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2013年1月の2件の記事

2013年1月19日 (土)

 《クワンとリアム》 霊樹チャオ・ポー下の悲恋譚

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 2001年といえばタイ映画史上空前の大ヒットした"スリヨ・タイ"が公開された年でもあるが、映画評論家から転身したというスッターコーン・サンティタワットの、このタイでは"ナン・ナーク"と同様、既に有名な小説・映画であった"クワンとリアム"Kwan & Riam、当時タイ・ポップス界の躍進著しいニューフェイス・アイドル、トン(パッカマイ・ポトラナン)をヒロイン"リアム"に起用した映画初監督作品だった。
 傑作とはいかなかったが、それなりに面白くもあり、何よりもフレッシュさに溢れていたまだ新人時代のトンの、その魅力に惹かれたからでの起用だったろうリアム役・・・しかし、観客達の反応はともかく、例えば英字紙"バンコク・ポスト"では、クワンを演じたニンナート・シンチャイの方はそれなりの評価をしつつ、トンの方には散々なむしろ"こき下ろし"に近い酷評が列挙されていた。
 演技が"ソープ・オペラ"(安っぽいテレビ・ドラマの類のことらしい)のそれだ、農村の娘らしからぬ薄い鼻梁だとか・・・。
 確かにトンの鼻は典型的なタイ人風に横に拡がってない、どちらかと云えば都会風だろうが、それはトンのせいじゃないし、監督・制作サイドの問題。それに監督・制作側は既存の泥臭いイメージの農村の娘=リアムとは違う人気沸騰中のポップス歌手トンを敢えて起用したと考えるのが普通。2001年当時のまだ残っていたろうタイ・バブルの余勢をかってその波に乗り、舞台のバン・カピが設定時代当時の運河が縦横に走るジャングルから、現在ではすっかり首都バン・コクの市内エリアに入った都市部に変貌している現実に呼応するように都会的センスのトンを選んだのだろう。

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 マイ・ムアンドゥームの原作【古傷】(プレー・ガオ)が発表された1936年(昭和11年)は、その数年前1932年の人民党(軍人多数)によるそれまでの王政を覆す立憲革命(実質はクーデターらしい)以来、1936年同年のピブーン・ソンクラームのシャムからタイへの民族主義的な国号変更まで王族側の反攻的クーデター等様々に政治的混沌が続いていた揺籃期でもあった。
 そんな王政的圧政から近代民主主義的な方向への曙光(例え見せかけだけであったにしても)と不安の綯い混ぜになった混沌の時代であったからこそ、ゆったりとした首都バンコク郊外の未だ緑濃い田園地帯のバン・カピを舞台にし、新時代の主人公たる平民=農民達が織りなす物語を綴ったのだろうか。
 このオリジナル・タイトルの【古傷】(あるいは"傷跡")は、原作は未読だけど、チェート・ソンシー監督の1977年版"古傷"では、主人公クワンが、バン・カピで、リアムの兄レーンにナイフで側頭部を切られたその傷跡をリアンへの愛の記念碑として自戒したことを指しているらしが、トンの2001年版では、逆にクワンがレーンの頬にナイフで傷つけ、バンコクに去ったリアムを追って探し廻っている最中、勘違いして全く関係ない屋敷へ入り込んでいって受けた銃撃によって首の後ろにできた銃創となっている。画面では、バンコクから戻ってきたリアムがクワンと再会した折ふと彼の首の後ろに以前にはなかった傷跡を見つけ怪訝そうに見遣るシーンがある。ニヤリと微笑んでクワンが"バンコクでの記念さ"とうそぶく。父親に無理矢理バンコクの名家の女主人のメイドとして売られたリヤムを追っかけて、あてどもなくバンコクの街中を彷徨った挙げ句に獲た傷跡。それは我が身に刻印されたリアムへの絶えることのない想いそのものだったのだろう。

