社会史に燦然と輝きそして挫折し自死してその24歳の短い生涯を閉じることとなった女優・阮玲玉(ルアン・リンユィ)の、その挫折の直接のきっかけとなった蔡楚生監督《 新女性 》。 しかし、奇しくも歴史の皮肉と云うべきか、この映画が撮影に入った同じ1934年の二月、阮玲玉よりもっと若い21歳で生阿片を呑んで自殺した、当時彗星の如く現れその独特な異彩と才媛ぶりで時代の寵児と謳(うた)われた艾霞(アイ・シィア)こそ、この映画のモデルであった。艾霞の死とそれを面白おかしく興味本位に書き立てたタブロイド新聞(黄色新聞)に義憤を覚え且つそれを社会構造の本質を穿つ典型的事件として捉えた脚本家・孫師毅が早速その映画化に着手し、翌1935年二月三日には"上海金城戯院"を皮切りに上演される運びとなった。前の月の一月に第二廠(第二撮影所)の音楽部主任に就任したばかりの、主題歌《 新的女性 》を作曲し吹き込みをした聶耳(ニュ・アル)、封切り上映当夜のセレモニーで、女工の装いをさせた素人合唱団"聯華声楽団"を率い、彼の組曲《 新的女性 》を演奏したという。
 艾霞の死は正に異彩の才媛(当時としては珍しい自作を監督・自演もしていた)の早逝ってところで、若き江青と主役を競って恨まれ後"文化大革命"で悲惨な死を余儀なくされた典型として有名な、そして当時もやはり21歳の若き気鋭の才媛として絶頂にあった王瑩(ワン・イン)を慕っていて仲が良く、自殺した当日も撮影中の王瑩のところに押しかけていたという。因みに彼女の遺言は"人生是苦痛的、現在我很満足了"だったらしく、絵に描いたような青春的"蹉跌と挫折"的早逝だ。

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                                                                               阮玲玉といえば1930年代中国を代表するモダンガールの象徴的存在ってイメージが強い。ところが、この《 新女性 》や前作《 神女 》にしても主人公は子持ち"バツ一"女、むしろ"母性"性の強い母子的愛情生活片って赴きなのが、肩透かしというより、今現在のモダンガール達の一つの傾向と通底するもの=普遍性が見られ、妙な感心をしてしまった。それが所謂"モガ"の虚像と実像ってところだろう。
 艾霞は女優・制作者・詩人・画家等多彩な才能を発揮していたのが、この映画では、学校の音楽教師兼作家という設定。北京では胡洞、上海では弄堂と呼ばれる横丁、"精藍里"の一室。間借りって感じで、居間兼食堂に電話も備わっていて、大家らしい婆さんが一々取り次いでくれる。広い部屋に家具が適度に配置され、壁に自分の肖像、音楽教師らしくピアノすら置かれている。トレンディー・ドラマのナウい女達の住処の先鞭に違いない。
 ところが、同じ建物には主人公"韋明"(ウェイ・ミン)と仲の良い夜学で女工達に音楽を教えている質素な藍色の上下を纏ったモガとはほど遠い生活者たる女丈夫の李阿英が住んでいた。体格も面構えも精神も文革期の模範女性像の如く逞しく、華奢な韋明をいつも幇(たす)けてくれていた。この対称的な二人の女性の人物像設定がこの映画の核となっていて、最期のエピローグで結実する構造になっている。

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 大都会上海を象徴するようにビルの谷間を走るトロリー・バスの中の光景から物語が始まる。何処かで買い求めた紙に包んだ大きな"起きあがりこぶし"人形を片手に主人公・韋明が後部座席に坐り、嘗ての同級生・王太太が坐っているのを見つけ旧交を温める。その間窓外に当時の上海の光景が覗け、やがて彼女の彼氏・余海濤が乗ってきて加わる。そして、三人連れだって彼女の部屋に赴く。テーブルの上には色々なモノが散乱していて、掻き分けるようにしてスペースを作る。既成の封建的な女性的な部屋の有り様とは背馳する、如何にも自分の仕事や遊びに忙しく一々整理整頓なんかやってられないというモダン・ガール的生活ってところを先ず提示したのだろう。そしてすかさず缶に入ったタバコをすすめる。出版社勤務の彼氏の方は慣れた手つきで貰うが、王太太の方は断り自分の恐らく高級な舶来タバコらしきものを取り出す。男並にタバコを吸うってことも、戦後の女性解放の一つの象徴でもあったのと同様、この当時も男女平等的モダンガールには不可欠な要素だったのだろう。正に"造反有理"を地でいっている訳だが、"文化大革命"の頃毛語録をかざしていた娘達=紅衛兵ってタバコはどうだったんだろう。

