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2014年6月の2件の記事

2014年6月21日 (土)

武侠伝説 『 グランド・マスター 』

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 ブルース・リーの師事した中国拳法《 詠春拳 》の宗師ってことでか、葉 偉信監督《 イップ・マン 葉問 》Ⅰ、Ⅱについでとうとう王家衛( ウォン・カーウァイ )監督の葉問を主人公にした《 グランド・マスター 一大宗師》が昨年封切られた。ドニー・イェン主演の《 イップ・マン 》悪くはなかったけど、王家衛には初めてらしいこのカンフー映画、冒頭から降りしきる雨の中での多勢との死闘って展開からして、彼らしく凝った映像ともどもに、単なるアクション映画扱いの所謂ホンコン・カンフー映画とは一線を画した些か中国( 大陸 )的事大主義的意匠の下に、一つの美としてのマーシャルアーツ世界が造形されていた。

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 時代はあたかも大日本帝国の大陸侵略が一層拍車がかかり始めた頃から、葉問の根拠地・仏山そして戦後の香港と舞台は移るが、仏山といえば伝説のカンフー・マスター黄飛鴻の出身地でもあったか。
 ドニー・イェンの《 イップ・マン 》ほどには日本軍占領下での日本軍との角逐は描かれず、むしろ流派の南北統一を画した八卦掌・宗師でもある北派拳法の総帥・宮宝森亡き後の、八卦掌・宗師の座を巡って娘の宮若梅と、宮宝森を殺害した師範代・馬三との東北地方( 満州 )で繰り広げられる死闘の背後に日本軍の影が見え隠れするぐらい。 どうも東北地方を根拠地とした馬三と八卦掌の幹部たちは日本軍の麾下にあったようで、彼らと決然と対峙したチャン・ツィイー演じる宮若梅の、《グリーン・デストニー》での凛々しくも溌剌とした美娘剣士とはまたその趣きを異にしたしなやかで鋭利な雌豹を想わせる女流拳士が中々好い。一種風格すら漂わせている。主演の葉問役のトニー・レオン、確かに堂に入って申し分ないけれど、チャン・ツィイーのストイックな中に艶めかしい妖しさすら湛えたその佇まいは格別。
 最初、父親・宮宝森の敵と見なし葉問を倒そうとまでしたものの、次第に彼に惹かれ、葉問自身も彼女に仄かな恋情を抱くようになる。
 とはいえ、葉問には長年連れ添った愛妻が居て、それを決して覆すことはない質のものだったのが、宮若梅、東北の何処かの駅で父と流派の敵・馬三と果たし合いの死闘を繰り広げた際に受けた打撃が時間の経過と共に悪化していったためにか、あるいはいつ頃からか耽溺するようになった阿片吸引のためにかあえなく病死してしまう。相前後して、戦争で生活基盤を失ってしまい一旗あげて収入を得るべく香港に赴き妻子を仏山に残してきたのがその愛妻も病死してしまう。

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 如何にも王家衛らしく、映像に凝っていてその映像美には感心させられる。
 冒頭の雨中の多勢との死闘シーンからもうその世界に惹き入れられてしまう。雨滴自体、水溜まり自体を美麗に映し出し、男たちの繰り出す突きや蹴りあるいは宙に吹き飛ぶダイナミズムをも躍動感溢れた映像として定着してみせる。
 金庸の小説を題材にしたらしい武侠片《 楽園の瑕 》でもかなり映像性に拘りを見せていたけれど、撮影にえらく時間をかけ過ぎて公開が危ぶまれた前科もあったらしい。事前の情報だとかなりこの『 グランド・マスター 』、撮影量が多かったはずが、この一本だけで完結した作品だとするとちょっと妙なことになってしまう。つまり、当然に続編があってのみ成り立つような作りになっているのだけど、余りそんな話しブログ捜してもないようで、確かに昨今この手のとりわけ最後のシーンが曖昧なまま、思わせぶりなセリフを挿入して尻切れトンボ風に了(おわ)ってしまう映画少なくない。
 台湾特務を辞めて床屋の頭目に変身したチャン・チェン(張震)演じる一線天のエピソードがまったく用を為さない。配信された映画のスチールにも葉問と一線天が対決するシーンを示唆するものがあって、この作品には出会いすら描かれていない故に、当然続編が設定されてこそ了解性が成り立つ。

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 それとも、《 楽園の瑕 》同様あまりに長い時間をかけたため、次第にその意欲も減退してしまい、締め切り時間も迫ってか面倒になってしまい適当にまとめてしまったのだろうか。売れっ子作家の小説で一度見たことがあるけど、それでも現実とは、現実のあれこれの出来事って総じて整合性なんかを無視してそれぞれの内的必然性あるいは力学によって生起するものだから、それはそれで一つの作り方にもなりえる。
 只、僕的には、もし続編がないのなら、余りに撮った量が多すぎて2時間ぐらいでは到底収まりきれず、さりとて一線天=張震のシーンを全部カットするには既に共演者として彼の名をクレジットしてしまっていて不可能になってしまっての中途半端さだろうと了解している。
 それにしても久し振りに観たチャン・ツィイー、中々のもので、やっぱり米国=ハリウッドなんかじゃ彼女の魅力を引き出せる作品なんて出来ないようで、アジア=中国であってこそ可能な、正にアジアの妙華ってとこだろうか。  


