陶然的酔生夢死 『 おしまい町駅ホーム 』

深夜あるいは未明の醒酔定かならぬ彷徨。
センシティブで不可思議さをかもしだす戸川純の唄の、それまでの彼女の雰囲気からもう一つ踏み込んだ、彼女の心の奥底に伏在する仄暗い闇を垣間見たような、それでいても一つ醒めたユーモラスさえ湛えた唄声が妙に深みをもって迫ってくる。その奥底に、ふと死の匂いが見え隠れし漂っているのは、かつての彼女の妹・京子の自殺そして彼女自身の自殺未遂の体験から洩出したものであろうか。
You Tube で見つけた戸川純のこの曲には、昏いトーンのクエイ兄弟の人形アニメーション映像《 人口の夜景 》(1966年作品)の部分が巧く使われていて、一層イマジネーティブな様相を呈している。オリジナルのアニメーション作品《 人口の夜景 》とは些か趣きを異にしてるものの、戸川純の唄とこの曲自身のトーンとに絶妙に融け合って、も一つ別の世界を構築してしまっている。
深夜酩酊しあるいは泥酔した酔っぱらいが、覚束( おぼつか )ない朦朧とした意識と足取りで、ヨロヨロとそれでも通い慣れたように人気のない地下鉄駅の階段を降り、プラット・ホームのお決まりの場所・寝場所に、音を立てて転がり込む光景あるいは彼の脳裏にゆらぎ続ける心象風景って趣きもなきにしも非ず、つまり酒精によって誘発された朦朧陶然とした酔生夢死的彷徨って奴なのかも知れないけれど、やはり、戸川純自身が、水谷紹のこの詞にかならずしも肯定的ではないらしいことからも、“ Dive into the Railroad ”を直裁に受け止めるべきなんだろう。尤もその時も、画然と酒精的朦朧陶然と一線を引くというのではなく、むしろ曖昧に融合し一層更なる朦朧陶然としてゆらめく態のものに違いない。
ぼくがこの戸川純のこの曲が好きなのも、彼女の独特の世界が誘発する朦朧陶然の故だ。他の歌手が唄ったらまったく別ものになって、これほどぼくに拘泥させることなどなかったろう。
曲の後半、少し長めのストリングスの間奏の後の“ ここのホームは ”から、グ~ンと盛り上がって、“ 安心してよくってよ~”が、何処へでも好きなところへス~ッと行けてしまうんですよ、飛び込みさえすれば。《 夜明け 》と《 明日 》以外なら、想い出の場所とか、この世の何処でも、あの世でも、ひょっとして異( 次元 )世界にすらと、実に陶然として死への意念を昂ぶらせ、ここのホームは、絶対に、他の駅のホームのように失敗することなく、確実に、と言わんばかりの、グ~ンと危うい放物線を描いて高揚させ甘美な死へと誘ってゆく。
“ ここのホームは安心してよくってよ~ どこへだって抜け出せてよ ”
この何とも凄絶な歌詞を戸川純はむしろ朗々と唄いあげてゆく。あたかも冥界からの使者の如く、アジテーターの如く、あるいは勧誘員の如く、冥界の秘密の甘露アムリタをふりまきながら。
それにしても戸川純、地下鉄会社が見たら眼を剥きそうな曲を、実にイマジネーティブな酔醒定かならぬ陶酔的彷徨の果ての法悦境をすら来たし得かねない作品世界にまで昇華してくれている。 普通のJRやなんかの地上の電車じゃなく、地下鉄ってところがミソなんだろう。地下鉄独特の仄昏さと都市性。
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