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 主人公・韋明は分厚い小説の原稿を書き上げていた。長編小説《恋愛的墳墓》("恋の墓場"、要するに結婚の謂)と題されていて、出版社勤務の余海濤に手渡す。出版社の上司に見せると、最初は首を振っていたのが、彼女の写真を見てその美貌にコロッと一転してOKのサインを出す。著者名の"韋明"の下に、"女士"という言葉を自分でつけ足して。当時まだ珍しかった"女流"ってところを強調して売り出そうというソロバン勘定。後に絡んでくる(黄色)新聞社輩ともどもに、正に"売らんかな"の資本主義的な利潤追求の権化として戯画化されている。
 ところで、彼女が音楽を教えている"上海楽育女子中学"の理事・王博士は彼女にぞっこんで、土曜日ってことで早速彼女を無理矢理食事に誘いに現れる。実は彼こそ、トロリー・バスの中で遭遇した旧友・王太太の旦那であった。互いにそんな関係を知らぬまま。王・理事はブルジョアで、王太太が何んだかんだとこじつけ泣き真似すらしてみせて旦那から高額の金をせしめてみせても、彼にとっては蚊が刺したほどでもない。
 王・理事の乗って来た高級乗用車で黄浦江近辺のであろうレストランへ赴き、豪華な食事をしながら、白人のひょっとして当時上海に多く居たという白系ロシア人かも知れぬ男女二人のショーを見物させられる。男が女を鞭打ったり、がんじがらめに鎖で縛られた女が藻掻き苦しむパフォーマンスに彼女は堪えられなくなって通路の方へ逃げ出してしまう。旧弊な男尊女卑的な、彼女が常日頃一番憎んできた当のモノをこれ以上ないくらいに露骨に見せつけられてしまったからだ。むしろ病的なくらいのその反応は、いかに彼女の受け手きた傷が深いモノであるのかを物語るものでもあった。隣席でヘラヘラして観劇していた王・理事も彼女の異常な反応に眼を白黒させうろたえるばかり。そして、そこを出ると、お決まりのように今度はホテルへと車を走らせ、とうとう堪忍袋の緒を切って彼女は憤然とその場を蹴って傍にとまっていたリキシャに乗り替え帰ってしまう。

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 が、王・理事、そんなことで怯むような男ではなかった。彼女の勤める、つまり自分の学校でもある"楽育女子中学"の校長に働きかけ金にものを言わせて彼女をリストラしてしまう。"非常不景気"と、後に余海濤の勤める出版社の上司に彼女の小説の代金を前借りしようとした際上司が口にする言葉のごとく、当時も不景気で容易に職につけなかった社会状況であったのだろう。案の定、さすがの彼女も忽ちジリ貧に陥り、ついにはピアノすら手放してしまう。狡猾漢・王理事の手練手管の術中という訳だ。

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 実は彼女には以前一度親の反対を押し切ってまで一緒になった男が居て、結婚するや否やぐうたら振りを発揮しはじめ暴力まで振るうようになって仕舞には蒸発し、まだ赤ん坊だった娘を姉に預け上海に出て来たのだった。その娘も大きくなり小学校にあがるぐらいになって、姉と一緒に汽車に乗ってはるばる上海までやって来た。ところが、風邪をこじらせてか肺炎に罹り、病院に入れようとするも、何しろ名前からして"博愛病院"、三等病室ですら高額過ぎて到底払えるものではなく、泣く泣く姉が泊まっているホテルの部屋に連れて帰る。
 そんな頃、狙い澄ましたように王・理事が彼女の部屋に現れ、フェミニスト面して求婚する。彼女の窮状の程を知り、これみよがしにダイヤの指輪を差し出して見せる。が、彼女の口から出た言葉は、
 「そのダイヤ、質屋に入れると幾ら借りれるの?」                   
 王・理事、憮然とし、
 「質屋? そんなこと知るかい。3200元キャッシュで買ったんだ」
 娘の入院費の工面しか頭にない彼女はその誘いに殆ど乗りかかるが、王・理事の邪な眼差しに、今までの男達や社会の非道卑劣な仕打ちを思い出し、憤然と拒絶する。
 「(結婚なんて)一生の奴隷よ!」

