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2013年3月15日 (金)

《孤島天堂》再論 ; 中薗英助【何日君再来物語】を中心にして

P14

 今から28年前の今日、1985年3月15日、北京医学院第一附属医院で、日・中流行歌【何日君再来】の作曲家=劉雪庵が、その自ら作曲した【何日君再来】の故に、権力の、教条主義のために、半世紀以上惨澹たる境遇に陥れられたまま逝ってしまった。

 前回、中薗英助・著【何日君再来物語】での中国映画《孤島天堂》(1939年)に関する記述の内包する幾つかの疑問を検討してみたのだけど、中薗の記述の仕方が些か煩雑な上、扱った問題自体もちょっとややこしく、更に当方も十分に咀嚼もせず一気呵成な書き方をしたため、かなり分かりずらいものとなってしまった。後になって読み返してみると舌足らずな箇所や明らかに当方の感違いした部分すらあった冷や汗ものだった。そこで、もう少し整理し、より簡潔に再検討してみたい。( 結構ややこしい代物なので、果たしてそう上首尾にいくかは甚だ心許ないけれど )

P8

 
 【何日君再来】、著者・中薗自身も巻き込まれた"日中"(史)的しがらみを象徴するような命運を予じめ封じ込まれたような嘗て日中両国で流布したこの流行歌の、辿ってきた数奇な運命と不可解な軌跡に誘われるように中薗はその謎の探求に駆り立てられた。けれど、行けども行けども杳としてその肝心の所は濃い靄に包まれたまま。最初に唄った周璇、映画《孤島天堂》で唄った黎莉莉、映画化の際歌詞を変えたといわれる監督・蔡楚生、作曲者の劉雪庵等直接関係者が悉く他界してしまい、いよいよ真相は靄の奥。
 それでも、彼や劉雪庵の息子・劉学蘇等の尽力で大まかな姿は明らかになってきて、さて、これから真相の核に踏み込もうとした途端、忽然著者の中薗まで逝ってしまった・・・それから既に十年以上過って、寡聞ながら誰かがその(日中的)遺産を引き継いだという話は聞かない。

P9

              視線が会い互いにソッポを向いた神秘青年と歌姫

 
 そもそも、当時【抗日映画】として上海ではなく香港で作られたという蔡楚生監督作品《孤島天堂》は、中薗英助の【何日君再来物語】によると、1987年北京電影資料館を訪れた際に観た試写は、"原版のフィルムはないがビデオに再録したもの"であった。既に(全)13巻のうち"最期の一巻、第十三巻が欠けていた"のが、資料館側から指摘され、中薗自身も自分の眼で確認したらしい。
 現存ビデオの中では最長ともいえるこの版で時間は"1時間45分"。計105分。
 何種類かあるらしい現行のビデオは、大体93分~100分ぐらいのようだ。どうして10分~5分の差が生まれたかは定かでない。中薗が観たビデオと現在流布している市販ビデオと一体何処が異なっているのだろうか。今現在、北京電影資料館の倉庫にまだ保管されているのなら確認できるに違いないのだが、未だそんな情報何処にも顕れてない。1987年当時既に第十三巻が欠けていると断定されていたのだから、オリジナルだと二時間近い長さだったのだろうか。因みに中国網絡電視台CNTVの提供している《孤島天堂》(上)・(下)は93分。内容的には、ぼくの持っているVCD版と異同はない。唯一、CNTV版はオフィシャルだからか、字幕(簡体中国語)がついているのが異なる。

P6
 
 ここでのぼくにとっての問題点は、ひたすら映画《孤島天堂》でカットされた《何日君再来》を黎莉莉が唄っていたはずのシーンにまつわるフィルム編集あるいは構成の問題で、中薗の【何日君再来物語】の記述にどうにも首肯しがたい点を認めたからだけど、今回はもう少し踏み込んで、
 "舞姫=黎莉莉が【何日君再来】を唄うのを合図に、抗日ゲリラ=神秘青年達が、特務撃滅行動に打って出るというのは本当なのか"
というふうにテーマを立ててみた。それを基軸に甚だ混乱・錯綜として変容を余儀なくされたこの映画の、その本来の姿を取り戻すべき再構築の一つの試論としてみたい。(中薗の労作【何日君再来物語】にとっては必ずしも本質的な問題ではないかも知れないが)

