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2014年5月24日 (土)

春蚕   事変と恐慌の間で

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その年の十一月日本で《 蚕糸恐慌 》が起こった1933年( 昭和八年 )、中国では程歩高・監督の《 春蚕 》が作られた。奇しくも丁度その一年前の十一月、日本では今いち魯迅や老舎ほどには知られていないものの中国では著名な作家・茅盾のその原作が発表されていた。後に発表した《秋收》、《残冬》を合わせて“農村三部作”と呼ぶという。魯迅も上海・六馬路 (現・九江路)にあった大戯院での試写会に尾行につけ狙われるのも意に返さず観に来たという。

 物語は同年代初頭、中国は江南の養蚕業が盛んな一郷村が舞台。
 時代は上海事変( 中国では一・二八事変 : 1932年 )が勃発し、生糸相場が暴落する前後。折からの資本主義・欧米(日本)列強植民地主義の混沌の中で翻弄され続ける、前時代的な意識と感性、風俗習慣から一歩も出れない郷村=養蚕一筋の養蚕農家の人々の狭隘な世界観が必然的に辿ってしまった凋落の途。その過程を通宝一家を通して、日々の養蚕の作業の順を追いながら描いてゆく。モノクロ画面のサイレントだけど音楽が入っているサウンド版。

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 主人公は通宝一家の主人・老通宝。
 勤勉で旧習堅持の頑固者。冒頭から大きな質屋に群がった客たちを掻き分けてカウンターに持参した生糸の数束を渡して換金し食物を買って戻るシーン。換金作物ならぬ生糸ってところが通宝一家の有り様を特徴づけている。やがて時節到来。高利貸しに大金を借り一家揃って食うや食わず寝ずの番までして養蚕に励む。

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 ところが、隣に住む李根生の妻・荷花( =蓮花 )の持って生まれた星が白虎星、つまり災厄星ってことで、伝統的な養蚕的農事に禍をもたらす疫病神として老通宝や村民にも忌み嫌われていた。そのお陰か旦那の李根生すらが村民の白眼視と嘲弄の対象にされ、憤懣やるかたなく何かにつけ彼女をなじり暴力すらふるった。
 老通宝の末っ子・阿多( 多々頭 )は老通宝の旧習的迷信等に懐疑的で、唯一例外的に隣家の荷花と普通に会話したりして老通宝に難詰される旧弊から抜け出しつつある新しい世代って設定。

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 苦労の甲斐あって蚕繭( まゆ )は豊作だった。
 が、結果したのは、いわゆる豊作貧乏の類。
 更に蚕繭の質の問題も絡み、何よりも上海事変で上海近辺の製糸工場が破壊されたりですっかり破綻状態。つまり、『 莫大な借金までし、苦心惨憺のあげく蚕繭の高収穫となって万々歳のはずが、値崩れしてしまい、手元に残ったのは多額の借金だけだった 』という出口なしの悲惨故事。
 劇中、“ 蚕壮了、人痩了 ”なる句が意味ありげに提示される。
 蚕が肥えると人間は痩せる。つまり、蚕の世話で苦心惨憺し痩せ、蚕のために作った負債・借金で更に痩せ細る。戦前の日本の東北・長野なんかも似たような状況で悲惨の淵に沈んでいき、それが一層大陸侵攻・侵略へと拍車をかける要因にもなっていいった。

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 この程歩高・監督の1933年作品《 春蚕 》、時代的なものもあって些か啓蒙主義的な臭いもしないではないけど、リアルで、似たり寄ったりの当時の日本の養蚕農家=郷村にも共通した普遍的な説得力がある。中国映画史的にも初期の重要作品の一つに数えられ影響力もあったようだ。

 原作は未読だけど、地味なテーマと舞台設定の割にはそれなりに起伏もあり飽きさせない。そんな中で、やっぱり白虎星・荷花=艾霞は異彩を放っている。世間に鋭い一瞥をくれてやる鬱屈した情念を滾らせた異端的風貌。 
 脇役なんだけど、旧態依然の郷村にあって一人異色な存在で、上海映画界に彗星の如く現れた艾霞( 二十歳 )が演じている。現在の美意識からすると美人の範疇には入らないだろうが、当時はスラリとしたモダン( 摩登 )な新女性ってところで仰ぎ見られていた。ところが、わずか二年後の絶頂期に、“人生是痛苦的,現在很我満足了。”という遺書を残し阿片を飲んで自殺してしまった。

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 主演の肖英( 蕭英 )は、辛亥革命(1911年 : この年が干支で辛亥にあたるからの命名らしい )の際に江浙連合軍の前鋒決死隊隊長として清(政府)軍と戦った経歴の持ち主で、その後も、上海に赴くまで、軍関係の仕事に就いていらしい。以後、演技派俳優として有名な作品に多々出演。艾霞とも数度共演している。 
 老通宝の息子・阿四を演じた龔( 龍の下に共:中国姓 ゴン )稼農も数多の有名作品に出演し、阮玲玉の初主演作《 挂名的夫妻 》でも共演している。艾霞と仲の良かった、同時に文化大革命=四人組の頭目・江青が当時舞台演劇や映画で競った才媛・王瑩の主演した沈西苓監督作品《 女性的吶喊 》にも出演していた。
 

監督:程歩高
脚本:夏衍
原作:茅盾
撮影:王士珍

肖英(老通宝)
厳月嫻(四大娘)
高倩蘋(六寶)
龔( 龍の下に共:中国姓 ゴン )稼農(阿四)
鄭小秋(多多頭)
艾霞(荷花)

制作:明星影片公司(1933 年) モノクロ:サイレント=サウンド版


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