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 1930年代のタイの首都バンコクの郊外、センセープ運河で繋がった田園地帯バン・カピのある村(1977年版ではサンシープ村)に、クワンとリアムという愛し合う若い男女が居た。
 村の長である父親同士が反目していて、これはシェークスピアの【ロメオとジュリエット】の設定と同じ。当時のタイの大多数を占めた農民=平民の恋愛物語を、タイの新しい平民時代の幕開けにふさわしい啓蒙的プロパガンダとして意図されたものであったかどうか定かでないものの、正にそんな機能性故に時代と社会に重宝され、4年後の1940年に早くも映画化されている。第二次世界大戦に既に突入し、日本軍が東南アジアに大軍で侵攻しつつある時勢でもあった。
 リアムの父親ルアンは、娘リアムが仇敵の息子クワンと結婚すらしかねない睦まじさが我慢ならず、とうとう自分の土地の地主であるバンコク住まいの富豪トンカム夫人にメイドとして売ってしまった。母親はそのショックで寝込んでしまい、長患いの果て死んでしまう。タイは現在でも親の金のかたに娘が売られてゆくって人身売買行われているらしいけれど、そもそも奴隷制が廃止されたのがその30年くらい前の1905年のこと。けれど、トンカム夫人、リアムが早逝した自分の娘に面影が似ていて、メイドではなく自分の娘として育てることにする。やがて自分の甥のソムチャイの嫁にする気にもなったのだが。

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 クワンは突然居なくなったリアムを捜しにバンコクに乗り込む。とはいえ、何しろ不案内の上に広過ぎた。疲れ果て、面影の似た娘を発見してその屋敷に忍び込み、挙げ句家人に発砲され負傷してしまう。諦めかけていた頃、長患いしていたリアムの母親がついに亡くなって、その葬儀のためリアムが戻って来た。葬儀にクワンが父親と一緒に現れるとリアムの兄一味が色めき立って追い返そうとする。けれど、さすがに気落ちしてかリアムの父親は線香をあげさせる。クワンとリアムは再び川や守護神として祀られた老木の下で昔に戻って戯れ語り合う。
 と、そこにソムチャイと連れだったルアンやレーン達が走り寄ってきて、二人をなじり、リアムを連れ帰ろうとする。意を決していたクワン、ナイフを取り出し、威嚇のためにピストルを構えていたソムチャイ目指して一歩一歩にじり寄ってゆく。
 「ナイフを捨てろ!」
 と何度怒鳴ってもクワンは怯むことなく更にソムチャイに向かっゆく。とうとうソムチャイ引金を引いてしまう。胸を撃ち抜かれたクワン、よろめきながら嘗て守護神チャオ・ポーの老木の下でリアムに約した通り川の中に。その後を追いリアムも川の中に飛び込む。底に沈んだクワンの手にしていたナイフで自らの胸を刺し、やがて川面は真紅に染まっていった。
 時代は現在、センセープ運河を走るフェリー・ボートから乗客が降り立ち、青年(シンチャイ)がぶつかってタイの女子学生服定番黒いスカートと白いブラウス姿の娘(トン)がつまづいて教科書を床に落としてしまう。青年はあわてて拾い上げ娘に渡す。礼を言って去ろうとする娘に、青年は問う。
 「前に何処かで遭いませんでしたか」
 娘は答える。
 「わたしが毎日乗ってるからでしょう」
 青年は頭を振る。
 「いや、ぼくは今日始めて乗ったんだ・・・」
 娘は愛想良く一瞥し、細長い桟橋を去って行く。
 青年は尚も傍に駆け寄っゆき話しかけ続ける。あたかも、前世からの朱い絆で結ばれてでもいるかのように。その傍らの運河をフェリーが白い波を蹴立てて悠然と走り抜けてゆく。その向こうに朝靄にかすんでバンコクの高層ビル群が聳えていた。