 前回同様、【何日君再来物語】の中のこの二つの断片を基にして検証していきたい。

 
 【 一時間四十五分の試写には、徐館長も同席した。たしかに最期の一巻、第十三巻が欠けていた。第十二巻と第十一巻が逆につなぎあわされ、第十二巻の巻末のシーンで、黎莉莉の扮する東北出身のダンサーが、クリスマス・パーティーたけなわの宴会場の中央でこれから《何日君再来》を唄おうとするところでバッテン印の傷をつけられたままプツリと切れ、何の脈絡もない第十一巻のシーンへ移るという得体の知れない映画になって終わるのだ。黎莉莉が《何日君再来》を唄い出すのを合図にして、神出鬼没の抗日ゲリラグループの青年たちがいっせいに蜂起し、日本軍の手先である特務工作員に襲いかかり、彼らをやっつけたあと抗戦地区へと脱出して行くというシーンが、まったく抹殺されてしまったのだ。】
                           278頁 『エピローグ』 何日君再来物語 》中薗英助(河出書房新社)


 【 舞姫になった黎莉莉は抗戦の隊列に加わるため孤島を出て行く愛国青年の背中に向かって、今宵別れてのちいつの日君また帰るという気持ちで、心をこめてうたったと述懐したことがあるそうですから 】 
                           198頁   『10章 左派対芸術派の谷間』(香港作家・高風農の談)

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 中薗の記述内容からみていくと、先ず黎莉莉扮する東北出身(満州一帯)の舞姫が、根城にしている"天堂花園舞庁"での、
 "クリスマス・パーティーたけなわの宴会場の中央でこれから《何日君再来》を唄おうとするところでバッテン印の傷をつけられたままプツリと切れ、何の脈絡もない第十一巻のシーンへ移る"
という肝心の箇所。
 舞姫は、日本軍の東北地方=満州侵攻で家族を失いやむなく上海まで難民として流亡してきた経歴もあって、実は、抗日ゲリラ=テロリスト・グループである神秘青年とその一党、ここでは神秘青年一派と便宜的に呼ぶことにするが、彼等の運動に同調し、とりわけリーダーの神秘青年にあれこれ援助し時折自身が舞姫として稼いだ金で資金援助すらしていた。どころか、神秘青年に恋心すら抱き、青年も彼女への恋情と抗日活動との板挟みに悩みながらも部屋こそ違え同じ"榮成行堆桟"(倉庫)の屋根の下、そのアンビバレントな関係を維持し続けてきたのだが、大晦日の夜、除夜に"天堂花園舞庁"での年越しパーティーに集まった親日系特務一味を撃滅する作戦の後、そのまま神秘青年一派は租界の外へ脱出し、第四軍(人民解放軍)と合流し以降その指揮下に編入され日本軍との戦いに入ってゆくことになって、ついに二人は別々の途を歩むことになる。そんな結ばれぬ恋情を抱いての舞姫の、神秘青年との最期の作戦任務として、親日系特務幹部が集まった年越しパーティーへの列席であった。

 中薗や北京電影資料館側のいう第十一巻や第十二巻いわんや第十三巻ってものが如何なる基準でのものなのか定かでないが、普通フィルムの巻数をいう。それが北京電影資料館側の、あるいは他の映画関係者からの、本来の《孤島天堂》のフィルムの在り様を知っていての発言ってのが前提ってことになるはずが、でもそれだと些か不合理なこととなってしまう。そもそも北京電影資料館にフィルムが保管されていれば問題なかったろうが、在ったのは唯一ビデオ(当時だとカセット・ビデオだろう)ってところがややこしさを助長してしまった。中薗は【何日君再来物語】でその肝心の部分を省いている。
 
 彼等の言によると、"クリスマス・パーティーたけなわの宴会場の中央で" なのだけど、それは大晦日の夜、年越しのパーティーの感違いでしかない。正に現行ビデオでは最後の長い場面(シークエンス)で、神秘青年が仲間や舞娘を前にしてテーブルの上に拡げられた手書きの地図で進行および脱出ルートを辿って見せ、決行の日時を" 除夕夜 十二点左右 "(大晦日の夜 十二時前後)と認めてみせた当のパーティー以外の何ものでもない。