監督   王家衛
脚本   王家衛、
撮影   フィリップ・ル・スール
音楽   梅林茂、ナタニエル・メカリー
武術監督 袁 和平
美術・意匠 張 叔平、邸偉明

葉問      トニー・レオン  (梁 朝偉)  
宮若梅  チャン・ツィイー (章子怡) 
宮宝森  ワン・チンシアン (王慶祥)
馬三      マックス・チャン (張晋)
一線天  チャン・チェン  (張震)
張永成    ソン・ヘギョ (宋彗蕎)  

制作 香港・中国(2013年)


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2014年6月 8日 (日)

旅先の不可解 2

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 イランの古都イスファハンは他のイランの町とは違ってどこかあか抜けのんびりとした雰囲気が気に入ってしまった。
 バザールが有名で、最近は小綺麗になったろうが、当時はまだイラン・イラク戦争が終わって数年、所々廃墟めいた場所すらあったくすんだ佇まいでそれなりの風情があった。女性もカラフルなチャドルを纏って買い物に余念がなかった。海抜1500メートル、四月下旬で天候悪く雨も降り肌寒い日もあった。
 イラン人好みなのかジンジャー風味のアイスクリームはお気に入りだった。マーデュという上にバナナのスライスやナッツの砕片がいっぱい載ったドロリとしたミルク・シェイク風の飲物もあった。エジプトにも似た飲み物があった記憶があるけど、見てると小さな子供連れの母親がマーデュ( 500IR )一杯だけを注文し子供たち皆に飲ませていたのが印象的だった。宿はバックパッカー御用達の《 アミール・カビール・ホテル 》(S=3000IR、W=5000IR)。中庭があって共同のホット・シャワー。他の日本人と二人でダブル・ルームを各3000IRでシェアー。


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 繁華街のチャハール・バーグ通りにある《 ナグシェ・ジャハーン・ホテル 》の一階の奥にあるレストランで朝食、隣の《 ノバハル・レストラン 》で夕食と決まっていて、インドからつかず離れずに一緒だった日本人パッカーたちと夕食に《 ノバハル・レストラン 》に通った。
 その中に、関西の学生が居て、弁護士志望ということであった。
 その学生が、ある時、如何なる動機によるものか、“ 宿代を踏み倒して逃げてみたい ”と言い出した。
 ぼくら一同唖然としてしまった。 
 金がないからじゃなくて、どうもそのスリルを味わってみたい、ということらしかった。
 ぼくらはそんな浅はか且つ悪質な行為を諫めた。
 金がないというならまだしも、ちゃんと持っていて、こっそりリュック担いで逃げ出し踏み倒すというのは、何よりも旅行者と宿との信頼性を損なう裏切行為に違いない。おまけに、弁護士志望というのだから何をかいわんやだ。
 彼はぼくとは別の部屋だったけど、結局いつの間にかドロンし、宿のスタッフが気色ばんだ表情で、忽然と姿を消した彼のことを尋ねにきた。ぼくらは知らん顔を決め込むしかなかったけど、間違っても彼の踏み倒した部屋代を立て替えるってこともなかった。それは又ちょっと筋が違うってことだ。
 こっちでは一体そこら辺のシステムはどうなっているのか知る由もなかった。
 ひょっとしてそのスタッフが損失分を肩代わりさせられるって可能性もあった。現地のしがない雇われ人に過ぎない彼に、3000~5000IRは決して鼻歌気分で払える額のものではなかったはず。下手すると一日分かそれ以上の給料が飛びかねない。


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 以前、隣国パキスタンのラワルピンディーというやけにだだっ広い馬車とスズキ( 軽トラの荷台に人を乗せる )のまき上げる砂塵モウモウたる雑然とした町の安宿に滞在していた時、支払いの段になって一日分不足を宿のまだ若いチーフがやってきて訴えてきたことがあった。けっこうアバウトな感じがしたため、念のため支払った分をノートに記していたのでその旨伝えると、スタッフの過誤というより誰かがくすねた可能性に思い至ってか、そんなイスラムの教えに背く背徳的行為なぞ考えられない、慚愧に堪えぬとばかりに苦渋の表情を浮かべ、殆ど泣き出さんばかりであった。
 
 それにしても、無いならともかく、ちゃんと有って払わないでドロンは、何としてもまずかろう。外人旅行者に対して友好的な人々であってみれば、罪深い、正に仁義に反した背信行為だろう。それに、彼は弁護士志望の割には、イスラム原理主義=イランという国の怖さに無頓着過ぎた。盗みは下手をすると手首を切り落とされかねない厳罰なのは、サウジだったか。不倫は地面に埋められたあげくの石打刑はイランの常識。そんな国で、もし宿のスタッフがポリスか何かに通報したとしたら事態は甚だ厄介なことになったろう。微々たる数の日本人旅行者なんか簡単に発見され逮捕されかねない。何日か拘留され踏み倒した宿代を払ってすめば御の字ってところ。
 おそらく宿側が泣き寝入りして収めてくれたのだろう。
 それにしても彼は一体いかなる動機・心持ちでそんな稚戯めいた挙にでたのだろう ?
 一番ありえそうなのは、ちょっと飽きてきた長旅の刺激剤として一抹のスリルを味わってみたかったってところなんだろう。チープ・スリルってフレーズ何処かで聞いたことがあったけど、不義理もさることながら、一歩間違えると、とんでもない事態に陥ったかも知れなかったわが日本人バックパッカー君ではあった。


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