« 《 博士の異常な愛情 》大量報復熱核戦争行進曲 | トップページ | 《孤島天堂》再論 ; 中薗英助【何日君再来物語】を中心にして »

2013年3月 8日 (金)

旅先グッズ :《スリヨ・タイ》ポスト・カード

Photo
 
 訪れた先で様々な人々や出来事、あるいは料理なんかと出会えるのが旅の醍醐味だけど、ちょっとした小物=グッズなんかもそのひとつ。
 これはタイの首都・バンコクの、とある店先で見つけた代物。
 2001年8月に封切られたタイ映画《スリヨ・タイ》のポスト・カードの14枚セット。印刷もちゃんとしている。幾らだったかもう覚えてないけど、タイ映画史上最高のヒット作であったのもあって、シンハの缶ビールにもマイはじめ出演俳優達の姿が印刷されて店のビール・コーナーの棚に並んでいたりしてた。
 この一ヶ月後の九月中旬にバンコクに入った翌日に、MBK(マハー・ブン・クロン・ショッピング・センター)でぼくも観た。こんな風習もあるのかとか我々外人にとっては中々興味深いものが多く且つ映画自体も面白く作られていて、三時間の長さをそれほど感じさせなかった。何日かして、もう一度今度はサイアムの商業コンプレックス【ディスカヴァリー】のEGVでも観た。この時はさすがに客は少なかったけど、他の映画館じゃ観終わった白いブラウスに紺のスカート姿の小・中学生達がゾロゾロ出てくるのを見かけたこともあった。学校から観に来てたのだ。文部省推薦映画ってところなのだろうが、これには訳があった。

 そもそもこの映画の出資者がタイ国王の后のシリキット王妃らしく、制作完成後の特別試写会もその王妃の誕生日に国王や当時の首相タクシンすらも参列して行われた、正にタイ王国丸ごと選定映画だった。タイ映画自体がその当初からタイ国王はじめ王室関係者の係わりの中で発展してきた歴史があって、この映画の監督もご多分にもれず王室出身のチャトリ・チャラーム・ユーコンで、主演の王妃スリヨ・タイ役のピヤパット・ピロムパック(シリキット王妃の侍女でずぶの素人)も、シンハ・ビールのオーナー(王族系)と同族名の王族系らしく、スリヨタイの夫国王チャクラパット役のサランユー・ウォンクラチャンも王族の出身だったはずで、出資者の王妃シリキットの"推薦"なのだろう。

4

 何しろ可成りの財産家であるタイ王室がパトロンとなって、タイ国軍多数をアユタヤ=ビルマ兵士として動員しての撮影故にかなり大がかりなスケールの作品となって、戦闘・アクションシーンもハリウッド物と較べても遜色ないレベル。その上、学校で習ったタイの歴史的人物にタイの有名俳優総動員って訳で、いやでもヒットはするはず。直立不動の国旗掲揚や不敬罪なんて封建主義的遺制がまかり通っているお国柄であってみれば尚更で、王室側の言う"タイの歴史の再確認"というより、実質的には"王室万歳!!"の"国威発揚"的プロパガンダってところだろう。

 16世紀の頃の話で、タイ=アユタヤに、ビルマ=タウングー王朝軍が攻めてきた際の前後が舞台。苦戦を強いられたアユタ王の危急を鎧兜を身にまとったその后であるスリヨ・タイが自らの身を挺して助け死んでいった救国的ヒロイズム、つまり国民英雄的故事。映画はそこで終わるが、実際はその後再度侵攻してきたビルマ勢に破れ、ビルマの属国となってしまう。そして、今度は属国から、ビルマ軍を打ち破って、アユタヤ王国を再建するナレスワン王の物語が始まり、同じ監督の《キング・ナレスワン》として現在"パート5"まで作られているという。折からの、隣国カンボジア=クメールとの様々なトラブルなんかで、環境はすっかり揃っていて、いずれも大ヒットしたようだ。正に挙国一致的国威発揚映画の典型だろう。私的にはもう結構ってところで、棚の奥で1&2(CD、DVD)とも殆ど手つかずに埃を被っている。
 
 《スリヨ・タイ》で夫王を毒殺し愛人をその後釜に据えた王女役に如何にも気の強そうな歌手のマイ・チャリンプラがなって面白かったけど、続編ともいうべき《キング・ナレスワン》の方じゃ、マイの異父姉妹のサーイ・チャリンプラが似たような男勝りの娘役をやっているのには笑ってしまった。

Photo

             「キング・ナレスワン 5」


|

« 《 博士の異常な愛情 》大量報復熱核戦争行進曲 | トップページ | 《孤島天堂》再論 ; 中薗英助【何日君再来物語】を中心にして »

旅行・地域」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

映画・テレビ」カテゴリの記事