P10

 天堂花園舞庁は宴たけなわ、テーブル席に就いたヒモ男(カップルで二階部屋を借り、舞姫にぞっこんになって、それなりに裕福らしい相手の女を騙して金を出させ、このパーティーにも参列した。特務と旧知の仲のようで、舞姫が情報収集のため色目を使って接近)と舞姫、彼女の手に触れたヒモ男が驚く。
 「どうしたんだ、手が冷たいぞ」
 「体調が今一なのよ」と、舞姫は、誤魔化した。やがてそこで一大殺戮・死闘が繰り拡げられる緊張と不安からだろう。ヒモ男、早速、常套句を繰り出す。
 「ブランディーでもひっかければ治るよ」
 舞姫がヒモ男に渡されたブランディーの注がれたグラスを手にとって口元へ運ぼうとした次の刹那、ホールの入口から、颯爽と黒のタキシードに身を包んだ神秘青年と彼の一党が眼の部分だけを隠した覆面姿で現れた。思わず舞姫の顔がひきつった。夢でも机上の空論でもない現実だということを眼のあたりにしたからか。緊張と動揺の余り、一気にブランディーを呷ろうとしてむせて激しく咳き込み、ヒモ男になだめられる。
 やがて、神秘青年一派が、作戦の段取り通り、階段を降りテーブル席に向かい始めると、もうシーンは変わり、皆立ち上がって拍手する中、舞姫の隣に居たヒモ男は一つ分遠ざかっていて、彼女のすぐ横には肥えた特務が立ち彼女と向き合っている。廻りの客達の視線も舞姫に注がれていて、早速、舞姫が特務に言い訳がましく答える。
 「すみません、わたしこの歌唄えないんです」
 それ以前のやりとりは省かれ、突如そのセリフが口に出されるのだけど、階段を降りてきた神秘青年一派の姿と、その皆立ち上がったシーンはオーバーラップ(二重写し)になっているので、監督の意図的な演出に違いないだろう。で、肥えた特務がまくし立てる。
 「【何日君再来】なんて、この上海じゃ、三歳の子供でも唄えるよ。」
 「すみません、体調がはかばかしくなくて」
 更に断ったのをヒモ男が割って入りなだめ催促する。結局三度も固辞し、ついに折れる。
 「じゃあ、ちょっとだけよ」
 ここは" 我只唱一節 "なんだけど、"一節"を一番だけと訳すべきか一曲だけと訳すべきなのか辞書首っ引きのぼくの中国語レベルじゃ判断できないので、"ちょっと"にしておく。皆に拍手で送られステージに向かう。その途中で、傍らのテーブルに居た神秘青年と眼が合い、互いに一瞬顔を強ばらせ、そっぽを向く。舞姫はそのままステージに向かってゆき、プッツリと切れ、バリケード近くに屯した新聞売りの少年達の場面に変わる。

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 "《何日君再来》を唄おうとするところでバッテン印の傷をつけられたままプツリと切れ、何の脈絡もない第十一巻のシーンへ移る "

と中薗は言うのだが、確かに彼が北京電影資料館で観たビデオではそうだったのか知れないという可能性は否定できない。しかし、そう大して時間差があるわけでもなく、そんなに別様の場面(シークエンス)があれこれ含まれているとは考えられない。
 中薗はこの《何日君再来》を唄いに向かった後の、舞姫がステージで唄い始め、神秘青年一派が一斉に特務達に襲いかかり、その後孤島=租界から外へ逃亡してゆくシーンを次の最終巻とし、第十三巻と言っている。

 けれど、これは二重の間違いを犯しているのは実際にビデオを観れば一目瞭然。
 一つは、現行ビデオには、唄っているシーンはカットされたままだけど、神秘青年一派が拳銃で次々と騒音に紛れ特務達を殺害してゆきそれに気付いた特務達と死闘を展開する長いシーンが三つ前の場面にちゃんとある。例のヒモ男がもみくちゃにされホウホウの態で床の上を這って逃げ回るショットともども。

