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2013年6月の3件の記事

2013年6月30日 (日)

プノンペンのパッカー御用達 "キャピトル"ゲストハウス

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 今回富士山の"世界遺産"絡みで認定会議の開催地カンボジアのプノンペンが束の間クローズアップされたけれど、そういえば、死者まで出してタイともめていたプレアヴィヒ遺跡の方はどうなったろう。
 
 プノンペンといえば、嘗ては、バック・パッカーたちにとって、安宿の定番=キャピトル・ゲストハウスが有名だったけど、レストランと併せて、今現在もその地位は変わっていないようだ。
 ぼくも大抵は料金"2ドル"のキャピトルGH"2"の方に泊まってて、フルの時のみ"1"に仮泊まりした。"2"の方は部屋が狭いけど、バルコニーから眼下の通りを行き交う人々の姿や向かい側の旧植民地時代の建物に住まうカンボジア人たちの生活が覗けたり、明るくいかにも南国カンボジアって雰囲気が気に入っていた。ベッドに蚊帳が付いていて蚊に悩まされるってことはなかった。それに初期の頃こそ神経質に使ってたものの、次第に使わなくなってしまった。むしろ、部屋によって出没する赤蟻の方が問題だった。寝てる間に身体のあちこちを刺され、食物をちゃんとビニール袋に入れてリュックの中に隠していても、ゾロゾロ群れなして入ってきたからだ。もう部屋を変えてもらうしかなかった。  

 
 90年代後半頃、キャピトル・ゲストハウスは既に有名で、バックパッカーの溜り場だったけど、それでも年々客は増え、テレビの猿岩石の影響で更に日本人客が増えてしまったようだ。キャピトル2の薄暗い階段を昇ってすぐの狭いレセプションの一角で、以前見かけたことのない角張った顔の短髪の小柄な青年が、集まった日本人ばかりを相手に何やら演説をぶっていた。彼は演説部にでも所属していたのか、誰彼となく議論を吹っかけるのが趣味のようだった。いわゆるスクウェアーぽい感じなのでボクは相手にしなかったけど、たまたまそこを通りかかって彼の演説が耳に入ってきた。
 「釈迦に握り拳はない・・・」
 つまり、釈迦に秘密の教義や儀式はないということほどの意味らしいそのフレーズ(常套句)を派手な手振りまでして得意げに駆使し、面前のパッカーたちを自家薬籠中に取り込もうとしたのか、煙に巻こうとしたのか定かでなかったけど、ふと見ると、日本人たちの背後から、この宿の掃除担当のクメール娘が、恐る恐る彼の方を何か禍々しいものでも見るように睨め付けていた。その娘の凄い表情の方にぼくは感心し、思わず苦笑してしまった。確かに、議論で無聊を慰めるってのも、一つの知恵、それも健康的なやり方ではあったろう。
 それと関係あるのか、階段脇の比較的大きな部屋で、これ又日本人ばかりが集まって、入口にいっぱい脱ぎすてた靴やサンダルが並んでいたこともあった。オーム真理教が流行っていた頃でもあって、こんなカンボジアまで来て、カルトの集会か何かかと、その怪しげな雰囲気に、ついあれこれ詮索までしてしまった。勿論、件の議論と同様、普通に気のあった連中が一つ部屋に集まっただけってことの可能性の方が高いが。


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   ( キャピトルレストランの前の通りの地図 )  クリツク


