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2013年1月19日 (土)

 《クワンとリアム》 霊樹チャオ・ポー下の悲恋譚

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 2001年といえばタイ映画史上空前の大ヒットした"スリヨ・タイ"が公開された年でもあるが、映画評論家から転身したというスッターコーン・サンティタワットの、このタイでは"ナン・ナーク"と同様、既に有名な小説・映画であった"クワンとリアム"Kwan & Riam、当時タイ・ポップス界の躍進著しいニューフェイス・アイドル、トン(パッカマイ・ポトラナン)をヒロイン"リアム"に起用した映画初監督作品だった。
 傑作とはいかなかったが、それなりに面白くもあり、何よりもフレッシュさに溢れていたまだ新人時代のトンの、その魅力に惹かれたからでの起用だったろうリアム役・・・しかし、観客達の反応はともかく、例えば英字紙"バンコク・ポスト"では、クワンを演じたニンナート・シンチャイの方はそれなりの評価をしつつ、トンの方には散々なむしろ"こき下ろし"に近い酷評が列挙されていた。
 演技が"ソープ・オペラ"(安っぽいテレビ・ドラマの類のことらしい)のそれだ、農村の娘らしからぬ薄い鼻梁だとか・・・。
 確かにトンの鼻は典型的なタイ人風に横に拡がってない、どちらかと云えば都会風だろうが、それはトンのせいじゃないし、監督・制作サイドの問題。それに監督・制作側は既存の泥臭いイメージの農村の娘=リアムとは違う人気沸騰中のポップス歌手トンを敢えて起用したと考えるのが普通。2001年当時のまだ残っていたろうタイ・バブルの余勢をかってその波に乗り、舞台のバン・カピが設定時代当時の運河が縦横に走るジャングルから、現在ではすっかり首都バン・コクの市内エリアに入った都市部に変貌している現実に呼応するように都会的センスのトンを選んだのだろう。

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 マイ・ムアンドゥームの原作【古傷】(プレー・ガオ)が発表された1936年(昭和11年)は、その数年前1932年の人民党(軍人多数)によるそれまでの王政を覆す立憲革命(実質はクーデターらしい)以来、1936年同年のピブーン・ソンクラームのシャムからタイへの民族主義的な国号変更まで王族側の反攻的クーデター等様々に政治的混沌が続いていた揺籃期でもあった。
 そんな王政的圧政から近代民主主義的な方向への曙光(例え見せかけだけであったにしても)と不安の綯い混ぜになった混沌の時代であったからこそ、ゆったりとした首都バンコク郊外の未だ緑濃い田園地帯のバン・カピを舞台にし、新時代の主人公たる平民=農民達が織りなす物語を綴ったのだろうか。
 このオリジナル・タイトルの【古傷】(あるいは"傷跡")は、原作は未読だけど、チェート・ソンシー監督の1977年版"古傷"では、主人公クワンが、バン・カピで、リアムの兄レーンにナイフで側頭部を切られたその傷跡をリアンへの愛の記念碑として自戒したことを指しているらしが、トンの2001年版では、逆にクワンがレーンの頬にナイフで傷つけ、バンコクに去ったリアムを追って探し廻っている最中、勘違いして全く関係ない屋敷へ入り込んでいって受けた銃撃によって首の後ろにできた銃創となっている。画面では、バンコクから戻ってきたリアムがクワンと再会した折ふと彼の首の後ろに以前にはなかった傷跡を見つけ怪訝そうに見遣るシーンがある。ニヤリと微笑んでクワンが"バンコクでの記念さ"とうそぶく。父親に無理矢理バンコクの名家の女主人のメイドとして売られたリヤムを追っかけて、あてどもなくバンコクの街中を彷徨った挙げ句に獲た傷跡。それは我が身に刻印されたリアムへの絶えることのない想いそのものだったのだろう。

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 1930年代のタイの首都バンコクの郊外、センセープ運河で繋がった田園地帯バン・カピのある村(1977年版ではサンシープ村)に、クワンとリアムという愛し合う若い男女が居た。
 村の長である父親同士が反目していて、これはシェークスピアの【ロメオとジュリエット】の設定と同じ。当時のタイの大多数を占めた農民=平民の恋愛物語を、タイの新しい平民時代の幕開けにふさわしい啓蒙的プロパガンダとして意図されたものであったかどうか定かでないものの、正にそんな機能性故に時代と社会に重宝され、4年後の1940年に早くも映画化されている。第二次世界大戦に既に突入し、日本軍が東南アジアに大軍で侵攻しつつある時勢でもあった。
 リアムの父親ルアンは、娘リアムが仇敵の息子クワンと結婚すらしかねない睦まじさが我慢ならず、とうとう自分の土地の地主であるバンコク住まいの富豪トンカム夫人にメイドとして売ってしまった。母親はそのショックで寝込んでしまい、長患いの果て死んでしまう。タイは現在でも親の金のかたに娘が売られてゆくって人身売買行われているらしいけれど、そもそも奴隷制が廃止されたのがその30年くらい前の1905年のこと。けれど、トンカム夫人、リアムが早逝した自分の娘に面影が似ていて、メイドではなく自分の娘として育てることにする。やがて自分の甥のソムチャイの嫁にする気にもなったのだが。