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 ヒモ男が連れの女を騙し百元貰って外に出てゆく直前の場面から突然、この三つ前の、もう宴たけなわの天堂花園舞庁の場面に変わり、のっけから【 天堂花園舞庁 】と【 恭賀新禧 Happy New Year 】の文字が続けて画面に現れる。正に大晦日・除夜の年越しパーティーの真っ盛りってところで、時制的にはこっち(三つ前の場面)が後で、( 当然舞姫がステージで《何日君再来》を唄い終わって降りるまでが省かれ )、場面はのっけから騒々しいパーティーの真っ最中に楽団が奏でる"蛍の光"が流れている。"蛍の光"って元々が"別れの歌"なのはもう常識で当然やがて去って行く年の意味。つまり、いよいよ除夜の鐘ならぬ神秘青年一派の新しい年の始まりに向けての銃弾の嵐を告げるファンファーレでもある。
 舞姫はとっくにテーブル席にヒモ男と一緒に坐っていて、十二時が近づき会場が盛り上がり、とうとうその時が近づいたのを、神秘青年の動きで悟ったのか、特務の下っ端連中が満員の踊りの輪の中によろよろと誘われるように入ってゆくのに便乗し、ヒモ男の手を取って自分もその中へ混じってゆき、それから襲撃が騒音に紛れて展開されてゆく運びとなる。もう、これは斟酌の余地もない明瞭な同一性をもった同じ場面での展開なのは誰の目にも明らかだろう。実際にビデオ観れば一目瞭然。
 間に別の場面が二つ挟まれ、時制に逆向きに前後にカットされてはいるが、この三つ前の場面と《何日君再来》を唄う直前までの場面は同一場面(シークエンス)なのだ。中薗のいう"第十二章"と"第十三章"の区分は明らかに間違いだけど、それでも、世の中何が起こるか分からないという想定外的可能性(中薗達が観たビデオにはその三つ前の場面が含まれていなかったという可能性)として一応の保留はしておこう。

P1

          勢ぞろいし、狙うべき特務達の居場所を確認する神秘青年一派


 それにしても、これはどうにも明瞭なことなので、実際、北京電影資料館のスタッフや中薗が見間違うってことはちょっと考えられない。それ故に、彼等の観たビデオにはその決行場シーンが本当に含まれていなかった可能性も否定できない。
 只、それだと、現行の93分より10分以上も長いってことに小首を傾げざるを得ないし、何よりも、じゃあ現行ビデオに含まれているあの決行・乱闘シーンは、北京電影資料館以外の何処から現れてきたフィルムによって再録されたものなのか? という問題が派生する。実際のところ、もしそうであったなら、それはそれで何等かの形で、中薗の【何日君再来物語】以降の問題派生・新展開として発表されるなりしているだろうし、そんな話少なくとも(日中の)ブログ上でお目にかかったこともない。どうみても中薗の【何日君再来物語】以来の同質的同一線上の展開ってところ。中国側のレベルも、恐らく【何日君再来物語】のレベルを超えるものではないし、否むしろ、【何日君再来物語】が中国語で出版されていのるどうか定かでないけど、それを踏襲している感さえある。劉雪庵の息子=劉学蘇の置かれている四面楚歌的状況が緩和し始めたのなら、彼に期待はできるのだろうが。


 もう一つの間違いとは、次の箇所を文字通りに解釈した場合の過誤。

 "《何日君再来》を唄おうとするところでバッテン印の傷をつけられたままプツリと切れ、何の脈絡もない第十一巻のシーンへ移る " 

 現行ビデオでは、バリケード付近に屯した新聞売り少年達のシーンで、冒頭リーダー格の少年が他の少年達に言う。
 「 今日は元旦だ !、またぼくらの中華民国の建国記念日でもあるんだ ! 」
 つまり、もうこの場面は年越しパーティーがとっくに終わった新年元日のシーンで、舞姫も、( 地図を拡げて決起行動の確認をする場面で )、神秘青年にぼくらが租界の外に去った後は難民収容所での任務に就いてくれと言われた通りの" 難民教材(初級・第三冊)"のテキストを小脇に抱えている。
 いつも住民に横暴・狼藉をはたらき続けてきた特務の使い走り一味がバリケードの向こうから現れ、早速舞姫に絡み、何処かに連れ去ろうとして、前夜神秘青年一派が特務達を襲撃し特務に多大の被害を与えたのを知ったのもあってか、住民達がとうとう堪忍袋の緒を切って一斉に襲いかかり一大乱闘。そこに、前夜パーティー会場での銃撃・死闘の巻き添えを喰って包帯だらけのヒモ男が人力車で戻ってきて、更にその乱闘の渦に巻き込まれ散々の目に遭ってしまう。最期には、特務の使い走り一味はほうほうの態でバリケードの向こうに逃げ出し、住民達が勝利の声を挙げる。そして、中華民国の旗を高々と掲げ敬礼までしてみせる。(そして唐突に、全く別のもっと以前の時制の場面に変わってしまう。)
 恐らく、これが現行のビデオで観る限り一番最後の場面と断定して問題ないだろう。 つまり、現行ビデオでは、ここは第十一巻ではなく、逆にその後の最期の巻で、全十三巻構成ならば、これこそが第十三巻ということになる。
 確かに、国共合作( 侵略日本軍に対抗するため、一時的に蒋介石=国民党と中国共産党が和解し共闘する政策 )的象徴としての孫文=国民党の青天白日旗を掲げるってのは、その最後にふさわしいフィナーレといえよう。