 この頃、キャピトル2には色んな個性溢れるパッカーたちが屯していたけど、かの演説青年といつも一緒に議論に参加していたここの常連客がいた。小太りの眼鏡をかけた日本人で、黄ばんだよれよれのTシャツに半ズボンの出で立ちで、彼も人を見ると議論しましょうかと声をかけていた。時折、ボロボロの中高生の教科書か参考書らしきものを片手にいかにも所在なさげにキャピトル近辺をほっつき歩いていたのを見かけたことがあって、ひょっとして、元学校教師か塾の教師だったのかも知れないと詮索してみたりした。
 偶に元教師なんかと出会ったりすることもあって、タイのミャンマー近くのチェンコンで出遭った三十歳代の元学校教師は、まだ完全に教師を辞めた訳でもないという話しだったけど、置屋好きで、国内で教師してた頃も、ボーナスが出る毎に、日本中の北はススキノから南は博多の中洲まで有名風俗店街で散財するのが慣わしのようだった。長年のストレスから解放されたのかのような安堵感めいたものを漂わせていたのが印象的であった。
 その小太り氏、最初の頃はそうでもなかったのが次第にノッソリ、ノッソリといやに緩慢に歩くようになって、突然舗道の端っこに立ち止まり、しばらくの間じ~っと佇んで、不意にニヤリとほくそ笑んだりするよになって、ぼくは、カンボジアの、それも大都市プノンペンのちょっと籠もった感じの暑熱に長く晒され続けたためか、それとも、一見そうは見えなかったがひょっとしてネイチャー・ドラッグにでも惑溺してしまった果ての朦朧なのか、他人事ながら背に一筋冷たいものを覚えてしまった。そして、次の遥か古えの中国の古詩の二行が、ある種の緊張感をもって脳裏に揺らいだ。


 浮 雲 蔽 白 日
 遊 子 不 顧 返

      ( 古詩・無名氏 )

 彼と結構親しいようだっけど、本当のところは定かでないもう一人"ノッポ氏"とぼくが勝手に命名した三十歳前後の日本人がいて、いつもキャピトル・ゲストハウスと同じ経営者が営っているキャピトル・レストランの奥まったテーブルに一人坐り、表の通りの方を首を伸ばしてある種の動物かなんかの如く、キョロキョロ見廻したりする癖のある人物であった。
 小太り氏の方はやがて姿をぱったり見なくなってしまったけど、ノッポ氏の方は、ぼくがプノンペンを訪れる毎に、時期は前後はするものの、必ず居た。
 以前、キャピトル・ゲストハウスの前の大通りで、深夜銃声がしたのでバルコニーに這って出て、見下ろすと、銃を手に構えた私服のポリスと思しき二人組が止まっていた乗用車にピタリと銃口を向けていたって話し書いたことがあったけど、その時、暗いバルコニーに腹這いになって眼下の様子を窺っていたもう一人の泊まり客が彼だった。彼もその眼下で繰り広げられているアクション映画さながらの緊迫した光景に、しかし、一体全体何がどうなってるのかさっぱり理解できず、小首を傾げるばかりであった。

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 殆ど会話など交わしたこともないその彼に、大部過って同じそのバルコニーで、一度尋ねたことがあった。
 確執を続けていたフンセン派とラナリット派が、戦車まで繰り出して可成り派手に交戦し、暫くプノンペンから旅行者・バックパッカーの姿が途絶えた時も、彼はこのゲストハウスに留まり続け、このバルコニーから、下の大通りを轟きをあげて通り過ぎてゆく戦車を腹這いになって、じっと眺めていたらしい。そんなクーデター騒ぎの中にあっても、キャピトル・レストランだけは、シャッターを降ろしてはいたものの、細々と営業はしていて、さすがバックパッカーの不滅の金字塔の面目は保ってたということで感心させられた。

キャピ・レスもさすがだけど、どっこい、そのノッポ氏もただ者ではなかった。
彼も元々置屋好きで、そんな静まり返ったはずのプノンペンの街中を、お決まりの白いTシャツにビーチ・サンダルをつっかけて、街角に屯した兵士をやり過ごしながら、頭上に曳光弾が次から次へと大きな弧を描いて飛んでいくのを見上げながら、建物沿いにパタパタと北上し、ロータリー脇のフランス大使館の路地に分け入って迂回し、かの有名な、昼間見ると単なるバラック小屋通りでしかない娼館街"七十番"(トォール・コック)に日参していたという。

