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2015年3月14日 (土)

イラン的メランコリア 《 白い紙 》

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 30年以上も前の、まだサダム・フセインやホメーイニが生きていた、イラン・イラク戦争の真っ直中。当時、まだ少女だったはずの作者の実体験を元にしているのかどうか定かじやないけど、父親が"戦争医師"として最前線に狩り出されたため一緒にそこからちょっと離れた小さな田舎町に母親と引っ越してきた少女と同じ学校の生徒・ハサンとの束の間の淡い恋情と冷徹な現実。

 イランの映画はそこそこは観ている方だけど、ジャンルは異なるがここまで端的にイラン・イラク戦争=現実のイランに触れている作品にはお目にかかったことがない。小説の方も、イラン国内で、この作品と同様けっこう肉薄した作品もひょっとしてって期待したいが、それはまずありえないだろう。もし存在するとすれば、国外で発表されたものってことになる。
 イスラム原理主義国家=イランってレッテルからすると、映画は公共性の強いメディア故に統制が厳しいのだろうが、この小説も、日本留学中に日本語で書かれたらしく、ひょっとしてイラン国内ではまだ出版されてないのかも。
 

 戦時中の日本じゃ、基本的には、間違ってもこんな厭戦・反戦的な小説が出版されようもないが、実際には例外的に、ごく一部の小説どころか映画の方でも、この小説と似た設定・雰囲気の作品、決して皆無という訳じゃなかった。海千山千の老獪な監督たちがあれこれ“ 奸智 ”を搾って軍=権力の意に逆らう意志を巧妙に封じ込めた作品が、数多の戦意高揚映画にまぎれて、戦時の薄暗い映画館の闇の中で、チラチラと青白い焔をくゆらせていたのだ。


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 作者のシリン・ネザマフィは、1979年イランの首都・テヘラン生まれという。
 その翌年から始まり、八年後の1988年に終結したイラン・イラク戦争。
 戦争後期には、国境を越えて首都テヘランにイラクのミサイルが飛んで来るようになったので、その記憶はあっただろう。
 バック・パッカーたちは、当時テヘランの高台にポツンと佇んでいたヒルトン・ホテル( ? )の上層階にあったフランス料理レストランで、交換レート抜群の現地価格でフレンチ・コースに舌鼓を打ちながら、大きな展望窓越しに、遠くイラク方面から大きく弧を描いて飛んできたミサイルがテヘラン市内に落下する光景を対岸の花火の如く観覧していたという。正に、堕落したブルジョワの悦楽って趣きで、映画のワン・シーンのようだなと感心しつつ、些かの苦渋を覚えたその話しを、同じレストランの窓際のテーブルで聞いたのが1990年であった。終戦からまだ数年も過っていなかったけど、これ見よがしな派手な爪痕は目にしたことはなかった。僅かバザールの近辺の何処かにあったとかなかったとかいう情報を耳にしたことがあったぐらい。


 この物語じゃ、主人公の娘は、国境近くの小さな町に徴用された医師らしい父親を追っかけてきての仮住まい。しかし、ここもやがてイラクのミサイルの洗礼を受けるようになって、防空壕に逃げ込む回数も多くなってくる。
 同じ非常時的男女合同授業の教室で一緒になったハサン。
 ひょろんと背の高い若者で、医者志望。
 事のなりゆきでハサンとだんだん親しくなってゆく。
 イランに限らず、イスラム社会じゃ思春期に到ると、男女別々で、原則的に親しそうに話したりすることは御法度。昨今、この手の宗教的戒律に触れたために起きた事件、とりわけその大半が娘の側に集中した惨劇が毎週の様にニュースとなって世界を駆け巡っている。尤も、かつての日本も儒教的戒律として“ 男女七歳にして席を同じゅうせず ”だったし、明治維新後も小学校以上は男女別々。そんな封建的保守主義的習慣から抜け出せたのは、そう遠い昔のことではない。イスラム諸国にかぎらず、性差別なんてものからは現在もって男女共々、当事者が想っているほどには自由ではないのを鑑みれば、自由と平等への道程ってなかなか遠いようだ。


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 ハサンの母親が容態が悪く、テヘランから名医がやってきたと伝え聞いたハサンが、時折前線から戻ってくる主人公の父親に看てもらいに母親を連れてくるようになる。彼等の学校の先生も脚が悪くこの時とばかり押しかけてきた。その先生、戦況の不利からいよいよ迫り来る“ 兵役志願 ”の波から、優秀なハサンを何とか免れさせようと腐心する。ハサンは徴兵の対象にならない未成年。町から男たちの姿が消え去って、残るのは老人と未成年男児だけ。そこを狙って、アジテーターたちが“ 兵役志願 ”を扇動するのだ。かつて日本がそうだったように。
 ハサンの父親も目と鼻の先の前線で戦っていた。
 父親が兵士だとハサンは大学進学の推薦を得られると先生は説く。
 主人公の父親に、口を滑らせ、もしハサンの父親が戦死でもしたら“ 確実 ”に推薦されるとも。
 やがて、更に戦況が悪化し、主人公の父親医師も、後方のイスファハンに移ることになり、彼女たちも一緒に引っ越すことになる。久し振りに会ったハサンの様子がおかしい。何と、ハサンの父親が前線で逃亡したという。膠着した激戦の前線で、多くの兵士が逃亡していったその中の一人として。小さな町じゃ、早晩その醜聞が町中に知れ渡ってしまう。体調の思わしくない母親の不憫。ハサンは苦渋の選択を迫られた。否、もうそれしか残ってなかったのだろう。
 栄誉ある兵役志願。
 新兵を満載した緑色のトラックが次から次へと出発してゆく。ハサンも銃を片手に乗り込んだ。先生が遅れてやってきた。大学が受かったという吉報を携えてはいても、もはや事態はそんな予定調和をこなごなに粉砕し去っていた。どんどん遠ざかってゆくハサンに先生は叫ぶことしかできなかった。


  最初、淡い少女趣味的な恋愛モノとたかをくくっていたのが、次第に戦争の重苦しさが絡みついきはじめ、どんどんと加速度的にすべてが戦争の坩堝の中へと引きずり込まれてゆく。軽やかな女性的筆致が周到にシリアスな現実へと導いてゆく。
 前線といえば、この頃、かの“ 地図屋 ”富永省三氏が、あくなく地図的踏査を決め込んでまだまだ前線の緊張を残していたイラク国境近くの町アフワーズだったか、そこで官憲に捕まったのは有名。普通ならスパイ容疑で確実に牢屋へ放り込まれていただろうが、そこは氏の人徳、あっさり元来たエリアまで鄭重に車で送り返してくれたとか。この国境地帯は危険なエリアとして知れ渡っていたので大抵のパッカーは回避するのだけど、「 そこに地面があるから 」と定歩幅の測量マシーンと化した氏には実弾が飛び交ってないかぎりは青信号に違いない。


 「 白い紙/サラム 」  シリン・ネザマフィ (文藝春秋)


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