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             颯爽と現れた神秘青年一派


 ここまで来て、その前提的課題を整理できたので、ようやく、冒頭に立てたテーマに戻ることができる。

 "舞姫=黎莉莉が【何日君再来】を唄うのを合図に、抗日ゲリラ=神秘青年達が、特務撃滅行動に打って出るというのは本当なのか"

 勿論、くどいようだけど、中薗・北京電影資料館の観たビデオに実際に在ったシーンかも知れない5パーセントの可能性は保留せざるを得ない前提での検証ということになる。
 そもそもぼく自身、市販のビデオを総て確認した訳ではなく、せいぜいがインターネットで観れるものだけで、実際には皆ぼくが持っているVCDと異同のない93分バージョンだけなので、100分を明記したDVDは未見。それにしても北京電影資料館所蔵の105分ってのは10分以上も長く、そこに一体どんな場面やショットが含まれていたのかこれが現存しているはずなのに一向に表面に出てきてないようで正に謎。勿論、アバウトに1時間45分と記しただけという可能性も考慮の範囲に入るだろう。100分バーションもそんなものかも知れない。


 で、懸案の" 舞姫=黎莉莉が《何日君再来》を唄うのを合図に "ってところに入ると、現行のビデオには、そんなショット・場面、いわんやそれを示唆するセリフ・場面すら存在していない。
 只、字幕入りバージョン(中国網絡電視台CNTV提供)も総てセリフを字幕化できてはいないようで、何しろかなり劣化した音声状態も悪いフィルムから再録されたもので、先でその間隙も埋めた完全版(あくまで現行ビデオの)が出れば又違う結果になるのかも知れないが、その蓋然性はかなり低いといえよう。
 
 そもそも天堂花園舞庁の年越しパーティーで、舞姫は《何日君再来》を周囲から求められたのを自ら再三断り固辞していたのは既に触れた。
 このパーティー会場における決起作戦に関するものは、ビデオでは一番最後に配された場面( これは中薗も言及していること )のみであって、榮成行堆桟の二階の神秘青年のアジトで、テーブルを囲んで、神秘青年が地図を拡げ、進行ルートを辿って見せる場面である。入口から階段を降り、片側のある一帯に記しをつけ、決行が首尾良くいって生き残れたなら、窓から躍び出し表の通りに待たせてある乗用車に乗って船着き場まで行くってコースだけど、そこで強調されるのは、次のセリフである。

 " その時(決行)が来たなら、先ず君(舞姫)は舞場(ホール中央のダンスをする場所)に紛れ、ぼくが風船に火を近づけて破裂させるのを合図に、皆一斉に攻撃を開始してくれ "
 
 唯一、ひょっとしてという可能性があるのが、コッポラの《地獄の黙示録》でも使われたワーグナーの《ワルキューレの騎行》が勇壮に流れる中、セリフなしで地図の上のルートを辿っていたのが、突然プツリと途切れ、上のセリフの場面に移ってしまうその間隙であろう。その間に、舞姫に《何日君再来》を合図に唄わせるって指示がなされた余地が残ってはいる。《何日君再来》の痕跡をこの映画から除去しようとするならば、実際に唄う場面と同時に、それを指示するショットも削除せざるを得ないからだ。丁度おあつらいむきに、それらしき唐突なカット跡が残っているからには、その可能性の留保はちゃんと附しておかねばなるまい。

P3

                   よし !!  襲撃だ !!