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 冒頭の川の中でリアム役のトンが大きなザルを手にして魚を捕ろうとしているのを、水中に潜ったクワンがからかうシーンのトンのこれが一番最初に撮ったシーンなのではないかと思わせるぐらいに演技がぎこちない。これに件の批評家連がヒステリーと拒絶反応を起こしたに違いない。しかし、トンはこの映画が初演技なのだろうから当たり前で、でもそれ以外はソコソコもの。演出(指導)の賜物というべきか。当時から十年過った今観ても初々しく仲々絵になるなーと改めてその独特の魅力に感心してしまった。只、ぼくはトンの持ち味からしてこの手の淑やかタイプじゃなくて、本人もテッコンドーや射撃が好きな活発な一昔前の表現をすれば、"じゃじゃ馬"娘ってところ。当然アクション(シリアス or コミカル)系の映画で、未だ若かった頃のトンなので色んな企画が可能だったと思っていたけど、実際には殆どテレビのコミカル物ばかり出ていたようだし、せっかくの逸材を何故放り捨てたままにするのか歯がゆくってしかたがなかった。彼女のデビユーの頃の、プレイステーションの【鉄拳】のイメージを借りた《 ラック・マーク・ルーイ 》のPV、恋人らしき男と一緒に会員制らしい格闘技バーに入ってゆき、彼氏の方はさっさと破れ、長い黒髪をアニメ・キャラ風に決めたトンが次々と敵を倒し、最期に凄腕そうな女の対戦相手に対峙した際のカンフー風ポーズが仲々で、正にそれが彼女のイメージであったんだけど。

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 トンは今も歌手以外はそのスラリとした肢体を活かしたモデル業をやっているようだ。映画は、以前ホラー物で主演した他はホラーの女王・マミーやターター・ヤングと共演した米国映画【ビター・スウィート】ぐらいしか知らない。確かムエタイ・ジムのマネージャーか何かの役だったか。
 バンカピって昨年オープンした"タラートナーム=クワン・リアム"(クワン・リアム水上マーケット)が週末限定で開かれているらしい。そのバンカピから真っ直ぐ南にたった5キロほど下ると、あのタイの定番幽霊映画【ナンナーク】の舞台になったプラカノンがある。どっちもそんなに昔の話ではなく、【クワンとリアム】の方は如何にも田園風に描かれていて違和感はないが、【ナンナーク】の方は如何にも奥深い密林=ジャングル然としていて、確かに雰囲気が出ていて映画的演出としては問題ないのだけど、この二作を比較してしまうと如何も違和感を覚えてしまう。実際のところは如何だつたんだろう。

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2013年1月 1日 (火)

上海モダンガールの燦然と挫折 阮玲玉《 新女性 》(1935年)

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 後に愛人の茶商・唐季珊によって捏造されたものと判明したが、当時はかの魯迅すらが言及することとなった“人言可畏"(人の言葉は怖い)という有名な遺言で1930年代中国映画史及び社会史に燦然と輝きそして挫折し自死してその24歳の短い生涯を閉じることとなった女優・阮玲玉(ルアン・リンユィ)の、その挫折の直接のきっかけとなった蔡楚生監督《 新女性 》。 しかし、奇しくも歴史の皮肉と云うべきか、この映画が撮影に入った同じ1934年の二月、阮玲玉よりもっと若い21歳で生阿片を呑んで自殺した、当時彗星の如く現れその独特な異彩と才媛ぶりで時代の寵児と謳(うた)われた艾霞(アイ・シィア)こそ、この映画のモデルであった。艾霞の死とそれを面白おかしく興味本位に書き立てたタブロイド新聞(黄色新聞)に義憤を覚え且つそれを社会構造の本質を穿つ典型的事件として捉えた脚本家・孫師毅が早速その映画化に着手し、翌1935年二月三日には"上海金城戯院"を皮切りに上演される運びとなった。前の月の一月に第二廠(第二撮影所)の音楽部主任に就任したばかりの、主題歌《 新的女性 》を作曲し吹き込みをした聶耳(ニュ・アル)、封切り上映当夜のセレモニーで、女工の装いをさせた素人合唱団"聯華声楽団"を率い、彼の組曲《 新的女性 》を演奏したという。
 艾霞の死は正に異彩の才媛(当時としては珍しい自作を監督・自演もしていた)の早逝ってところで、若き江青と主役を競って恨まれ後"文化大革命"で悲惨な死を余儀なくされた典型として有名な、そして当時もやはり21歳の若き気鋭の才媛として絶頂にあった王瑩(ワン・イン)を慕っていて仲が良く、自殺した当日も撮影中の王瑩のところに押しかけていたという。因みに彼女の遺言は"人生是苦痛的、現在我很満足了"だったらしく、絵に描いたような青春的"蹉跌と挫折"的早逝だ。

