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2014年1月11日 (土)

つげ義春的消息 2014 

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 決してつまらくはなかったが、やはり3Dを前提として作られたスペクタクル・アクション映画《 ゼロ・グラビティー 》、背景に巨大に迫った地球の姿が例えば太陽系から遙か彼方の惑星に接近した宇宙船を舞台にした同じジョージ・クルーニー主演の《 ソラリス 》なんかの宇宙的孤絶感みたいなものを随分と希薄なものとしていて、単なる航空機的トラブルって趣きの感なきにしもあらず。観たのが正月2日で、封切り上映されて2週目に入っていて、比較的こじんまりした劇場に移されていて、もし巨大なスクリーンで観たらまた見えようもかなり変わっていたかも知れない。この手のスペクタクルものは、スクリーンの大きさで凄く印象が異なってくるからだ。
 その帰り、本屋に寄ってみると何処かで見覚えのある独特の絵柄が眼に入ってきた。つげ義春の《 ねじ式 》であった。手に取ってみると、《 芸術新潮 》1月号で、つげ義春特集とあった。


 嫁さんの元《 状況劇場 》の女優・藤原マキの方は既に亡くなっていたのは知っていたけど、さっぱり姿を見なくなって久しい当のつげはまだ健在だった。但し、もうマンガ作品を描く気はないようだ。
 この特集の売りは、“ 原画で読む ”で、《 紅い花 》と《 外のふくらみ 》の2作品が原画で掲載されていた。特に《 紅い花 》の方は、アミ指定の色鉛筆塗りのままで、ふきだしも写植を貼っているのがそのまま見えてしまって、普通では中々見られないリアルな仕様。
 つげの近影と併せた《 つげ義春 、語る 》なる美術評論家の山下裕二が聞き手になったつげのインタビューが興味を惹いた。

 
『 ともかくリアリズムが好きなんですね。
 自分の主観による意味付けを排して、あるがままの現実に即して描くのが・・・。』

 
『 禅の道元は修行をするのは「 自己 」を忘れ無我になるためだと言ってます。無我になって主観が消えると、世界はあるがまま現成すると。
 だけど修行をするヒマなどない普通の凡人でも夢の中では無我を経験できますね。』


 『 夢は眠ることによって目覚めているときの自己が消えて無我の状態ですね。すると文字通りの「 無我夢中 」になり、夢の中での状況を対象化したり意味付けや解釈をする余裕がなくなる。そのためすべてをモロに真に受けてしまい強烈なリアル感を覚えるのでしょう。』


 『 そういう意味で、自分で一番よく出来たと思っているのは「 夢の散歩 」(72年)という作品なんだけど、注目する人がほとんどいませんね。・・・・・・
 「 夢の散歩 」は偶然出会った男女が泥のぬかるみの中でいきなり性交をする話ですが、そうなるまでの二人の関係や必然的な理由などはぶいて、ただ唐突な場面を即物的に描写しただけなので意味がないんです。そうすると意味を排除したシュルレアリスムのように夢の世界に似た印象になりますね。現実もあるがままに直視すると無意味になりますが、夢はさらに無意味を実感させてくれるので、リアリティとは無意味によってもたらされるのではないかと考えているのです。
 この作品のタイトルは「 夢の 」としていますけれど、こんな夢を見たわけではなく、リアリズムから発展してこんな風に・・・。でも駄目ですね、説明するのが難しくて。
 ところがその後カフカを読むようになったら、やはり出来事の描写だけで意味がなく、同じ方法をやっていたんですね。でも自分はカフカ流のマンガでは食っていくことはできないので、結局この虚構世界を超える意味でのリアリティから後退して、もとの私小説風に戻ってしまったんです。』

  
  真夏の強い灼光にまばゆくデティールが飛んだ白黒世界って趣きの《 夢の散歩 》は確かに汗ばんだ真夏の白昼夢ってところだけど、人気も車影の気配もないだだっ広い道路を自転車を引く主人公の男と偶然に居合わせた中年太りした母親と小さな娘親子が渡ろうとして突如現れた警官に注意され、ガードトンネルを渡るように警告を受け、遠くにあるそのガードトンネルに近道して空地を通ろうとするのだが、その造成途中なのかたちまちにして泥濘と化し、ズルズルと滑って容易に越えられず四苦八苦。と、男の前で泥濘の坂を這いつくばって昇ろうとしていた親子連れの母親の、どういう訳か脱げ落ちて何とか引き上げようとして手も届かぬパンティーの上に丸出しになった豊満な尻、たちまち男は発情し、背後から犯すという単純なそれこそ寝覚め間際の束の間のリビドー的くすぶり=性夢って趣きの筋立てで、“ ( どういう訳か )ずりおちたパンティー”って題材、つげの作品に時々見かけ、男的欲望がそれに至る手続きを蹴飛ばし端的に充足に走った御都合主義的な発露って正に夢的世界の典型。 


 『 だけどぼくは小学校を出るとすぐ働きに出るようになり、現実世界を知ってしまったので、子供がピストルを振り回したり大人を投げ飛ばしたりする手塚マンガになじめなくなり、デビューから3年後の21歳のときマンガでは前例のないリアリズムの「 おばけ煙突 」(58年)を描いてしまい、子供の夢を壊すのかと編集者に叱られてしまった(笑)。』


 『 ぼくが14歳の頃2回家出をしているのは劣悪な家庭だったせいですが、その後も何かにつけて逃げることばかり考えていましたね。修道院に憧れたのもそのひとつでした。「ねじ式」を描いた頃には短期間で失敗したのですが九州へ蒸発したこともありました。蒸発は自分の過去を消して別人になって生き直す行為ですが、過去によって形成された自己がすぐ消えるわけではなく、蒸発先の自己もすぐ再生されるものでもないので、その感覚はどこの誰でもないといった「 いながらいない 」ような軽さになりますね。おかげで宗教的な「回生」の意味が理解できるようになりました。』


 同じ蒸発者として、幕末の俳人・井上井月の『何処やらに鶴(たず)の声聞く霞かな』に蒸発者的心理の本質を衝いているとかなり感銘のほどを吐露し、実際、以前の彼の作品にも井月を題材にしたタイトルもそのまま《 蒸発 》がある。
 蒸発・放浪の果て、長野の伊那谷に住み着いた落魄の俳人が、文化人として当初は村人にそれなりに厚遇されていたもののやがて泥酔的醜態も老齢的惚けとともに加速されてきてすっかり持て余しモノと化してしまい、ある日遥か遠い地に捨てられてしまう。が、ほどなくして再び舞い戻って来てしまい、甚だ厄介な存在として行き倒れてしまう無惨。
 つげが自身を投影して描いたものでもあるのだろうが、大正・昭和の流浪者・辻潤なんかもこれに近い無惨的最後を迎えていて、同じ系譜に属しているのだろう。

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