 
 それはともかく、決行時間も十二時前後とはっきり指定され、神秘青年が風船破裂させるのを合図に決行と、その直前に舞姫はすみやかに舞場に潜り込むというのまで総て作戦計画の一環として明示されている中で、一体、《何日君再来》に如何なる意味があり得るのか? 

 ステージに唄いに向かう場面の直後、プツリと切れ、その後に続く三つ前の場面は、もう彼女の姿はステージにはなく、ヒモ男と一緒にテーブル席についていて、楽団もステージを降りながらパレードのように"蛍の光"を奏で続け、新年に向かって場内はいよいよ盛況を極めて、お膳立てはもう十分といった赴き。
 一人神秘青年が風船を一つ手にし、もう片手に火のついたタバコを持ってそれらしきポーズをとりながら、緊張を漲らせて周囲の様子をキョロキョロ窺っている。舞姫、それを確かめ慌てて傍にいたヒモ男を舞場に手を引っ張って向かい、踊りながらも時折醒めた眼差しで、神秘青年か他のメンバーの動向を窺い続けている。
 つまり、彼女がステージで《何日君再来》を唄い終わってから、結構時間が過ぎているってことだ。到底、彼女の唄うのを合図になんてその動向も雰囲気も窺えない。 そもそもが、彼女は、( 何処からそんなリクエストが出てきたのか定かでないものの )三度もそれを唄うのを拒んでいた。
 既に神秘青年一派は席についていて、拒む理由としては、まだ十二時には大部時間があり過ぎるため、回避しようとしたという理由が成り立つかも知れない。確かに、スリリングな演出的手法だ。でも、それだと、"それを合図に決起した"が成り立たないし、第一、そんな切羽詰まった雰囲気も赴きもない状態では、黎莉莉の述懐なんて生まれようもあるまい。
 それに、例え十二時近くに彼女が唄ったとしても、あくまで決行の合図は、神秘青年の風船破裂にかかっているのには変わらず、蛇足の感は免れ得ない。つまり、舞姫は緊張と不安で本当に気分がすぐれなかっただけで、本当に唄いたくはなかったに違いない。
 ( これは私見だけど、元々この曲自体、監督の蔡楚生が上海に赴いて作曲家の劉雪庵に《孤島天堂》のテーマ曲を依頼した際、当時上海で流行っていたこの"何日君再来" を知って加えたという説が示すように、基のシナリオに後からつけ加えたシーンで、だから、些かの唐突感は否めない。只、蔡楚生としては、歌詞が、丁度やがて去ってゆく神秘青年(一派)への舞姫の愛惜の念と微妙にマッチし、色んなニュアンス=隠喩も含めることができると考えて挿入したのだろう。結果は成功だったようだが、それはあくまで本筋には直接関わるものではない、あくまで付加的な要素でしかなかったのではないか。)

P2


 結局、現行ビデオで観る限りは、"舞姫=黎莉莉が【何日君再来】を唄うのを合図に、抗日ゲリラ=神秘青年達が、特務撃滅行動に打って出る"という、そんな場面もそれを示唆するセリフすら存在してないということだ。
 何故そんな不可解事が当然のようにはびこってしまったのだろう。
 そもそもの言い出しの中薗自身が、嘗て黎莉莉に《孤島天堂》に関してインタビューしていたらしく、その時に知り得た情報かも知れない可能性がある。勿論そうだったのなら、実際にあったということになるのだろうから、その肝心の部分が削除されてしまったに過ぎなくなってしまうが、上に見てきたとおり、その可能性は低い。
 
 香港で会った作家・高風農の何処かから仕入れてきた情報として中薗に語った、

【 舞姫になった黎莉莉は抗戦の隊列に加わるため孤島を出て行く愛国青年の背中に向かって、今宵別れてのちいつの日君また帰るという気持ちで、心をこめてうたったと述懐したことがあるそうですから 】 

という言葉が、黎莉莉自身の立場なのではなかろうか。"合図"(サイン)説はそこから一歩踏み込んでいる。で、同じ会談の中で、高風農は更にこうも語っている。
        
 【 あの映画ではご存じのように黎莉莉がうたっています。映画のストーリーは知っておられますね。・・・東北から流亡してきた舞姫の彼女が、愛国青年たちの決起のサインに《何日君再来》をうたうことになっているんですよ。敵の特務をとらえるための行動を開始せよというサインです。私は見てないので何ともいえませんが、・・・】