 確かに、クーデターじゃ、イスラム国のラマザーン期間以上に、他に遣ることも行く処もなく、無聊を囲っているばかりじゃ、やっぱし彼としては、正直一路に"七十番"だったのだろう。どの置屋も一様に戸は閉めていて、客が訪れた時のみ開いてすぐ中に引き入れたらしい。いやはや、ノッポ氏の面目躍如ってところだ。尤も、彼によると、プノンペンの置屋事情も年々厳しく淋しくなり、つまらなくなってきていて、さしもの彼も早晩リタイヤする可能性を示唆していた。欧米先進国の偽善的虚偽(差別)的な圧力に屈してフンセン政権が圧力を強め始めたからだ。(娼婦=売春に対するいわれのない性差別・職業差別は、その社会の本質を知るためのもってこいのリトマス試験紙ってところで、見え透いた虚偽・偽善の薄皮が如何様に剥がれ、あるいは幾重にも層をなして蔽っているのかを窺い知ることができる。)
 現在ではプノンペンも大きく様変わりし、七十番街も小綺麗な歓楽街と化してしまって、彼のささやかな悦楽も無聊も慰められるような場所ではなくなってしまったようだ。ボクはといえば、プノンペンの路地裏や雰囲気の良い佇まいの写真を撮っておかなくてはと思い始めた矢先、とんと訪れる機会を失ってしまってそれっきり。雑然としたキャピトル近辺にも面白そうな被写体少なくはなかったはずなんだが・・・

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2013年6月21日 (金)

サッシー=指原莉乃は平成末アイドル界の怨魂・菅原道真それとも革命娘? (2)

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 今回の《 AKB48総選挙 》結果は、今まで本家AKBがダントツに君臨していたのが、ボロボロとその牙城が崩れ始めているってことを示している。
 嘗(かつ)て、今はすっかり凋落してしまった列島中に展開し一世を風靡したスーパー・ダイエーのトップ中内功が、そのはじめの頃、事業展開する際に援用したといわれている毛沢東の革命論『農村は都市を包囲する』をそのまま地でいくように、"地方(農村)は首都(都市)を包囲する"とばかり地方組が本家を浸食し始めた。組織的には先行した名古屋のSKEが圧倒的だけど、出来たばかりの博多のHKT、サッシー(サシコ)=指原莉乃以外は皆若くパワーがあってやがて猛追してゆくのだろうが、も少し実力の養成が必要のようだ。只、勢いってものはそんな単純計算では推し量れないもので、トップに立った劇場支配人のサッシーの影響も加味されるのだろうし、果たして次の総選挙の時にはいかなる形勢になっているのか。
 ここで思い出されたのが、関連映像の《 SUナイト 》という深夜番組らしきものの中で、ゲストのリリー・フランキー相手にサッシーが司会していて、内容は他愛ないものだったけど、リリー・フランキーが総選挙でトップを取ったサッシーのことを『 革命家 』と持ち上げたことだ。サッシー本人は《 レ・ミゼラブル 》でも思い出したのか、"やったー!"と喜色満面に喜んでみせた。そこでリリー・フランキーが持ち出したのが、常道・定番ともいえる讒言(ざんげん)→放逐の《 菅原道真伝説 》を援用した起死回生物語であった。 

 
 確かにサッシーの放逐劇はこの菅原道真の図式をトレースしている。"問題写真事件→放逐"当時その相似性を巷で盛んにもてはやしていた。道真は当時のエリートで権力の中枢の一角を占めていて、結局権力闘争に敗れ放逐されたに過ぎないのが、後の彼の怨魂=悪霊のからみで忠臣→讒言→ 放逐というストーリー立てになったようだ。