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                                                                               阮玲玉といえば1930年代中国を代表するモダンガールの象徴的存在ってイメージが強い。ところが、この《 新女性 》や前作《 神女 》にしても主人公は子持ち"バツ一"女、むしろ"母性"性の強い母子的愛情生活片って赴きなのが、肩透かしというより、今現在のモダンガール達の一つの傾向と通底するもの=普遍性が見られ、妙な感心をしてしまった。それが所謂"モガ"の虚像と実像ってところだろう。
 艾霞は女優・制作者・詩人・画家等多彩な才能を発揮していたのが、この映画では、学校の音楽教師兼作家という設定。北京では胡洞、上海では弄堂と呼ばれる横丁、"精藍里"の一室。間借りって感じで、居間兼食堂に電話も備わっていて、大家らしい婆さんが一々取り次いでくれる。広い部屋に家具が適度に配置され、壁に自分の肖像、音楽教師らしくピアノすら置かれている。トレンディー・ドラマのナウい女達の住処の先鞭に違いない。
 ところが、同じ建物には主人公"韋明"(ウェイ・ミン)と仲の良い夜学で女工達に音楽を教えている質素な藍色の上下を纏ったモガとはほど遠い生活者たる女丈夫の李阿英が住んでいた。体格も面構えも精神も文革期の模範女性像の如く逞しく、華奢な韋明をいつも幇(たす)けてくれていた。この対称的な二人の女性の人物像設定がこの映画の核となっていて、最期のエピローグで結実する構造になっている。

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 大都会上海を象徴するようにビルの谷間を走るトロリー・バスの中の光景から物語が始まる。何処かで買い求めた紙に包んだ大きな"起きあがりこぶし"人形を片手に主人公・韋明が後部座席に坐り、嘗ての同級生・王太太が坐っているのを見つけ旧交を温める。その間窓外に当時の上海の光景が覗け、やがて彼女の彼氏・余海濤が乗ってきて加わる。そして、三人連れだって彼女の部屋に赴く。テーブルの上には色々なモノが散乱していて、掻き分けるようにしてスペースを作る。既成の封建的な女性的な部屋の有り様とは背馳する、如何にも自分の仕事や遊びに忙しく一々整理整頓なんかやってられないというモダン・ガール的生活ってところを先ず提示したのだろう。そしてすかさず缶に入ったタバコをすすめる。出版社勤務の彼氏の方は慣れた手つきで貰うが、王太太の方は断り自分の恐らく高級な舶来タバコらしきものを取り出す。男並にタバコを吸うってことも、戦後の女性解放の一つの象徴でもあったのと同様、この当時も男女平等的モダンガールには不可欠な要素だったのだろう。正に"造反有理"を地でいっている訳だが、"文化大革命"の頃毛語録をかざしていた娘達=紅衛兵ってタバコはどうだったんだろう。

