プノンペンのパッカー御用達 "キャピトル"ゲストハウス
今回富士山の"世界遺産"絡みで認定会議の開催地カンボジアのプノンペンが束の間クローズアップされたけれど、そういえば、死者まで出してタイともめていたプレアヴィヒ遺跡の方はどうなったろう。
プノンペンといえば、嘗ては、バック・パッカーたちにとって、安宿の定番=キャピトル・ゲストハウスが有名だったけど、レストランと併せて、今現在もその地位は変わっていないようだ。
ぼくも大抵は料金"2ドル"のキャピトルGH"2"の方に泊まってて、フルの時のみ"1"に仮泊まりした。"2"の方は部屋が狭いけど、バルコニーから眼下の通りを行き交う人々の姿や向かい側の旧植民地時代の建物に住まうカンボジア人たちの生活が覗けたり、明るくいかにも南国カンボジアって雰囲気が気に入っていた。ベッドに蚊帳が付いていて蚊に悩まされるってことはなかった。それに初期の頃こそ神経質に使ってたものの、次第に使わなくなってしまった。むしろ、部屋によって出没する赤蟻の方が問題だった。寝てる間に身体のあちこちを刺され、食物をちゃんとビニール袋に入れてリュックの中に隠していても、ゾロゾロ群れなして入ってきたからだ。もう部屋を変えてもらうしかなかった。
90年代後半頃、キャピトル・ゲストハウスは既に有名で、バックパッカーの溜り場だったけど、それでも年々客は増え、テレビの猿岩石の影響で更に日本人客が増えてしまったようだ。キャピトル2の薄暗い階段を昇ってすぐの狭いレセプションの一角で、以前見かけたことのない角張った顔の短髪の小柄な青年が、集まった日本人ばかりを相手に何やら演説をぶっていた。彼は演説部にでも所属していたのか、誰彼となく議論を吹っかけるのが趣味のようだった。いわゆるスクウェアーぽい感じなのでボクは相手にしなかったけど、たまたまそこを通りかかって彼の演説が耳に入ってきた。
「釈迦に握り拳はない・・・」
つまり、釈迦に秘密の教義や儀式はないということほどの意味らしいそのフレーズ(常套句)を派手な手振りまでして得意げに駆使し、面前のパッカーたちを自家薬籠中に取り込もうとしたのか、煙に巻こうとしたのか定かでなかったけど、ふと見ると、日本人たちの背後から、この宿の掃除担当のクメール娘が、恐る恐る彼の方を何か禍々しいものでも見るように睨め付けていた。その娘の凄い表情の方にぼくは感心し、思わず苦笑してしまった。確かに、議論で無聊を慰めるってのも、一つの知恵、それも健康的なやり方ではあったろう。
それと関係あるのか、階段脇の比較的大きな部屋で、これ又日本人ばかりが集まって、入口にいっぱい脱ぎすてた靴やサンダルが並んでいたこともあった。オーム真理教が流行っていた頃でもあって、こんなカンボジアまで来て、カルトの集会か何かかと、その怪しげな雰囲気に、ついあれこれ詮索までしてしまった。勿論、件の議論と同様、普通に気のあった連中が一つ部屋に集まっただけってことの可能性の方が高いが。
( キャピトルレストランの前の通りの地図 ) クリツク
この頃、キャピトル2には色んな個性溢れるパッカーたちが屯していたけど、かの演説青年といつも一緒に議論に参加していたここの常連客がいた。小太りの眼鏡をかけた日本人で、黄ばんだよれよれのTシャツに半ズボンの出で立ちで、彼も人を見ると議論しましょうかと声をかけていた。時折、ボロボロの中高生の教科書か参考書らしきものを片手にいかにも所在なさげにキャピトル近辺をほっつき歩いていたのを見かけたことがあって、ひょっとして、元学校教師か塾の教師だったのかも知れないと詮索してみたりした。
偶に元教師なんかと出会ったりすることもあって、タイのミャンマー近くのチェンコンで出遭った三十歳代の元学校教師は、まだ完全に教師を辞めた訳でもないという話しだったけど、置屋好きで、国内で教師してた頃も、ボーナスが出る毎に、日本中の北はススキノから南は博多の中洲まで有名風俗店街で散財するのが慣わしのようだった。長年のストレスから解放されたのかのような安堵感めいたものを漂わせていたのが印象的であった。