 サッシーも、実は、ヘタレだなんだかんだと軽く見られながらも、毎年の総選挙で着実に順位を上げてきていて、事件の頃は4位にまでつけていた。陥落しらずの破竹の勢いだったのだ。当然次の、つまり今回の総選挙では3位以内が確実視されて然るべきだったのが、誰もそれを信じたがらなかった。菅原道真伝説に則(のっと)ってみると、サッシーの写真事件って、サッシーの躍進を快く思ってない勢力による工作=讒言と穿(うが)ち見することも可能。これを更に陰謀史観的に一歩踏み込んでみると、当時出来たばかりのHKTにテコ入れの必要を感じていたらしい秋元康、サッシーあたりに狙いをつけていて、普通に移籍を命じたんでは効果が薄いと、センセーショナリズムを目して件の写真事件の策謀だったと解することもできよう。(尤も、実際にそこまで小賢しく深慮遠謀を秋元康が弄するとも思えないが。)サッシーと併せて、まだ認知度の低かったHKTにいやでもスポットライトを当てさせることもなる。その上、このセンセーショナルなスキャンダル=移籍は、他のメンバーに国外の派遣・移籍を命じるに際して、メンバーや世間における既成事実的な、なし崩し的了解性を確保するにも効果があったのは周知の事実。

 そして、今度はアジア以外の、欧米への進出って運びで、その先ず試行を兼ねたアジアでもありヨーロッパでもあるロシア=モスクワへの派遣・移籍ってことだろう。果たしてそれがHKTを軌道に乗せれたサッシーになるのか、それとも"白人圏"ということで、もっと美麗さを備えた他の誰かに決めるのか。


 しかし、それにしても、アイドル集団=AKBにおける革命ってどんなことをいうのだろう。
 例えば、前田敦子や大島優子、渡辺麻友や柏木由紀なんかの、秋元体制ともいうべきあくまで既存の可愛的美麗的アイドルを中心にした構成に対して、容姿じゃないんだ、むしろそれを越えた"魅力"と歌・踊りそしてパフォーマンスにおける能力こそ基準にすべきなんだという、かつての中国やなんかの人民解放的平等主義な方向性を指すのだろうか。

 この端的な表れが、それを権力闘争の道具に歪曲した悪名高い権力主義的教条主義="文化大革命"( 江青に牛耳られた )って訳だが、この世に存在する一切を商品化してしまう末期資本主義ニッポンにあって、それが人民解放的な自由と平等を獲られるものだろうか。
 あるいは、あくまで首都《 東京 》=秋葉原を中心にした地方(農村)収奪の構造の上に成り立ったのを秋元体制というなら、SKE(名古屋)、NMB(大阪)、HKT(博多)勢力が本部AKB絶対優位体制を席巻し覆すってのは確かに革命的ではあるだろう。しかし、その場合、あくまで中央=東京本部AKBは少なくとも形だけはそのままで地方分権化され、既存の一方通行的な支配は廃されて相対化され、それぞれ殆ど独立した体制を堅持するというシステムになってゆくのか、それとも、AKBもあくまで東京という"一地方"の組織という位置づけとなって絶対的な分権化がなされることになるのだろうか。(しかし、それでも尚、その地方分権は、横並びな、基本的に権力主義的なピラミッド構造に変わらないシステムなのだろうか)

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 今回の《総選挙》にからんで、大分の市長が自分が師事してたらしい元首相(連立政権時)の羽田孜にアプローチしていたらしいゴシップ記事を目にしたが、ともかく、政治屋・企業屋( 彼らは"屋"ではなく"家"と言い張ってるらしい )の類(たぐい)にろくなのは居ない!! 

 昔から使い慣らされた言葉を使うと、人民の膏血(こうけつ)を吸い、それを合法的なものとするために、人民を生かさず殺さずの常に奴隷状態に置く洗脳と暴力を制度化するためにありとあらゆる奸智を弄してきた輩(やから)ってこと。 
 彼らがなりふり構わず、自分の利益のためなら何でも利用するのはもはや小学校の教科書に載せていてもおかしくはない世界史的定理で、とりわけ、人気のある芸能人やスポーツ選手なんかにやたらすり寄りたがるのは、人肌に対するヤブ蚊かダニはたまたヒルの類の如く。

 例えば、安部晋三の首相の特権を悪利用しての底なし振りにはもう言う言葉もない。あろうことか、誰よりも最大の責任者であったはずの自民党=安部晋三が、3・11《福島原発事件》の被害者の一人の少女をさも得意げに、これみよがしに利用していたのは記憶に新しい。( これは冗談でもマスコミが糾弾して然るべきだったのが、逆に安部の"太鼓持ち"でしかなかった正に形だけの、否、その形すら留めてない自称マスコミ="社会の木鐸"なるものがバーチャル以外の何ものでもないことを証してしまった )

