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2013年2月 8日 (金)

 バリ的因果応報的曼荼羅《 時を彫る男 》 ; オカ・ルスミニ

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 「コバッグは鋭利な彫刻用の刀を取り落とした。彫刻刀の刃は、あやうく彼自身の足を刻むところだった。全ては部屋の隅の扉から漂ってきた奇妙なにおい、まるで乾いた葉と生木のようなにおいを嗅いだせいだった。奇妙だ、コバッグをそれほどに落ち着かなくさせるにおいはどこから来るのか。
 そのにおいはますます近づいてきた。

 『誰だ。』

 『ルー・スレンギでございます。』

 『スレンギ? 何者だ。』コバッグは身震いがしてきた。そのにおいはますます近づいてきて、彼の胸を息苦しくさせた。彼の手は求めていた。彼には彫刻の道具が必要だった。尖った彫刻刀が脳裏に浮かんだ。そのにおいが完全に彼のなかの男性を目醒めさせたとき、身震いした。」

 
 のっけから邂逅が、バリの濃緑の熱帯世界での因果応報的カルマの産物ともいうべき主人公・コバッグと彼の身の回りの世話をする役を仰せつかった女ルー・スレンギーとの運命的な出逢いが語られる。
新潮社から出た《天国の風 アジア短編ベスト・セレクション 》(2011年)、ベトナム作家チャン・トゥイ・マイの表題作《天国の風 》(爽やかなベトナムの風を想わせるようなドイ・モイ世代の甘酸っぱい恋愛物語って感じは悪くはない)やタイのカム・パカー《ぼくと妻/女神》等それぞれの国の特殊性の上に醸成された中産階級的感性漂うナウい作品多い中で、このインドネシア・バリの女性作家・オカ・ルスミニの短編《 時を彫る男 》は、異彩を放っている。

 すぐ脳裏に浮かんだのが、大陸アジアの漂泊者=故・甲斐大作の短編集《シャリマール》の一編《グリスタン 花園》であった。アフガンが舞台の、カバーブ職人・タジク人のムザッファルと現地でマジュザムと呼ばれる癩病を患った乞食女・ソーサンとの倒錯的なまでの官能的恋愛物語なのだが、砂塵舞う荒涼たる大地と粘るような熱帯雨林との相違はあれ、正にパッションとも呼ぶべき激しい倒錯的官能性に貫かれている。

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 イダ・バグス・マディ・コバッグ、バリ・ヒンドゥー社会での最高カーストのブラフミン階級出自のこの青年は、"野蛮な目"の"おぞましい獣"と世間に誹られ、"穴のあるすべての創造物は入るために存在した"と疎まれた父親のカルマ(罪障)を一身に浴びてか、産まれながらにして盲目であった。母親はその男の"獣の肉"を自分の子宮に預けられ、自分の命と引き換えにその男の分身=息子を産み落とし、コバックは母の顔も知ることもなかった。淫蕩放埒にうつつを抜かし財産を蕩尽しつくした父親ではあったが、その盲目の息子が幼い頃より従者の老ブグレッグに彫刻のエッセンスと技術を徹底的に教わり注ぎ込まれ、今ではバリ随一の彫刻の匠としてその名をほしいままにし、それで得た財を元にして父親は、一流ギャラリーのオーナーとしてすっかり名誉を回復していた。ところが父親が新たに娶ったバリで一番多いカースト"スードラ"階級出のニ・ルー・プトゥサリ、結婚後はジュロ・ムラティと改名し、貧しい出自故に上昇志向が強く、世間には華麗な美妻良妻を装っていたものの、陰では盲者コバッグに露骨に邪険さを剥き出しにするのだった。


 「コバッグが杖を取ろうとすると、ルー・スレンギが急いでそれを手伝った。二人の手が触れ合った。コバッグは動揺した。その女性の肌はまるで樹皮のように感じられた。尋常ではない。その女性は、いかに神聖な一本の木あるいは木塊が美しいといえども、それを超える美しさを備えているに違いない。
 今初めてコバッグは生を享受できるのだと感じていた。人間という名の生き物に対して、こうして客観的な評価を与えることができるのだと。これまでは、コバッグは単に最も近い人々の決定を聞くだけの客体でしかなかった。彼の周りの人々が言うことには何でも、従わねばならなかった。しかし今、コバッグは、自分たちの基準とする真理を熱心に他人に押しつけようとする人々によって信じられているものとは別の真理を、見つけたと感じていた。」


 「コバッグにはわかっていた。実によくわかっていた。盲(めしい)の男に生まれるというのは生きる意欲を削がれるものに違いない。女を目で鑑賞することもできない。しかし、五体満足の人間として生まれたものが、人生のすべての秘儀を掴み取ることができるだろうか。森羅万象にしっかりと捉えられ、秘匿されている秘儀を。
  (略)
 その若い女の美しさは、彼にとって並はずれたものだった。その体は木の窪みに似ていた。顔全体もまたそのとおりだった。彼女こそ最も美しく、愛らしい木だった。しかし奇妙だった。その美しさを見出すことができる人間はいないのだ。誰一人として彼女のうちに森羅万象が宿した美を評価することがなかったのである。」