その小太り氏、最初の頃はそうでもなかったのが次第にノッソリ、ノッソリといやに緩慢に歩くようになって、突然舗道の端っこに立ち止まり、しばらくの間じ~っと佇んで、不意にニヤリとほくそ笑んだりするよになって、ぼくは、カンボジアの、それも大都市プノンペンのちょっと籠もった感じの暑熱に長く晒され続けたためか、それとも、一見そうは見えなかったがひょっとしてネイチャー・ドラッグにでも惑溺してしまった果ての朦朧なのか、他人事ながら背に一筋冷たいものを覚えてしまった。そして、次の遥か古えの中国の古詩の二行が、ある種の緊張感をもって脳裏に揺らいだ。
浮 雲 蔽 白 日
遊 子 不 顧 返
( 古詩・無名氏 )
彼と結構親しいようだっけど、本当のところは定かでないもう一人"ノッポ氏"とぼくが勝手に命名した三十歳前後の日本人がいて、いつもキャピトル・ゲストハウスと同じ経営者が営っているキャピトル・レストランの奥まったテーブルに一人坐り、表の通りの方を首を伸ばしてある種の動物かなんかの如く、キョロキョロ見廻したりする癖のある人物であった。
小太り氏の方はやがて姿をぱったり見なくなってしまったけど、ノッポ氏の方は、ぼくがプノンペンを訪れる毎に、時期は前後はするものの、必ず居た。
以前、キャピトル・ゲストハウスの前の大通りで、深夜銃声がしたのでバルコニーに這って出て、見下ろすと、銃を手に構えた私服のポリスと思しき二人組が止まっていた乗用車にピタリと銃口を向けていたって話し書いたことがあったけど、その時、暗いバルコニーに腹這いになって眼下の様子を窺っていたもう一人の泊まり客が彼だった。彼もその眼下で繰り広げられているアクション映画さながらの緊迫した光景に、しかし、一体全体何がどうなってるのかさっぱり理解できず、小首を傾げるばかりであった。

殆ど会話など交わしたこともないその彼に、大部過って同じそのバルコニーで、一度尋ねたことがあった。
確執を続けていたフンセン派とラナリット派が、戦車まで繰り出して可成り派手に交戦し、暫くプノンペンから旅行者・バックパッカーの姿が途絶えた時も、彼はこのゲストハウスに留まり続け、このバルコニーから、下の大通りを轟きをあげて通り過ぎてゆく戦車を腹這いになって、じっと眺めていたらしい。そんなクーデター騒ぎの中にあっても、キャピトル・レストランだけは、シャッターを降ろしてはいたものの、細々と営業はしていて、さすがバックパッカーの不滅の金字塔の面目は保ってたということで感心させられた。
キャピ・レスもさすがだけど、どっこい、そのノッポ氏もただ者ではなかった。
彼も元々置屋好きで、そんな静まり返ったはずのプノンペンの街中を、お決まりの白いTシャツにビーチ・サンダルをつっかけて、街角に屯した兵士をやり過ごしながら、頭上に曳光弾が次から次へと大きな弧を描いて飛んでいくのを見上げながら、建物沿いにパタパタと北上し、ロータリー脇のフランス大使館の路地に分け入って迂回し、かの有名な、昼間見ると単なるバラック小屋通りでしかない娼館街"七十番"(トォール・コック)に日参していたという。
確かに、クーデターじゃ、イスラム国のラマザーン期間以上に、他に遣ることも行く処もなく、無聊を囲っているばかりじゃ、やっぱし彼としては、正直一路に"七十番"だったのだろう。どの置屋も一様に戸は閉めていて、客が訪れた時のみ開いてすぐ中に引き入れたらしい。いやはや、ノッポ氏の面目躍如ってところだ。尤も、彼によると、プノンペンの置屋事情も年々厳しく淋しくなり、つまらなくなってきていて、さしもの彼も早晩リタイヤする可能性を示唆していた。欧米先進国の偽善的虚偽(差別)的な圧力に屈してフンセン政権が圧力を強め始めたからだ。(娼婦=売春に対するいわれのない性差別・職業差別は、その社会の本質を知るためのもってこいのリトマス試験紙ってところで、見え透いた虚偽・偽善の薄皮が如何様に剥がれ、あるいは幾重にも層をなして蔽っているのかを窺い知ることができる。)
現在ではプノンペンも大きく様変わりし、七十番街も小綺麗な歓楽街と化してしまって、彼のささやかな悦楽も無聊も慰められるような場所ではなくなってしまったようだ。ボクはといえば、プノンペンの路地裏や雰囲気の良い佇まいの写真を撮っておかなくてはと思い始めた矢先、とんと訪れる機会を失ってしまってそれっきり。雑然としたキャピトル近辺にも面白そうな被写体少なくはなかったはずなんだが・・・
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