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 主人公・韋明は分厚い小説の原稿を書き上げていた。長編小説《恋愛的墳墓》("恋の墓場"、要するに結婚の謂)と題されていて、出版社勤務の余海濤に手渡す。出版社の上司に見せると、最初は首を振っていたのが、彼女の写真を見てその美貌にコロッと一転してOKのサインを出す。著者名の"韋明"の下に、"女士"という言葉を自分でつけ足して。当時まだ珍しかった"女流"ってところを強調して売り出そうというソロバン勘定。後に絡んでくる(黄色)新聞社輩ともどもに、正に"売らんかな"の資本主義的な利潤追求の権化として戯画化されている。
 ところで、彼女が音楽を教えている"上海楽育女子中学"の理事・王博士は彼女にぞっこんで、土曜日ってことで早速彼女を無理矢理食事に誘いに現れる。実は彼こそ、トロリー・バスの中で遭遇した旧友・王太太の旦那であった。互いにそんな関係を知らぬまま。王・理事はブルジョアで、王太太が何んだかんだとこじつけ泣き真似すらしてみせて旦那から高額の金をせしめてみせても、彼にとっては蚊が刺したほどでもない。
 王・理事の乗って来た高級乗用車で黄浦江近辺のであろうレストランへ赴き、豪華な食事をしながら、白人のひょっとして当時上海に多く居たという白系ロシア人かも知れぬ男女二人のショーを見物させられる。男が女を鞭打ったり、がんじがらめに鎖で縛られた女が藻掻き苦しむパフォーマンスに彼女は堪えられなくなって通路の方へ逃げ出してしまう。旧弊な男尊女卑的な、彼女が常日頃一番憎んできた当のモノをこれ以上ないくらいに露骨に見せつけられてしまったからだ。むしろ病的なくらいのその反応は、いかに彼女の受け手きた傷が深いモノであるのかを物語るものでもあった。隣席でヘラヘラして観劇していた王・理事も彼女の異常な反応に眼を白黒させうろたえるばかり。そして、そこを出ると、お決まりのように今度はホテルへと車を走らせ、とうとう堪忍袋の緒を切って彼女は憤然とその場を蹴って傍にとまっていたリキシャに乗り替え帰ってしまう。

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 が、王・理事、そんなことで怯むような男ではなかった。彼女の勤める、つまり自分の学校でもある"楽育女子中学"の校長に働きかけ金にものを言わせて彼女をリストラしてしまう。"非常不景気"と、後に余海濤の勤める出版社の上司に彼女の小説の代金を前借りしようとした際上司が口にする言葉のごとく、当時も不景気で容易に職につけなかった社会状況であったのだろう。案の定、さすがの彼女も忽ちジリ貧に陥り、ついにはピアノすら手放してしまう。狡猾漢・王理事の手練手管の術中という訳だ。

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 実は彼女には以前一度親の反対を押し切ってまで一緒になった男が居て、結婚するや否やぐうたら振りを発揮しはじめ暴力まで振るうようになって仕舞には蒸発し、まだ赤ん坊だった娘を姉に預け上海に出て来たのだった。その娘も大きくなり小学校にあがるぐらいになって、姉と一緒に汽車に乗ってはるばる上海までやって来た。ところが、風邪をこじらせてか肺炎に罹り、病院に入れようとするも、何しろ名前からして"博愛病院"、三等病室ですら高額過ぎて到底払えるものではなく、泣く泣く姉が泊まっているホテルの部屋に連れて帰る。
 そんな頃、狙い澄ましたように王・理事が彼女の部屋に現れ、フェミニスト面して求婚する。彼女の窮状の程を知り、これみよがしにダイヤの指輪を差し出して見せる。が、彼女の口から出た言葉は、
 「そのダイヤ、質屋に入れると幾ら借りれるの?」                   
 王・理事、憮然とし、
 「質屋? そんなこと知るかい。3200元キャッシュで買ったんだ」
 娘の入院費の工面しか頭にない彼女はその誘いに殆ど乗りかかるが、王・理事の邪な眼差しに、今までの男達や社会の非道卑劣な仕打ちを思い出し、憤然と拒絶する。
 「(結婚なんて)一生の奴隷よ!」