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 インドほどに歴史の古くはないバリのヒンドゥー=カースト制だけど、現実にはまだまだ結婚なんかの特別な場合にはその呪縛力を発揮するらしく、コバッグの老従者ブグレッグもやはりスードラ・カーストの出自で、遥か以前まだ十四歳の頃、毎回ダユ・チュンタの水浴のお供をさせられ、余りにも純白の肌に彼はすっかり虜になってしまい、熱い恋情と激しい欲望を押さえられなくなってしまった。が、何しろ相手は到底手の届くはずのないブラフミン・カースト、泣く泣く断念せざるを得なかった。その故にか性的不能に陥ってしまい、気付いたらはや七十の齢を越えていた。そんなある日、手塩にかけて育ててきた青年コバッグが、唐突に、老従者ブグレッグに告げた。


 「『・・・私は妻を娶りたいのだよ。グブレッグ。』コバッグの声は実に真剣に聞こえた。
   (略)
  『ぼくにはもう相手がいるんだ。今回の選択は変えられない。』

  『どなたですか。』

『ルー・スレンギだ。』

『坊ちゃん・・・』

 グブレッグは息がとまりそうだった。ルー・スレンギだと? この老いぼれた耳が聞き違いをしたのではなかろうか? ルー・スレンギというのはコバッグの身の回りのあらゆる世話をする娘ではなかったか? 工房を掃除し、食事を用意し、彫刻刀を手渡していた娘ではなかったか? 
 その娘は女ではなかった。彼女はおぞましい生き物と言った方がふさわしかった。足は跛(びっこ)をひき、背は曲がり、そこには大きなこぶが生えていた。左の目はえぐれていた。容貌は大きく損なわれていて、肌もひどく荒れていた。ヒヤン・ウィディ、この世の支配者よ。コバッグの体にどんな神が宿っているのか? コバッグにはわかっているのだろうか、美しさの意味というものを彼は知っているのか。グブレッグは息を吸い込んだ、深く、そして胸元を強く握りしめた。
 『ぼくはもう毎晩、その娘と寝ているんだ、グブレッグ。彼女の体はまさに木の窪みのようだ。肌も樹皮のようだ。ぼくが身を沈め彼女の中に入っていくと、ぼくは溺れ、果ててしまう。彼女は最も美しい女性だ。ぼくの木の美しさをも凌ぐような女性だ。彼女がその裸身をあらわにすると、その切れ味と競うことができる彫刻刀はひとつとしてない。その女はぼくの男性の肉体を研ぎ上げるのだ。』
 グブレッグは倒れた。その薄い胸を、一本の彫刻刀が貫いていた。」 


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 尋常ではない樹木・樹皮的存在との衝撃的であるが、その実眼に見えぬ因果応報的な紅い糸で結ばれていたような邂逅、それはアニミズム的には"樹木の精"に憑かれたのであろうし、更に又バリの最高神(サン)ヒヤン・ウィディ神的恩寵とも呼ぶべきものだろう。森羅万象的因果応報の熱帯雨林的原色の曼荼羅と云ってしまうと些か通俗的過ぎるだろうか。

 短い短編ではあるが様々な要素が織り込まれていて、読み手の解読次第ってところだろう。例えば、下位カーストの少年が上位カーストの少女に惚れつき合ったため、少年の母親が泣き叫び慈悲を乞う前で、少女側の家族やカーストの連中が走ってきた路面電車に少年を放り込み惨殺したなんて当たり前のインドほどに絶望的なトーンは帯びてはいないものの、やはりバリ人たちの心身に執拗に絡みついてはいるらしい社会的軛としてのカースト制や、傍若無人にひたすら己に、己の欲望に忠実な、世間的には淫蕩・放蕩三昧に明け暮れるかのサド侯爵に相似したような飽くなき欲望の探求、そしてそれは又、盲いた息子の樹木=森羅万象(ヒヤン・ウィディ)との合一をひたすら求め続ける探求心と同じ一枚のメダルの裏表の関係等。
 更に、父親の美嫁ニ・ルー・プトゥサリや、彼女がコバッグの嫁にしようと企んだ、村人たちに貧しさに堪えられず、体を安売りする"奔放なあばずれ女"とか蔑まされている彼女の妹とくれば、もう絵に描いたように、江青やリョサの《悪い娘の悪戯》のヒロイン=ニーニャ・マラと同様、貧民出自の"成上がり譚"以外の何ものでもない。


《天国の風 アジア短編ベスト・セレクション 》2011年刊(新潮社)
  《 時を彫る男 》(1996年)オカ・ルスミニ 訳・森山幹弘

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