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2015年4月18日 (土)

『 わたしの絵日記 』藤原マキ

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1999年といえば、正に世紀末。
 そんな暗雲立ちこめた時代の最中に、藤原マキはこの世を去った。
 享年58歳。もはやこの国の国民病として定着したガンに侵されて。
 
 彼女は、いわば知る人ぞ知るってところだけど、マンガ家・つげ義春の嫁さんになる以前は、1960年代、草創期のアングラ演劇《 状況劇場 》( 唐十郎・主催 )の代表作《 腰巻きお仙 》の初代お仙を演じた主演女優として知られた存在であったらしい。
 観たことはないが、横尾忠則の有名なポスターで、ぼくもその名前だけは知っていた。後に、李礼仙にその役を奪われ、それに憤慨して勝手に劇団を飛び出し、細い伝手を頼ってつげ義春の処に転がり込み、それ以来ずっと死ぬまで居続けたって次第。劇団の方じゃ、急に姿をくらました彼女を捜し回っていたという。彼女にしたら、してやったりってところだろうが。
 そもそも状況劇場といえば同時期のライバル、寺山修二率いる《 天井桟敷 》に殴り込みをかけたんで有名な血の気の多い劇団でもあったらしく、そこの一方の看板女優だったのだから、劇団じゃ当たり前の配役の変化であっても、激憤にかられても確かに違和感はない。その後、女優としてはさっぱり。もっぱらマンガ家つげ義春の女房として、一粒種が生まれてからは母親としての役割もこなす小市民的日々。只、何しろつげ義春なので、世間一般的な範に収まってる訳もなく、色々と苦心惨憺余儀なくされたようだ。そんな中、つげが彼女に絵をすすめ、彼女も一粒種の息子の成長を記録として残そうと着手したのがこの絵日記のオリジナル。つげの向こうを張っているような素朴なタッチが好い。


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 一月十五日 晴 風がつよい
昼過ぎ正助がお腹がいたいといゝだしたので、おとうさんはさっそくぶ厚い家庭医学書を読みはじめた。これはおとうさんの癖で、日常の小さな出来事もおとうさんにかゝると大事件になるのだ。宇津救命丸が残っていたので飲ませてみたらまもなく治った。今度はおとうさんが「 おへそ 」から水が出て気持悪いというので、絆創膏をはった。私は寝不足で目がチクチクするし、みんなコンディションが悪かったが、今日は小正月なので小豆粥にオモチを入れて今年の厄よけをした。


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 四月十五日 冬に戻ったような寒さ
オトウサンがとうとうおかしくなってしまった !
固い顔して電話帳を見ていたと思ったら、突然精神科に電話をかけたのだ。このひと月様子が変だったので、暗い予感があった・・・。
とうとう自分から助けを求めたようだ。
精神科では明日までがまんしろと云うが、ふるえているオトウサンを押さえていたら、可哀想で涙が出てしまった。どうしてあげることも出来ず、おろおろしてしまった。
夕飯の支度どころではないので、弁当を買ってきてすませた。
夜、オトウサンと正助が寝て一人になると、心細くて、まるで大海に漂う小舟のような、たよりない気持ちになってしまった。


 巻末に、つげ義春の《 妻、藤原マキのこと 》が載っている。
 長年連れ添っただけのことはあって、マキの姿を端的に浮かび上がらせている。
 彼の言によると、そもそも当時花形女優であったはずの藤原マキが彼の居所に転がり込んできた時、 

 「 生活に窮していて、借金もあって、逃げるように僕のところにころげこんできた」

 という。

 「五年ほどして子供(正助)が生まれ、正式に結婚しました。彼女も演劇はひとまずおあずけにして、育児に頑張っておりました。・・・・子供が一歳半のとき、彼女が癌を発病し、子宮を摘出する手術をしたのです。それはどうにか乗り越えたものの、そのショックで僕の方が癌ノイローゼになってしまったのです」


 癌ノイローゼから不安神経症に陥り、逆にマキに叱咤激励される毎日となったらしい。
 そこら辺のところはこの絵日記にも認められている。つげのマキ評の一番面白かったのが次の部分。

 「この絵日記では、ささやかな生活を大切にしているという雰囲気になっていますよね。でも、実際はそうでもなく、『 平凡なぬるま湯のような生活は嫌だ、太く短く生きたい 』というのが彼女の口癖でしたね。むしろ家庭に波風を立て、ぬるま湯を沸騰させたかったようでした。それは劇団にいたとき、しょっちゅう酒盛りなどの派手な雰囲気に馴染んでいたからなのでしょう。とにかく、僕のように平凡で静かな暮らしを好むタイプは面白味に欠けるのは確かで、家庭的な夫というのは、彼女にとっては女々しい男ということなのかもしれません。
 それで彼女が享楽的かというと、必ずしもそうではなく、根は純情で恥ずかしがり屋なのです。それなのに僕に対して突っ張った気性を見せていたのはどういうことなのか。案外弱さの裏返しだったのではないかと、そんな感じがするのです。僕に活力や強い男性を希がうのは、結局自分の支えを求めていたのではないかと思えるのです。」


 享楽的云々はともかく、マキの男性像って、典型的な戦前から連綿と存在し続けている家父長的なファザコン・タイプってところなんだろう。その彼女に欠落した部分は、しかし、つげだと真逆であって、それが無いものねだり的に相補的に機能してかろうじて成り立っているのだけど、それは又すこぶる一般的に溢れているカップルの有り様でもある。


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