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2015年1月 1日 (木)

ビートニック物語 ケルアック《 オン・ザ・ロード 》

On_the_road


 '60年代中葉から登場したヒッピー世代の一つ前、いわゆる“ ビートニック・ゼネレーション ”の象徴的存在としての作家ジャック・ケルアックを中心とした同じビートニックたちの青春群像劇。小説の邦題だと《 路上にて 》。読もうと思ってだいぶ以前に文庫版を一冊買っておいたのだけど、そのまま段ボールにしまったままになっていた。
 世代的には同じ頃だけど、有名になったのがヒッピー時代だったからかビートニック作家とはいわれてないらしいチャールズ・ブコウスキーのは面白くて何冊も読んだ。マット・ディロン主演の映画も観た。今回偶然、ビデオ屋の棚に原題そのままに《 オン・ザ・ロード 》のDVDを見つけさっそく観てみた。


 リュック担いでトボトボとあてどもない米国・荒野の旅に出るってイントロ同様、如何にも“ 世の果ての一人旅 ”って雰囲気を勝手に思い描き決めつけてたのが、えんえんと彼ジャック・ケルアック( 劇中 : サール )とむしろ彼の仲間たちの中心人物ともいえるニール・キャサディ( ディーン )との米大陸巡り旅と交遊録の描写がつづく。
 キャサディは作家でもアーチストでもないものの米国ビートニック世代にあっては伝説的な人物で、その生き様が正に破天荒な“ ビートニック ”そのもの。同時に何人もの女とかかわり、ホモセクシャルな感じに描かれた詩人のアレン・ギンズバーグがまとわりつき、他の作家たち同様ケルアックも彼の破天荒さに惚れ憧憬の念すら抱いていた。正にヒップ・スター。
 1950年前後の米国、そして最後はメキシコを舞台に、乗用車に同乗しての、アスファルト道路を西に東にブッ飛ばしながらの青春的彷徨譚。
 そう、彼ケルアックがリュック担いで自らの脚で歩きながらの一人旅じゃなかった。
 映画の半分過ぎてもやっぱり車なのだ。冒頭のあのリュック姿の一人旅風は、あくまでイメージ効果を狙った演出なのか。
 確かに、広い米国、否、インディアンの大地は広大に過ぎ、あるいは場所によっては苛酷過ぎて、徒歩なんぞじゃ到底廻りきれないのかも知れない。モータリゼーションの代名詞の様な国だから、ハリウッドのロード・ムービーの殆どが車に乗っての旅。
 バック・パッカーたちって飛行機は別にして大抵公共輸送手段たる列車かバスってのが相場。米国ならグレーハウンド・バスなのか。あとはヒッピーの時代からの常套となっているヒッチ。昨今のハリウッド映画では、ヒッチといえばホラー映画の定番ともなってる。
 
 この映画じゃ殆ど触れてないけど、ケルアックの父親の死が、彼が旅に出る機縁になったらしい。普通自分の父親が死んだぐらいで旅に出るってのは余り聞かない。それだけ親密な父子の関係だったんだろう。
 悲哀に満ちた眼差しの老いた母親の方は画面によく登場し、いつも彼の帰りを一人待っている。典型的な米国中産階級の家ってところなんだろうが、実際は、ケルアックはフランス系の米国人(フランス系カナダ人とも云われているらしい)で、旧いフランス系の入植者の町で育ち、少年時代は英語もままならなかったという。彼の母親に到っては最後までフランス語しか話せなかったようだ。おまけに、先祖にアメリカ先住民の血も混じっていたらしい。

 
 ビートニックとヒッピーとの違いって、基本、時代と世代の差ってことだろうが、それは又、ベトナム戦争=反戦ってことに尽きるに違いない。その間をつなぐのが、詩人のアレン・ギンズバーグであり、この映画でも、ニール・キャサディに煽られる形で男女入り乱れての乱交( やがてヒッピー・ムーブメントの一つの象徴=マリファナ&乱交パーティーとなってしまう )に加わったり、詩の朗読やらでその片鱗を窺わせている。ケルアックも朗読では人気があったようだけど、ビートニックというよりヒッピー時代に黒人解放運動家として有名になったあのリロイ・ジョーンズも知る人ぞ知るESPレコードにフリージャズ系のニューヨーク・アート・カルテットのLP( 1964年制作 )に“ ブラック・ダダ・ニヒリスムス ”なる自作詩を朗読している。 


 この映画の中で一つ気になったのが、仲間が集まれば必ずと言っていいくらい出てくる
〈 ベンゼドリン 〉だ。一回り大きなリップ・クリームぐらいの、タイ人が鼻の穴に挿し込んで使う一種のリフレッシュ剤に似た代物で、大きく“ INHALER ”( インヘラー )=“ 吸入器 ”の文字が明示されてて、それを砕いて中の細い芯をコーヒーか紅茶に放り込んで飲むのだ。ベンゼドリンは、アンフェタミン系の覚醒剤の一種らしく、神経過敏になったり、 性欲・性感の増加や多幸感を獲られるようだ。それを飲んでから性の供宴、正に“ ご乱交 ”って訳だ。最初見た時、一体何なんだろうと怪訝に思ってたら案の定だった。蛇の道は蛇。色んな手管を弄するものだ。
 少し時代が下ってヒッピー・ゼネレーションになると、かのニール・キャサディ、《 メリー・プランクスターズ 》主催のサイケデリック革命=アシッド・テストの巡回バス宜しくサイケにペイントされたファーザー号の運転手を務めることとなる。ベンゼドリンならぬLSDの供宴って訳で、やはりニール・キャサディーがそこにいるのだ。只、残念なことに、1968年にメキシコの線路の上で真っ裸のまま死んでいるのが発見される。
《 オン・ザ・ロード 》
制作総指揮・フランシス・コッポラ 
監督・ウォルター・サレス
制作 2012年(フランス・ブラジル)

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