« プノンペンのパッカー御用達 "キャピトル"レストラン ( 2 ) | トップページ |  川の向こうはもうミャンマー タイ北部 "メー・サイ"( 2 ) »

2013年7月20日 (土)

 川の向こうはもうミャンマー タイ北部 "メー・サイ"( 1 )

Photo

 ( メーサイではカメラが壊れてて写真なし。 メーホンソンの定番寺院。 クリック拡大)
 
 ぼくにとってタイとは、タイ=バンコクで、隣国カンボジアへ抜けるため以外は余りタイ国内を旅したことがなかった。それじゃ幾ら何でもって訳で、タイ最北メー・サイまで脚を伸ばしてみたことがあった。
 ミレニアム直前、1999年の1月頃で、昼間は30℃前後あるものの、朝夜は肌寒く20℃以下が普通でフィールド・ジャケットが必帯。観光的にはオフシーズン。それでも、ミャンマー=タチレク行きの橋は、いつも観光客で賑わってはいた。大抵は白人(ファラン)かタイ人の団体。
 ミャンマーの民族衣装を纏った少女たちが、いつも橋のところに屯していて、観光客と一緒に写真に収まるのが"仕事"(5バーツが相場)のようだった。そこからこっち(タイ側)には入って来れないものとばかり思い込んでたら、ある日、その橋へ到る大通りを少し戻ったところにある観光ホテル"Wang Thong Hotel"に民族衣装のまま連れだって入って行くのを見かけた。踊ったり唄ったりできるとも思えず、モデルとして観光客と一緒に写真に写るのだろう。彼女たちの小さな兄弟や彼女たち自身も私服の時は、観光客に手を差し出し、バクシーシを求めたりしてて、単なる小遣い稼ぎなのか、それともそれも本業的な生業なのか定かでなかった。時折、赤ん坊を抱いた彼女たちの母親らしき人物が現れ、彼女たちから稼いだ金を受け取ったりしていたので、ひょっとしてタイの少女乞食がそうであるように、組織だったものかも知れない。

Maesai_1

 
 メイン通りから、橋の手前を左に折れたメーサイ川に沿った通りに、パッカー御用達のゲストハウスが並んでて、丘の斜面にずらり群生したバンガローの姿が、寒々とした空の下、いよいよ底冷えした殺風景さを際立たせていた。
 ぼくは、川沿いの" Northern G.H "に泊まった。
 広い敷地内に、高床式のバンガローが点々と佇んでいて、ぼくのはベッドと小さなサイド・ボードだけの小さなバンガローで、トイレ&シャワー(時間限定で、そこそこの温水が出た)は共同。60バーツ。網戸になった大きな窓が二つあって、カーテンを上と下で張り付けてあったけど、僅かだけどすきま風が吹き込んで来て、さすが寝袋の上に貰った薄い布団を掛けて寝ざるをえなかった。
 時折、丁度ぼくのバンガローと塀を隔てたすぐ向かいに表通りに面した飲み屋"ビア・シン・ハウス"の連中が真夜中の狂騒を決め込んだりすることもあったりしたが、それすら森閑とした夜の静寂に取り込まれ寂しい響きと化してしまい、木々の葉擦れの音がばかりが一晩中、ザワザワと途切れることはなかった。
 只、川沿いの敷地なんだけど、川を渡ってからの侵入を阻止するためか、鉄条網と高い藪が続き、メーサイ川もその向こうに拡がっているはずのミャンマーの人々の暮らしぶりを望めるって当初の目論見は潰えてしまった。

Maesai_2
 
 
 夜七時過ぎると、昼間は屋台がかなり出ていたのが嘘みたいにガラーンとして、商店すらシャッターを降ろし、飲み物屋台だけが僅かに薄暗い灯りの下で寂しく商っているだけ。 橋の袂の"リバーサイド・レストラン"は大体いつも営っていて、頻繁に訪れた。ここは二階もあって、窓から下を流れているメーサイ川越しに対岸のミャンマーの建物や住民たちの日々の生活などが俯瞰できた。川巾は2、30メートルくらいで、" Northern G.H "のちょっと先にある船着き場はもっと川巾が拡がってて、岸辺も低く川面から50センチ位しかなかった。
 カオ・パットとコーラの夕食をとってると、眼下の真っ暗な川に何かの影が見えたのでじっと目を凝らした。上半身裸の男が投げ網をしている最中だった。その川面に、川岸の向こう、ミャンマー寺院の左側に灯っていたネオンが反映して七彩に揺らめき、束の間の感傷に浸っていると、ガヤガヤとタイ人のおばさんたちの団体が入ってきた。ぼくのすぐ後ろのテーブルに坐り、一人肥え太った親爺ガイドが川の方を指差しあれこれ解説し始めた。ふと見ると、ゲートも閉まった真っ暗な橋の上に黒い人影がうごめいていた。
 そこを出て、橋の下をくぐり、宿とは反対の方向の川沿いの通りを辿ってみた。カラフルなネオンが淡く輝き、マッサージやカラオケの店が連なっていた。更に行くと、所謂"置屋"らしき佇まいの店すら並んでいて、厚着した女たちが寒そうに入口に立ち、あるいはしゃがんで客待ちし、前を通るとさっそく声をかけてきた。これも観光と冷やかしながら更に進んで行くと、妙にだだっ広い、新興住宅および小綺麗なゲストハウスの類が点々と建ち並んだ一角に出、今夜の終点とした。

|

« プノンペンのパッカー御用達 "キャピトル"レストラン ( 2 ) | トップページ |  川の向こうはもうミャンマー タイ北部 "メー・サイ"( 2 ) »

旅行・地域」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事