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 姉の財布もいよいよ底をつき始め、彼女の部屋に移る。この屋の大家らしき遣り手老婆が、彼女を見初めた出入りの女衒に口利きを頼まれ、老婆も彼女の切迫した窮状を知っているので、一晩の身売りを持ちかける。
 「この世知辛い世の中、私たち女がまとまった金を手にしようと思えば・・・」
 他に手段はなく、泣く泣く彼女はその話に乗ってしまう。一晩だけ・・・。
 ところが、その娼館に赴いてみると、何とそこにはあの王・理事が居るではないか。吃驚した王・理事、しかし、仔細が分かると次第に笑いがこみ上げてきて、金の代わりに例のダイヤの指輪を彼女の前に放ってよこす。激怒した彼女はその場から立ち去ってしまう。
 余りに興奮したからか彼女は部屋の前で倒れ、隣人の同じ音楽教師・阿英に抱きかかえられ彼女の部屋に運ばれる。ところが何をトチ狂ったのか王・理事、尚も彼女の部屋まで押しかけて来た。ベッドに横たわっていた彼女も怒り心頭に達し、傍にあった果物ナイフを手に斬りつけようとする。阿英たちが必死に止めたものの、王・理事、タガが外れたように調子に乗り、阿英を愚弄しあげく暴力まで振るってしまう。ところが、労働者並に腕っ節の強そうな女丈夫の阿英、逆に反撃し、王・理事を投げ飛ばす。素手では適わぬとばかり椅子で叩きつけるが、椅子の方が粉々に壊れ、更に阿英に逆襲されてしまう。すっかり面目をなくした王・理事、出版社の使い走りに彼女を陥れるため事実を歪めてデマを飛ばす奸策に出る。

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 まともな治療も受けられないまま、とうとう娘は息を引き取ってしまう。
 韋明、娘の後を追おうとしてテーブルの上にあった睡眠薬を一瓶呑み、病院へ運ばれる。一時的に小康を得る。死にたがる彼女に、阿英がたしなめる。
 「自殺は皆弱者がやることよ!」
 そして、阿英が路上で貰った号外を見せる。そこには、彼女の小説【恋愛的墳墓】の宣伝とともに【女作家・韋明自殺】や【生前の秘密大暴露】の見出しの下に"私生児を養育"なんかの彼女の自殺の報と王・理事が捏造した誹謗記事が載せられていた。ガバと起きあがり、彼女は心底叫ぶ。
 「復讐してやる!」
 しかし、彼氏の余海濤が言い聞かせる。
 「君はあの"不倒女性"の意義を忘れてしまったのかい?」
 彼女が買ってきてテーブルの上に置いていた、"不倒女性"という名のおきあがりこぶし人形のことだ。阿英にそっくりの短髪でがっしりした体型の半袖から剥き出した両手で地面に挿した大きなスコップを持った泥人形で、封建的遺制に立ち向かい決して倒れることのない不屈の女、自身の意志の証として彼女が大事にしていたものだ。彼女もようやく眼が醒め、不倒人形の如く、しっかと生きてゆくことを肯う。ところが、明方、容態は悪化する。
 「生きたい! もっと生きたい!」
 そう叫び、韋明は絶命する。その朝、若い女といちゃつきながら王・理事の乗った乗用車が通り過ぎた後を、工場へ向かう生徒の女工達の群れの中に阿英の姿があった。韋明自殺を報じた号外を踏みつけながら、女工達は真っ直ぐ前進し続ける。