 サッシーに限らず、アイドルと同様、少しはまともな人間として生きてゆきたいなら、かかる輩とは、きっぱり一線を画すべきなんだが、利得がらみで彼女たちの所属する事務所が押しつけてくるのが殆どだろうから、それも中々難しいに違いない。そこを連中が狙ってくるのだし、だからスキャンダルの種は尽きまじって寸法だ。
 

 だからこそ、自民党の亡国的売国的半世紀支配にすっかり疲弊し朽ちかかったこの国を救うべく、その先頭を切るべき革命的アイドル娘子軍あるいは遊撃隊が待望されて久しい。( 若い娘たちのパワーを侮るなかれ! )サッシーはアイドル界の、ジャンヌ・ダルクやルイーズ・ミッシェル、周秀英や秋瑾になれるのだろうか、それとも既にそれ自体として存在しているのか? 

 アイドル界のこと(嘗ての中国・文化大革命も初発は同様だったはずだけど)の割には随分と勇ましい言辞が羅列されてしまったが、果たして今回の《 サッシー事変 》、"革命"となってゆくのか、あるいは"改革開放"路線に過ぎないのだろうか?
何よりも、AKBの場合、他のアイドルたちと相違して、AKB≒ファンなのだから、少なくともその神話の上に成り立っているのだから、それはいやでも一つの社会的なモーメントとなってゆくのだろうし、ある意図・私的利潤の追求をもってそれを阻害・疎外しようとする勢力を排し新たな本来的な地平を切り開いてゆくってのも自然且つ論理的ななりゆきでもあるだろう。今後の展開を見守ってゆきたい。 

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2013年6月16日 (日)

サッシー=指原莉乃は平成末アイドル界の怨魂・菅原道真それとも革命娘? (1)

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 聖子や明菜、アムロや宇多田ヒカルなんかのいわゆるポップ・アイドルって嫌いじゃなかったけど、大穴・万馬券的一大青天霹靂的没発としてすっかり話題になった今回の《 AKB48総選挙 》、かの《 9・11 東北大震災・福島原発事件 》の主犯であるはずが杳として今だにその責任の一片だに取ろうとしない半世紀支配政党=自民党の亡国・売国的支配を可能ならしめているニッポン的愚昧・悪辣たるバーチャル民主主義の金字塔"議員選挙"には金輪際歯牙にもかけないぼくですら、つい後半あたりから観てしまった。
 何しろ《 総選挙速報 》とやらで大方の意表をついて、"平成末の菅原道真"と呼ばれ騒がれたサッシーこと、指原莉乃が、なみいる可愛的華麗的トップ・アイドルたちを押しのけてトップに躍り出たってことで、普段AKBやアイドルなんかに興味のなかった人々の関心をも集め、いやが上にも盛り上がっていた。


 刻々と告げられるピラミッド的ヒエラルキー( シングルCD参加人員選抜であってみても )の番付にゆらめく居並んだアイドル娘たちの、順位結果に一喜一憂してみせる緊張と感情的起伏がハイビジョン画面に映し出され、間違っても投票した訳でもないはずのぼくも、つい些かの昂奮と緊張を覚え観入ってしまった。
 日本中が固唾を呑んで注視したクライマックス、3位の発表の際のAKBのトップ・スター大島優子と速報トップの指原莉乃がそれぞれの思惑と感情を発露させた姿、『エ~ッ!』とばかり二人とも手で頭を抱えるようにした仕草は笑わせた。基本的には意表をついた速報結果の時と同じ反応で、とくにサッシーのは押し隠そうとする嬉しさ、恐れと不安、戸惑いが綯(な)い混ぜになった呻きに近いものだった。そして、3位の渡辺麻友のスピーチが終わってついに2位の発表に入ると、大島が半身を前に倒し祈るような姿勢をとりながら、苦笑混じりにふと何か口走った。
 『 やばいかも・・・』あるいは『 危ないかも・・・』
 大島の脳裏に、速報の出だしだけの気まぐれ順位だった(と大島や他のメンバーや世間の大半がそう決めつけ、思い込もうとした)はずの速報結果が、ぐ~んとのっぴきならぬリアリティーをもって立ち現れ、『 ア~ッ! これはひょっとして・・・』という悪い予感が走ったに違いない。