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 クワンは突然居なくなったリアムを捜しにバンコクに乗り込む。とはいえ、何しろ不案内の上に広過ぎた。疲れ果て、面影の似た娘を発見してその屋敷に忍び込み、挙げ句家人に発砲され負傷してしまう。諦めかけていた頃、長患いしていたリアムの母親がついに亡くなって、その葬儀のためリアムが戻って来た。葬儀にクワンが父親と一緒に現れるとリアムの兄一味が色めき立って追い返そうとする。けれど、さすがに気落ちしてかリアムの父親は線香をあげさせる。クワンとリアムは再び川や守護神として祀られた老木の下で昔に戻って戯れ語り合う。
 と、そこにソムチャイと連れだったルアンやレーン達が走り寄ってきて、二人をなじり、リアムを連れ帰ろうとする。意を決していたクワン、ナイフを取り出し、威嚇のためにピストルを構えていたソムチャイ目指して一歩一歩にじり寄ってゆく。
 「ナイフを捨てろ!」
 と何度怒鳴ってもクワンは怯むことなく更にソムチャイに向かっゆく。とうとうソムチャイ引金を引いてしまう。胸を撃ち抜かれたクワン、よろめきながら嘗て守護神チャオ・ポーの老木の下でリアムに約した通り川の中に。その後を追いリアムも川の中に飛び込む。底に沈んだクワンの手にしていたナイフで自らの胸を刺し、やがて川面は真紅に染まっていった。
 時代は現在、センセープ運河を走るフェリー・ボートから乗客が降り立ち、青年(シンチャイ)がぶつかってタイの女子学生服定番黒いスカートと白いブラウス姿の娘(トン)がつまづいて教科書を床に落としてしまう。青年はあわてて拾い上げ娘に渡す。礼を言って去ろうとする娘に、青年は問う。
 「前に何処かで遭いませんでしたか」
 娘は答える。
 「わたしが毎日乗ってるからでしょう」
 青年は頭を振る。
 「いや、ぼくは今日始めて乗ったんだ・・・」
 娘は愛想良く一瞥し、細長い桟橋を去って行く。
 青年は尚も傍に駆け寄っゆき話しかけ続ける。あたかも、前世からの朱い絆で結ばれてでもいるかのように。その傍らの運河をフェリーが白い波を蹴立てて悠然と走り抜けてゆく。その向こうに朝靄にかすんでバンコクの高層ビル群が聳えていた。

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 冒頭の川の中でリアム役のトンが大きなザルを手にして魚を捕ろうとしているのを、水中に潜ったクワンがからかうシーンのトンのこれが一番最初に撮ったシーンなのではないかと思わせるぐらいに演技がぎこちない。これに件の批評家連がヒステリーと拒絶反応を起こしたに違いない。しかし、トンはこの映画が初演技なのだろうから当たり前で、でもそれ以外はソコソコもの。演出(指導)の賜物というべきか。当時から十年過った今観ても初々しく仲々絵になるなーと改めてその独特の魅力に感心してしまった。只、ぼくはトンの持ち味からしてこの手の淑やかタイプじゃなくて、本人もテッコンドーや射撃が好きな活発な一昔前の表現をすれば、"じゃじゃ馬"娘ってところ。当然アクション(シリアス or コミカル)系の映画で、未だ若かった頃のトンなので色んな企画が可能だったと思っていたけど、実際には殆どテレビのコミカル物ばかり出ていたようだし、せっかくの逸材を何故放り捨てたままにするのか歯がゆくってしかたがなかった。彼女のデビユーの頃の、プレイステーションの【鉄拳】のイメージを借りた《 ラック・マーク・ルーイ 》のPV、恋人らしき男と一緒に会員制らしい格闘技バーに入ってゆき、彼氏の方はさっさと破れ、長い黒髪をアニメ・キャラ風に決めたトンが次々と敵を倒し、最期に凄腕そうな女の対戦相手に対峙した際のカンフー風ポーズが仲々で、正にそれが彼女のイメージであったんだけど。

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 トンは今も歌手以外はそのスラリとした肢体を活かしたモデル業をやっているようだ。映画は、以前ホラー物で主演した他はホラーの女王・マミーやターター・ヤングと共演した米国映画【ビター・スウィート】ぐらいしか知らない。確かムエタイ・ジムのマネージャーか何かの役だったか。
 バンカピって昨年オープンした"タラートナーム=クワン・リアム"(クワン・リアム水上マーケット)が週末限定で開かれているらしい。そのバンカピから真っ直ぐ南にたった5キロほど下ると、あのタイの定番幽霊映画【ナンナーク】の舞台になったプラカノンがある。どっちもそんなに昔の話ではなく、【クワンとリアム】の方は如何にも田園風に描かれていて違和感はないが、【ナンナーク】の方は如何にも奥深い密林=ジャングル然としていて、確かに雰囲気が出ていて映画的演出としては問題ないのだけど、この二作を比較してしまうと如何も違和感を覚えてしまう。実際のところは如何だつたんだろう。

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