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時代的にもう少し下ったかなり状況的に厳しくなった時期のそれでも反日的イデオロギー濃い《 孤島天堂 》と違って、反-封建主義、女性解放を看板に掲げた、人気女優・阮玲玉を主役に迎えての《 新女性 》、今日観ても当時の時代の消息ともども興味の尽きない秀作であろう。些か時代がかった表現はあっても、それはそれで時代の彩りとして面白く、とりわけ表情の変幻自在性は彼女の真骨頂とも評されていようだ。
 監督の際楚性、彼女と同じ広州の出身ということもあってか、彼女に可成り執心していて、彼の初期の作品《南国之春》や《粉紅色的夢》の際も彼女に真っ先に出演依頼していたようだ。阮玲玉はその理由は定かでないけどずっと固辞し続け、この《 新女性 》でやっと彼の念願が叶ったという訳だ。

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  映画自体は概ね好評であったものの、一部の記者達が新聞記者に対する侮辱だと騒ぎ立て始め、同月九日、上海新聞記者公会(組合)が執行委員会緊急会議を開いて、映画会社の《聯華影業公司》に対して三つの要求を出した。新聞記者達を侮辱したシーンのカット、全国の新聞記者達に対する謝罪、今後二度とこのような問題を起こさないという保証。異議を申し立てた記者達が《聯華影業公司》と交渉したということだけど、《聯華影業公司》側が最終的に記者達に対して謝罪書を認め、二十五日には両者の交渉の上、終結宣言をしたらしい。 

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 影后(スクリーン女王)とまで賞賛されていた阮玲玉、実は可成り悲惨な状況にあって、彼女に可成り惹かれていた蔡楚生、この映画で直に接触するようになり、次第に彼女のそんな悲劇的な境遇を直に知るようになって随分と親身に対応していたらしい。父親が亡くなって後母親が縁故関係で働くこととなった先の"張家"の息子・張達明とのしがらみ的関係に過ぎなかったものを、家が没落して甘んじなければならなくなった不如意な境遇に堪えられなくなってか張達明、勝手に"婚姻"関係を言い出し、当時阮玲玉が同居していた《聯華影業公司》の大株主でもあった富豪・唐季珊を"妨害家庭罪"(家庭破壊罪)≒"姦通罪"で告訴する挙に出、係争中でもあった。その両方の男に有形無形の様々な迫害を受け、更に黄色新聞にはあれこれ書き立てられ、老いた母親と幼い養女とを抱えて阮玲玉ワラをもすがる思いであったのが、結局、蔡楚生、保身(絶望的と云っても過言ではない彼女の境遇を前にしては、必ずしも単純に非難することは出来まい)に走って彼女を見捨てた形になってしまったようだ。彼自身妻帯者であり、いわんや宿業に燃えさかる火焔の中の栗を拾うような真似など到底出来得ようもなかったろう。それでも敢えて劫火の中から阮玲玉を救い出そうとしたならば、又、1930年代の中国映画史および社会史も随分と変わったものになっていたに違いない。
 史実的には、すっかり四面楚歌・孤立無援の絶望状態に陥ってしまった阮玲玉、とうとう三月八日"婦人節"(国際婦人デー)の日の深夜に八宝粥に睡眠薬を入れて食べ自殺。
 葬儀の際、上海の何十万もの市民が参列したともいわれている。                                                                                               
阮玲玉   韋 明
鄭君里   余海濤
王乃東   王博士
殷 虚   李阿榮  
王黙秋   王太太
湯天綉   韋明の姉
陳素娟 小鴻(韋明の娘)
吳 茵   "楽育女子中学"の女校長
顧夢鶴   斎為徳   

監督  蔡楚生
脚本  孫師毅
撮影  周達明
制作  聯華影業公司(上海第二廠)1935年(中国) 
   《中国電影資料館》複製 1983年プリント《湖北電影制片庁》
  【注】1960年代に蔡楚生と鄭君里が、再編集と吹き替えをしたという話もある。

    主題歌《 新的女性 》 作曲・聶耳作曲、作詞・孫師毅
    【注】挿入歌《 黄浦江之歌 》 南京国民党政府(蒋介石一派)の意向による容共的・反日的要素の排除=検閲で禁止になり、カットされたという話もあるらしい。

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