 
 YOUTUBEのAKB関連の映像をチェックしてみたら、大島優子=指原莉乃という括りの対立構図が結構あちこち散見され、他のメンバー同士には余り見られない現象でもあって、少なくとも指原莉乃の側からは、冗談めかして韜晦はしているものの、否、半分以上は本当に冗談なのだろうが、残った最後の一分はどうにも本心=本気なのが透けて見えてしまってる。( 結果論だろうが )
 ことある毎にサッシーは、大島との絡みで、トップ(彼女たちの言葉ではセンター)取りをドサクサ紛れにではあっても宣言していた。大島にとっても、他の誰にとっても、単なるサッシーの十八番=ジョークの類としてしか受け取られず聞き流されていた。恐らく、サッシー本人すら、あくまで自身の到底叶わぬ夢の、ならばせめて言葉( 放送作家の作ったシナリオであっても )として発することで充足しようとしたドサクサ紛れの代償行為以上のものとは考えてなかったのかも知れない。


 しかし、サッシーこと指原莉乃、事実的に今までの総選挙で毎回順位を大幅に上げ続けてきていて、客観的にその軌跡的慣性から考えても、その勢いを押し留める要素がなくむしろ勢いづかせる要因ばかりなので、決して今度のトップ当選、さほど奇異でも不可解なものでもない。おまけに、既に速報で2位と大差でトップにつけていたのだから。
 正に、彼女の"ヘタレ"やなんかのキャラクターのイメージと、スーパー・スター大島優子や前田敦子の跡を継ぐ存在として不動の地位にあるらしい渡辺麻友を絶対視した故に犯した思い込み以外の何ものでもない。( "異端児"サッシーの活躍・影が大きくなればなるほど、その思い込みは一層強くなってしまう )


 AKB48だけでなく平均年齢の一番若い博多のHKTすら、かならずしも皆が皆可愛いかったり美人であったりしている訳ではなく、むしろそんな可愛的美麗的娘は少ないといっても過言ではない。これまでAKB48のトップを競ってきた大島優子と卒業生の前田敦子ですら、その範疇に入るにしてもソコソコのレベル。要は、"魅力"度( 容貌・容姿と相乗するものではあっても )と、後はこのAKBグループ独特のファンに直に接する"握手会"なんかでの対応らしい。
 だから、その範疇には入らないものと認知されているらしい、否、当の本人自身すら自虐的に認めて憚らない指原莉乃が、"根性"とは無縁のすぐ弱音を吐いてしまう"ヘタレ"振りを臆面もなく露わにしつつそれをコミカルなものにしてしまう等身大の魅力・親近感を他のメンバー以上にメディアで発揮し、且つ、プロデューサー的な裏方的な仕事をも確実にこなしてきたらしい実績故に、着実にファン=票数を獲得できたのだろうから、何らとやかく因縁をつけられる筋合いのものではないはず。


 基本的にCD一枚=一票という。ある中国の彼女の熱烈なファンが、可成りの数のCDを買い込んで投票をしたというエピソードもあるらしい。いよいよ国際化し、次の総選挙には外国勢すら選抜メンバーに食い込んでくるかも知れない。今のところ上海とジャカルタ( 台湾にもあるらしいけど未発状態 )だけのようだけど、以前、秋元康がサッシーに、HKTをうまく育てあげられたなら、その次はモスクワにでも行って貰うなんて戯れ言めかして口走っていたのが、今度の総選挙結果や躍進しているらしいHKTを見るにつけ、案外現実のものになるのもそう遠い先のことではないのかも知れない。秋元康のプラン=夢は、むしろこれからが勝負なのかも。


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