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2014年7月 6日 (日)

災厄の牙城 『 シタデル 』

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 一時犯罪の若年化が騒がれ世界中のグループ化した少年犯罪が報告され、ブラジルのは映画化までされていたけど、欧州でも、ドーバー海峡を越えたブリテン諸島(英国とアイルランド)でも同様らしい。
 この映画の監督キアラン・フォイも、嘗て路上で少年ギャング一味に襲われ、その時のショッキングな体験が元でパニック障害=広場恐怖(アゴラフォビア)に陥ってしまい随分と苦労していたのが、突如降って湧いたようなその禍事を逆手にとってこの映画を作ったようだ。確かに、パニック障害を患っている主人公の映画って余り聞かない。米国映画《 テイク・シェルター 》の主人公が精神を病んだ母親の影響を危惧し鬱々とした強迫観念的ノイローゼに陥っていたような独特の昏いトーンが特異でもあったけど、このアイルランド映画も、欧州独特の昏く鬱々とした空の下、殆ど廃墟と化した灰色の高層集合住宅が墓標のように聳えた実に陰鬱な雰囲気。
 この郊外の、世界的慢性不況のためにスラム化し、更に廃墟と化してしまった今じゃ世界のあちこちに見られる末期資本主義的残影って、昨今のホラー映画の定番と化してしまった感すらあるもってこいのお決まり舞台。この矩形の廃れ朽ちた高層ビルって、もうそれだけで沈鬱な現代って状況を表象し、救いがたい禍々しい惨事を予見させる。比較的最近観た映画の中にも同じ設定の作品が何本もあって、一つの流行のようにも思える。不思議なのは皆それなりに面白い作品に仕上がっているってことだ。

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 アイルランドって、嘗ては英国からの分離独立運動のIRA( アイルランド共和国軍 )との絡みで有名だったものの今ひとつ馴染みがなくイメージがわかない。この映画でもロケ地は英国スコットランドの工業都市グラスゴーということで、如何にも低所得者向けの高層集合住宅ってのが英国風味。
 バスもろくにやって来ないような、いよいよ時代に廃棄されたような燻すんだ場末。灰色に閉ざされたような裏通りをフードを深々と被ったパーカーを纏った少年ギャング一味がゾロゾロ群れながら徘徊するって光景はそれだけで映画になる。そんな荒んだ街から抜け出そうとしていたのか、もうすぐ子供が産まれる若いカップルが、そんな高層住宅から引っ越そうとした当日、正に主人公トミーが手荷物を玄関前に停めたタクシーに預け、部屋の前の通路で待っていた嫁をエレベーターに乗って連れに戻ろうとしたその時、急に調子のおかしくなって扉が開かなくなったエレベーターの小窓の向こうで、やってきたパーカー姿のギャング一味に身重の妻が襲われる様を目撃する羽目に陥ってしまった。一階まで降りてしまったエレベーターから飛び出し必死に階段を駆け上がり続け漸く辿り着いた時には、はちきれんばかりに膨らんだ腹の上に一本の注射器を刺されたまま通路の上に妻は倒れていた。
 病院に運び込まれたものの結局妻は死に、産まれた女の子が一人残った。
 まだ若いトミーは、しかし、その事件のショックでパニック障害=アゴラフォビア( 広場恐怖症 )を発症し、建物の外に出ることが困難になってしまって、それでも産まれたばかりの一粒種のエルサを育てていかねばならない。普通なら、どっちかの両親の下に預けられるのが常道だけど、それじゃ映画にならないからだろう意地でも買い物もままならぬ青年シングル・ファーザー=トミーが自身の手で育てる運びに。

 このアゴラフォビアって病、的確な訳語がないようで、一応『 広場恐怖 』とか『 空間恐怖 』、『 外出恐怖 』となっていて、かなりトイレなんかの狭い空間をすら恐怖するケースもあるらしい。『 閉所恐怖症 』とは別様のものという。薄暗い建物から眩いばかりに淡い光の溢れた外の世界へ一歩踏み出すと、もうパニック的発作を予期しての不安なのか既にパニック状態に入っているのか、正に戦場的殺伐さのど真ん中を行く類で、全身から脂汗が滲み滴り落ち、一歩一歩身を削る思いで、嬰児エルサを乗せた軽量プラスチックのベビー・カーを押してバスの停留所までゆく姿は病んだ現代そのもので痛々しい。
 彼の居る高層住宅はドアがガラスなのか強化プラスチックなのか定かでないが外部が磨りガラス状に覗け、例のパーカー一味の姿が執拗に現れる。襲いに来たんだと、慌ててトイレの中にエルサを抱いて隠れ片手にハンマーを握ってじっと息を殺し身構える。その内中に侵入しドカドカと足音をたてて巡りはじめる。一見、不安と恐怖に怯えたトミーの意識と神経が作り出した幻覚のように思えるが、果たして、彼らは本当にトミー否彼の子供である乳飲み子のエルサを狙っているのが分かる。

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 実は、彼らパーカー一味は少年ではなく、ある因縁めいた成り行きで邪鬼のような風貌と身体をもった成人であった。近親婚と感染症で矮躯となり、生殖能力を喪失したため、子孫を残すために普通人の幼子を引っ攫(さら)っては自分たちと同様の身体に変容させ続けてきたという。ある宿業・因縁によって生じた異形の者たちと社会との軋轢と争闘・・・これはもう今のホラー映画の定番的範疇だ。《 ヒルズ・ハブ・アイズ 》なんかをはじめ枚挙に暇がないくらいに次から次へと作られ続けている流行のシチュエーション。
 ストーリー的には、実は彼らの実の親だった神父と彼らに攫われながらも逃がれ異形の者となることを免れた盲目の少年と連れだってトミーが攫われたエルサを取り戻し、彼らの牙城である件の高層ビル、正に邪悪の城砦( シタデル )を爆破し根こそぎにしてしまう。脚本的には単純で月並みなデキだけど、パニック障害に苛まれ幼子の乗ったベビーカーを押しながらのシングル・ファーザーの悪戦苦闘って一点で興味を惹いた。

 そういえばパキスタン国境ちかくのイランのバムの街にも砂礫の城砦シタデルがあった。一応形は留めているものの廃墟には違いなく、仄暗い内部にすっかり棲みついた嘗ての亡霊たちがかそけき姿も顕わに徘徊しててもおかしくはなかった。尤も先年の地震で大部瓦解したらしく、亡霊たちもあわてて逃げ出したろうか。


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