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 姉の財布もいよいよ底をつき始め、彼女の部屋に移る。この屋の大家らしき遣り手老婆が、彼女を見初めた出入りの女衒に口利きを頼まれ、老婆も彼女の切迫した窮状を知っているので、一晩の身売りを持ちかける。
 「この世知辛い世の中、私たち女がまとまった金を手にしようと思えば・・・」
 他に手段はなく、泣く泣く彼女はその話に乗ってしまう。一晩だけ・・・。
 ところが、その娼館に赴いてみると、何とそこにはあの王・理事が居るではないか。吃驚した王・理事、しかし、仔細が分かると次第に笑いがこみ上げてきて、金の代わりに例のダイヤの指輪を彼女の前に放ってよこす。激怒した彼女はその場から立ち去ってしまう。
 余りに興奮したからか彼女は部屋の前で倒れ、隣人の同じ音楽教師・阿英に抱きかかえられ彼女の部屋に運ばれる。ところが何をトチ狂ったのか王・理事、尚も彼女の部屋まで押しかけて来た。ベッドに横たわっていた彼女も怒り心頭に達し、傍にあった果物ナイフを手に斬りつけようとする。阿英たちが必死に止めたものの、王・理事、タガが外れたように調子に乗り、阿英を愚弄しあげく暴力まで振るってしまう。ところが、労働者並に腕っ節の強そうな女丈夫の阿英、逆に反撃し、王・理事を投げ飛ばす。素手では適わぬとばかり椅子で叩きつけるが、椅子の方が粉々に壊れ、更に阿英に逆襲されてしまう。すっかり面目をなくした王・理事、出版社の使い走りに彼女を陥れるため事実を歪めてデマを飛ばす奸策に出る。

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 まともな治療も受けられないまま、とうとう娘は息を引き取ってしまう。
 韋明、娘の後を追おうとしてテーブルの上にあった睡眠薬を一瓶呑み、病院へ運ばれる。一時的に小康を得る。死にたがる彼女に、阿英がたしなめる。
 「自殺は皆弱者がやることよ!」
 そして、阿英が路上で貰った号外を見せる。そこには、彼女の小説【恋愛的墳墓】の宣伝とともに【女作家・韋明自殺】や【生前の秘密大暴露】の見出しの下に"私生児を養育"なんかの彼女の自殺の報と王・理事が捏造した誹謗記事が載せられていた。ガバと起きあがり、彼女は心底叫ぶ。
 「復讐してやる!」
 しかし、彼氏の余海濤が言い聞かせる。
 「君はあの"不倒女性"の意義を忘れてしまったのかい?」
 彼女が買ってきてテーブルの上に置いていた、"不倒女性"という名のおきあがりこぶし人形のことだ。阿英にそっくりの短髪でがっしりした体型の半袖から剥き出した両手で地面に挿した大きなスコップを持った泥人形で、封建的遺制に立ち向かい決して倒れることのない不屈の女、自身の意志の証として彼女が大事にしていたものだ。彼女もようやく眼が醒め、不倒人形の如く、しっかと生きてゆくことを肯う。ところが、明方、容態は悪化する。
 「生きたい! もっと生きたい!」
 そう叫び、韋明は絶命する。その朝、若い女といちゃつきながら王・理事の乗った乗用車が通り過ぎた後を、工場へ向かう生徒の女工達の群れの中に阿英の姿があった。韋明自殺を報じた号外を踏みつけながら、女工達は真っ直ぐ前進し続ける。