Photo_3

          ライダー姿の黎莉莉

 つまり、ここで中薗は《何日君再来》サイン説を吹き込まれたということになる。
 そもそも高風農自ら映画は観たことないと断っていて、自身の類推ってニュアンスも希薄、もっぱら"決起のサインに《何日君再来》をうたうことになっているんですよ"と何処かから仕入れてきた情報のニュアンスの方が強い。
 問題はいつ頃本来のオリジナルのフィルムがズタズタに削除され妙な具合に編集されてしまったのか、度重なる戦乱と内戦という実-戦闘的被害によるものが決して少なくないにしても、広い中国及び中国圏であってみれば、必ずあっちこちにオリジナル・フィルムとそのコピー・フィルムが散らばっていておかしくはない。結構人気はあったようなので尚更と思うのだけど、作られたのが香港といった小さなマーケットにおいてであったのと、1939年って日・米英全面戦争にすぐ突入する混乱した時代でもあって、それじゃあ余りコピー・フィルムも多く作ってなかったのかも知れない。発表当時以降は上映は殆ど行われなかったろうし、1949年に中華人民共和国となって後どうだったのだろう。

P13

               黎莉莉 & 阮玲玉
 
 《 孤島天堂 》には計四曲挿入歌があり、《 何日君再来 》だけが完全に削除されていることからして、その削除は、この映画や監督・蔡楚生に対する何かって訳ではなく、当の《 何日君再来 》自体に対するものってのが了解される。
 この場合、どっちの側から削除されたのかは不明。
 この映画を守ろうとして削除した可能性もあり、逆の側から映画そのものを廃棄するまでのことはないと、《 何日君再来 》に関するシーンだけを削除したってこともあり得よう。当然、その極北に、すべて廃棄してしまえ! と殺気剥き出す勢力もあったろう。

 そんな曖昧朦朧・錯綜剣呑な相関図の只中にあって、高風農は何処からそんな情報を入手したのだろう。恐らく、中薗もそう推測し彼自身も引用している《 中国電影発達史 》1963年( 北京電影出版社 )からであろう。ちょっと中薗が抜粋した箇所を見てみよう。

 「或る夜、漢奸特務がナイトクラブで勢ぞろいして盛大な酒宴をくりひろげているという情報をキャッチした彼らは、名もなき市民たちの助けを借りて不意打ちをかけ、一網打尽にしてしまう。こうして、眼前の敵を掃討した彼らは、『孤島』上海を出て」

 "一網打尽"と断言するからには、オリジナルの映画では、やはり、特務達って殆ど銃撃されてしまったのだろうし、その後、悠々と窓から出て、通りに待たせてあった車に乗って逃げ去ったのだろう。果たして、そのシーンで、歌姫が《 何日君再来 》を万感をこめて唄ったかどうかは定かでない。確かに、そこで唄うのは雰囲気もあって申し分ない設定だけど、既にステージで特務や他の客にせっつかれて一度唄った後では、これは何とも頂けない。それは先ずあり得ないだろう。
 
 以上、今回もかなり重複が多くなってしまったものの、だいぶ分かり易くなったと思う。実際はビデオを観れば誰にも一目瞭然の事柄なのだけど、それにしてはブログなんか拾い読みしてみてもどうもそんなニュアンス感じられず、敢えて老婆心を買って出てみた次第。中国語(必ずしもそれは必要ないけれど)出来る方なんかに、中薗が提示したこの日中的しがらみ=《 何日君再来 》にまつわる謎の解決にアプローチして欲しいものだ。


 ※ 前回( 9月29日2012年 )の "日中流行歌《 何日君再来 》と抗日映画《 孤島天堂 》"の中で、「彼女も恐らく後で落ち合ったろう彼女の住処"榮成行堆桟"あたりから・・・」はぼくの感違い。神秘青年一派は、天堂花園舞庁からそのまま租界の外へ向かったようです。
 
【注】ここでは、本来的な"抗日"・"親日"なる言葉を使っているが、この映画の中では、日本軍の占領や国共合作などの当時の政治的状況に配慮したらしく、親日特務の組織を頭蓋骨を意味する" 骷髅党"クーロウ・タンと仮称している。


 『何日君再来物語』(河出書房新社、1988年)
『何日君再来物語』(河出文庫 1993年)
『何日君再来物語』(七つ森書館 2012年) 


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