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2015年3月 7日 (土)

湾岸戦争的悪夢  ヒッチャー (2007年)

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 十年近くも過って、もう旧い部類に入ってしまったけれど、古臭さを感じさせない今観ても鬼気迫る面白いホラー映画だ。
 監督のデイヴ・マイヤーズ、広いパースペクティブで背景に描かれるニュー・メキシコの曠野や決めのショットなんかのメリハリは、いかにもミュージック・クリップなんかの制作ディレクターだっただけのことはある。この業界から来た監督って、ややもすれば映像に拘り過ぎてしまって冗長なものになりがちだけど、マイケル・ベイのアドバイスもあってかそんな癖に病んでいない。
 
 オリジナルのオランダの怪優ルトガー・ハウアーが主演した1986年の《 ヒッチャー 》は、ジャンルが“サイコ・サスペンス”となってるけど、確かに陰にヨーロッパ風のナイーブさを併せ持ったエキセントリック全開にハウアーが演じればそうなってしまう。けど、今回のジョン・ビーンも一つ骨太で、正に"(サイコ)・ホラー"の怪魔にぴったり。どっかで見たことがあると思ってたら、《 サイレント・ヒル 》に出ていた。
 

 〈 ストーリー 〉
 学生カップル=グレース&ジム二人がバカンスを利用して何処かに遊びにゆく途中、なりゆきでヒッチ・ハイカーを同乗させたのはいいが、とんでもない災禍に見舞われ、しまいには連続殺人犯カップルとして警察にまで追われる羽目に陥り、銃を構えた警官たちの眼の前で、男子学生のジムが惨殺されてしまう。怒り心頭に達したグレース、平然として立ち去るライダーに散弾銃を向け引き金を引く、一回、二回、三回・・・


 今回再び観てみて感じたのは、湾岸戦争=イラク・アフガン侵攻( 戦争 )後の、いわゆる“ ポスト=イラク・アフガン戦争 ”映画として位置づけることができるってことだろうか。勿論それを特定するセリフが出てくるわけじゃないけれど、ジョン・ビーン=ライダーの様相が、典型ともいえる米国映画で描かれてきた湾岸帰還兵の症候群・後遺症のそれだった。
 バカンスに向かう二人の学生カップル、グレース&ジムが日常的世界(銃後的平和)の象徴で、ヒッチャー=ジョン・ライダーこそ湾岸戦争帰還兵=デーモンという図式。
 ベトナム帰還兵ランボーの伝で言うと権力(軍)によって造られた殺人マシーンが帰国後、平和的日常あるいは平時的論理に適合できず精神的ハレーションをきたしての暴走ということになる。


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 ライダーによって二人の警官が殺害された小さな警察署で、本署から駆けつけ陣頭指揮をとるエストリッジ警部は、殺害の手口を確かめるや、直ぐに犯人はカップルじゃなく、別の人間だと直感する。背後から喉をナイフで掻き切った鮮やかな手口からして、学生ふぜいの到底なしえる業じゃなく、手慣れたプロの仕業だと。
 背後から音もなく忍び寄って喉をあざやかにナイフで一掻きするなんて、普通の兵士なんかがなしえる技じゃなく、訓練された特殊部隊員であって初めて可能だろう。殺害することに些かのためらいもない。それも機械的実務的に処理する以上に、病んだ精神を窺わせる嗜虐性すら漂わせて。
 もはや冗談でも"正義"を言えなくなったベトナム戦争以来の病んだ米国帰還兵ここにありって訳だ。そう見ると実にライダーの一挙手・一投足に納得がゆく。
 彼は嗜虐的な殺人衝動と同時に自殺衝動をも併せ持っていた。
 “ 死にたい ! I Want to Die ! ”
 カップルの男子学生ジムにもナイフを突きつけて言わせ、自分でも呟きつづける固着的フレーズ。
 ラスト・シーン近く、まだグレースが殺人犯だと思い込んで一斉にグレースに銃口を向けた警官たちがすぐ周りを取り囲んだトラックの助手席で、グレースが運転席のライダーの横顔に拳銃を押しつけ、トラックの後に鎖でつながれたジムを殺させまいと必死に哀願しているのを、肝心のライダーは、むしろ喜悦の表情すら浮かべ彼女をじらし引金を引かせようと挑発し続ける。
 ところが、幾ら口汚く挑発し続けてもグレースはジムを殺させまいと鳴き声をあげ懇願するばかり・・・とうとう業を煮やしてライダーが吐き棄てた。
 
「 ったく、役に立たない娘だ ! 」

 彼は何としてもそこでグレースに拳銃の引金を引いて欲しかったのだ。
 つまり、殺して欲しかったのだ。
 死にたかったのだ。
 そうすると警官たちの拳銃も一斉に火を噴いたかも知れない。それをも彼は読んで策謀んでいたに違いない。幸せそうな連中を全部道連れに、ひょっとすると可能な限り一人でも多くの者を地獄に引きずり込もうとしたのかも知れなかった。彼はヒッチした車の子供を含んだ家族全員を惨殺した。彼は自分が陥れられ背負い込まされ、そして押し潰されてしまった( 苛烈な )現実を、平和な幸せそうな米国社会にも背負い込ませ、帳尻を合わせようとした。それは彼、ライダーに最後に残された怒りでもあった。( それは、又、社会的テロルという側面をもつ )
 殺人衝動=自殺衝動のアンビバレンス。
 それは同じ一枚のメタルの表裏の関係でもある。
 生と死のせめぎあい・・・戦場。
 米国じゃ毎日二十人近くの帰還兵が自殺しているという。
 ラスト・シーンで、彼が、背後から散弾銃を構えて近づいてくるグレースを歯牙にもかけず悠然と道路を歩んでいこうとして、何発も散弾を喰らわされ、反撃の素振りも見せずに最後には頭すら吹き飛ばされてしまったのは、正にそれだった。
 平和な世界でジムと一緒に幸せを満喫していたグレースを殺人者に仕立て上げたのだ。自分が舐めた惨澹たる辛酸=不条理を、後方にあって平和を満喫し続ける米国そのものに投げ返し不条理の連鎖を策動したのであった・・・・・・不条理の連鎖。蔓延。

《 ヒッチャー 》 制作 プラチナム・デューンズ ( 2007年 )      監督・デイヴ・マイヤーズ


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