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時代的にもう少し下ったかなり状況的に厳しくなった時期のそれでも反日的イデオロギー濃い《 孤島天堂 》と違って、反-封建主義、女性解放を看板に掲げた、人気女優・阮玲玉を主役に迎えての《 新女性 》、今日観ても当時の時代の消息ともども興味の尽きない秀作であろう。些か時代がかった表現はあっても、それはそれで時代の彩りとして面白く、とりわけ表情の変幻自在性は彼女の真骨頂とも評されていようだ。
 監督の際楚性、彼女と同じ広州の出身ということもあってか、彼女に可成り執心していて、彼の初期の作品《南国之春》や《粉紅色的夢》の際も彼女に真っ先に出演依頼していたようだ。阮玲玉はその理由は定かでないけどずっと固辞し続け、この《 新女性 》でやっと彼の念願が叶ったという訳だ。

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  映画自体は概ね好評であったものの、一部の記者達が新聞記者に対する侮辱だと騒ぎ立て始め、同月九日、上海新聞記者公会(組合)が執行委員会緊急会議を開いて、映画会社の《聯華影業公司》に対して三つの要求を出した。新聞記者達を侮辱したシーンのカット、全国の新聞記者達に対する謝罪、今後二度とこのような問題を起こさないという保証。異議を申し立てた記者達が《聯華影業公司》と交渉したということだけど、《聯華影業公司》側が最終的に記者達に対して謝罪書を認め、二十五日には両者の交渉の上、終結宣言をしたらしい。 

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 影后(スクリーン女王)とまで賞賛されていた阮玲玉、実は可成り悲惨な状況にあって、彼女に可成り惹かれていた蔡楚生、この映画で直に接触するようになり、次第に彼女のそんな悲劇的な境遇を直に知るようになって随分と親身に対応していたらしい。父親が亡くなって後母親が縁故関係で働くこととなった先の"張家"の息子・張達明とのしがらみ的関係に過ぎなかったものを、家が没落して甘んじなければならなくなった不如意な境遇に堪えられなくなってか張達明、勝手に"婚姻"関係を言い出し、当時阮玲玉が同居していた《聯華影業公司》の大株主でもあった富豪・唐季珊を"妨害家庭罪"(家庭破壊罪)≒"姦通罪"で告訴する挙に出、係争中でもあった。その両方の男に有形無形の様々な迫害を受け、更に黄色新聞にはあれこれ書き立てられ、老いた母親と幼い養女とを抱えて阮玲玉ワラをもすがる思いであったのが、結局、蔡楚生、保身(絶望的と云っても過言ではない彼女の境遇を前にしては、必ずしも単純に非難することは出来まい)に走って彼女を見捨てた形になってしまったようだ。彼自身妻帯者であり、いわんや宿業に燃えさかる火焔の中の栗を拾うような真似など到底出来得ようもなかったろう。それでも敢えて劫火の中から阮玲玉を救い出そうとしたならば、又、1930年代の中国映画史および社会史も随分と変わったものになっていたに違いない。
 史実的には、すっかり四面楚歌・孤立無援の絶望状態に陥ってしまった阮玲玉、とうとう三月八日"婦人節"(国際婦人デー)の日の深夜に八宝粥に睡眠薬を入れて食べ自殺。
 葬儀の際、上海の何十万もの市民が参列したともいわれている。                                                                                               
阮玲玉   韋 明
鄭君里   余海濤
王乃東   王博士
殷 虚   李阿榮  
王黙秋   王太太
湯天綉   韋明の姉
陳素娟 小鴻(韋明の娘)
吳 茵   "楽育女子中学"の女校長
顧夢鶴   斎為徳   

監督  蔡楚生
脚本  孫師毅
撮影  周達明
制作  聯華影業公司(上海第二廠)1935年(中国) 
   《中国電影資料館》複製 1983年プリント《湖北電影制片庁》
  【注】1960年代に蔡楚生と鄭君里が、再編集と吹き替えをしたという話もある。

    主題歌《 新的女性 》 作曲・聶耳作曲、作詞・孫師毅
    【注】挿入歌《 黄浦江之歌 》 南京国民党政府(蒋介石一派)の意向による容共的・反日的要素の排除=検閲で禁止になり、カットされたという話もあるらしい。

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