“ あこがれ ”神話 《 アンナと過ごした四日間 》 (2008年)

知らずにレンタル・ビデオ屋で借りたこの一枚、予想に反してけっこう面白く見せて貰った。ともかく東欧ポーランドにも今時ここまでシャイな男が居るものかと、殆ど邦画と見間違うくらいに感心してしまった。
監督のポーランド人イエジー・スコリモフスキって、同じポーランド人監督アンジェ・ワイダやロマン・ポランスキーたちの初期の作品の脚本を書いてたのが、数年後今度は自らがメガホンをとるようになった今年76歳のポーランドの巨匠的な存在らしい。ぼくも以前一度くらい観たことがあるのかも知れないが、覚えてない。

のっけから絵画的な構成と色調のポーランドの田舎町の風景からはじまる。
同じ東欧的な耽美的映像であってもロシアのアンドレイ・タルコフスキーとは亦些かニュアンスが異なって、煉瓦にセメント塗りの静謐な近世的な佇まいの中、鐘の鳴り続ける教会の脇を通って、くすんだジャケットをまとった中年男・レオンが独特の癖のある歩き方で角を曲がってくる。暗い面持ちにちょっとオドオドした眼差し、アルトゥール・ステランコ演じるこの一抹の危うさを含んだシャイな独身中年男がなかなかいい。
そうなのだ。長患いの祖母と二人暮らしのレオンは、おとなしいばかりの無害無益な朴訥な中年男のように思わさせていて、その実、レイプの前科のある薄暗い過去をもった危ない男で、病院の火葬場で働いていた。長い柄の斧やバケツから取り出した手首が、ホラー映画の雰囲気すら漂わせる。

はた、とレオンは建物の角にはりつく。
こっそり角から窺うと、向こうの人気のない通りを中年女が二人、一人はまだ若々しくすらりとしてシェパードを連れ、もう一人はグラマラスな肉体の女、ゆっくりとこちらへ向かってくる。更に先の大きな木の幹の影に身を潜め、二人の姿が遠ざかってゆくのをやり過ごす・・・何を隠そう、そのグラマスな女こそ、レオンの意中の女アンナであったのだ。
女は看護婦で、レオンの家の裏から、洗濯物干し場につかわれている広っぱを隔てたすぐ向こうにある看護婦寮に住んでいた。そこを毎晩、レオンは自室の窓から覗いていたのだった。狭い小さな田舎町にもかかわらず、レオンはアンナに言葉をかける勇気もなく、もっぱら自室の灯りを消し、病院の仕事を終え戻ってきて彼女の着替えたりあれこれの日常の所作を眺め続ける密かな愉悦に耽るのだった。単なるのぞきなら日本も含め世界中昼夜を問わず窓の向こうで繰り広げられているだろう。( 昨今はもっと悪質に室内に遠隔操作のカメラすら仕掛けたりするむきもあるようだし。)
しかし、祖母が亡くなり、コスト削減で病院をクビになって、彼は、そこから更に一歩踏み込んでしまう。
彼女が常飲しているものの中に亡くなった祖母の睡眠薬をスプーンで細かく砕き粉末状にして仕込み、彼女がすっかり寝りこむ頃をはかってから、大胆にも窓から中に忍び込む暴挙に出た。そして、ベッドの上で眠りこける眠り姫アンナの姿を間近に眺めながら、床を拭いたり、足の指にマニュキュアを塗ってみたり、彼女の誕生日には、パーティーにすっかり疲れ微睡んだ彼女に捧げる退職金をつぎ込んで買ったダイヤの指輪すらも持参して。そんな彼にとっての陶然とした夜々も四夜目に、それも壁から落ちて壊れた鳩時計を自室も持って帰り直して再びアンナの部屋の壁に戻そうとし、挙句とうとうポリスに逮捕されてしまう。

シャイで哀れな中年男の一人慕ってきた眠り姫との決心の四夜の逢瀬。
ところが、以前たまたま魚釣りの途中強いにわか雨にあってあわてて駆け込んだ廃墟で出くわしたレイプの現場、その被害者がそのアンナであり、呆然として身動きも出来ず犯人が逃げ去った後、怖々とアンナの傍に寄ってみたら、ふとアンナと目があい、動顛してその場から逃げ去ったため、後日犯人とされてしまったのも明かされる。
つまり、彼は無実であった。それ以前に彼の意中にいかなる女の影もなかったのが、その事件をきっかけに、アンナの姿が色濃くとぐろを巻き、トラウマと渾然一体となって心の奥底に刻印されもはや決して忘れられぬ“ 女 ”となってしまった。シャイなレオンにとって、それはふつふつと粘っこく沸き上がる欲望というより、正に“ あこがれ ”であった。
そんなプロセス=エピソードを時間系列に沿ってではなく、バラバラに周到に計算して構成・編集して作られていて、確かに昨今の流行ではあろうが、面白く、とりわけ、忍び込んだアンナの部屋の中でのハラハラ感は、ユーモラスな場面も混じえて悪くない。
それにしても、二十一世紀の東欧で、一種イノンセントな時代の狂言廻しとしての存在性をもあわせて、AKBの楽曲に出てくるようなシャイな思春期の少年みたいな心性を持った中年男が存在しているらしいってのは、癒しなのかそれともやはり二十一世紀的な神話なのだろうか。

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